医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


弁膜症手術の変革期の現代におくる最新・最強の1冊

心臓弁膜症の外科 新井達太 編集

《書 評》井上 正(慶大名誉教授)

 畏友新井達太埼玉県立小原循環器病センター名誉総長編の『心臓弁膜症の外科』を拝読する機会があった。480頁に及ぶ大著である。一読して,いつもながらの気配りに感心させられた。著者36名。いずれも強兵(つわもの)揃いで,これをまとめて編集されるのは大変なことであったと思う。1人でも遅れるのがいれば完成しないからである。新井先生だからこそ成し遂げられたのであろう。そのご苦労にまず「ご苦労さまでした」と言いたい。

最新の術式を詳述

 編者も序言で述べられている通り,最近の弁膜症の外科は大きく様変わりし,筆者が現職の頃とは随分変わってきた。大動脈基部再建に際しての大動脈弁温存術式(II-7),自己肺動脈弁を用いた,大動脈基部再建術式-いわゆるRoss手術(II-4),僧帽弁閉鎖不全に対する弁形成手術(III-4)などの自己弁を用いた術式が大手を振って歩いているが,これらの術式が詳しく述べられているのも嬉しい。
 一方で,狭小大動脈弁輪に対する「大動脈弁輪拡大術」(II-2)も積極的に行なわれ,その術式も前方拡大術を中心に詳しく述べられており,筆者も初めて本術式を開発した1人として,きわめて興味深く拝読した。その一方で,人工弁の改良によって,狭小大動脈弁輪に適応する人工弁も開発され,弁輪拡大術を必ずしも必要としない症例のあることも事実であろう。
 弁膜症に合併する心房細動の残存は,弁膜症の手術効果を半減する嫌な合併症であるが,これに対するmaze手術の記載は,誠に時宜を得たものと考え,編者の記載項目の選択に敬意を表するものである。
 本書はこの他にも幅広く弁膜症の外科に関する項目を網羅しているが,圧巻は何と言っても編者が自身で記述された「人工弁」の記載であろう。昔懐かしいHufnagel弁から始まり,最近の2葉弁に至るまで,生体弁を含めて詳しく記載されており,郷愁を感じるとともに新しい息吹も感じ,まさに人工弁の新井の感を深くした。
 編者は,弁膜症の外科をライフワークとしてこられ,わが国のこの領域の第一人者である。編集者としてその右に出ずる者はないと信じる。常に座右に置いて参考にすべき名著である。
B5・頁480 定価(本体25,000円+税) 医学書院


精神医学を疾病理解から患者の人権までとらえたテキスト

専門医のための精神医学 西園昌久,他 編集

《書 評》倉知正佳(富山医薬大教授・精神神経医学)

精神医学を総合的観点からまとめあげる

 この度,西園昌久,山口成良,岩崎徹也,三好功峰先生の編集による『専門医のための精神医学』が出版された。これは「精神科医としての専門的知識と技能を体得」するためのテキストとして企画されたもので,経験豊富な専門家54名により分担執筆されている。これまでの精神科卒後研修の難点は,卒後研修において準拠するべきテキストがなかったことである。その1つの理由は専門分化が進む精神医学を総合的観点からまとめあげることの難しさにあったと思われる。本書は出版までに長い年月を要したとのことであるが,このようなテキストの必要性を強く感じてきた者の1人として,本書の出版を本当に喜ばしく思う。
 本書の構成は,第1章総論,第2章診断および治療計画,第3章治療,および第4章各論となっている。第1章の総論では,疾病を生物-心理-社会的側面から統合的に理解していくだけでなく,患者の人権,医療制度・医療経済,さらに卒後精神医学教育のあり方までも含めて,精神医学を広い視野のもとにとらえることがめざされている。

