医学界新聞

 

MDS・RAPsの最新版
――介護保険に向けての客観的高齢者アセスメント

阿部 俊子(東医歯大・医学部保健衛生学科)
山田ゆかり(慶大・医学部医療政策・管理学教室)


高齢者ケアプランのあり方

さまざまな高齢者ケアプラン方式

 2000年4月の介護保険のスタートに向けて,さまざまな高齢者ケアプラン方式が提唱されている。
 介護支援専門員の実務研修で使用されている方式は,高齢者介護サービス体制整備支援事業で紹介されたMDS-HC方式,包括的自立支援プログラム(通称「3団体方式」),生活援助を基礎とした自立支援アセスメント・ケアプラン(「日本介護福祉士会方式」),ケアマネジャー実践記録様式(「日本社会福祉士会方式」),日本版成人・高齢者用アセスメントとケアプラン(「日本訪問看護振興財団方式」)の5つのほかMDS方式,居宅サービス計画ガイドライン(「全社協方式」)などである。
 これらのケアプラン方式は,並列に使用されているが,主な照準を在宅に置くか,施設に置くかによって大まかに区別される上,アセスメントの包括性やケアプラン作成に対する基本的な考え方がそれぞれ異なっている。この点については山田が詳細に比較しているので,参考にされたい(ケアプラン方式の比較(1),(2):訪問看護と介護,4巻3および4号,医学書院,1999)。

高齢者の状態を的確に把握すること

 高齢者ケアプランは,単なる業務計画表であってはならない。生じている問題に対症療法的なケアのみを行なっていては(例えば,尿失禁があるという問題に対してオムツを使用するなど),高齢者の状態が悪化するのを待っているようなものである。
 まず重要なことは,高齢者の状態を的確に把握すること,つまり尿失禁が膀胱障害によるものなのか,ADL障害のためにトイレに間に合わないのか,認知障害で尿意を認識できないのか,排泄介助するスタッフがいないのか,を洞察することである。この過程がなければ,改善に向けたケアプランを作成したり,将来起こりうる危険性を予防することは不可能であろう。

MDS・RAPsとは何か

 MDS・RAPsは,米国のナーシングホームで使用が義務づけられているアセスメント手法である。開発のきっかけは,社会学者であるモリス氏が,自分の痴呆症の母親がナーシングホームに入所し,十分なケアを受けられずに亡くなったという悲しい体験であった。
 モリス氏は,自分の母親は十分なアセスメントを受けられなかったため「どのような問題が(潜在的に)あり,どのようなケアを必要としているのか」という視点の欠如したケアしか受けられなかったと考え,その後ケアの質を向上するためのアセスメント手法の開発に取り組むようになった。
 こうして作成されたMDS・RAPsは,MDS(Minimum Data Set)というアセスメント用紙と,RAPs(Resident Assessment Protocols)という高齢者が直面している問題を解決するための枠組みから構成されている。
 具体的には,まずMDSで,すべての高齢者から入手しなければならない「ミニマム」の情報を得るのであるが,これらの項目は同時に,資源利用(RUG分類),痴呆,うつ状態,社会的関与等の程度を把握できることが検証されている。
 次に,MDSの中の「トリガー項目」がチェックされれば,より詳細な2段目のアセスメントとしてRAPsに進む。RAPsにはせん妄,コミュニケーション障害,尿失禁と留置カテーテルなどの施設入所の高齢者が直面しやすい18の領域が設定されており,当該領域における問題の程度,原因,影響する範囲(危険性),改善の可能性を看護・介護する者が検討し,実際のケアに生かすことができるように作成されている。
 このような原因究明的なアプローチは,ケアの方法論が未成熟であった施設ケアの現場において画期的な手法であったため国際的にも注目され,日本も含めて現在15か国において翻訳検証がなされた。さらに,アイスランド全土,およびカナダとイタリアの一部の州ではアメリカ同様にその使用が義務化されている。また,これらの国々の研究者によって組織された非営利組織interRAI(インターライ)により,MDSの在宅版であるMDS-HCが作成されており,施設と在宅を結ぶアセスメント手法として両者の普及が進んでいる。

