医学界新聞

感染症科フェロー研修記

五味晴美(テキサス大学ヒューストン校)


 私は1993年岡山大学医学部を卒業し,沖縄米海軍病院を含む2年間の日本での研修後,1995年7月より米国にて内科臨床研修を行なっています。1995年7月から1998年6月までは,ニューヨークのベス・イスラエル・メディカルセンターにて一般内科研修を行ない,1998年7月よりテキサス大学ヒューストン校にて感染症科の専門医研修(フェローシップ)に参加しています。また今回,1998年8月に行なわれた米国内科学会(ABIM)の内科専門医試験にも無事合格することができました。
 今回私が筆を執らせていただくのは,感染症科という日本ではまだ内科の専門科としては知られていない分野で,その専門医としての貴重なトレーニングを受ける機会に恵まれたため,この感染症科がどういうものなのか,ご紹介させていただきたかったからです。

感染症科フェローシップ

米国の内科研修医システム

 まずはじめに米国の内科研修システムについて説明いたします。米国の医学部卒業生は医学部卒業後,何らかのレジデンシー(研修プログラム)に参加します。内科の場合,一般内科の研修は3年間と決められていて,その一般内科の研修が終了しなければ,内科の各専門科(循環器,呼吸器,消化器,腎臓,血液など)の研修を受けることはできません。つまり,3年間,内科の各専門科を広く浅く学んだ後,それぞれの各専門科としての研修をより深く受けることになるのです。私は,その専門科の中で,感染症科という科を選びそのトレーニングを受けています。
 感染症科のフェローシップは,各大学・各病院によっていろいろなプログラムがありますが,どのプログラムも2-3年で専門医試験の受験資格が得られるようになっています。またフェローシップは,一般内科のレジデンシーと異なり,リサーチにも重点が置かれ,臨床・リサーチとだいたい半分ずつくらいの時間が配分されます。ちなみに,私のいるテキサス大学ヒューストン校では,2年間のプログラムを提供しており,1年目は8か月の臨床トレーニング+4か月のリサーチ,2年目は逆に8か月のリサーチ+4か月の臨床トレーニングというカリキュラムになっています。そのリサーチの期間は米国の感染症学会(IDSA)や微生物学会(ICAAC)などで何らかの発表をすることが義務づけられています。

研修プログラム

 さて,まず私の臨床トレーニングを紹介します。私のプログラムでは,合計3つの関連病院と1つのクリニック(外来)をローテートすることになっています。1つはテキサス大学の大学病院で,ハーマン病院という病院,1つはリンドン・ジョンソン総合病院(LBJ)という公立の市中病院,最後に,MDアンダーソンがんセンターという全米2番目のがんセンター,さらに,AIDS外来を週1回(半日)担当することになっています。
 まず,各病院の特徴を簡単に紹介することにします。

ハーマン病院-多数・多様な症例に接する
 ハーマン病院は,ヒューストンの中でもTertiary Center(第3次救急)であるため,あらゆる近隣の市中病院から,重症患者が転送されてきます。外傷・熱傷などの特別なユニットも備わっているため,ヘリコプターでの転送も常時行なわれています。さて感染症科の私の仕事はといいますと,科にかかわらず(外科,産科,整形外科,内科など),ともかく“感染症”と名のつくものは,必要があれば診ることになります。つまり私たちは,コンサルテーションサービスとして,主治医グループに感染症科的立場から,あらゆる助言(Suggestion)をしていくことになります。私がこのハーマン病院を回る中で多く診たのは,やはり外科系の患者でした。術後の感染症,熱傷による感染症,骨折や交通事故後の感染症などです。その症例の多さと,多様性には非常に驚きました。2か月のローテーションで私は150名以上の症例を診ることができました。外科系以外にも,内科系のendocarditis(心内膜炎),osteomyelitis(骨髄炎),DM Foot(糖尿病性の足の感染症)などには非常に多く遭遇しました。

LBJ-重症例に接する
 次に,LBJという市中病院ですが,ここの病院は,社会的にも保険を持たない貧民層の人々が集まる病院で,多くの患者は病院に来た時には症状がかなり進んでいました。ぎりぎりになるまで病院には来ない(来ることができない)ことが多いので,同じ疾患でも,重症な症例を診ることになります。例えば,AIDS患者の場合,最近ではprotease inhibitor(蛋白阻害剤)の導入後,AIDS患者のコントロールは,著しく向上しているのですが,この病院に来る患者は適切な治療も受けていないため,PCP(ニューモシスティスカリニ肺炎)の重症例として入院したりすることになります。

