医学界新聞

 

座談会

耳鼻咽喉・頭頸部手術のこれから
『耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス』の出版を機に

小松崎篤
(東京医科歯科大学名誉教授)
本庄 巖
(司会・京都大学名誉教授)
犬山征夫
(北海道大学教授)
森山 寛
(東京慈恵会医科大学教授)


耳鼻咽喉科領域の進歩

20年前には予測もできなかった進歩が

本庄 本日は,21世紀の耳鼻咽喉科が,診断・治療を含めてどのような位置づけになるのかなどにつきまして,先生方と話し合いをしていきたいと思います。まず小松崎先生から,日本耳鼻咽喉科学会の理事長として,総論的なことからお話いただけますか。
小松崎 この20年の間に,耳鼻咽喉科の領域は非常に進歩しました。昔は,耳鼻咽喉科といいますと粘膜病変を対象としており,耳鼻咽喉科の第1印象は「蓄膿症・中耳炎・扁桃腺に額帯鏡」と言われていました。今は,耳鼻咽喉科は頭頸部外科と合わせられ,非常に分野が広くなったように思います。もともと両域とも広い分野でしたが,各々の分野がさらに進歩してきたということだと思います。
 具体的には機能検査が大変進歩したことがあげられますし,画像診断の著しい進歩も指摘されます。そして,分子生物学,遺伝子診断の領域も耳鼻咽喉科に応用されつつあります。おそらく20年前には予測もできなかったことでありますし,他科の進歩が耳鼻咽喉科に恩恵をもたらしているとも言えると思います。また,これからの耳鼻咽喉科では,感覚器が非常に大事になってくると同時に,粘膜病変もいつまでも残る問題だろうと思います。さらに,高齢社会を迎えての老齢者の諸疾患,特に頭頸部の悪性腫瘍の問題などが,21世紀の耳鼻咽喉科の視点になるのではないかという気がします。
本庄 炎症だけではなく,感覚器としての位置づけということですね。
小松崎 耳鼻咽喉科では,従来より炎症性疾患が多いのですが,考えてみると脳神経12対のうち視覚以外は,何らかの形で耳鼻咽喉科に関連があり,またその中枢機構の解明も重要と思われます。よく,21世紀は「脳の時代」とも「感覚器の時代」とも言われていますが,この方面への認識もより一層大切なことと思われます。
 また,教育をどのようにするのかという問題もあります。例えばビデオシステム導入などです。耳鼻咽喉科は,薄暗い場所でいろいろな検査や治療をしているというイメージがあり,学生にとっては印象が悪かったわけですが,現在では顕微鏡下の手術や内視鏡下の手術がテレビを通して,誰もが明確に見ることができるようになり,非常にクールに評価もできる。それは,逆に言えば医師にとっても厳しい状況となるのですが,それだけに重要な気がします。

