医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


股関節のすべてを網羅した魅力あるテキスト

股関節の外科 石井良章,他 編集

《書 評》赤松功也(山梨医大教授・整形外科学)

 本書は,編集が石井良章教授,松野丈夫教授そして坂巻豊教医長というそうそうたる股関節外科専門医であり,さらに著者陣を見れば,現在そして未来へと日本股関節外科を背負って立つ71人がずらりという威容である。また28章にわたる項目は真に新鮮味のある機軸で,総論約100頁,成人編約300頁そして小児編約100頁の3部より成っている。

多数の症例を提示し解説

 まずは股関節の解剖と生理から始まるが,あくまで臨床的に必要な内容が事細かに書かれ,特に血管の詳細な解剖学は,手術者にとって大きな助けとなる。診察法の章では問診について小児と成人とに分け,特に前者ではその注意点が適切で初心者に受け入れやすい。検査法に関しては従来の画像診断法に加え,関節鏡やサーモグラフィなどが多くの症例を見せ,丁寧に説明している。治療法は基本原則からはじまり,整形外科疾患に関係の深い薬剤の薬理作用,副作用など日常臨床できわめて有用であり,装具療法ならびに運動療法はその種類や方法があげられ,各々についての説明は親切である。そして手術療法では特に従来の種々の方法に加え,最近話題の関節低侵襲手術としての鏡視下手術が新鮮である。
 第2部の成人編では股関節の形態や関節の異常,そして各種代謝性疾患や感染性疾患はいずれも股関節が中心ではあるが,各疾患の病像が総論的に詳述され,よく理解できるのが特徴的である。第9章の変性疾患では変股症を中心としてRDC,神経病性骨関節症,外傷性股関節症などが明解に述べられ,特にバイオメカニクスに関する内容は興味を深くする。これら疾患の手術療法は総論でも多く触れているが,症例をあげつつ,さらに詳しく要領よくまとめてある。骨壊死と類縁疾患については,各種大腿骨頭壊死がMRI検査,病理組織所見,さらに治療法まで詳しく掲載されている。慢性関節リウマチと類似疾患では,一般的事項のほかに乾癬性関節炎,ステロイド関節症などにも触れている。

外傷学のテキストとしても役立つ

 外傷性疾患の項では頻発する大腿骨頸部内側・外側骨折,そして種々の股関節周辺骨折が収められ,外傷学のテキストブックとしての役割も十分に果たしている。第17章では特に人工股関節全置換術が取りあげられ,ここにおける考え方,症例提示などは今後の新タイプの開発に参考となろう。
 第3部は小児編の約100頁で,成人編の約1/3と少ない。しかし18章以降の内容は骨系統疾患よりはじまり,腫瘍,各種代謝障害,感染や炎症,自己免疫疾患,血液疾患を含み,先天股脱やペルテス病に関する治療法には,手術療法を含めかなりの頁をさいている。また,骨頭すべり症や外傷性疾患そして筋拘縮症や弾揆股など,比較的稀な疾患についても親切に触れている。
 以上,全編真に読みごたえのある内容であるが,学生にはやや難解の点もある。しかし研修医以上,そしてこの道のスペシャリストにとっても格好の著書である。トピックス的診断法や治療法がよく網羅されている点,股関節疾患を中心として各疾患が総論的に詳述され便利であること,さらに症例が多数掲載され,それらがよく説明されているなどなど,数えあげればきりがない多くの特徴がある。
 書物の構成はしばしば編者や著者の性格を明らかにするという。この意味では石井教授はじめ3人の編者の,誤魔化しを嫌う生真面目で正確な性格がそのまま反映されている,非常に魅力のある秀作といえよう。多くの読者の注目を期待したい。
B5・頁506 定価(本体18,000円+税) 医学書院


日本語で学べる救急医療教育用パソコンシミュレータ

シム・クール 救命救急のための呼吸・循環動態シミュレータ
行岡哲男,島崎修次 監修/日本電気株式会社 著作

《書 評》諏訪邦夫(帝京大市原病院教授・麻酔科学)