MDアンダーソンがんセンター-希少な症例に接する
 3番目に,MDアンダーソンがんセンターですが,このがんセンターは周知の通り,全米2番目の世界的に有名ながんセンターで,世界中から(特に目立つのはアラビア系でしょうか)患者が集まっています。その症例の豊富さは類をみないと思います。多くのがん患者は何らかのClinical trial(臨床試験)に参加しているため,そのプロトコールに従ったがん治療を受けています。通訳のサービスも充実しており,例えば日本語の通訳もすぐ依頼することができます。院内の表示も7か国語ぐらいで表示されます(英語,スペイン語,フランス語,アラビア語,中国語など)。大変国際色豊かです。さて,ここの感染症科は大きくHematology/BMT(血液腫瘍/骨髄移植)サービスとSolid Tumor(固形癌)サービスの2つに分かれています。私は2か月間Solid Tumorサービスをローテートし,1か月間Hematology/BMTサービスをローテートしています。ここのローテーションのメインは,やはりBMT(骨髄移植)患者です。この分野は感染症科の中でも最も複雑で,鑑別診断も多く,Aggressive(攻撃的)に治療を要する患者ばかりです。特に真菌症(Aspergillosis)やウイルス肺炎(RSV,HSV,CMV,インフルエンザなど)の治療・研究は最も進んでいます。また,病院のチャート(カルテ)の管理も非常に効率的で,1人の患者のチャートは初診時からずっと1つにまとめられているため,その患者の“すべて”を知ることが非常に楽にできます(入院・外来カルテがすべて1つということです)。また,主なドキュメンテーション(例えば,入院・退院時のサマリーや手術記録,外来カルテなど)は,すべてdictation(口頭で録音したものをタイプするサービス)されて,コンピュータに入力されています。そのため,1人の患者がいつ・どのような治療を受けたかとか,入院中の経過が手にとるようにわかるのです。このような完全に合理化されたシステムは,全米でもかなり進んでいるほうだといえます。私が3か月間のローテーションで受け持った患者は170名前後にのぼります。

AIDS外来
 次に週1回のAIDS外来についてですが,感染症科の専門医試験の受験資格を得るためには,2年間の研修中,最低30名の長期フォローの患者を持つことが義務づけられています。私の外来は毎週火曜日の午前中と決められていて,毎日2-3名の患者を診ます。外来は完全予約制で,緊急の場合は,患者は自分の主治医以外でも,空いている医師に診てもらうことができます。これらの少人数の患者を診た後は,必ずAttending Physician(すでに感染症科の専門医である医師)とディスカッションし,自分の診断・方針を確認してもらいます。先にも述べましたが,Protease inhibitorの導入後AIDS患者の入院は著しく減少しています。また,ここの外来の患者の多くは大学の行なっているClinical trial(臨床試験)に参加しているため,高価な薬も,無料で受けることができています。

感染症科の仕事

抗生剤の使用制限

 さて,次に感染症科とはいったいどんなことをしているのか少し詳しく述べたいと思います。私たちの仕事は,大きく2つに分けることができると思います。その1つは,各患者(コンサルトを依頼された患者)が適切な抗生物質を受けているかどうかをチェックすること,また,実際に何らかの“感染症”という診断が臨床的に適切かどうかをチェックすることです。
 例をあげれば,簡単なE.coliによるUTI(Urinary tract Infection;尿路感染症)で,しかもそのE.coliが第1世代のセファロスポリンや他の安価な抗生剤に感受性があったとします。それにもかかわらず,Ceftazidime(モダシン(R))などのbroad-spectrum(広域)抗生剤を使っていたりすると,それをもっと適切な(narrow-spectrum)抗生剤に変えるよう助言します。その他,例えば喀痰からMRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)が検出された症例で,臨床的には肺炎などの症状がないにもかかわらずVancomycin(バンコマイシン)などで治療を受けていたりすると,それを止めるよう助言したりします。
 以上述べたようなことは,抗生剤の使用制限(「ID Approval」と呼ばれています)の仕事で,各病院に必ずこのID Approvalを行なう責任者がいて,広域抗生剤や,高価な抗生剤の乱用を防止しています。こうすることで,例えば,今までまったく健康な人で市中肺炎で入院した患者に,いきなりイミベナム(チエナム(R))などを使用することは,まず起こらなくなっています。

