医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


臨床医が誰しも抱くうつ病診療の疑問に応える

内科医のためのうつ病診療 野村総一郎 著

《書 評》多賀須幸男(多賀須消化器科内科クリニック)

 この本の著者は,全人口の6-7人に1人が生涯で1度はうつ病にかかり,その80%はまず内科を受診すると指摘している。消化器内科を開業していると,腹部の不定愁訴を訴えて受診する患者さんが絶えない。開業医にとっては重要な収入源でもあるうつ状態にどう対応するべきか,求めに応じて注意深く繰り返して読んだ感想を書いてみよう。
 これまでも「内科医のために」と題した精神病に関する雑誌の特集や著作を何回か手に取った記憶があるが,正直なところ何も身につかなかった。しかしこの本は違う。精神病を専門としないものにうつ病診療の実際的な技術が身につくように希って書いたとあるように,読み物的な雰囲気も入れて,一般の知識人に語りかけるような平易な文体で書かれている。うつ病は気分が障害される病気であり,エネルギーの低下が基本であると言われるとわかった感じになる。しかし各所に最新の考え方が述べられていて,読み進んでいくと含蓄が深いことに気づく。

具体的で役立つ各抗うつ薬のプロフィール

 140頁の本書は,うつ病をどう診断するか,うつ病者とどう接しどう治療をはじめるか,うつ病にかからないためのアドバイスなど8章からなっているが,抗うつ薬による治療の章にある各抗うつ薬のプロフィールの項はきわめて具体的であり,たいへん役立つ。小生と同じように恐る恐る抗うつ薬を処方している医師は少なくないと思うが,そのような方にはぜひ一読を勧めたい。よく効くはずの抗うつ薬が効かなかったわけがわかり,無闇に抗不安薬を出してきたことを反省させられる。同時にうつ病のうち気分変調症は性格的な要素が大きく,抗うつ薬は10%くらいしか効果がないと知ると,専門家に紹介しても軽快しなかった某々さんにも落ち着いて対応できるようになった。うつ病の診療に心理テストはどれほど役立つか,うつ病と心身症の関係など,内科医が誰しも抱く疑問についての解説があるのはありがたい。

すべての医療従事者に

 診療の本当の技(わざ)は手から手に直接伝授してもらわないと会得できない。しかし本書を熟読して,その雰囲気がわかったように感じる。医療に従事しているすべての方に本書をお薦めしたい。2,500円と価格も手ごろである。
A5・頁140 定価(本体2,500円+税) 医学書院


がんの基礎研究と臨床の溝を埋め,さらなる発展へ

がんの浸潤・転移 基礎研究の臨床応用 北島正樹 編集

《書 評》峠 哲哉(広島大教授・原爆放射能医学研腫瘍外科)

 がん転移と聞くと,外科医になりたての頃,がん手術の前立ちした時に教えられた「no touch isolation」が反復される。お腹を開いたら,がんを「触るな,持つな,握るな」と口酸っぱく言われた。どのように気遣いをしても転移をするものはしたし,その頃,がんが転移するメカニズムもほとんどわかっていなかった。今はどうだろう。本年度の日本癌学会(阿部薫会長)で「がんの浸潤・転移」のカテゴリーに分類された演題数は,総演題数2811題のうち260題を占める。ちなみに,初めて癌学会に出席した昭和48年,第32会総会での転移の演題数は,645題のうち21題であった。「転移を制するものはがんを制する」の言葉通り,今,がんの制圧をめざす英知がここに集約されていると言ってもよい。 臨床医はこれまで,ひたすらきめの細かい臨床研究を行ない,外科手術,化学,放射線,免疫療法を駆使して臨床成績の向上に貢献してきた。加えて,原発巣からの離脱に始まり,定着,増殖に至るまでの複雑で長い過程を経て転移するメカニズムが解明されつつあるが,一方,成す術もなく,多くのがん患者を失うのも現実である。われわれ臨床家は,基礎研究に根差した画期的な治療方針の出現を一日千秋の思いで待っているが,何かの手がかりをと思っても,正直に言って基礎研究と臨床の溝はあまりにも幅が広すぎる。