 日本語で使える医学教育用パソコンシミュレータができた。それも救急医療という重要度の高い場面を対象としている。実に嬉しいことである。

重症患者の診断と治療をパソコン上で

 内容は,重体の患者に診断と治療を進めるもので,14例ほどの基本症例がプログラムに内蔵されている。内訳は,正常・心筋梗塞・うっ血性心不全・外傷性出血・アナフィラキシー・敗血症ショック・気胸などで,症例の組み合わせはきわめて妥当である。
 その患者に対して「モニターを選び」,「治療を選んで」いく。治療内容は,輸液のラインと種類,薬と量,ICU輸送か手術かなど多彩である。これを繰り返して,反応をみながら状況が進行する。
 このソフトには患者のモデルが内蔵されている。ミシシッピ大学のガイトン教授らが開発したもので,循環動態だけでなく肺・腎・内分泌・体液・自律神経系などを組み込んだ大規模なモデルである。

正確に身体の反応をシミュレート

 したがって,治療に対する反応は,単純な枝分かれではない。かなりの程度まで正確に「身体の反応」をシミュレートできている。
 しかも,循環動態や血液ガスなどすべてのパラメータを随時観察できるのが,パソコンモデルの圧倒的な利点である。
 日本語化の意義を強調しよう。現時点で,この手のもので日本語画面のものは極端に少なく,外国製で英語画面のものしか存在しない。
 ところが,教育の現場では画面が日本語でなくては使えない。「英語でも何とかわかる」のと「日本語だから読み取りに努力は要らない」の間の差は大変に大きい。その隔たりは,単に「英語を読むのがちょっとわずらわしい」だけに止まらない。「英語画面のソフトウェアは使わない」のが普通だから,学生たちは起動しようともしてくれない。日本語ならそのバリアはないから,日本語画面は「使うか使わないか」の分かれ道を決める決定的要因なのである。このソフトでは,かなりの部分に日本の人たちの努力が加わり,日本語化が進み,ソフトの使い勝手がいい。
 英語ソフトを使わせると,「この単語は何の意味」という議論に終始しているが,ここでは医療の勉強をしている。
 救急医療の場では,各種のシミュレータ(模型のような実体シミュレータないしトレーニング装置:挿管人形や心マッサージ人形など)が使われていて,その有用性は疑いがない。
 パソコンシミュレータには手触りがないし,手技の実習ができないのは欠点だが,その代わりに利点も多い。安くて(3万円未満),手軽で(CD-ROMで供給),保管に場所を取らず,実体シミュレータでは行なえない複雑な処置を体験し,患者の反応を詳しく把握できる。さらには,このソフトでは新しい機能や症例を加えて学習の範囲を広げることさえ可能である。
 つまり実体シミュレータとパソコンシミュレータとは併用すべきものだが,従来は前者しかなかった。ここにもう一方の範疇のものが手に入ったのは大歓迎である。
 本ソフトの完成度はかなり高いが,さらに高めて使いやすくしてほしい。ソフトは使用者からのフィードバックがあってはじめて完成の域に達する。
CD-ROM for Windows 定価(本体28,000円+税) 医学書院


次代を担う学習者が細胞生物学を学ぶために

標準細胞生物学 石川春律,近藤尚武,柴田洋三郎 編集

《書 評》坂井建雄(順大教授・解剖学)

 医学は日々進歩し,数年あるいは十数年のうちに大きく様変わりする。臨床の第一線で働く数多くの医師,そして大学の医学部で研究と教育に従事する基礎と臨床の教員は,最新の医学情報に目を向け,医療と研究と教育の水準を向上することをそれぞれに心がけている。しかし個人の努力には限りがある。新しい学問領域が育ってきたことすら気づかないことも多い。またたとえ気づいたとしても,自らの努力でまったく新しい学問領域を学習するのは,容易なことではない。
 細胞生物学というのは,そういった新しく育ってきた学問分野の1つである。私が学生として医学を学んだ20数年前に,細胞生物学の研究は電子顕微鏡を中心としてすでに始まっていた。その後の細胞培養,免疫組織化学,in situ hybridization,さらに遺伝子に関する研究技術の開発によって,細胞の構造と機能と組成に関する知見は飛躍的に増え,細胞の生命現象についての理解は大いに深まった。いまや細胞は,単に概念的に人体の構成要素であるという域をはるかに超えて,究明すべき問題を数多く含む興味深い研究対象になった。

