医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


バランスよく統一された老年精神医学の入門書

老年精神医学入門 柄澤昭秀 編著/水谷俊雄 著

《書 評》山田通夫(国立下関病院長)

高齢者の心理を洞察する

 来年4月より,いよいよい介護保険制度が施行される。その導入に向けて,介護認定審査の試行が平成8年からモデル地域(平成8年:60地域,9年:416地域,10年:1787地域)で,毎年行なわれてきたことはご存知の通りである。心身の状況に関する70を越えるアイテムについてチェックを行ない,要介護度の1次判定がなされ,審査会で再チェックされて2次判定が行なわれる。この作業による判定変更率は平成8年度で27.6%,9年度23.2%であったものが,10年度の試みでは12.5%と着実に減少してきた。
 10年度のモデル事業の調査結果の分析によると,介護度が重症とされた対象者の障害の程度と痴呆のそれとが,ほぼ一致したことが確認されている。
 今後,調査項目の見直しや「かかりつけ医の意見」を十分に反映させることで,介護認定の妥当性がさらに改善するものと期待されている。
 ところがこの「かかりつけ医の意見」が問題である,との声をあちこちから聞く。患者の痴呆やうつ症状などアナログのものをどうデジタル化するか,例えば,器質性脳障害にうつ状態を伴うことは稀でなく,いわゆる問題行動は脳障害に起因する場合もあるが,その多くは心理的原因によるものである。問題行動の裏にある高齢者の心理を洞察する必要があろう。

高齢者の精神医学の問題点を明らかにする

 本書の編者であり著者である柄澤昭秀博士は,「柄澤式老人知能の臨床判定基準(1989年)」の考案者である。柄澤式は行動評価法の代表であり,その使いやすさと高い妥当性は,長年にわたり,臨床老年精神医学の研究に携わってこられた博士の卓見によるものである。
 「人は年を取れば誰でもぼけるし,性格は頑固となり短気になるものであると,われわれは信じ込んでいる」との神話がどこかでは生きているようであるが,加齢による知能の低下については,結晶性能力(言語性能力)は容易に低下するものではなく,高齢者でむしろ向上することもある。また,個人のパーソナリティの骨格は生涯を通じて安定しているものである。
 もし,明らかな知能の低下や性格の尖鋭化が認められるのであれば,脳器質性病変の存在を考える。この領域は水谷俊雄博士の担当により老年者脳の形態学と,主要疾患の神経病理学的な典型的病変を多数の顕微鏡写真を用い,学生や一般医にも理解しやすい記載で提示されている。
 脳器質性病変の診断に有力な根拠となる画像診断の項は笠原洋勇博士の担当で,典型的な症例とそのMRI,CT,SPECT像が提示されている。
 臨床の総論,診断と治療,主要な精神障害とその対応,高齢者の社会問題と精神保健など,バランスよく全体が統一され,老年精神医学の入門書として,本書を学生や,一般医として地域でご活躍の先生方に一読されることをぜひともお勧めしたい。
 われわれが直面しているのは,個人の高齢化の問題であると同時に,社会の高齢化であることと考えさせられる。
A5・頁256 定価(本体3,500円+税) 医学書院


患者に誠実な医療を行なうために必要な臨床決断を学ぶ

すぐれた臨床決断の技法
医療過誤最少化に向けて
 Richard Riegelman 著/福井次矢 訳

《書 評》山科 章(東医大教授・内科学)

臨床で必要な判断・決断

 われわれ医師は臨床の場で,何らかの判断あるいは決断をしなければならない場面に非常に多く遭遇する。患者さんを診るとき,問診をし,診察所見をとり,検査を行ない,病態を考え,診断をつけ,そして治療法を決断する。治療をすればその結果を評価する。1人の患者さんを1度診るだけでも十数回の判断があるだろう。あるいはもっとかもしれない。何気なく普段行なっている行為の中に,非常に多くの判断,決断がある。ところで,われわれの判断,決断には問題はないだろうか? 患者さんの本当の問題点を吸い上げているだろうか? 判断は科学的根拠に基づいて筋道の通った方法で行なっているだろうか? 治療にあたっては,その予後を考え,安全性が高く費用効果性のよい方法を選択しているだろうか? 十分説明し,インフォームドコンセントを得ているだろうか?
 先輩たちの根拠のない教え,所属する病院のしきたり,限られた自身の経験,とっさの思いつき,などで判断し,患者さんに検査や治療を無理強いしていないだろうか?

