医学界新聞

 

閉会講演
いま医学は何を求められているのか

立花隆氏(評論家)

「医学の人間化と非人間化」


TE(Tissue Engineering)

 立花氏はまず冒頭,背中に人間の耳が載っているヌードマウスをビデオを放映して聴衆の関心を惹き,「TE(Tissue Engineering)」(再生医療工学:生体材料と細胞を利用して新しい生体組織を生み出す技術)の一端を紹介した。
 1980年代の後半,マサチューセッツ工科大学のR.ランガーとハーバード大学医学部のC.ヴァカンティらが命名したこの先端技術の“Tissue”には,「組織」と同時にOrgan(器官・臓器)も含まれ,「移植」「人工臓器」に続く新しい治療として注目を集めているものである。わが国でも,日本学術振興会の「未来開拓学術研究推進事業」の1つとして「再生医工学」という研究の分野が,1996年度から5年計画のもとにすでに開始されている。
 立花氏はまた,組織再生に大きな貢献をもたらす「DDS(Drug Delivery System)」(薬物送達システム:薬物を必要な量だけ,必要な部位にのみ必要な期間,できるだけ患者の負担とならない方法で投与する方法)について言及。1960年代に提唱されたDDSの研究成果は,皮膚に貼る狭心症や更年期障害のための貼布パッチ,1度の注射で数か月も有効な前立腺肥大症や子宮内膜症のための微粒子製剤などに応用され,抗がん剤のがん病巣への狙い打ちもDDSの重要な研究分野になっていることなどを解説した。

生命の可視的スペクトラムの広がり

 「医学と工学との遭遇」とも言えるこのTEに関して立花氏は,「皮膚」「肝臓」「胸部軟骨」「神経」などを例示して紹介した後,“先端医学の実験的性格”について次のような考察を加えた。
 「医師の行動原理は,“ヒポクラテスの誓い”だけではすまなくなった。経験の集大成としての古代医療は保守の原理を持っているが,医療は日常的に“実験的性格”を有しており,“実験”は医学の義務であると同時に権利でもある。そして,生・死(個体の維持と崩壊,再生)・生殖・発生・成長・老化という観点から人間とは何か,また,人間とはどのような存在なのかという“人間のパラダイム”が転換しつつあり,何がどこまで許されるのか,何が可能なのか,それをしたら何が起こるのか,という難問が医学に押し寄せている」。さらにこれは,「“誕生”から“死”に至る過程において,周産期医療・胎児医療・受精前(生殖)医療の進歩,また死体利用を含めたPoint of No-Return,Point of No-Healing(治癒断念)を現出させた」と先端技術の二面性を指摘。「いま医学は何を求められているのか」と問い,“生命の可視的スペクトラムの広がり”を強調した。