基礎と臨床研究の集大成

 このたび,慶大北島正樹教授の編集による『がんの浸潤・転移-基礎研究の臨床応用』が刊行された。基礎研究と臨床の溝を埋めるべく設立されたがん転移研究会の指導的立場の方々による分担執筆である。本書はヒトがん転移の実態,臨床応用が可能と考えられる転移関連分子,がんに対する治療の現況の3部から構成された基礎と臨床研究の集大成である。基礎と臨床を対にして構成された刊行書は世に数多くあるが,いずれも基礎研究の羅列に終止している。1頁から読み出すと,臨床家には荷が重すぎ中途で疲れて後が続かない。

研究成果を必ず臨床応用に

 本書は,まず臨床の実態に始まる。これなら,臨床家が抵抗なく繙くことができる。さらに,この部の最後で臨床実態を念頭においた基礎研究の重要性に触れ,次の基礎編につなげてある。編集の妙である。基礎編には,遺伝子から細胞レベルまでの研究成果が網羅されているが,副題にもあるように各章とも必ず臨床応用への展望が触れられている。序において,「研究のための研究であってはならない。研究成果を必ず臨床応用できるように努力する」という編者の信念が記されている。特に,基礎編にはこの信念が流れ,診断・治療の場において,明日からの臨床に何が応用可能であるかと臨床家に夢を持たせてくれる。まさしく,基礎と臨床の溝が狭まっていることが実感できる書である。
 最後の章はがん転移治療の現況である。350頁にも及ぶ大著であるが,治療の部はわずか30数頁に過ぎない。これが転移治療の現状かと,寂しい気持ちもする。本書は版が重ねられ,これから新しい知見も書き加えられると思うが,その時には優れた臨床成績が満載されることを切望するものである。
 手元の第32回日本癌学会総会誌に,シンポジウム「癌転移の基礎と臨床」の記事がある。佐藤春郎,梶谷鐶両先生は「多種のがんの多様複雑な転移の様相に対応して,治療成績の集積を評価するとともに,基礎と臨床の知見を今後の転移作戦にどのように取り組むか考える」と述べられている。当時に比べれば,現在の基礎,臨床知見は膨大なものであり,ともすれば窒息しそうになる。その中にあって,本書にはわが国における研究の現況が見事なまでにすっきりと編み込まれ,息切れすることなく読み通せる。まさに,敵を知り己を知る十分な知識を持つことができ,転移撲滅作戦を立てる気概を与えてくれる書である。
B5・頁352 定価(本体10,000円+税) 医学書院


21世紀に向けた若い外科医のためのテキスト

イラスト外科セミナー
手術のポイントと記録の書き方 第2版
 小越章平 著

《書 評》平田公一(札幌医大教授・外科学)

手術のポイントを手とり足とり

 「若い外科医諸君よいざ集まらん,この場所へ!」と叫ぶが如く訴えかけている手術書,外科手技解説書である。今日までに発行されてきた教科書の型に真似て新たな教科書を完成させようとすることはやさしかろうが,本書はそこからの脱却をめざした,21世紀に向けた新しい形の教科書と言えよう。カルテ,そして手術記録の記載により自ら学ばんとする積極的姿勢のある若い外科医,そしてたとえ指導的立場あるいはそれに至らんとしている中堅外科医においても,ぜひ読んで(観て)いただきたい教科書である。また,いざという時のためにも,大切な座右の書の1つとして側に置いていただきたいと考える。
 本書からは手とり足とりコツとポイントを教えてくださるかの如き情熱が伝わってくる。これぞ小越教授の精神=The Ogoshi's Spiritともいうべき心意気がすべての頁に満ち満ちている。たとえ安易な気持ちでイラストに眼を通し始めたとしても,気がつかぬうちに己の大脳皮質に集中力が形成されていて,のめりこんでしまう。英語記載についても外科手術記録であることを踏まえた念入りな表現となっており,留学されようとする方にも必携の書と言えよう。
 自らが手術野で展開させようとする芸術をいかに発展・進歩させるかについて教わるには,何と言っても術者あるいは第1助手となって手術に参加し,執刀することが重要であるが,それと同様の比重をもって手術の技術と考え方の「コツ」と「ポイント」を,熟達・完成した外科医ならではのイラストとむだのない短い必要最小限の語句による解説から教わることができるのである。外科医から外科医へと厳しく語るがごとく,そして一方では内容的には優しく指導表現されていると思う。厳しい指導者のあのしっかりとした肉声が耳に入ってくるようである。表紙から最後の頁までのすべてを,教育上の哲学ともいうべきお考えにて浸しており,それを若い人たちに分与したいという気持ちで満たしている。加えて,めったに耳にすることのできない名医の本音も聞こえてくる。将来ある若い外科医にむだを熟知させつつもむだなく時間を過ごしてほしい,勉強してほしいという大きな期待をかけているがゆえと拝察するところである。

