医学界新聞

 

第14回日本保健医療行動科学会開催


 さる6月19-20日の両日,東京・新宿区の東京女子医科大学弥生記念講堂において,第14回日本保健医療行動科学会が開催された。
 今学会のテーマは「喪失と悲嘆の行動科学」。これは「ユーモアと悲嘆は表裏一体であり,このことが悲嘆のケアに一筋の光をもたらすのでは」という長谷川浩会長(東海大教授)の考えに基づき,前回(第13回大会:会長=小松病院長谷壮吉氏,東京)のテーマ「ターミナルケアの行動科学」につながるものとして掲げられた。


わかり合うことが大切

 「悲しみの人間学-ホスピスでの経験から」と題して特別講演を行なった柏木哲夫氏(阪大教授,淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)は,ホスピスで直面した多くの経験をもとに口演。ホスピスにおける家族の悲しみを,「予期悲嘆」と「死別後の悲嘆」に分け,前者に関しては「悲しみを十分に表現できるような環境を作ることが,回復(立ち直り)を早める」と述べ,「ケアする側も同様に悲しみを表現することが重要」と語った。また後者については,患者の死後1年半経過しても約20%の家族が立ち直れずにいることをあげ,「同じ体験を持つ人々のグループで悲しみを分かち合うことが大きな助けとなる」と発表した。
 さらに,援助者によく見られる(1)「がんばれ」と励ます,(2)気分転換をすすめる,(3)悲しみに理由をつける,といった行動は,患者に苛立ちや怒りを覚えさせ,逆効果になることを指摘。「つらかったね」,「悲しいね」,「よくがんばったね」と,気持ちをわかり合うことの重要性を訴えた。
 また,「子どもや老人は,その近親者の死期が近いことを告げられにくく,近親者の死を迎えた時に受ける悲嘆が大きくなる」ことをあげ,「確かに子どもや老人には伝えにくいが,きちんと知らせたほうが結果的に悲嘆の度合いが小さい」と語った。
 そして最後に,米国のホスピスや老人ホームなどで行なわれているユーモア療法に触れ,悲しい喪失体験を持っていない者でも,ユーモアが気持ちを通じさせ,悲嘆から回復させることができると説明。あらためて患者と気持ちを共有する大切さを強調した。

喪失による悲嘆を科学的に分析

 シンポジウム「喪失と悲嘆の行動科学」(司会=お茶の水女子大教授 波平恵美子氏,長谷川浩氏)では,4人のシンポジストが,それぞれの専門分野から,喪失体験に対する行動を科学的に分析した。
 シャーマニズム(shamanism:霊的存在との交渉を主とした宗教様式)という視点から研究を行なった大橋英寿氏(東北大)は,東北地方の“イタコ”や沖縄諸島の“ユタ”などに関し,「死者を呼び覚ますことで死別の嘆きが緩和される」と発表。その上で大橋氏は,「ユタの普及と沖縄の長寿には関係があるかもしれない」と,新たな研究の道を模索した。
 続く高橋哲氏(芦屋生活心理学研)は,自身も被害を受けた1995年の阪神淡路大震災において救援活動に携わり,現在も援助活動を続けていることから,多くの喪失体験者を抱える中で得た研究の成果を発表。「震災の前に別の喪失体験(肉親との死別など)があった場合は,悲嘆の度合いが非常に大きくなる」と述べ,喪失からの回復の難しさを指摘。「回復には,喪失後のストレスを取り除くだけでなく,日常的に発生するストレスも取り除く必要がある」と語った。

患者や家族のおもいは

 また,ホスピスでの喪失体験に関しては,松島たつ子氏(ピースハウス)が登壇。ホスピスの患者が日々何かを喪失していくという現実,そして残される家族の悲しみをとらえ,これらに対して松島氏は,「ホスピスでは,まず痛みを取り除き,症状を和らげることを第一義としている。その上で,患者,家族とともに悲嘆を分かち合い,ともに歩むことが大切」と述べるとともに,介護にあたる家族の休息にも配慮する必要性を指摘した。
 一方,定年退職後の事故により,胸部以下の機能不全となり車いす生活を余儀なくされた横山叡氏(文京区教育センター)は,「精神状態が健全であれば生きなければならない」という強い意思のもとで励んだリハビリ生活を紹介。「がんばっている自分に『がんばれ』という励ましはキツかった」と語るとともに,「私たちは,遠くに目標があるわけではなく,今日をどう生きるかを目標に日々生きているのだ」と,参加者にその苦悩を訴えた。
 その後の総合討論では,医療者側のストレスや家族のケアの充実などの問題があがり,役割分担や,院外でのケア活動などが検討された。