医療機器の発達がもたらした恩恵

本庄 そういうところで,診断の進歩にも目ざましいものがあると思いますが。
犬山 私の専門は癌,悪性腫瘍ですので,やはりCT,MRIの進歩が一番大きいという印象を持っています。かつてはX線の単純写真と断層撮影だけで治療方針を決めていましたが,CT,MRIが入ることで非常に診断の精度が増しました。手術だけでなく放射線治療においても,どこの範囲を照射するかということにも役立っています。また,頭蓋底手術などでは3次元CTという分野も発展してきていますので,腫瘍の部位や大きさもわかり,どこをどう切除したらよいのかもわかるようになりました。それから外来でも手軽にできるものに超音波がありますが,これも非常に有用です。これらは,もちろん診断だけではなく治療成績にも反映していると思います。
森山 先ほど言われた感覚器についてですが,例えば鼻に関して言えば,嗅覚検査や通気度,線毛機能検査が,だいぶルーチンの検査として行なわれるようになってきました。また,味覚検査などのいわゆる五感の検査は,昔の耳鼻咽喉科に比べて大事なパートを占めるようになっています。昔は,小松崎先生も言われたように,化膿性疾患をいかに治すかだけにとらわれていたのですが,今は病気を治した上で,機能・感覚を取り戻すための鼓室形成術のように,機能回復に対して十分な注意が払われるようになったと思います。
小松崎 頭蓋底手術についてひと言追加させていただくと,この分野は1つの境界領域にもあたります。従来から耳鼻咽喉科は眼科や歯科,口腔外科,脳神経外科,神経内科,胸部外科と境界領域を持ってきたわけですが,特に頭蓋底外科に関しては,悪性腫瘍から入る人とマイクロ・サージャリーから入る人の2通りがあります。それぞれに利点はありますが,昔はとても手がつけられなかった領域である頭蓋底外科の分野を耳鼻咽喉科が積極的に取り入れています。これは世界的な現状で,機能温存的要素を含め21世紀に向かって,非常に大きな課題になると思います。
犬山 画像に関してつけ加えさせていただくなら,CTやMRIが出現したことによって新しい病気が生まれてきた。と言うと変ですが,例えば副咽頭間隙腫瘍というものは,従来の単純な撮影ではまったく診断がつかなかったわけです。それが機器の発達により診断が可能になった。つまり新しい病気がわかってきたということが言えるかと思います。
本庄 人工内耳に関しますと,幼児を対象とした機能検査が日進月歩で開発されてきて,難聴の早期発見が進んでいます。また画像については,脳機能画像で耳鼻咽喉科の領域もきちんと押さえることができるようになりました。これはこの10年間の大きな進歩だろうと思います。
森山 器具の進歩というものもありますね。内視鏡,ファイバースコープがあり,CCDカメラも小型化されて汎用されるようになってテレビモニター上で見せることができますから,学生や研修医,若手医師の教育にも役立っています。また,手術場で看護婦さんが直接に術野を見ることができるようになったことは,チーム一体で手術をしているとの実感が持てますし,コミュニケーションもよくなりました。以前は耳鼻咽喉科の手術には看護婦さんがつきたがりませんでした(笑)。頭頸部はもともと見ることができましたが,今は,耳は顕微鏡,鼻は内視鏡で見られますので,最近は手術の時に出してくる鉗子も適切になってきていますね。

治療法における進歩

本庄 治療法全般についての最近の進歩ということではいかがでしょうか。
小松崎 昔ですと,薬物治療法と手術療法が大きなものでした。薬物療法では,開発された抗生物質などをいかに耳鼻咽喉科で使っていくかが課題で,抗生物質やその他の薬剤の進歩の恩恵を被っているというところがあると思います。
 ただ,手術療法では耳鼻咽喉科は非常に独特だと言えると思います。従来の手術の他に,マイクロ・サージャリーの進歩があり,最近では,これはいろいろな科で使われていますが,内視鏡下の手術,レーザーによる手術があります。そして再建外科というものもあります。これは形成外科が非常に進歩したことと関連があります。悪性腫瘍の場合,腫瘍を大きく摘出したあとで外科,あるいは形成外科の先生方と一緒に行なうことが多いかと思います。それに機能を伴わせることで,患者さんのアメニティを高め,日常生活をなるべくエンジョイできるようなかたちでの再建術がさかんに行なわれています。
 近い将来には,分子生物学的な観点からの遺伝子治療も当然考えられます。また,先ほど本庄先生が触れられた人工内耳ですが,これは耳鼻咽喉科が他科に自慢してよいものだと思います。昔は,高度の難聴になると補聴器も役立たなかったわけで,人工内耳による恩恵は非常に大きいものがあります。日本耳鼻咽喉科学会では,かつて人工内耳の適用は「18歳以上」としていましたが,つい最近ですが学会は「2歳から」を推奨するようになりました。早期に適切な加療をすることが,後々の教育・社会生活上非常に重要だと思います。これらがこの15年の大きな進歩ですね。