味のある外科医として

 1度読み終えると,考え方と手技の未知の部分を知りえたような気がする。2度読み終えたら,名外科医へと少し近づいたような気がする。3度読み終えたら味のある外科医としての発言が可能となり,素晴らしい視野をもった一外科医となれることへの保証がつきそうである。まずは「try!!」。『イラスト外科セミナー』を購入し,読んでみましょう。
AB判・頁296 定価(本体6,500円+税) 医学書院


医動物学の基本的知識から最新情報までおさえた教科書

標準医動物学 第2版 石井明,他 編集

《書 評》青木克己(長崎大教授・熱帯医学研)

 近年,世界のあらゆるところで起こっている地理的,社会的環境の変化に伴い,寄生虫病の流行にも変化が起こっている。また新しい研究手法の導入により医動物学の研究が急速に進展しつつある。
 本書は1986年に発行された第1版の改訂版で,古典的ではあるが医動物学を学ぶ上で不可欠な分類,発育・生活史,病理,臨床,診断・治療,疫学,予防の説明に加え,上記の新しい知見をかなり多くとり入れた,336頁よりなる教科書である。
 幅広い分野についての基礎的知識に加え,下に記する特長を有すので,本書は医学生,医動物学を専攻する大学院生,その他看護学生など多くの人々に適した成書である。300頁前後よりなる他の医動物学あるいは寄生虫学の教科書と比べながら本書の特長を述べさせてもらう。

エマージング・リエマージングディジーズを詳述

 内容でまず気づくことは,近年世界各地で問題となっているエマージング・リエマージングディジーズが詳しく書かれていることである。エマージングディジーズとしてクリプトスポリジウム症,サイクロスポーラ症,バベシア症,微胞子虫症が,リエマージングディジーズとしてマラリア,住血吸虫症,アカントアメーバー症,リーシュマニア症,トキソプラスマ症,包虫症が詳しく説明されている。
 医動物学は,免疫学と分子生物学に関連した分野で,研究の進度が著しい。本書ではその研究成果が発症病理や診断の項に紹介されている。また,衛生動物学にも多くの頁がさかれている。私自身が衛生動物学の知識に欠けていたためであろうか,本書の節足動物概説を読んで,改めて衛生動物学のおもしろさに気づかされた。
 本書には口絵カラー写真が100枚も掲載されている。これは本文の理解に役立つであろう。分担執筆者の数が36名と非常に多い。これはできるだけ専門家に各疾患についての説明を書いてもらいたいという編集者の意図の表れであろう。その結果,多くの項目で臨場感のある記述がなされている。特にマラリアは6名の専門家で各項目が分担執筆されており,迫力ある記述となっている。しかし執筆者が多いということは,記述内容のプライオリティの置き方が執筆者によって異なる危険性も含んでいる(もちろん疾病によってプライオリティは異なるが)。本書でもわずかではあるがこの欠点が存在しているようである。

