医学界新聞

 

開会講演
21世紀に向けたパラダイムを示唆する

伊藤正男氏(理化学研究所脳科学総合研究センター長)

「医学の新たな枠組みを求めて」


 伊藤正男氏は,開会講演「医学の新たな枠組みを求めて」の冒頭で,「生物科学研究の発展は,“経験からの帰納”から,“科学的原理からの演繹”に移った」と述べ,この半世紀の医学上の進歩として,(1)抗生物質,(2)外科手技,(3)臨床検査技術,(4)画像診断,(5)公衆衛生,(6)健康保険制度,などをあげた。また,生物科学研究の華々しい成果として,(1)病因解明,(2)化学・抗生剤,(3)免疫を,また,ようやく曙光が見られた成果として,(1)悪性腫瘍,(2)精神神経疾患などを指摘し,「21世紀を目前に控えた現在は大いなる変化の時であり,医学のゴールに向けて生物科学研究への期待は大きい」と強調した。

新たな治療法創出の3方策

 次に伊藤氏は,年間医療費の約20%(約5兆円)を占める脳神経系疾患を例に取り,従来はほとんど手のほどこしようのなかった神経変性症の病因の解明が進んだことに言及し,新たな治療法創出の方策として以下の3点を指摘した。
(1)創薬(生体細胞の働きを担うイオンチャンネル,受容体,メッセンジャー,トランスポーターなどの機能物質やエネルギー代謝系などについての最新知見を基に,これらを抑制したり推進して細胞機能の病的状態を改善する働きを持つ物質を新薬として作り出す)
(2)再生移植治療(腎臓,心臓,肝臓について有効な治療法として定着してきたが,脊髄損傷や脳の損傷および変性疾患に対する脳細胞,ないし脳組織の移植も試行が重ねられ,移植用の組織培養細胞の作成や未分化な胚性幹細胞の利用が試みられている)
(3)遺伝子治療(遺伝子治療はがんの治療法として開発が急がれているが,脳神経系の変性疾患の他,多くの疾患についてその遺伝子異常を修復し,あるいはその発現を予防する可能性を提供する。操作した遺伝子を細胞に導入して,その活性を修復することもできる)

21世紀は「“こころ”の時代」に

 さらに伊藤氏は,「30兆の細胞を有する集合体としての人間(人体)はきわめて複雑な生体系を持っており,とりわけ“脳”はいわゆる“複雑系”の典型例と言える」と述べ,脳(特に大脳連合野)の進化を「(1)反射→(2)複合運動→(3)生得的行動→(4)大脳感覚運動野→(5)大脳連合野,に至る霊長類の進化の過程は,精神分析学者フロイトの説く,(1)生得的行動→(2)イド→(3)自我(外界)→(4)超自我(規範)と酷似している」と概説し,「医学と自然科学の歴史を,“17世紀は無機の自然,20世紀は生命”とするならば,21世紀は“こころ”の時代になるであろう」と示唆。
 そして前述のような3つの方策を柱として,その概略が描けるようになったおおまかなシナリオを実現するためには,「MDとPh.Dの協力」や「教育制度の改革」など,教育・研究・診療にわたった医学の枠組みを抜本的に組み替え,その上に立って組織的・計画的な研究を推進することの重要性を指摘し,「臨床の場にインパクトを与える基礎研究が望まれる」と強調して開会講演を結んだ。