臨床決断へのアプローチ

 そういった疑問に明快に応え,臨床決断をする際の理にかなったアプローチを論じた優れた書が出版されている。ジョージワシントン大学のRichard Riegelman教授による“Minimizing Medical Mistakes:The Art of Medical Decision Making”という書である。原著で読むには内容のみならず,文章が少し難解であるが,福井次矢教授があたかも日本語の原著を読むよう見事に翻訳している。
 内容は,診断のプロセス,治療のプロセス,医師と患者関係,という3部からなっている。診断,治療にはステップが必要であるが,そのステップを忘れないよう語呂をあわせ,診断は「SHADE」(symptom,hunch,alternative,disease,explanation),治療は「PESTER」(prediction,effectiveness,safety,therapeutic decisions,execution,reflection)と命名し,それぞれについて詳しく解説している。医師-患者関係では,あるべき姿勢を「TRUST」(therapeutic relationship,uncertainty,sharing truth)とまとめている。
 治療に関する「PESTER」を紹介しよう(訳書より引用)。
Prediction(予測):治療をしないと将来どのような疾患が起こり,今ある疾患がどのような経過をたどるのかについて予測する。
Effectiveness(効果):眼前の患者または患者群にとって,考慮している治療の効果と費用効果性を査定する。
Safety(安全性):眼前の患者に行なうことを考えている治療の安全性を査定する。
Therapeutic Decision(治療決断):推奨される治療を決め,患者からインフォームドコンセントを得る。
Execution(実行):効果を最大限に,リスクを最小限に抑えるように治療を実行する。
Reflection(反省):治療の結果を観察し,期待していた結果を少しでも下回った場合には評価し直す。
 それぞれの項目について,臨床疫学,確率論,倫理学,行動科学,認知心理学などの概念を導入し,わかりやすく,しかも論理的に解説している。PESTERの6項目は,項目だけみると臨床医にとっては当たり前のことのように思えてくるが,いざ実際に行なおうとすると容易ではない。我流で適当に根拠なく行なうのは簡単だろう。しかしそれは患者さんに対して誠実でない。誠実であろうとすると著者の述べているようにすべきだと実感し,読むほどに納得してくる。

無知による過誤と実行上の過誤

 最後の過誤の章もよい。過誤には無知による過誤と実行上の過誤がある。無知による過誤を最小限にするには,知識を獲得しそれを維持するだけでなく,その限界を知ることである。過誤は避けられない。「過誤を不運な結果と正当化せず,過誤を認め,修正して問題を最小限とするよう努め,その原因を分析して学び,繰り返さないことを決意することが大切である」と,述べている。
 最後の文章,「つまるところ,われわれのめざすところは,患者と家族の目をしっかりとみて,『できるかぎりのことをしました』と正直に言えるようになることである」は,筆者にとってきわめて印象的な文章であった。そのような医療を実践したいと思う人に,ぜひ一読を奨めたい書である。
A5・頁192 定価(本体3,600円+税) MEDSi


内科臨床を行なう上のminimum requirement

認定内科医・認定内科専門医受験のための演習問題と解説
第2集
 日本内科学会認定内科専門医会 編集

《書 評》花房俊昭(阪大・分子制御内科学)

