医学界新聞

 

連載 クリニカル・クラークシップ
-新しい医学教育への挑戦 第3回

課題の克服


 「いままでの4年生は9時に来て受身で講義を聞いていただけだった。そこへ8時からモーニング・カンファレンスやモーニング・ラウンドなどのプログラムを組み,『学生はまず患者さんのところへ行くべきだ』という考え方のもとにカリキュラムを再構築した。どちらが学生にとってよいことなのかは疑うべくもない。ためらいはなかった」
 「日本の学生はじっとすわって聞いていることに慣れてしまっている。医師になる以上,そこから気持ちの切り換えをしなくてはいけない。それは私はできると思うんだ。私たち教員がちょっと力を貸すだけで」
 このようにクリニカル・クラークシップ(以下,クラークシップ)への意気込みを語る長村義之氏(東海大副医学部長)は,患者との日常の対話や診療チームの中での日常の対話を通して,「生きた臨床医学」を学べることがクラークシップの最大の利点だと考える。したがって,その実現にはまず「どのように学生を診療チームに参加させるか」ということが課題となる。

クラークシップ導入を阻害するもの

 1991年の厚生省臨床検討委員会の最終報告以降,多くの大学でクラークシップの導入が検討されてきたが,日本の医学教育環境にはこれを阻害するいくつもの問題が存在し,現実には,ほとんどの大学で一部の診療科の実習にクラークシップが導入されたに過ぎなかった。
 一般的に指摘されている問題点をいくつかあげてみると以下のようになる。
(1)教員数の不足
(2)病床数の不足
(3)(大学病院での)疾患の偏り
(4)教員の研究指向,教育の軽視
 クラークシップの導入には,これらの問題を1つひとつ解決していかなければならない。東海大におけるその過程を追ってみた。

不足する資源

 クラークシップが医学教育の根幹に据えられている米国では,大学医学部は関連病院を充実させており,学生は複数の関連病院で病棟実習を行なう仕組みになっている。一方,日本では外部の医療機関との連携は非常に乏しく,学内だけで教育に必要な病床,スタッフをまかなおうとするため,やりくりが難しい。
 また,米国の医学部は,4年間の大学(アンダーグラデュエイト)でリベラル・アーツ(一般教養)を学んだ者が入学する大学院(グラデュエートスクール)という位置づけであり,その卒業時にすでに8年間の教育を終えているのに加え,クラークシップによって鍛えられているために,卒後2,3年目の研修医ともなれば,すでにかなりの臨床能力を身につけている。そのため米国では研修医が第一線で診療を行ない,かつ,学生・インターン(卒後1年目)の指導に責任を持つという体制となっている。これに対して,日本の臨床医学教育は卒後に重点が置かれ,「臨床のイロハは研修医時代に学ぶ」風潮が強いため,研修医に学生の指導を期待することは難しい。「米国では研修医のレベルで処理される問題が,診療の第一線を担っている多忙な若手医師に押し寄せ,負担が過重になりかねない」(長村氏)という心配がある。
 教育資源の不足は明らかだったが,限られた資源の範囲内で工夫をしていくしかない。クラークシップ委員会では,まず米国をモデルに若手の医師2名(シニアとチーフ)と学生2名の組み合わせ,アテンディング,プリセプターと呼ばれる指導者がそれを側面から支援するというチームの雛形(図1)をつくり,各内科,各外科の医師数,病床数から算定し,それぞれの部署部門ごとに一定数のチームを作らせた(初年度は研修医に指導的役割を義務づけなかった)。日本の大学病院は専門分化が進んでいるため,まんべんなく知識・技術を吸収させようとすればローテーションさせることが望ましい。この作業では,同時に巡回計画の作成も行なわなくてはならない。
 大塚洋久氏(東海大・教育計画部)によれば,内科のクラークシップで最低限度必要となるモデル病床数はのようになるが,実際には「教育上の必要性と診療科の規模がマッチせず(教員数・病床数が不足),現時点では,すべてをローテーションするのは不可能」であるという。例えば,4年次では「血液・リウマチ内科」を回った学生は「腎・代謝内科」を回ることができない等が大きな課題となる。

配属年次:第4年次
配属期間:各4週(消化器・一般外科を含め合計28週)
モデル病床数
内科 胸部(循環・呼吸)   72床
   腹部(腸管・肝胆膵)  72床
   神経(中枢・末梢)   72床
   血液またはリウマチ   72床
   腎臓または代謝・内分泌 72床
   内科総合(分院内科)  100床
表 内科クラークシップモデル病床数

苦肉の策

 そこで,クラークシップ委員会では全科合同のベッドサイド・ラーニング(BSL)として「総合臨床学習」という4週間の実習をローテーションの中に位置づけた。これはクラークシップで経験できなかった病態やデータを見て学んだり,技術を習得する実習である。大塚氏は「限られた資源の中で,実技と同時に知識をも吸収できるバランスのとれた教育を行なうために,このような工夫をした」と努力の結果を語る。また,4年次にローテーションすることができなかった科を6年次の選択必修科目として履修することも可能にし,対策を講じている。
 スタッフの数,病床数の不足に加え,教育的な視点から見れば専門分化しすぎている大学病院の実態がこのようなミスマッチをもたらしている原因であるが,大塚氏は「将来的には効率的なローテーションを組めるような大学病院の体制が生まれることが望ましい」としている。

