医学界新聞

 

第21回日本老年学会開催される


 さる6月16-18日,京都市の国立京都国際会館において,第21回日本老年学会総会・学術集会と関連領域の学会が開かれた。2年に1度開催される日本老年学会は,第21回会長に亀山正邦氏(京大名誉教授)を据え,以下の4学会と同時に進行し,多くの参加者を集めた。なお( )は会長名と所属。第41回日本老年医学会(京大 北徹氏),第22回日本基礎老化学会(老化促進モデルマウス研究協議会 竹田俊男氏),第10回日本老年歯科医学会(大阪歯大 権田悦通氏),第41回日本老年社会科学会(四天王寺国際仏教大 小國英夫氏)。


老化研究を様々な観点から論議

 亀山会長の意向により,公開で行なわれた合同シンポジウムでは,各学会長が座長となり,学会代表者1名が登壇して,各学会の研究の動向を伝えるものとなった。
 最初に日本老年医学会から,中村重信氏(広大)が,高齢社会でも大きな問題となる老年期痴呆を概説。高齢者痴呆には,「心不全,電解質異常など一過性せん妄を起こす疾患と痴呆,また薬剤性のせん妄と痴呆とをしっかり鑑別診断することが重要」と強調。またアルツハイマー病研究の最新の知見にも触れ,特にβアミロイド蛋白(Aβ42)の産生増加・沈着がtau蛋白のリン酸化を促進し,神経細胞が破壊することから,「これが痴呆症の最終段階ではないか」との見解を示した。最後に,高齢者医療においては脳卒中の予防が最も重要課題であるとし,そのためにも,(1)若い頃からの生活習慣確立,(2)血糖コントロール,(3)心身ストレスの解消,(4)心原性脳塞栓の予防,の4点が重要とした。

老化・ケア・社会的役割

 続いて,日本基礎老化学会から鈴木之氏(東海大)が,「老化・酸素・遺伝子」と題して発表。線虫を用いて発見した寿命の突然変異体mev-1株は,大気中でも野生株より寿命が短く,また酸素濃度に比例して寿命が短縮するという特徴を持つ。氏の教室では,この原因遺伝子がミトコンドリア内膜に存在するチトクロームbであることを突き止めた。この研究から,1つの遺伝子が寿命と酸素感受性の両者を制御すること,またアポトーシスの2面性が浮かんできたことに言及。最後に,「老化研究から生命の本質が見えてくる。動物は生命を確かめるための機構により老化し,寿命をまっとうするという,矛盾的自己同一性を持つ」と述べ,口演を閉じた。
 稲葉繁氏(日歯大)は,「高齢者の口腔ケア」と題して報告。特に高齢者で問題となる脳血管障害の患者においては,麻痺などの理由から口腔内の状態が悪く,感染症や誤嚥性肺炎などの疾患を引き起こしやすいことを指摘。「口腔ケアは不可欠であるにも関わらず,そこまで手が回っていないのが現状」と述べた。また氏は,脳血管障害の入院患者に,作業療法士とチームを組み,作業療法の一環として口腔洗浄を指導したところ,患者の状態およびQOLに大きな改善が見られたと報告した。
 最後に奈倉道隆氏(東海学園大)が,「21世紀における社会の課題と高齢者の役割」として,(1)少子高齢化が進む,(2)高齢者像が転換する,(3)加齢に挑む人間的活動能力,(4)生産活動への参加,(5)自立・共生社会の確立,(6)世代間共生における高齢者の役割,と6つの柱を提示。氏は「社会が複雑化する21世紀は生きること自体が難しくなる。そのとき高齢者の知恵が必要になる。高齢者には,統合的にものを見ることで,新しい思想を次世代に与える役割がある」として口演を結んだ。


第41回日本老年医学会開催

 第41回日本老年医学会が,北徹会長(京大)のもと,第21回日本老年学会と同時に国立京都国際会館で開催された。今回は,中西重忠氏(京大)による特別講演,J.B.Halter氏(ミシガン大)による招待講演をはじめ,多数の企画が組まれ,老年医学・医療の最前線の問題が論議される場所となった。
 また学会最終日には,「介護保険と高齢者医療1999」(座長=東大 鳥羽研二氏,国療中部病院 遠藤英俊氏)と題した公開シンポジウムが開催された。ここでは,ドイツ,オーストラリア,アメリカ,韓国における各国の介護保険・介護福祉の現状と,特に制度を支える財政基盤や行政関連の問題点を明らかにした後,明年施行予定の日本の「介護保険」に関して,全体的評価・批判と将来予測,導入後の問題点,追加発言としてモデル事業における要介護認定の1次と2次判定のずれなどが論議され,最後は行政の立場から介護保険の準備状況が提示された。また本学会では,今後5年間,同様のテーマで論議を深めていくとの方針を明らかにした。