細胞生物学をコンパクトに整理

 細胞生物学はいまや多くの研究者を抱える活発な研究分野であり,かつ次代を担う医学・生物学の学習者たちに,その内容を系統的に教え伝えるべき,確立された学問領域となった。しかし細胞生物学を学生にいかに教えるべきかは,それぞれの現場で試行錯誤を繰り返している,未だに難しい問題である。これまでにも,欧米にすぐれた細胞生物学の教科書がなかったわけではなく,またそのいくつかは日本語に翻訳さえされている。しかしそれはむしろ,大学院生の教科書となるべき大部かつ高度なものであった。
 こういった時期に,細胞生物学の研究と教育の経験を豊富にもった日本の研究者たちが,力を合わせて『標準細胞生物学』という,特に学部学生を念頭に置いた教科書を編まれたことは,大いに敬意に値する。こういった教科書を企画した先見の明もさることながら,今まさに発展中の細胞生物学の内容をコンパクトに整理し,かつ高度な内容を平明に記述した編者ならびに執筆者の力量は,並々ならぬものと思うからである。

細胞生物学の重要なポイントを過不足なく網羅

 本書の内容は,11章に分かれていて,各章がほぼ1回の講義に相当する分量にまとめられている。その内容を紹介すると,「細胞と生命」,「細胞の表面」,「細胞内の膜小器官」,「細胞の分泌と吸収」,「細胞骨格と細胞運動」,「核と遺伝情報」,「細胞の情報伝達」,「細胞の増殖とがん化」,「細胞の分化・老化・死」,「生殖と発生」,「免疫と生体防御」となっており,細胞生物学の重要なポイントはほぼ過不足なく網羅されている。
 この教科書の登場で,細胞生物学の教育における大きな問題は1つ解決されたように思う。残された大きな問題は,講義と組み合わせて行なわれるべき細胞生物学の実習である。それについては,この教科書の編者と著者たちの多くが,解剖学者であるという事実が,大きな示唆を与えてくれる。これまで学部学生の教育に本格的に導入されたことのない電子顕微鏡像の観察を軸にして,細胞現象を体験する細胞生物学の実習を組み上げる試みを本格的に始めたいと,私自身も強く願っている。
B5・頁376 定価(本体5,200円+税) 医学書院


日本の医療・保健・福祉の実態を明らかにした第一級の研究論文

保健・医療・福祉複合体 全国調査と将来予測 二木 立 著

《書 評》小山秀夫(国立病管研部長医療経済研究部)

259の「複合体」の実態

 保健・医療・福祉サービスを一体的に提供しているグループがある。私的病院・老人保健施設・特別養護老人ホームを開設しているグループを3点セットの「複合体」とすると,その数は259グループになる。このような結果が,実証研究の成果として報告されているのが本書である。
 このような調査は,これまでにないばかりか,研究すら存在しなかった。各種の施設名簿を手がかりにデータ収集を行ない,各グループに資料寄贈依頼の手紙を出し,データを整理し,疑問点があれば電話で問い合わせる。こうした血の出るような努力の結果として,259グループの存在が明らかになる。そして,これらのグループに対してさらに調査を進め,集計し,解析し,それをまとめてある。

唯一の「複合体」データベース

 その結果として明らかになるのは,3点セット以外に,訪問看護ステーション,在宅介護支援センター,看護・医療技術系・介護福祉学校を飲み込んで成長する「複合体」の実態である。たった1人の研究者の業績としては,高く評価されるべき内容であるとともに,唯一の複合体データベースの構築がいかに多大の手間が必要かを思い知らせてくれる。
 筆者は,医療問題に対する屈指の論客である二木立教授である。「最近のわが国の医療改革の議論や研究をみると,日本医療の現実と歴史を無視した,外国(特にアメリカ)直輸入の改革論や,思いつき的な概念だけを展開する改革論が目につく。本書はこのような安易な風潮に対するアンチテーゼである」と筆者は言う。
 歴史と実態の中から真理を探究するのが社会科学者の使命であり,実態なき理論は空虚であるばかりか危険ですらあることを知っている者にとって,本書は干天の慈雨である。
 多くの人々が将来に対する漠然とした不安を感じているにもかかわらず,これまでのことや今のことに対して十分に認識していないということもあれば,ひとつの現実を把握することによって,将来に何が起こるのかといったことを検討することができる場合もある。
 このような意味で,本書はわが国の保健・医療・福祉の現在,過去,未来の第一級の調査研究論文であると思う。
 評者は,本書の刊行を指折り数えて待っていた。というのは,研究テーマに強い関心があったばかりか,データベースの内容が日々更新されていることを知りたかったからである。多忙な日常業務をかかえながら,3年間に渡って精進された二木教授に対して,完全に脱帽である。
A5・頁336 定価(本体3,600円+税) 医学書院