患者のQOLを高めるために

犬山 悪性腫瘍の領域から言いますと,拡大手術に対する再建術があります。その一方で,ある程度のものだったら手術をしないで,例えば化学療法と放射線の併用で形態,機能の温存を図るという方向があるわけです。今,QOLを高めるという点で,そのような保存的な治療がさかんになっています。ただ,一般的にいう進行癌の場合には頭蓋底手術というものは非常に重要ですし,結局,再建外科の進歩がそれをもたらしたと言えると思います。
 頭蓋底の場合は上方ですけれども,下方にいきますと縦隔との兼ね合いが出てきます。例えば下咽頭癌,喉頭癌では気管孔の周辺に起こるstomal recurrence,甲状腺癌というものも対象になってきます。
 これらを1つの科で行なうことは,もちろん不可能でないのですが,時間を節約する意味でも,体力的な負担を軽減する上でもやはりチーム・サージェリーということが大事だと思います。
小松崎 境界領域の大きい手術の話が出ましたが,一方では1泊手術ですとか日帰り手術がありますね。例えば,慢性中耳炎や慢性副鼻腔炎の手術でも,内視鏡による手術が行なわれています。
本庄 森山先生,そのあたりに関してのコメントをお願いします。
森山 薬物療法でも,例えば滲出性中耳炎や副鼻腔炎ではずいぶんマクロライド系抗生剤が使われるようになってきているのと同時に,副鼻腔炎の手術に内視鏡が導入されて,minimally invasive surgery(低侵襲性手術)が可能になっています。従来ですと,耳鼻咽喉科の手術というのは見えない,暗い,痛い,出血が多いという劣悪な条件がそろっていたわけですが,今はとにかく患者さんにとって負担が少ない,顔に疵ができない,腫れないという内視鏡手術となり,なおかつそれも機能を温存して治すことができ,入院期間も短くなりました。
 そういうことで,非常に昔とは概念が違ってきましたね。ただ,その概念に追いつくのがなかなか大変なのだと思います。いまだによその科の先生でも,「耳の手術だとグチャグチャになっちゃうし,鼻の手術は顔が腫れる」という認識をお持ちの方がいますが,ぜひそれを変えていただきたいですね(笑)。
本庄 耳の手術も,ごく近い将来には内視鏡的によるものが増え,昔のようにラディカルな手術は少なくなっていくのではないかと思います。それはやはりマクロライドやその他の薬物治療が進んでいくことと,疾患そのものが変わりつつあるという両面からの変化が考えられると思います。

将来における手術は

本庄 これまで,耳鼻咽喉科全体についての近未来は明るく,われわれの守備範囲が拡大する可能性をはらんでいるというお話をうかがいました。これからは,耳鼻咽喉科の治療の中で重要な位置を占める手術について,お話をうかがいたいと思います。
 今回20年ぶりの耳鼻咽喉科の手術書(アトラス)となります『耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス(上・下巻)』が医学書院から出版されます。今までお話いただきました耳鼻咽喉科の進歩の中で,この手術書が出る意義といいますか,なぜ今「手術書」なのかにつきまして,編集者を代表して小松崎先生からお話いただけますか。