高齢者の動脈硬化をどうするか

 北氏による会長講演「動脈硬化研究の展望」(座長=亀山正邦氏)では,動脈硬化研究の最先端から治療への展望についてレビュー。コレステロール性動脈硬化には炎症性の免疫細胞が関わることから「動脈硬化は炎症性疾患」との最近の考え方を提示。また,心筋梗塞死亡例に多くみられる粥腫による血栓形成をいかに察知するかが,死亡例を防止する決め手になるとし,酵素Probucol投与により,粥腫形成を抑制する効果が見られたとの研究を紹介した。
 最後に氏は,動脈硬化研究の今後の課題として,基礎領域は(1)動脈硬化の好発部位の決定,(2)危険因子としての喫煙,糖尿病,内臓型肥満と動脈硬化発症との細胞生物学的アプローチ,(3)動脈硬化発症,進展における免疫担当細胞の役割,の3点をあげた。一方,臨床面では,(1)日本人の動脈硬化危険因子を欧米と同様に考えてよいか,(2)praque raputureを臨床的にどのように予知するか,(3)動脈硬化の遺伝子治療は必要か,をあげて口演を結んだ。

老年医学の最前線

 続いて行なわれたシンポジウム「老年医学の最前線―基礎研究から老年医学,医療へ」(司会=神戸大 横野浩一氏,愛媛大三木哲郎氏)では,「動脈硬化」,「アルツハイマー病」,「高血圧」の3疾患をそれぞれ基礎と臨床領域から,第一線の研究者が最新の動向を報告する形で進められた。

動脈硬化
 最初に,動脈硬化の基礎領域から森下竜一氏(阪大)が,「細胞死と再生に基づく動脈硬化の新治療法開発」と題して登壇。高齢者における閉塞性動脈硬化症(ASO)は治療法がなく,生命予後も悪かった。そこで氏らは,肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor;HGF)を利用した血管新生・再生を促進する遺伝子治療を開発。これは血管内皮細胞を特異的に増殖させるため,高い有効性が期待されるとした。さらに現在,HGFを用いたASOに対する遺伝子治療の臨床試験を計画中であることを明らかにした。
 続いて,動脈硬化の臨床は横出正之氏(京大)が,粥状動脈硬化症を中心に解説。本疾患に対する治療方略として,(1)脂質代謝動態,(2)遺伝子発現制御,(3)病原微生物,(4)細胞機能への介入,の4点をあげて報告した。特に(3)は,クラミジアやヘルペスなどの感染が動脈硬化の危険因子の1つとする最近の知見を紹介し,「これらの除菌治療により動脈硬化の改善が認められた」と述べた。

アルツハイマー病
 アルツハイマー病(AD)の基礎研究については,岩坪威氏(東大)が登壇。βアミロイド蛋白(Aβ)は,(1)AD等に特異的に発現,(2)ADで最初期に発現するびまん性老人斑に蓄積,(3)家族性ADの原因遺伝子変異は,Aβ前駆体遺伝子上にみられることなどから,病態解明の鍵として注目を集めている。さらに,家族性ADの原因遺伝子の1つpresenilinの変異がAβ42産生・増加に関わることが判明。氏は「Aβ42はADの十分条件ではないが,必要条件」とした。またADの神経細胞死にtau蓄積が関係する可能性を示唆した。
 ADの薬物治療に関し,荒井啓行氏(東北大)は認知機能の低下を抑制する各種薬剤の有用性を検討。抗痴呆薬コリンエステラーゼ阻害剤(Donepezil,日本未承認)と同様の効果(コリンアセチルトランスフェラーゼ活性上昇)を得るのに,加味温胆湯(KUT)に最も有効性が認められた。そこで,既にADに有効であるエストロゲン,抗炎症剤,ビタミンEとKUTのコンビネーションセラピーによって,認知機能低下が抑制されたことを明らかにした。

高血圧
 小原克彦氏(愛媛大)は,高齢者高血圧の特徴とその病態を整理。特に高齢者に顕著となる動脈硬化が要因となり,血管の機能低下等による収縮期血圧や,また高血圧性臓器障害の進展が認められ,特に脳の白質障害は認知機能低下,脳血管障害の危険因子になることを示唆。さらに加齢により自律神経機能低下が及ぼす影響についても触れた。また,氏らが参画して改訂された高齢者高血圧治療ガイドラインについては,(1)年齢(80歳までは積極的に治療介入すべき。それ以上は結論はまだ),(2)血圧設定,(3)治療薬(合併症がない場合,Ca拮抗薬,ACE阻害薬,低用量の利尿薬)と,その内容を簡潔に紹介した。
 最後に高血圧の基礎領域について深水昭吉氏(筑波大)は,複雑な分子ネットワークで構成されるアンジオテンシン情報伝達系研究の最新の知見を概説。氏らはレニン遺伝子欠損マウスを作製し,血圧調節におけるレニンの役割を検討。「アンジオテンシン産生や正常血圧の維持に,レニンが大きな役割を果たす」と報告した。さらに,レニン遺伝子欠損マウスとアンジオテンシノーゲン欠損マウスを用いて,脳におけるレニン・アンジオテンシン系の役割を検討。アンジオテンシンが血液脳関門の再生に関与することを明らかにした。