トップレベルの内視鏡像を全世界に提示したアトラス

Atlas of Gastroenterologic Endoscopy
by High-Resolution Video-Endoscope
 長廻 紘,他 編集

《書 評》中村孝司(帝京大教授・内科学)

高解像ビデオエンドスコープによる内視鏡像

 本書は長廻紘,藤盛孝博,星原芳雄,田淵正文の4氏により編集され,さらに6氏を加えた10人により執筆された消化管内視鏡アトラスである。書名にもあるように,高解像ビデオエンドスコープによる内視鏡像がA4判170頁いっぱいに盛り込まれた大著である。
 はじめにその内容から簡単に紹介しよう。全体は5つのパートに分かれている。
 1章はIntroductionで,長廻氏の執筆になる。高解像スコープの歴史的流れの概説にはじまり,わが国で広く用いられている食道の表在癌,進行癌,胃の早期癌,進行癌分類などが外国人向けに紹介され,内視鏡診断の要点がまとめられている。また大腸鏡の部分では,腫瘍や炎症性腸疾患に関する内視鏡診断のまとめと,高解像スコープの意義が要領よく解説されている。
 2章以降はアトラスである。125×93mmの大きな画面に微細所見が拡大してとらえられ,圧倒的な迫力ある内視鏡像となっている。
 2章は食道編で,星原氏の執筆になる。68枚の内視鏡像が掲げられ,表在癌,進行癌,粘膜下腫瘍,食道炎,Barrett食道その他提示されている疾患は多彩であるが,中心は何といっても癌と食道炎で,高解像スコープ所見に加え,きれいなルゴール染色像がそえられて,きわめて明瞭に病変が描出されている。
 3章は胃編で,藤盛,樋口,柏木3氏の執筆による。62枚の内視鏡像により,早期癌,進行癌,びらん,潰瘍,胃炎など種々の疾患が示されている。中でも色素撤布による微細観察が求められる,癌や潰瘍辺縁の所見が多数提示され,診断力を養うのに役立つ。
 4章は十二指腸・小腸編で,星原,河南両氏の執筆による。びらん,潰瘍,早期癌,胃型上皮などの高解像写真が38枚示されている。
 5章は大腸編で,田淵,三戸岡,飯塚,楠神4氏の執筆により,腺腫,ポリープ,癌,Crohn病,潰瘍性大腸炎などが掲載されている,全編で最も多い105枚の像がこの部分に割かれており,長廻氏が高解像スコープに大きな期待を寄せている分野にふさわしく,色素内視鏡を駆使した,癌の鑑別診断に力を発揮する微細構造所見が見事に示されている。
 このアトラスは,現在のビデオエンドスコープではTVシステムの限界とされる410万画素という高画素数のCCDを用いた高解像スコープによって到達できた現況でのトップレベルの内視鏡像の全世界へ向けての提示である。

読影トレーニングにも役立つ

 長廻氏が序文で述べられているように,内視鏡診断と生検診断のくい違いをできるだけせばめる1つの手段として高解像ビデオスコープが役立つことが期待されており,いわばその長廻氏の期待を証明する証拠として本アトラスの症例が示されているものといえよう。また,違った面からいえば,各症例のどこをどう読むかには細かくは触れられていないので,読影トレーニングのテキストとしても利用できよう。広く一読をおすすめしたい。
A4・頁170 定価(本体15,000円+税) 医学書院