Infection Control

 2番目の大きな仕事は,Infection Controlという予防医学の一種です。先にも述べたMRSAの患者が生じた場合どうするのか? 他の患者への感染を防ぐため,その患者は隔離される必要があり,医療従事者も,特別な注意を払う必要が出てくるわけです。つまり,MRSAの患者専用の聴診器を部屋に設置したり,ガウン・手袋,マスクなどを着用し,他の患者への感染を防止します。MRSAに限らず,VRE(バンコマイシン耐性エンテロコッカス),TB(結核菌),Clostridium difficileによる腸炎,はしか,VZV(帯状疱疹)など空気感染,人から人への接触感染などが起こる感染症の院内感染の防止にも携わります。各感染症により,それぞれのプロトコールができあがっているため,それに従い,適切な防止策をとっていきます。
 以上述べたように,米国の感染症科はその専門科として,病院内でも重要な地位を占めています。遭遇する患者は内科に限らないため,各科にまたがり,非常に幅広いものとなっています。
 また臨床的には,大きくnormal host(免疫不全のない者)とimmunocompromized host(免疫不全の患者)の2つに分けられ,それぞれで鑑別診断がかなり違います。immunocompromized hostとは,例えば,AIDS,がん患者,化学療法後のがん患者,BMTおよびsolid organ transplant(骨髄移植及び他の臓器移植)後の患者,ステロイド服用患者,糖尿病,肝臓,腎臓病患者など,さまざまなファクターによって何らかの免疫不全を伴う患者のことです。このそれぞれのグループで免疫不全の種類が異なる(例えばB細胞不全のみ,T細胞不全のみ,またはその両方)ため,かかりやすい感染症の頻度が違ってくるわけです。学問的には非常に興味深い分野だと思います。

感染症科での1日

 最後に,私の日常を少し述べたいと思います。ハーマン病院をローテートしているときは例えばこんな1日です。
 朝8時すぎに病院に入ります。私には,一緒に働く,2-3人の内科のレジデントと1-2人のテキサス大学の医学部4年生,そしてアテンディング(私のその月のボス)がいます。院内でコンサルトがある場合,私か内科のレジデントが主治医グループからポケベルで呼ばれます。1日平均3-5名のコンサルトがあり,概ね平均20名近い患者をフォローしています。その20名近い患者は,私のチームの1人が受け持っていて,朝それぞれ担当の患者を診察し,データなどをチェックします。
 午後は1-2時間のカンファレンスがあり,その後1時か2時ぐらいから,アテンディングの回診があります。私たちは,その回診までに,自分の担当患者(5人前後)をチェックし,さらに新しく依頼されたコンサルトの患者を診ます。このアテンディングの回診は,人にもよりますが,4時間ぐらいかかります。アテンディングは新しい患者を中心に回診しますが,教育も兼ねるため,1例ごとに,私たちが考えるべき鑑別診断,そしてその症例に対する方針をディスカッションしていきます。
 この回診中の教育以外に,私たちのプログラムは週3回カンファレンスがあります。1つは,いわゆる症例検討会で,誰かが(フェローですが)教育的と思われる症例を発表し,みんなで鑑別診断を考え,最後に“答え”を発表し,その答え(診断)に関する文献のまとめを発表します。また,週1回,ジャーナルクラブがあり,最新の文献で,目ぼしいと思われるものをみんなで検討していきます。
 以上,大変おおざっぱではありますが,感染症科という内科の専門科がどういうものであるのか,少しでも多くの皆様に理解していただけたら幸いです。
 日本ではまだごく限られた病院にしかこの専門科は存在していませんが,おそらく将来的に必要性はますます高まると思います。そんな中,微力ではありますが,何らかの形でこの貴重なトレーニングを還元させていきたいと思います。特に学生の皆様で何かご質問がありましたら,是非ご連絡ください。
・連絡先
HARUMI GOMI, M, D University of Texas at Houston Medical School Division of Infections Diseases 6431 Fannin, JFB 1.728 Houston, TX 77030 USA
E-mail:hgomi@aol.com(英文またはローマ字のみ)