近隣病院との連携

 さらに,5年次においては,近隣にある6つの学外病院で3週間のクラークシップを必修で行なうことにした。この方法には2つの大きな利点がある。
 まず,不足しているティーチング・スタッフと病床数を補うことができるということ。そして,common diseases(ありふれた疾患)に触れることができるということだ。大学病院に入院している患者の疾患には偏りがある。例をあげれば,「大学病院の呼吸器系の疾患は,気管支喘息と肺癌が大きな比重を占め,学外の市中病院で肺炎などのcommon diseasesに触れる機会は貴重」(大塚氏)である。また,「(学外の)一般病院が患者さんに提供している総合的なケアにも触れることができ,専門分化の激しい大学病院では学べないことが学べる」(長村氏)という利点もある。
 そのような形で協力関係を築く病院からは,「一部の先生を『非常勤教授』として迎え,週に1度大学で学生指導もしていただくなど,実際の教育スタッフに加えた」(長村氏)。これは米国のクリニカル・プロフェッサー(臨床教授)をモデルにしたものだという。

週間スケジュール表

 「日々のクラークシップをどのように行なうか」ということも大切な問題だ。クラークシップ委員会では各科ごとの「週間スケジュール表」を作成。各委員が各科に持ち帰って,検討し作り直し,また委員会で各科によってばらつきが出ないように調整をして……。そんな作業が続いたという。図2に「各科週間スケジュール表」の1例を示す。
 その結果,クラークシップ導入後の東海大では回診が増えることになった。いままでの教授回診に,アテンディングという中堅どころの指導者が一緒につく回診が増えたのに加え,学生は診療チームの一員に位置づけられるため,なるべく多く患者さんのところに行くことが求められるからだ。「日本の大学病院は,米国の臨床研修施設に比べ,研修医の数が非常に少なく,患者さんとのコミュニケーションが十分とは言えない。クラークシップが導入されたことにより,診療チームが患者さんのところに以前より多く顔を出し,話を聞く機会が増えた。患者さんにはこれが好評だ」と長村氏は笑顔を見せる。

何をどこまで教えるか

 さらに,クラークシップの中で学生に何をどこまで教えるかということも検討する必要があった。
 厚生省の臨床実習検討委員会がまとめた「臨床実習に関する最終報告」では,社会通念上,医学生に許容される「身体的ならびに精神的にそれほど侵襲性の高くない医行為」を「水準Ⅰ:指導医の指導・監視のもとに実施が許容されるもの」,「水準Ⅱ:状況によって指導医の指導監視のもとに実施が許容されるもの」,「水準Ⅲ:原則として指導医の実施の介助または見学にとどめるもの」の3段階の区分を行なった。報告には,「一定条件下で許容される基本的医行為」の具体例も「診察」,「検査」,「治療」,「救急」の各分野ごとに示されている。
 報告は「これに基づき各大学が,学生の能力,臨床実習のカリキュラム,指導体制,実習施設等の実状に従って,許容される医行為を各科別など個別に詳細に定め,それらを指針に記載するべき」としている。また,クラークシップの円滑な運営という観点からも,そこで何をし,何を学ぶのかということを明確にする必要があった。

ハンドブックを準備

 そこで,クラークシップ委員会では「クリニカル・クラークシップハンドブック」(図3)を作成した。これには「クラークシップとは何か」から始まり,クラークシップの全容が記載されており,自分が今,何を学ばなければならないのかがわかるように作られている。この作成には数か月を要したという。
 特に各科チェックリストには,(1)主要症状,(2)各領域における診察で特に注意すべき点,(3)主要な検査,(4)領域の特色的な治療手技,(5)ルーチン一覧,(6)注意事項,(7)正常構造・機能,(8)主要疾患,などの項目ごとに学ぶべき事項が列挙され,学生は1つひとつそれを経験するごとにチェックしていく仕組みになっている。ただし,現時点では,その完成度にはまだ不満があるようで,「重点的に学ぶべき箇所(minimal essentials)をより明確にするなど,年々改訂を加えていく必要がある」(大塚氏)という。

1. 総論
2. 感染事故発生時の対応(病院マニュアル)
3. 巡回計画表
4. 各科週間スケジュール表
5. 領域別チェックリスト
 1)循環器
 2)呼吸器
 3)血液・リウマチ
 4)腎・内分泌代謝
 5)神経
 6)腹部
 7)外科(消化器・一般内分泌)
6. クラークシップ出席表
7. 教員一覧
8. 抗生物質表
ハンドブックの目次

試行錯誤の改革

 「自分はどこの科に配属されて,チーフやアテンディングは誰で,その週はどのような行動パターンになるかということや,何を勉強しなければいけないかということが明確になっていないと,学生が混乱するばかりか,教員の側も何をしたらいいか困惑してしまう。日本の大学教員は『教育者』としての教育を受けていない。まして,クラークシップのような新しい教育システムの中でうまく教えることができるかは未知数だ」長村氏らは教員の側も戸惑わないように,1つひとつ材料を準備していった。ただし,その作業は常に手探りだ
 最後に,クラークシップにおける「評価」(学生・教員の相互評価)と「ファカルティ・デベロップメント(FD)」(教育者の教育能力の開発)の試みに触れないわけにはいかない。
 クラークシップ委員会の委員を務めた谷亀光則氏(同大腎代謝内科)は「医師,研修医,学生間の相互評価とそのフィードバック,臨床能力および指導能力の評価方法を考え,実行することなくして,臨床実習の抜本的改革はできない」と言い切る。東海大では今回紹介した準備作業と並行して,学内に「評価委員会」を設置し,評価のあり方を検討。クラークシップの中に「相互評価」を位置づけた。
 また,クラークシップを推し進めていく中で,「教員の『教育への意識』を高める作業の必要性が痛感された」(長村氏)ため,学内にFD委員会を設置し,海外視察の報告会や海外からクラークシップ・ファカルティの招聘,ワークショップの開催などを行なっている。これらの試みについては,別に項を設けて紹介する。