医学界新聞

 

米国でクラークシップに挑戦してみよう

ブラウン大クラークシップ体験記

川澄正興(慶大大学院博士課程1年)


 私は医学部6年の夏(1998年8月3-28日),アメリカのブラウン大医学部でクリニカル・クラークシップ(米国式の臨床実習のこと。以下,クラークシップ)を体験してきた。ブラウン大は自校のクラークシップ・プログラムを他校の学生に開放しており,誰でもそのプログラムに応募することができる。日本の大学医学部で海外派遣や交換留学のプログラムを持つところもあるが,そうでない所も多い。私が参加したプログラムはやる気さえあれば誰でも参加できるものである。アメリカでどんな臨床実習をしてきたのか,実際にどんな手続きが必要なのかを報告したい。


実習病院

 ブラウン大はロードアイランド州の州都プロビデンスに位置する。ボストンから車で1時間ほど離れたプロビデンスは,それほど大きくない町で,白亜の州議事堂とダウンタウン,ブラウン大がある他には閑静な住宅地が広がっているのみである。ブラウン大医学部はプロビデンスの近郊にいくつかの関連病院を持っている。私が臨床実習を行なったロードアイランド病院(RIH)とロードアイランド・メモリアル病院は,そうした教育病院であった。
 RIHは敷地内に病院群を形成しており,RIHの本部棟を中心に,ハスブロー小児病院, 救急医療センター,その他にいくつかのビルが隣接しているという大病院であった。私はそこで麻酔科の臨床実習を3週間体験した。
 また,ロードアイランド・メモリアル病院は,家庭医学を主体とした小規模な病院であり,そこで1週間,感染症コンサルテーション業務に参加することができた。

実習内容

 麻酔科の実習は終始RIHの手術室で行なわれ,主に静脈ラインの確保,気管内挿管,マスク換気を行なった。朝7時に手術患者が手術待機室に入室して待機するので,まず静脈ラインを入れる。次いで麻酔科医が問診を行なって麻酔前評価をした後,患者を手術室に搬送するので同行し,気管内挿管をさせてもらう。RIHでは1日30件弱,1室1-7件の手術が行なわれており,以上のことを繰り返し行なった。その間,麻酔科医による小講義(呼吸循環動態,麻酔作用など)も受けた。また,8時30分よりECT(電気痙攣療法),電気的除細動が行なわれ,マスク換気をさせてもらった。待機患者がいない時は,自分の興味ある手術室へ自由に出入りし,麻酔を見学することを許されていた。麻酔記録は,自動記録とコンピュータによる入力を組み合わせて行なっていた。実習終了時刻は15時30分-16時30分であった。実習期間中に,静脈ラインの確保を55件,気管内挿管を34件,マスク換気を19件,自ら行なうことができた。
 感染症コンサルテーションの実習では,朝8時に秘書が打ち出した患者リストを手に微生物検査室に赴き,培養などの検査結果を直接把握した後,コンピュータにより全患者(約10数名)の検査データを検索する。その後,病棟を回って患者を診察し,その患者の印象,抗生物質の処方案などをカルテに記入する。15時30分頃,オフィスにてアテンディング(指導医)にその日のコンサルテーションについて報告し,原因菌や抗生物質の選択に関して1-2時間ディスカッションする。新患者,重篤な患者に関してはアテンディングとともに回診を行なう。場合によってはフィルム室でX-Pなどを読影する。終了時刻は18時頃であった。なお,12時-13時にはレジデントを対象にしたヌーン・カンファレンスがあって,各科にわたるさまざまなトピックのレクチャーが行なわれており,それにも参加することができた。
 感染症外来では,個室の診察室に患者が待機しており,医師が各部屋を回って診察を行なっていた。説明に費やす時間が大変長く,自信を持った説得にも近かった。