MDS・RAPs導入の効果

MDS・RAPsの妥当性と有用性の検証

 MDSの導入によって,社会的な問題になっていた米国におけるナーシングホームのケアの質は確実に向上した。具体的には,不必要な身体抑制や留置カテーテルの使用が大幅に減少し,入所者のアクティビティ参加率や定期的な排泄誘導が実施されるようになっている。日本においてもMDS・RAPsの妥当性と有用性の検証作業が行なわれ,病院,老人保健施設,特別養護老人ホームにおいて,評価者間の一致率が高いこと,および具体的なサービス計画(ケアプラン)を策定する上での有用性が確認されている。

MDS2.1とは

 米国では,MDSが1991年に導入されて以降,現場からのフィードバックやデータベースの分析に基づいて1996年からその第2版であるMDS2.0に切り替わっており,他の諸国もそれにならっている。2.0版は,ケアに必要なミニマムな情報を網羅するというMDSの原則を踏襲した上で,アセスメント項目や記入要綱等をいっそう充実させ,RAPsのトリガーを簡便にして使い勝手を向上させたものである。日本では2.0版をさらに改善するための作業の結果を一部先取りした形で取り入れた『MDS2.1 施設ケアアセスメントマニュアル』〔監訳:池上直己(慶大教授/医学部医療政策・管理学教室)〕が,医学書院から本年5月に刊行された(本紙4面広告参照)。
 MDS2.1には,高いレベルの医学的管理,ホスピスケア,短期入所といった,長期ケア施設において増大しているニーズに対応するための項目が加わった他,患者・入所者の状態をより的確に理解するため,認知やコミュニケーション能力を判定するコードが細かくなっている。なお,薬剤の処方内容はケアプランを作成する上で必須の情報であるため,MDS2.1には薬剤記録用紙が追加されている。これは,アメリカでは義務化の方向にあるが,日本では施設によっては薬剤情報の入手が困難である場合も予測されるので,任意記入となっている。

介護保険下におけるMDS導入の意義

 今後介護保険の施行により,介護の領域における質の確保がいっそう大きな課題になる。すなわち,これまで福祉による措置であった時代から,消費者が自己選択できるようになるため,それぞれの長期ケア施設は消費者に選択されるようにサービスの質を確保する必要が生じる。
 サービスの質を高めるためには,スタッフ教育が最も重要であろう。MDS2.1のRAPsは,疾患ベースでなく,長期ケア施設に入所している高齢者が直面しがちな症状に基づいてその分野の専門家が知識と経験を結集して作りあげたものであるため,スタッフ教育に最適な教科書にもなる。また,MDS2.1にはケアの質とQOLを改善するために必要な情報が網羅されており,スタッフがよりよく高齢者を理解できるようになる。さらに,多職種で共有できるように作成されているため,アセスメント段階で栄養士,ソーシャルワーカー,PT(理学療法士),OT(作業療法士),ST(言語療法士),薬剤師など日常活動の各専門家らが関与し,ケアチームのコミュニケーションが促進されるであろう。
 サービスの質を高めるためのもう1つ重要な課題は,ケアの質を評価することである。ケアのプロセスやアウトカムによるケアの質の評価は,重要性が叫ばれながら実際は評価することは非常に困難である。しかし,信頼性の高いMDS2.1によるアセスメントを継続的に使用することにより,例えば,失禁のある人に対する排尿プログラムの実施をケアのプロセス指標として評価したり,寝返りのできない人の褥瘡の発生をケアのアウトカム指標として評価することが可能になる。このような方法によるケアの質の評価は今後,ますます重要になるであろう。
 MDS方式の原因究明的なアプローチは,医療の比重が大きい施設種の場合に特に重要であり,施設ケアにおける質の保証としてMDSを導入することは,今後介護保険下で施設の競争が激しくなる中で,優位性を保つ手段であるといえるだろう。