医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


混乱下の医療を「生」の言葉で伝える

市場原理に揺れるアメリカの医療 李 啓充 著

《書 評》日野原重明(聖路加看護大学理事長)

押し寄せるマネージドケアの波

 本書は「週刊医学界新聞」の連載に加筆して出版されたものである。著者,李博士は医学研究と診療のメッカの1つ,マサチューセッツ総合病院で9年にわたる研究生活を送りつつ,そこで遭遇する急激なアメリカの医療の変貌について,わかりやすく分析的に,また冷静に批判された。
 序文にもあるが,アメリカでは,HMO(健康維持機構)によるマネージドケアの波にすべての医療機関が洗いさらされ,それによってどのような問題が生じているのかを理解していないと,アメリカの映画を見てもニュースを見ても,その本質が理解できないほどである。本書では,保険会社の力が巨大となり,医療経済の原則による影響を十分に考え,それに対処していかないと存在し続けることすら困難なところまできた,米国の医療機関や教育・研究機関の状況が示されている。
 マネージドケアの波が日本にも襲ってくるとすれば,今の大学病院や教育病院は,もはやそれぞれの大学または病院としては立ち往生し,あるいはアメリカにおけるがごとく,企業家が大学や病院のあり方を規制するようになるかもしれないのである。
 本書は,マネージドケアとは何か,HMOとは何かを説明し,それが医療現場にどのような影響を与えたのかを示す。

看護婦の役割・質も変容していく

 まず,第1章「市場の論理が医療を変える」では,なぜマサチューセッツ総合病院とブリガム&ウィメンズ病院が,またベス・イスラエル病院とそのライバルであったディーコネス病院が合併したかなど,業界再編の動きが紹介され,その背後にあるマネージドケアの影響が示唆される。
 HMOに代表されるマネージドケアの手法とは,従来型の出来高払いの医療保険とは異なり,不必要な医療行動がなされないように,保険会社が開業医や病院側が実施しようとする医療内容に制限を加えるものである。
 本書によれば,その主な制限手法は以下の3つである。
(1)被保険者には主治医を決めさせ,その主治医には門番の役をさせることで,高額な医療が受けにくいようにさせる
(2)医師や病院が実施しようとする高価な診断や治療に対しては,保険会社が保険の適用・不適用を判断し,合意しなかったものについては保険料の支払いを行なわない
(3)医療費のかさむ患者のところには特別のナースを訪れさせて,手遅れになったために,高くつく救急医療を受けることのないようにするなど不必要な医療が行なわれないようにする
 その結果,医師や病院へ支払う医療費が減少するため,被保険者側の払う保険料(毎月の掛け金)を安く設定できるようになった。その保険料の安さゆえに,今や多くの人々がHMOに加入するようになったのである。アメリカの大都会では大病院が合併し,入院患者のベッドを減じ,正規のナースの数を減らすことにより費用を削減し,マネージドケアに対応している。そのため看護のサービスの低下が問題とされている。
 このような状況下では,各医療機関が個別にHMOと交渉すると,悪い条件を受け入れざるを得ない。そこで,いくつかの大病院が合併してHMO側と交渉し,有利な条件を引き出すなどの方略がとられるのである。本章には,このマネージドケアによる大きな変革の嵐が,診療現場にいったいどのような影響を与え,各医療機関はどのような戦略をもってこれを乗り切っているのかが紹介され,示唆に富んでいる。
 第2章「医療を決定するのは誰か」では,経済的に生き残るために病院内で品質管理改善(QCI)が盛んに行なわれていることが報告されているとともに,保険金の値段によって受けられるサービスが大きく異なる米国医療の実態がさらけ出されている。
 マネージドケアの第1目的は,医療コストの削減であるが,過剰の医療を防ぐために保険会社は利用度審査制を置き,高額医療には事前にHMO会社と医師とが電話で打ち合わせて医師が許可を得ること,その審査担当には保険会社に雇われたナースが審査担当者となるといった,ナースの新しい役が説明されている。また,ナースがマネージドケアにおける症例管理者となり,費用のかかる専門医療へのアクセスを少なくするという予防的措置も紹介されている。
 第3章「市場原理から排除された人々への医療の保証」では,メディケアという65歳以上の老人に対して負担する連邦政府の公的医療保険制度,および州と連邦政府との共同負担による低所得者に対する政府の公的援助としてのメディケイドの特徴とこれらの制度をめぐる問題が紹介され,アメリカにおける公的医療保険の現況が明らかにされている。また,無保険者に対する医療の実態なども記され,興味深い。
 第4章には,巨大病院・チェーンの非情ともいえる経営戦略が紹介されている。買収した病院では,真っ先にナースが人員制限の標的となり,そのような病院での看護の質の低下が問題にされていることなども指摘されている。
 以上のごとき事業は医療の質を低下させる恐れがあるので全米の多くの州は営利企業による非営利病院の買収を規制する法律が次々と制定されつつある由である。
 最後にマネージドケアに対して,患者を守る運動として「患者権利法」の制定の動きが報告されているが,これには多くの医療者の支持があるということでこちらの動きも目が離せない。 