実習の印象

 初めて手術室を訪れた時は,やはり緊張した。中国人系,インド人系の医師も意外と多かった。
 医師の行なうことを単に見学するだけでなく,実際に各種の手技を経験できたことで,症例を身近に感じることができた。自分の行なった手技がうまくいかなかったのはなぜかなど,注意すべき点が非常によくわかった。そこから発展させて学んだ医学知識のほうが,記憶に残りやすい。何のためにその手技を行ない,その薬剤を使うのかが理解できた。 気管内挿管をし,呼気炭酸ガス濃度のモニターを見て,その波形が挿管の成功を示しているのを見た時はすごくうれしかった。麻酔科医たちは“Good job!”とか“Well done!”と言って,必ずほめてくれるのが印象的だった。
 患者の腕に静脈ラインを入れるのには苦労した。なぜならアメリカには太った人が本当に多いのである。血管が見えないのは当り前,血管がほとんど触れない人もいる。失敗すると憂うつになるので,気合いを入れてがんばった。麻酔科医でさえ,何度も失敗していたから,やはり難しいのだろうと思った。日本に帰ってきて,日本の患者さんに採血,点滴を行なう機会があったが,失敗はなかった。アメリカ人の腕には本当に悩まされた。
 英語の発音で勘違いをしたこともあった。気管内挿管をさせてもらおうと麻酔科医に頼むと「この人はエレメイよ」と言う。何のことかわからないでいると「じゃあ,ついてきなさい」エレメイとは何と“LMA”(Laryngeal Mask Airway)のことであった(LMAを速く発音すると「エレメイ」に聞こえませんか)。
 また,彼らは実際の現場で行なうべきことを教えてくれた。実際に使うことのできない知識では意味がない。薬剤の投与量は,どの濃度のものをどれくらい使うか,というのが現場で必要なことである。
 カルテの記載は形式が整っており,医療証拠としてしっかりと書かれていた。
 さらにアメリカではコスト・ベネフィットを重視した治療が行なわれていると感じた。必要と判断した検査のみをオーダーしている。コストに見合った,意味のある薬剤しか投与しない。
 実習中,何を知っていて,何をすることができるか,ということを常に問われているような気がした。考えられる鑑別疾患をあげることが苦手だと思った。
 感染症コンサルテーションでは,1つひとつのケースについて徹底的な議論が行なわれており,時間のかけ方からして随分充実しているように思われた。いかにして適切な薬剤を選択して,いかに効率よく治療するかに全力投球しているかを,痛切に感じた。
 得意でない英語でコミュニケーションをはかるのは大変だったが,「今日も1日がんばろう!」と自分に言い聞かせてがんばった。最後には病院,そしてプロビデンスの町を離れるのが名残惜しくなっていた。
 アメリカで実習をする以前からアメリカの医療について知っていたこともあるが,やはり経験しないとわからないことは多い。その意味でも大変有意義な時間を過ごすことができた。

最後に

 アメリカでの医療,医学教育の現状を自分の目で確かめてみたいという希望を現実のものとするため,自分の手でアメリカでの臨床実習先を探して手続きを進め,ようやくその夢を実現させることができた。その時の感激もさることながら,実際にアメリカの医療を実習という形で体験できたことは,単に話に聞くことの何倍もの価値があったように思う。
 英語に自信がなくても,同じ夢を持つ人はぜひアメリカの病院を訪れてほしい。このチャンスは今しかないのだから。
(今回の実習応募に際し,慶大薬理学の西本育夫教授より多大なるご助言を賜わりました。この場を借りて御礼申し上げます。)
連絡先/E-mail:kawasumi@super.win.ne.jp(Masaoki Kawasumi)


クラークシップに参加するには

 ブラウン大医学部は自校でのクラークシップ・プログラムをホームページ上で公開しており,自国の医学生のみならず全世界の医学生にそのプログラムへの参加を許可している(URL:http://biomed.brown.edu/Medicine_Programs/ClinicalElectives/tableofcontents.html)。このホームページには臨床実習のための実にさまざまなコースが紹介されているので,自分の条件に合ったものを選ぼう。ブラウン大以外でも同様のプログラムを持っている大学は多いので,アメリカの大学のホームページを検索してみるとよい。手続きは自分の行きたい時期の3か月前から始めたほうがよい (8月の1か月間実習したい場合は5月頃から始めるべき)。

手続き

 まずクラークシップ・コーディネーター(Ms. Linda Bozzario,E-mail:Linda_Bozzario@Brown.edu)とE-mailで連絡をとって,クラークシッププログラムに興味があるので申込書を自宅に送付してほしい旨を伝えると,1-2週間で申込書等が送られてくる。申込書には,応募者の所属とその証明(学部長のサインをもらう),希望するコース名などを記入する。原則としてコースの選択にはブラウン大の学生が優先されるので,コース名は希望をいくつか書いておいたほうが無難である。実習期間は1か月単位になってはいるが,それにこだわる必要はない。希望を言えば何とかしてくれる。次に予防接種証明書を大学の保健管理センターなどで記入してもらう。もし抗体がついていなければ予防接種を受ける必要がある。この用紙が一番手間がかかる。この2つの書類を,50ドルの申込料(海外送金小切手にする。三和銀行などで即日発行できる)を添えて返送する。特に実習のための費用は必要ない。
 また,Malpractice Insurance(米国の病院で医療行為を行なう際に必要になる,医療事故に対応する保険)に加入し,その証明書を提出した。この保険会社はクラークシップ・コーディネーターが紹介してくれるので,FAXで申込書をやり取りし,保険料69ドルを送金小切手で保険会社に送った。健康保険も必要だが,日本で海外旅行者保険(傷害保険の付いているもの)に申し込み,その証明書を送ればよい。
 実習採用のE-mailは何と実習開始の2週間前に来た。希望のコースにこだわらなければ絶対に実習させてくれるので,航空券は早めに購入しておいたほうがよい。申し込みをした時から出発までは,コーディネーターと密にメール交換をしていたほうがよい。
 プロビデンスでの宿泊先だが,ブラウン大には学生寮がないので,クラークシップ・コーディネーターがいくつかのホームステイ先,ルームメイト(一軒家を数人の学生でシェアしている)を紹介してくれるので,自分で連絡を取る。1か月300ドル程度である。
 費用は,航空券,申込料,保険料,宿泊費,滞在費などを合わせて,1か月で30万円といったところであろうか。