新しい息吹を盛り込んで

小松崎 今回出版されます『耳鼻咽喉・頭頸部手術アトラス』は,耳鼻咽喉科の手術書としては第3回目の改訂となるものです。最初の出版が,1962年の『耳鼻咽喉科手術書』で,次いで『耳鼻咽喉科手術アトラス上巻(1977年)・下巻(1979年)』と発行されました(編集室注:ともに絶版)。しかし,今回は年月も経っていますし,改訂版というよりも,むしろ新しい見地で作られたものだと言ってよいと思います。また,そうなった理由の1つに最近の耳鼻咽喉科の手術治療の進歩があります。それはテクノロジーの進歩だけではなくて,コンセプトの進歩もあると思います。
 例えば,慢性副鼻腔炎の手術や中耳炎の手術にしても,以前は粘膜を全部取らなければいけないとされていたのですが,全部を取らなくてもよくなりましたので,これらをもう1度見直す必要がありました。ですから,先輩の先生方の作られた立派な手術書に,さらに新し息吹を盛り込むということが,この新しい『手術書』の企画の最大の課題だったわけです。
 さらに,従来取り扱わなかった疾患,つまり手術が不可能と思われていた疾患も,最近の進歩によって可能となったことから十分取り入れました。それから,一般的になりつつあるインフォームドコンセントも重視しました。昔も手術をするにあたって一応話はしたけれども必ずしも十分ではない,いわゆるムンテラというものだったわけです。しかし,今は時代の趨勢でもあるのでしょうが,第3者が聞いた時にも納得のできる意見であるということが必要です。したがって,この『手術書』の中では「インフォームドコンセント」という項目では取り上げてはいませんが,そういった視点にたって,第3者に対しての説明,あるいは問題点というものを各々のテクニックの中でも取り上げています。そういう部分が,今までと相当違うところです。
森山 インフォームドコンセントに関してですが,「撮ったビデオをください」とおっしゃる患者さんがいるんですね。手術の経過などを見ながら術後の説明ができますので,患者さんはそれで納得してくださいます。もちろん画像を事前に見せてちゃんとしたインフォームをするということも大事です。どこに声帯ポリープができていて,どこをどう手術しなければいけないなどということがよくわかります。
小松崎 中耳炎で鼓膜に孔が開いていても,特にトラブルがないと少しぐらい聞こえが悪くてもいいや,という患者さんがいます。ところが実際にビデオなどの視覚に訴えますと,すごく大きな孔が空いてるということがわかりますので手術することに納得がいきます。昔はそれがわからないので,絵を描いて説明したりしたんですね。
森山 子どもの場合は,特にお母さんが心配されるんですね。正常な人のビデオと見比べて「お子さんの場合はこうなっている」と説明して,滲出性中耳炎に対する鼓室換気チューブの入っている人のビデオを見せて,「手術をすればこのようになる」と話をします。ある治療法の経過までインフォームできるんですね。これはよいことだと思います。そういう意味で耳鼻咽喉科は変わりました。
小松崎 特に手術の現場の写真を撮るのは難しいし,白黒の場合はよけいにわかりにくいということがあります。今回発行される『手術書』にはそれを簡略化して,図式化したものがたくさん入っています。これによって,先ほど森山先生が言われたように客観視できるという点から,学生の教育にも非常に参考になるものとなりました。内視鏡や顕微鏡,ビデオで見る一方で,図で手術のプロセスを追うことができるというのが,この『手術書』の特徴でありますし,私たち編集主幹もそのようなコンセプトで取り組んできたわけです。

新しい治療法の展望

本庄 確かに耳鼻咽喉科の治療学の体系を考えますと手術というのは非常に大きな柱ですね。最近の十数年の進歩をみますと,内視鏡を含めレーザー治療も入ってきました。この進歩についてはいかがでしょうか。
犬山 レーザーもいろいろなところで多用されていますが,腫瘍の領域では口腔内,喉頭といった部分に使われています。
森山 私の領域では,多くの施設でレーザーが最も使われる分野はアレルギー性鼻炎に対する下鼻甲介への粘膜照射です。手術した直後は,火傷ですから少し腫れますが,それを除けば非常に有効で,外来でも片方ずつ行なえます。長い期間漫然と保存的治療をするだけではなく,いかに効率のよい治療をめざすかといった今の医療体系の中ではとても大事な問題だと思います。
小松崎 例えば副鼻腔炎の手術などでは,昔は粘膜を全部取れるかどうかというのが手術の上手か下手かの評価になっていたところがあるわけです(笑)。しかし,今は疾患そのものが変わってきて,膿性の炎症ではなくなってきたということもありますが,functional endoscopic sinus surgeryなどの場合は,基本的な考え方が昔と違うように思います。いかがでしょうか。
森山 病態がかなり違っていることはご指摘の通りです。化膿性疾患がかなり減ってきて,アレルギーもからんできますが,疾患自体が軽症化してきています。昔も鼓室形成術ではあまり粘膜を取らないでやっていたと思うので,少し鼻の部門が遅れていたところがあるんです(笑)。いずれにしても,骨の上に張っている粘膜というものは非常に大事だという再認識があって,これは考えてみれば当たり前のことなのですが,それにやっと気がついたというところだと思います。
小松崎 耳の手術でも昔は乳突洞削開術だと乳突蜂巣を全部取ったでしょう?今は,徹底した乳頭洞削開術は,積極的にやらなくなってきてますね。
森山 抗生剤の発達もあるのではないでしょうか。
小松崎 昔の大きな手術がどんどん小さくなっているといいますか,これからはより低侵襲性手術というかたちになっていくでしょうね。