自己の経験に基づいて見解を明確に

 本書の特徴は,治療の実際面での記述に詳しいことで,第1章では治療者・患者関係について,第2章では治療計画と評価についてかなり詳しく述べられ,第3章では,生物学的治療,精神療法,および社会的治療-社会復帰を援助する治療について87頁にわたって述べられている。さらに第4章の各論においても治療について実際的に述べられており,例えば,薬物維持療法についてもかなり具体的な指針が示されている。本書のもう1つの優れた特徴は,執筆者が自己の経験に基づいて,その見解をかなり明確に述べておられることである。それによって,読者もまた自ら考えることが促されると思われる。したがって,本書は,研修医だけでなく,経験のある精神科医にとっても大変有益な内容を多く含んでいる。
 ただし,欲をいえば,もう少し詳しく述べられてもいいと思われる項目もある。例えば,各種検査法については,もっと図を用いるなど詳しい解説があってもよいと思われるし,各論ではアルツハイマー病(アルツハイマー型痴呆)に2頁があてられているが,痴呆は神経内科医だけでなく精神科医にとっても重要な対象であるので,もっと詳しく述べられる必要があるように思われる。
 これらは,改訂の際に考慮していただくとして,困難を克服されて,待望のテキストを仕上げられた西園先生はじめ編集者および執筆者の方々に深い敬意を表したいと思う。本書が,研修医や精神科医の座右に置かれて活用され,今後『Harrison's Principles of Internal Medicine』のように末長く版を重ねていくことを期待したい。
B5・頁558 定価(本体18,000円+税) 医学書院


犯罪を中心に社会と個人の関わり方を客観的にとらえる

司法神経心理学
概念的基礎と臨床の実際
 ホセ A. ヴァルシウカス 著/渡辺俊三 監訳

《書 評》岩田 誠(東女医大教授・神経内科学)

司法神経心理学とは

 1998年9月の第22回日本神経心理学会は,この書物の監訳者である渡辺俊三会長の下,弘前市で行なわれた。この時の会長講演のタイトルは,この書物のタイトルと同じ「司法神経心理学」であった。評者は渡辺会長からこの講演の司会をさせていただいたのだが,司会を頼まれた時,最初はその耳慣れないタイトルに戸惑い,一体どんな内容なのだろうかと不思議に思った。詐病の鑑定のことだろうかなどと勝手に想像していたところ,渡辺先生から,講演の原稿とともに,この書物の冒頭にある「訳者序」の原稿が届き,ここで初めて司法神経心理学というものの姿が朧げに浮かび上がってきたのである。そして弘前の神経心理学会の会場で,監訳者ご自身から出版直前の本書をいただいた。
 今回訳出された『司法神経心理学』の原著者ホセ・ヴァルシウカスは,ニューヨークで司法神経心理学の専門家として実践にあたっている心理学者であるという。名前が示すとおり原著者はスペイン系の人であり,本書の中でも「自分はスペイン語での会話には不自由しない」と述べられているが,このことは彼の活躍を支える1つの重要なキーポイントのようだ。それは,本書の随所に示されているたくさんの事例の多くが,スペイン語を母語とするいわゆるヒスパニック系の米国人であることからわかる。十分な教育を受けず,家族の愛情も知らず,そして英語能力も不十分なままカリブ海の島々からやってきた貧しい人々が,米国社会の歪みの中に溺れていく姿は,しばしば社会問題として語られてきた。それらの人々はしばしばさまざまな形の犯罪に関係してしまうことがあるが,その結果原著者と出会うこととなり,そして原著者によって彼らの人生の悲惨さが人間行動学的に明らかにされる。これを読んでいると,原著者の考える司法神経心理学は,さまざまな犯罪に関係した人々の「こころ」をいかにして客観的に理解するか,という問題を提起しているように思われる。

犯罪に関係した個人のこころ

 心理学は,主としてヒトの精神活動を扱う部分と,個々人の「こころ」を扱う部分とに分けられるが,司法事件では,あくまでも犯罪と関係した個人が対象となるものである以上,心理学における後者の部分がより重要視されることは言うまでもない。その点では,ヒトの精神活動として犯罪を理解する犯罪心理学とは異なった分野の学問体系であることがよくわかる。犯罪という出来事を中心にして,法律すなわち社会というものと,しばしば脳や精神の病気を有することもある,犯罪に関係した個人とのアネクドータルな関わり方を客観的に捉え,社会の中での個人の行動を理解しようという試み,それが司法神経心理学であると,原著者は主張しているようだ。
 今回の訳書では,紙面の都合で部分的にカットされた部分がかなりあるようだが,いずれの日にか完訳がなされることを期待したい。医学や生物学に関わる者たちが,科学と社会という問題を考える上にも示唆に富む,大変興味深い書物であると思う。
A5・頁264 定価(本体6,000円+税) 医学書院


実際的な緑内障治療戦略をビジュアルに展開

緑内障からみたIOL手術 近藤武久 著

《書 評》林 文彦(林眼科病院)