 本来,日本内科学会の認定した研修病院で臨床研修を確実に行なっておれば,認定内科医・認定内科専門医の筆記試験はそれほど難しいものではないはずである。個々の症例については,各自がその場その場で十分勉強し,理解できているであろう。しかし,自分1人の経験のみからでは,内科で要求される幅広い基礎的知識をすべて網羅するのはほとんど不可能である。したがって,多忙な研修医生活の合間に,内科全般にわたる知識を整理し,受験に備えるには,それなりの工夫が必要となる。

研修医の知識の整理や認定医受験に最適

 本書は,研修医が,今まで経験したり勉強した知識を整理し,認定内科医・認定内科専門医の受験に備えるのに最適の問題集であろう。自分が受験した時にこんな本があったらなあ,というのが,本書を見て思った正直な感想である。そう思った理由はいくつかある。
 まず第1に,執筆者の多くは,かつてこれらの試験問題を作成した経験を持つ認定内科専門医であり,試験でどのような点が重視されているか,問題の傾向を把握することができる。第2に,本書は単なる問題集ではなく,半分以上は問題の解説にあてられており,問題を解きながら,今まで知らなかった知識の整理や再確認ができる。第3に,受験にあたっては病歴要約も採点の対象になるが,巻末に付録として付けられている病歴要約の記載方法は,採点者が何を考慮して採点しているかというポイントを要領よくまとめており,症例のサマリーを作成するのに大いに役立つであろう。

急速に進歩する医学に対応

 認定内科医・認定内科専門医受験をめざす研修医のための問題集は,私の知る限り本書の他には見当たらない。以前に出されていた第1版,改訂第2版(第1集)も好評であった。今回の第2集は,すべての問題を新しくし,第1集に加えて重要なポイントを網羅するとともに,急速に進歩する医学にも対応している。私の知る研修医のほとんどは,この第1集で勉強し,受験をしたと聞いている。幸い,その研修医たちは無事試験に合格し,認定内科医あるいは認定内科専門医の資格を得た。これから受験する研修医にも,本書で勉強することによって,限られた時間で最大限の効果を上げ,ぜひ合格してわれわれの仲間に加わってもらいたいと思っている。なぜなら,将来いかなるsubspecialityを選択するにせよ,認定内科医・認定内科専門医の資格は,内科臨床を行なう上でのminimum requirementであるから。
B5・頁240 定価(本体5,900円+税) 医学書院


臨床現場に必要な検査のデータをすべて網羅

臨床検査データブック 1999-2000 高久史麿 監修

《書 評》木村 哲(東大教授・感染制御学,内科学)

 臨床検査の項目は年々増えて膨大な数になっている。それを1つひとつ詳細に解説するのは至難の業と言える。しかし,これを見事に成し遂げたのがこの『臨床検査データブック』である。しかも,保険適応の検査のみならず適応外の最新の検査まで網羅しているのは驚きであり,本書の利用価値を一段と高めている所以でもある。B6判というサイズもハンディで便利である。多勢の執筆者による分担執筆であるにもかかわらず,記載方法は統一されていて非常にわかりやすい。編集に当たった方々の強い意志を感ずる。

EBMにふさわしい記述

 本書の特徴は検査の結果の基準値や測定原理の解説のみならず,必要な検体量や採取方法,保存方法に対する注意,結果が得られるまでの所要日数はもとより,「Decision Level」や「異常値のでるメカニズムと臨床的意義」,「判読」,「薬剤影響」,「保険注意」などが2色刷りで,実に要領よく簡潔に解説されている点である。特に「Decision Level」ではどれくらいの値であれば,どのような疾患を考えるべきかがLevelごとに「高頻度」のもの,「可能性」のあるものとして記載されており,その「対策」まで述べられていて,まさにevidence-based medicineにふさわしい記述方法となっている。「異常値のでるメカニズムと臨床的意義」には,関連する疾患の病態との関係が説明されていてわかりやすい。