頭頸部における術式の将来性

機能温存と再建術

本庄 低侵襲性手術という点で,頭頸部ではいかがでしょうか。
犬山 昔はほとんどが根治的頸部郭清術ということで,胸鎖乳突筋から副神経,内頸静脈までほとんど取っていたわけですが,今は筋肉や静脈といったものを残すことによって,どこを温存したというような表記をしています。それからその範囲がより選択されてきています。例えば,supraomohyoid type,あるいはposterolateral typeというような分類に変わってきて,何でもかんでも切除すればよいというものではないと変わってきていますね。
 形態的にも,確かに胸鎖乳突筋などは今まで簡単に取っていましたが,やはり残せればそれに越したことはないわけです。機能的にも美容的にもそうですね。
小松崎 聴神経腫瘍でも,以前はとにかく腫瘍を取れば顔が歪むのはやむをえない,生きてるだけでもよしとしなければ,という雰囲気でしたが,今は,さらに聴力も保存しようという方向になってきています。それは,早期診断ができ,腫瘍が小さいうちに見つかるようになったこともありますが,患者さんの要求がだんだん厳しくなるということもあると思います。
本庄 再建外科でも,やはり筋肉などを利用するわけですね。
犬山 実際に始まった時は有茎皮弁の利用でした。いわゆるDP皮弁,大胸筋皮弁,あるいは広背筋皮弁などの有茎皮弁から始まったわけですけれど,現在最もよく使われているのは遊離腹直筋皮弁ですね。それから,特に下顎の再建となりますと肋骨あるいは肩甲骨,足の腓骨をつけるようなかたちで取ってきた骨も含む複合皮弁というものがかなり使われていて,それによってより機能が温存できるということですね。

遺伝子治療の方向性

犬山 悪性腫瘍では,現実にアメリカやヨーロッパはp53遺伝子をアデノウイルスに入れて,特に頭頸部の場合は局注なのですが,第2相試験が進行しています。実は日本にも依頼があったのですが,日本の場合は厚生省の認可も要りますし,学内の倫理委員会もクリアしなければならないということで,まだ実際にはスタートしていません。しかし,近い将来スタートするはずです。最初のやり方としては,遺伝子治療だけではなく,たぶん抗癌剤との併用になると思います。
小松崎 倫理的にもそのほうがよいと思います。考えられることとして,耳鼻咽喉科領域で遺伝子治療が最初に導入されるのは頭頸部腫瘍でしょうね。
犬山 いま,アメリカのMDアンダーソンがんセンターが積極的にやっているのですが,血管中に入れるとウイルスの問題があるので,局注でやっていて,いままでのところ特に問題がないということが言われています。
小松崎 そういう点では,感覚器が遅れるのではないかと思います。遺伝子治療というと,いかにも華やかな感じがしますが,感覚器に対しての遺伝子治療というものは,遺伝子治療そのものの治療法が相当確立してもなお,遅くなる分野ではないかという気がします。
本庄 難聴に関しては,当分の間は人工内耳の改良が先になるだろうと思います。
小松崎 さらに人工内耳から聴神経そのものの障害がある場合には,Brain stem implantが考えられるでしょう。適用になるケースはそれほど多くはないけれども,患者さんの要求度は非常に高いわけです。両側性の聴神経そのものの障害,NFⅡの場合は直接脳幹へ音のインプットが必要になります。将来は側頭葉聴覚中枢に直接電極を入れて音を聞かせるなどということも可能になると考えられます。