若い眼科医からベテランまで

 本書は綺麗な写真,わかりやすいシェーマなど,一見,初心者向けの体裁であり,著者も巻尾に,本書の目的を「若い眼科医諸君のために」と控えめに述べておられるが,読んでみると私どものように長年同じような手術に苦労してきた者にとっても,示唆と教訓に満ちた内容である。
 フェイコが日本に渡来してから30年,最近のIOL手術の著しい普及の陰には,初歩的な講習会や解説書に力を注いだ先人たちの努力があったものと思われる。
 しかし,この世界も時代の移り変わりは激しい。最近の傾向として小切開に折り畳みレンズの組み合わせが定着し,白内障手術はほぼ完成された安全な手技になってきたと言ってもよさそうである。それと同様に,最近の自動車の機能は目覚ましく向上して,初心者でも容易かつ安全に走れるようになった。しかし車の機能がどんなに優秀になっても,交通事故は少なくなるばかりかかえって激増の傾向にある。この際,平坦な直線道路での運転技術はさておいて,あらためてラフロードでの運転に意を払う時期に来ているように思われる。やはりこの書は,自らが常に始業点検を行ない,曲がりくねった山道を慎重に走り続けた著者から生まれたものであるに違いない。

一筋縄ではいかないIOL手術

 本書の表題は『緑内障からみたIOL手術』になっていて,著者のお得意の分野である緑内障への思い入れが基盤になっているのは当然としても,私はむしろⅢ章の「一筋縄ではいかないIOL手術」の感じで全編を読み終わった。
 厳重をきわめたIOLの初期の適応から見ると,私どもにとって,最近の極端な規制緩和にはいささか抵抗のあるところであるが,著者の温故知新に根ざした思考には,同感を覚えるところが数多く見られる。
 手術に際しての水晶体位置異常の危険度とその対策,緑内障手術とのトリプル手術の意義,MMCを使用したトラベクロトミー,トラベクレクトミー手術における手技と減圧効果などを考えながら読むことができた。閉塞隅角緑内障におけるUBMの写真は,私どももかねてから感じている水晶体摘出の効果に対して十分な説得力を持つものである。
 後半の術中,術後の合併症については,簡にして要を得た記載であり,エッセイ風の「ワンポイントアドバイス」,「私のノウハウ」,「忘れえぬケース」も,著者のお人柄からか,固くなりがちな手術書にそこはかとない暖かみを醸し出している。
 新刊の帯封には「手術前夜に繙く1冊」とのコピーがあったが,手術による視力回復のために生涯戦う覚悟の若者には,むしろ安楽椅子に座って,2度3度と,眼を通してもらいたいと願っている。
B5・頁140 定価(本体8,000円+税) 医学書院


高齢者の介護看護医療に携わる人のために

高齢者機能評価ハンドブック
医療・看護・福祉の多面的アセスメント技法

J. J. ガロ,他 著/岡本祐三 監訳

《書 評》鳥羽研二(東大大学院助教授・加齢医学・老年病学)

 介護保険導入を控え,介護評価としてMDS-RAPsをはじめ,各種の団体が競って評価表を発表している。
 一方,医学の場では,高齢者の総合的機能評価が東京都老人医療センター,東大老年病科,国立中部病院などで日常診療にルーチンに取り入れられている。これら両者の本質的な意味は相通じており,高齢者を疾患単位で扱うのではなく,日常の生活に障害となる機能評価を遍くとらえ,機能障害の回復や残存機能の賦活維持によって生活をより快適にするサービスを行なわんとするところにある。しかし,日本の現状では両者はまるで別の川のように交わろうとしない。

評価面からとらえた老年学テキスト

 本書は,認知能,ムード,日常生活活動度,社会的指標などの機能評価方法を詳細に紹介し,その評価方法の妥当性の検証も紹介している。さらに高齢者への対応に関し,理学所見,倫理面,代理人などの法的側面まで言及しており,評価面からとらえた1冊の老年学の教科書といってもよい好著である。高齢者の介護看護医療に携わる,医師,看護職・介護職双方にこの本の細部でなく,大筋と意味を理解してもらえば,本邦における総合的機能評価やケアマネジメントがチーム医療として確立する助けになると思われる。IADLの訳など若干の問題はあるが,多方面の知識を要する翻訳は概ね正確で労を多としたい。
A5・頁312 定価(本体3,500円+税) 医学書院