医学界新聞

 

「21世紀のがん医療の潮流」をテーマに

第4回日本緩和医療学会・
第12回日本サイコオンコロジー学会合同大会が開催される


 さる6月3-5日の3日間,第4回日本緩和医療学会と第12回日本サイコオンコロジー学会の合同大会が,山脇成人会長(広島大)のもと,広島市の広島国際会議場で開催された。 両学会は,ともに関連する領域を扱っていることから,1997年に合同大会(会長=国立がんセンター 阿部薫氏,千葉県・柏市)を開催している。今回は,「21世紀のがん医療の潮流」をテーマに据えた。

緩和医療をめぐる多彩なプログラム

 なお,本合同大会では合同プログラムとして,招待講演「緩和ケア中の患者家族に対する悲嘆治療(Family Grief Therapy)の1モデル」(メルボルン大 David W. Kissane氏)をはじめ,会長講演「21世紀のがん医療の新たな潮流-緩和医療とサイコオンコロジー」(山脇成人氏)やシンポジウム「がん患者が死を望むとき」(座長=国立がんセンター東病院 志真泰夫氏,淀川キリスト教病院 田村恵子氏),特別展示「中国地方における緩和医療事情」(オーガナイザー=厚生連広島総合病院 本家好文氏)を企画,また阿部薫氏と渡辺孝子氏(埼玉県立南高等看護学院)を講師に迎えての市民公開講座(司会=山脇会長)も開かれた。
 一方,緩和医療学会のプログラム企画は,教育講演「頭頚部がんに対する機能温存外科療法」(国立がんセンター東病院 海老原敏氏)の他,シンポジウム(1)がんの予後とその告知をめぐって,(2)各科における緩和医療の最近の進歩,ワークショップ「緩和ケアにおけるがん看護の実践」(本紙2348号に掲載予定)。サイコオンコロジー学会は,教育講演として「がん患者における精神免疫の応用」(山梨医大 神庭重信氏)をはじめ,シンポジウム(1)サイコオンコロジーにおける質的・量的評価の方法論,(2)がん患者への心理的介入の実際,の他,ミニレクチャーおよびワークショップ,ビデオ「生と死の淵で-医師ががんに直面したとき」を題材とした討論が実施された。
 なお一般演題120題は,口演発表では討論が一方通行になりがちとのことから,すべてポスターセッションで行なわれた。

●安楽死をテーマに語り合う

終末期がん患者が望む死

 合同シンポジウム「がん患者が死を望むとき」では,これまでタブー視されてきた安楽死の問題を正面から取り上げ,1)終末期の身体的・実存的苦痛と希死念慮(聖隷三方原病院 森田達也氏),2)うつ状態・せん妄と希死念慮(国立がんセンター中央病院 明智龍男氏),3)終末期の鎮静-セデーション(国立がんセンター東病院 志真泰夫氏),4)安楽死と医師による自殺幇助(京都女子大 星野一正氏)の4題を提起,フロアを含めた論議が展開された。
 森田氏は,終末期がん患者の希死念慮について,「アメリカの報告では,緩和ケアを受けている終末期がん患者の希死念慮は8.5-24%あった。また,安楽死や自殺幇助を受けた患者の7-50%に疼痛があり,50-79%に疼痛以外の身体的苦痛が認められた」など,諸外国の緩和ケアにおける現状を紹介。また,「終末期がん患者の希死念慮において,実存的苦痛は重要な寄与因子」として,(1)ホスピスケアが,終末期患者の希死念慮を緩和できるという十分な確証はない,(2)疼痛は希死念慮を促進するが,標準的な緩和治療が行なわれている状況では,その影響は他の因子に比べて必ずしも大きくない,(3)疼痛以外の身体的苦痛(全身倦怠感・呼吸困難)が,希死念慮により関係する可能性がある,(4)依存の増大,独立性の喪失,希望のなさといった実存的苦痛が,希死念慮を促進する可能性がある,と指摘した。その上で氏は,今後必要な研究として「希死念慮の概念を明確にする評価尺度の開発」をあげた。
 また明智氏は,国立がんセンター東病院で進行性肺がんと診断された患者を対象として,告知6か月後に行なった調査結果から,「がん患者の死への願望に関連する心理社会学的因子として,うつ状態,せん妄が重要であることが示唆された。また,たとえ治療が望めない状況にあっても,がん患者が死を望む時,治療可能な精神的苦痛を看過することなく,適切なケアを提供する必要性も示唆された」と述べた。氏は,多くの症例の希死念慮は適切なケア(うつ状態に対する治療)で改善するとして,がん患者の希死念慮の回帰例を図示し解説。「終末期がん患者のうつ状態,せん妄に対する有効な介入方法,症状緩和法の確立」の必要性を指摘するとともに,「治療不可能であればどのように対処するのか」が今後の課題であると述べた。

