医学界新聞

 

あなたの患者になりたい  

異文化との出会いは自己紹介から

佐伯晴子(東京SP研究会)


 医療者にとって病院は日常の仕事の場です。生活も人間関係も感情も,さらに過去から未来にわたる人生の大半がそこにあるとも言えるでしょう。一方で患者さんは,たまたま病気や事故に出会ってしまったのですから,病院という非日常的な場所に身を置いているだけで,身体の不調とは別に,緊張や不安を覚えることがあります。
 自分の陣地ではないところにいる感じは,異文化圏に飛び込んだ状況と似ています。異文化間理解は一般には外国人との相互理解のことですが,医師-患者関係も,1つの異文化間の出会いとして考えることができると思います。文化にはそれぞれ独自の価値観,論理,言語,習慣があります。医療の文化と,医療以外の世界に住む患者さんの文化が,最初に出会うのが初診であると言えます。
 患者さんにとってみれば,「ソト」の文化に,自分の最も「ウチ」である身体について公開するわけですから,緊張や抵抗もあるでしょう。異なる文化が最初に出会う時,互いに「敵ではない」という合図を送ることが必要ですが,医療の場でも例外ではなさそうです。
 今や,担当医の自己紹介と患者さんの名前の確認は,医療事故防止対策としても必要性が認識されてきています。顔の見える,というキーワードは行政に限らず,医療にも求められています。
 ただ,どうも日本人は,自分の名前を覚えてもらうという意識が,少ないように感じます。初対面では早口でなく明確に相手に伝えることが肝要です。難しい漢字は名札を見せたり説明を加え,よくある姓には下の名前も添えると,記憶に残りやすくなります。看板を見よ,では「□□先生」が身近に感じられません。
 医師が自分の名前を示し,患者さんの名前を確認することで「固有名詞を持った人間どうしの関係を始めたい」という積極的なかかわりの意志が,患者さんに伝わってきます。
 また,面接実習で「○○さんは……」と名前をつけて話をされた模擬患者は,「私のことを一緒に考えてくれている,と思った」と医師の好印象を語っています。日本語は主語や目的語を明確にしなくても意味が通じる言語です。しかし,病気という非日常的な事態に入った患者さんには,「は,あなたを支える」という強いメッセージが言語の上でも必要になってくると思います。
 「○○さん」,と名前を覚えて話をする「□□先生」は,患者さんに「あなたの味方である」という最初の合図を送っているのかもしれません。