今後の医療のあり方を考えさせる

 以上,本書はマネージドケアによりアメリカの医療がどのような変容を遂げたか,それにより病院はどのように集結し,または倒産したのか,非営利的病院チェーンの拡大などが,医療や研究教育その他にどのような影響を与えるのか,などにつき「生」の言葉で混乱下のアメリカ医療界の現状を伝えるものである。その内容はきわめて興味深く,これをもって21世紀日本の医療体系の方向性を示唆する情報が与えられる。看護婦・医師をはじめ多くの医療関係者が本書を読まれることを期待する。
A5・頁200 定価(本体2,200円+税) 医学書院


全編を貫く患者・家族から学ぶ姿勢

在宅看護への道 起業家ナースの挑戦 村松静子 編集

《書 評》川島みどり(健和会臨床看護学研究所長)

 急テンポの高齢化のスピードは,看護の機能を病院から施設外へと拡大する動機となり,今や3000以上の訪問看護ステーションが,巷で看護を提供して自営することを何の疑いもなく受け入れられる時代である。だが,潜在的な必要を感じつつも,リスクも伴うチャレンジを実際に行なう看護職は,ほんの10数年前までは存在しなかったと言ってよい。それだけに,当時,人の目には無謀な冒険とさえ映った看護婦の起業興しを決断した著者の先見性と勇気を称えよう。そして,有能なチームメイトを得るリーダシップにも。

「買っていただく看護」への情熱

 本書には,買うに値する看護の価値を世に問うた著者らの初心と,その過程でのさまざまな出来事に付随する苦難や喜びが語られている。会社設立への道は平坦ではなく,苦労して起草した定款さえも変更せざるを得ないほど,看護が世に出るハードルは高かった。しかし,越えなければならない障害が大きいほどに,飽くなき意欲が沸々とする様は,読者の共感を呼ばずにはいられない。そのファイトの根源が,看護の社会的承認のための「人々に喜んで求められる看護の提供」への情熱にあったからである。この強い気持ちが多様な援軍の心を動かしたことは想像に難くない。
 すべてが初体験であった日常の出来事を,出来事の集合に終わらせず,必ずそこから普遍的な教訓を引き出す姿勢は,本書の分担執筆部分を読めば理解できる。そして,何よりも,切実に看護を必要としている患者さんとその家族から学ぶ姿勢が一貫している。
 例えば,「買っていただく看護」の原点ともなったテルさんの母への介護事例からは,実に多くのことを学ばされる。在宅での終末を実現する上で家族の存在を抜きにはできないが,末期になればなるほど,素人の介護の範囲は狭められることは必定。そこで,その空しい思いを解消するのが,「最後まで私にできたこと」を体感することであるとして,老衰で意識が消失しつつある高齢の母に,せめて手作りのスープを飲ませたいテルさんの思いを経管栄養で実現した看護婦。ここには,経口摂取のできない人への機械的なチューブ栄養とは質の違った,人間的なぬくもりのある経管栄養がある。おそらくテルさんは,この達成感によって母との死別の悲しみをどんなに癒されたことであろう。

チャレンジする看護婦のために

 訪問看護はまだ緒についたばかりである。患者や家族から求められる看護を提供して,社会的に有用な機能として一人立ちするためには,この,対象から学ぶ姿勢を抜きにはできない。患者や家族との隔たりのない交流を通して,看護職自身も看護の組織も育てられていくのだろう。
 さらに,本書には,血の通った一人の女性として妻として母としての著者の思いや悩みが随所に表れている。つまり,水平な視線で在宅を見,人間としての苦悩に共感できる素地が,この大事業の成功への大きな要因でもあったと思う。
 公的介護保険実施を目前に,専門職としての在宅看護のありようを考える上からも,また,著者らの拓いた道を辿るだけではなく,より独創的な起業にチャレンジしようとする看護職にぜひ一読をお薦めする。必ず励まされるに違いない。
A5・頁156 定価(本体1,800円+税) 医学書院