鎮静の是非

 志真氏は,「終末期の鎮静(セデーション)は,患者の苦痛を緩和するために患者の意識を意図的に低下させること」と定義。その上で,緩和不可能な症状として,(1)どのような緩和手段を用いても,患者にとっての症状や苦痛が,緩和不可能な状態に達すること,(2)薬剤を用いて意図的に行なわれるセデーションは,終末期の緩和不可能な症状に対して行なわれる治療的選択であるとの2点をあげた。
 また,日本でのセデーション実施率について,淀川キリスト教病院が68%,聖隷三方原病院は48%,国立がんセンター東病院で40%と報告。また3病院間でのセデーション実施意思決定者や,実施条件などのデータを比較検討し,セデーションの考え方を述べた。さらに,今後の課題としては,(1)意思決定(早い時期に,本人に),(2)適応(緩和不可能な症状の確認),(3)具体的投与法(薬剤の種類,開始量,ルート,間欠/持続,浅い/深い,予後の見積もり),(4)評価法(効果,家族の満足度)をあげた。
 一方星野氏は,オーストラリアが1995年に制定し,1996年に施行された「安楽死権利法」が,1997年には自殺幇助との関係から廃止になったことを前置きし,「現在では安楽死法はどこの国にも存在しない」と述べた。また,「安楽死には本人の強い要請が原則」としながら,アメリカ・オレゴン州の「尊厳死法」は安楽死と異なることを強調。同法では,医師は処方後15日間は自殺をあきらめさせることをしなくてはならない,家族には自分から説明するように進め,患者が強い意思のもとに要請書を自筆(3名の承認が必要)した上,48時間の待機期間を置き,それでも要請があった場合に医師は処方せんを書く,という手順があることを解説した。
 また氏は,「日本では安楽死が肯定される傾向にあるが,医師による患者の自殺幇助と認識すべき」と述べる一方,「オランダでは安楽死が社会的に容認されており医師は法的に罰せられない,との報道を見かけるがオランダの刑法では,患者の自発的積極的安楽死をさせた医師は罰せられる。誤解を招くことはさけるべき」と,マスコミへの自戒を促した。
 その後のフロアを含めた総合ディスカッションでは,星野氏は「安楽死とセデーションが同一視されているのは殺人と同等」と発言。フロアを含め,白熱する議論が集中したが,「痛みの治療は進歩する。セデーションは治療の1つであり一時的処置ととらえるべき」や,「死で解決を図ろうとする医師であってはならない」との意見の他,「終末期の患者は,精神科でのペインコントロール,抗うつ病薬の投与の実施など,必ず1人ではなくチームで決めていくことが必要」などの声も聞かれた。

●21世紀のがん医療に向けて

心理,社会,生物学的観点が必要に

 山脇会長は,「21世紀のがん医療の新たな潮流-緩和医療とサイコオンコロジー」をテーマに会長講演を行なった。氏は,「20世紀は,物質的豊かさが幸福につながるとされ,大量生産・大量消費を生み出し経済発展も遂げた科学技術の時代。しかしながら,バブル経済の破綻を迎え,また大量生産・大量消費からは忍耐力の低下(=キレる若者,犯罪の増加),大量ゴミ(=環境ホルモン問題),情報の氾濫(=アイデンティティの崩壊)を招き,“物質的豊かさ=幸福”とは言えなくなった。近代医学のジレンマも,長く生きることが幸福とされた時代から,高齢者の孤独死の増加,老年期精神障害の増加を招くことになり,“長く生きること=幸福”とは言えない時代になったことにある」と前置き。「近代医学は自然科学の影響を受け,飛躍的な進歩を遂げた。しかし,医学の発展に寄与した自然科学の基本形価値である客観性・普遍性が重視されすぎたため,緩和医療などに重要とされる,個人としての個別性・精神性が軽視されてきた。21世紀の医療には,個別性・精神性があり,エビデンスをベースとした両概念の調和が求められる」と述べた。
 また,「これからは,患者を心理学,社会学,生物学的な観点からバランスよくとらえ,倫理的に包括するチーム医療による多面的アプローチとしての医療が求められる」とし,「医療スタッフは,“コメディカル”ではなく,“チームの一員”の考え方が必要」と指摘した。

21世紀の医療のキーワード

 さらに氏は,(1)少子高齢化(児童青春期問題),(2)QOL(末期の緩和医療,在宅医療),(3)情報開示,(4)グローバルスタンダードとボーダーレス(国際的に通用する医療),(5)先端医療(倫理問題と精神的ケアの必要性),(6)分化と統合(専門医療とチーム医療の調和),(7)先端医療の光と影(臓器移植,遺伝子診断)など,21世紀の医療のキーワードをあげ,その背景と問題についても触れた。
 一方で,がん医療の流れについては,(1)インフォームドコンセント,(2)告知と精神的ケアの充実,(3)QOLの重視,(4)先端医療と緩和医療の調和,(5)入院医療から在宅医療へ,などをキーワードにあげて解説。さらに「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」の定義や「精神腫瘍学と緩和医療」の考え方についても,数値的な背景をもとに解説を加えた。 その上で氏は,文部省の「21世紀に向けた医学・医療のあり方」検討会報告を紹介するとともに,広島大学の「リエゾン医療センター(病棟)構想」を明らかにした。同センターは,「病棟婦長-病棟医長-社会支援グループ長を中心とし,さまざまな専門家が心理学,社会学,生物学的な観点から連携をとり,チーム医療を実践する緩和医療病棟であり,この理念は医学教育の中でも取り上げていく」と紹介した。