内視鏡,イメージガイドでの手術はどこまで可能となるか

森山 下垂体腫瘍の手術まで内視鏡下に鼻内より,経篩骨洞的に行なっています。患者さんへの侵襲はきわめて少なく,十分に明るい術野を得ることできますし,そういう意味では,前頭蓋底からトルコ鞍にかけての病変については積極的にアプローチできます。また,眼窩内の病変も鼻腔から内視鏡下にアプローチができます。下垂体腫瘍について,今までは開頭手術だったものが,経鼻中隔ではなく経篩骨洞ですから,より機能的と言えます。そういう意味では将来,脳神経外科との連携,協力が非常に大事になると思います。
 また最近,CTガイド下の手術が鼻科領域の疾患に取入れられています。術前にコンピュータに取込み,術中にポインターで指して,今どこを切除しているかということが,3次元的にCT像に出ます。そうすると,例えば前頭蓋底からあと何ミリだとか,蝶形洞の一歩手前だとか,視神経が接しているとかいうことがかなりよくわかりますので,副損傷の防止にもなります。ただ機械が3千万円以上と高い。将来的には当然下がるでしょうから,耳鼻咽喉科の領域には非常によい器機だと思います。
小松崎 そのためにも,やはり教育上はどうしても手術解剖が先行しますね。Image guided surgery(イメージガイド手術)というのは,何となく相手によりかかってやれるんじゃないかと思いがちなのですが,これは大間違いなんですね。内視鏡の手術は危険と裏腹であるということに注意しながら慎重にスタートしたのと同じように,イメージガイド手術も同じようにただやればよいということではありません。私も自分で行なってみたのですが,まだ自分の経験のほうが役立ちます。ある程度の経験者と同じ程度の精度を獲得することは,将来それほど難しくないでしょう。それでも,手術解剖というのは大切だと思います。
森山 いちばん大切ですね。
小松崎 きわめて当たり前の話ですが,それをおろそかにしてはいい手術はできないと思います。この『耳鼻咽喉科・頭頸部手術アトラス』の中では,手術解剖の項目が取り入れられていて,単に手術のテクノロジーだけでなく,それに対するコンセプトを要所要所に入れました。それがこの本の特徴だろうと思いますし,世界的にもユニークな本だろうと思います。

アトラス書の持つ意義

森山 現在の若い先生方が,手術治療をいかに覚えるかに関して言えば,バックグラウンドとして適応や評価,解剖を覚えなければいけないのは当然ですが,具体的には医療環境が昔と変わっていますので,少ない手術数でいかに効率よくマスターするかというのが最大の問題になってくると思います。アメリカでは,昔からアトラス的教科書がたくさん出ていました。日本にはありませんでしたので,その意味でもビデオやアトラスを使う意義は大きいですね。
犬山 恵まれていますね。内視鏡も出てきましたが,私たちの時代には,先輩の技をみせられるだけで,何をやってるのかわからなかった(笑)。
小松崎 以前,鼻の手術などでは,「見えるだろう?」と言われて,見た時にはもう血がダラダラ出ていて「はぁ」と返事はするものの,何もわからない(笑)。
森山 CCDカメラが顕微鏡にもついていますから,耳の手術でも術野がきちんと見られるという利点もあります。昔も,耳の手術用の顕微鏡はありましたが,CCDがないから単眼の側視で見ましたよね。
犬山 それが今は,見ながらいろいろとディスカッションできますものね。
小松崎 上手,下手もすぐにわかる(笑)。ですから,術者も厳しくなりますね。
本庄 今では蝸牛の中に内視鏡を入れることすらできるようになっているんですね。実際の映像を見ましたけれども,蝸牛の閉塞があるかないかを見るんですね。そのうちに内視鏡での蝸牛や半規管の手術も可能な時代になるのではないかと思います。
森山 今は,眼球の中にファイバーを入れて,水晶体を裏から見るということも可能になっているようですね。
本庄 内視鏡の恩恵というのは大きなものがあると思います。
小松崎 そのおかげで医師が年をとっても大丈夫だということで,これは大きいです。つまり,老眼でもOKだということなんですね。老眼鏡をかけてやってもたかが知れていましたけど,顕微鏡や内視鏡ですと相当の年まで,手が震えたり,ボケたりしない限りはできるわけです(笑)。
 このテクノロジーの進歩というのは非常に大きいものだと思います。若い人の教育のためであるのと同時に,ある程度ベテランの先生が継続的に手術ができるということでもあるわけですから。
本庄 その可能性を信じて,というところでまとめさせていただきたいと思います。今日は,長い時間ありがとうございました。