「データブック」にとどまらない内容

 本書のもう1つの特徴はデータブックでありながら,単なるデータブックにとどまらない所にある。つまり,目的の明確な「無駄のない検査」を達成するために「検査計画の進め方」が述べられているとともに,疾患からどのような検査をプランするかを導く「疾患と検査」の章が設けられている点である。臨床の現場では検査前にある程度の推定をつけ,データを見て診断を確定する場合が多い。血液生化学検査の基本的なものと血算,検尿以外はルーチンに実施されることはなく,プロブレムリスト,鑑別診断リストをまず作成し,そこから可能性の高いものを残していく(選んでいく)過程で種々の検査が生きてくる。したがって実際には疾患名が念頭にあって,それを肯定,否定するために検査が行なわれることが多いし,疾患の推移,治療効果を見るために行なわれる検査も少なくない。このような観点から「疾患と検査」の章を備え,その疾患を診断し,経過観察するためにはどのような検査が必要であるかを解説したのは賢明な選択と言える。
B6・頁612 定価(本体4,600円+税) 医学書院


炎症性大腸炎に関するup-to-dateな情報を1冊に

炎症性腸疾患 潰瘍性大腸炎とCrohn病のすべて 武藤徹一郎,他 編集

《書 評》望月英隆(防衛医大教授・外科学)

 今般,医学書院から,『炎症性腸疾患-潰瘍性大腸炎とCrohn病のすべて』(編集:武藤徹一郎,八尾恒良,名川弘一,櫻井俊弘,各氏)が刊行された。
 炎症性腸疾患は着実に増加しつつあるが,ご承知のとおり,この疾患単位には多種多様な病態と臨床像を呈する疾患が含まれる。それらの病態が臨床家に理解され,正確な診断がつけられ,適切な治療が行なわれるようになったのはそれ程遠い過去のことではなく,この点に関して,厚生省特定疾患難治性炎症性腸管障害調査研究班の果たした役割は大きい。一方,この調査研究班は現在も症例の蓄積と周辺領域の研究の進歩を背景に,炎症性腸疾患の病因の究明と治療法の発展に大きく寄与している。

UCとCDの差異と共通性を浮彫り

 本書は,炎症性腸疾患の中での双壁である潰瘍性大腸炎(UC)とCrohn病(CD)に関する最も新しい情報をまとめたものである。すなわち,本邦の炎症性腸疾患研究のauthorityで構成されている上記難治性炎症性腸管障害調査研究班の班員がそれぞれの専門領域を受け持ち,研究的なトピックスも随所に加え,最もup-to-dateな情報を提供したものである。
 本書の構成は,疫学,病因・免疫,病理,臨床像,診断,内科的治療,外科的治療といった章からなり,両疾患の理解と対応に必要な,あらゆる面を網羅している。それぞれの章はさらに詳細な項目に分類されているが,すべて,UCとCDとを対比する形で記述が進められている。このような構成は,両疾患の特異性や差異の理解がしやすいばかりでなく,最近両者の病態や病因における共通性等が指摘されている中にあって,両疾患の共通性についても理解が得られやすいようにとの配慮によるものであり,見事な成功を納めている。
 一般に,このようなきわめて専門色が強く,しかも研究が日進月歩の領域における成書で,さらに多くの著者の分担執筆による場合には,大筋の概念や個々の内容等に統一性を欠くことがしばしば避けられない。しかし本書は,難治性炎症性腸管障害調査研究班の班長を務められている武藤氏,さらにはこの方面の内科領域での指導者であられる八尾氏らの編集のおかげで,見事に統一性が保たれ,非常に理解しやすいものとなっている。

UCとCDのエンサイクロペディア

 本書の通読により,現時点におけるUCとCDに関する最新の情報を介して両疾患の理解が飛躍的に深まることは無論のことである。さらに本書は,日常の臨床で困窮した場合,相応する章のみを参考にすると言った,UCとCDに関するエンサイクロペディアとしての使用の仕方にも耐えられるものであり,きわめて有用な1冊である。
 炎症性腸疾患を診療している専門医は無論のこと,消化器病の診療に関与しているすべての方々に,ぜひ一読をお勧めしたい。
B5・頁320 定価(本体13,000円+税) 医学書院