国際的に貢献する人材育成に

 1998年5月英国バーミンガムで開かれた主要国首脳会議で,寄生虫対策の重要性が日本から提案され,共同声明に国際寄生虫対策が開始されることが盛り込まれた。開発途上国に流行する寄生虫疾患は公衆衛生上の問題のみならず,その国に多大な社会的経済的損失を与えている。この点を認識し,G8の協力による国際寄生虫対策への支援を提案したのが橋本首相であったことから,この提案は橋本イニシアチブと呼ばれている。この本で学んだ人々が将来,世界における寄生虫病のコントロールに貢献してくださることを大いに期待したい。
B5・頁336 定価(本体7,000円+税) 医学書院


情報科学の基本を総合的に学ぶ書

臨床検査技術学(15) 情報科学概論 第2版 松田信義,岸本光代 著

《書 評》安部 彰(岐阜医療短大教授・衛生技術学科)

 臨床検査技術学シリーズの『情報科学概論』の第2版が刊行された。初版が出てから3年目である。この分野はコンピュータ・ハードのすさまじい技術革新を伴うので,時宜を得た刊行である。読者の対象は臨床検査技師免許を取得しようとする,4年制,短大,専門学校の学生である。
 今やコンピュータのハード技術革新はすばらしい勢いであり,それに追従して施設のコンピュータ設備が更新されている。主記憶装置のICメモリーは大容量化,高速処理化されており,かつ安価になってきた。また,簡易な通信プロトコールが開発されて,コンピュータ間は通信を介してきわめて容易に情報交換できるようになった。
 そこで,検査・医療情報システムの端末機はパーソナルコンピュータが中心になり,クライアント/サーバ方式のネットワーク(LAN)構成が主流を占めている。もう1つの大きな革新は,インターネットの普及である。世界中の情報がリアルタイムに送受信できるし,施設の情報が容易に国内外に公開できるようになった。
 このような時代にあっての本書の主な特徴を述べる。「通信ネットワークシステム」は,初版に比べて最も新しい内容になった章である。インターネットについて,その仕組み・構成がパソコン通信との違いを例にしてわかりやすく説明されている。新しい通信網であるOCN(オープン・コンピュータ・ネットワーク)やISDNの解説も理解しやすい。
 「情報処理システム」では,最近主流となっている分散処理システムのローカル・エリア・ネットワーク(LAN),クライアント・サーバ方式,マルチメディアについて図式で説明されている。システムの構成や接続に必要な装置やソフトプログラムについても,詳細に解説されている。
 実習編にはウインドウズ95の基本操作が詳しく説明されている。最もよく使われるワードプロセッサーソフト・ワードと,表計算ソフト・エクセルの実習を示している。臨床検査技師として必要な内容を例にして,印刷まで一連の操作が初心者にとってむだなく学習できる。

情報・通信処理の入門書

 情報処理に関連する用語はどんどん新しく使われる。本文中の重要な用語はゴチック体になっているので,速読ができ学習しやすく配慮されている。種々な最新のハード器機の性能表も随所に紹介されている。学生ばかりでなく臨床検査に携わる人への「情報・通信処理の入門書」としても推奨できる。
B5・頁110 定価(本体2,000円+税) 医学書院


呼吸器の分子生物学を本格的に扱った最新テキスト

呼吸器疾患の分子生物学 川上義和,他 編集

《書 評》工藤翔二(日医大教授・内科学)

 第2次大戦後の呼吸器病学すなわち結核であった時代を過ぎて,やがて訪れた近代呼吸器病学の前半史における花形は呼吸生理学であり,後半史の主役は細胞生物学,分子生物学の発達といえよう。われわれが呼吸器病学を学び始めてしばらくした頃,「細胞レベルではどうか」というフレーズが盛んに使われた。今日,それは,「分子レベルではどうか」という言葉に置き換わっている。呼吸器病学において,呼吸生理学や病理形態学など臓器あるいは組織レベルを対象とした学問の重要性は今も変わっていない。しかし,疾患の本質である病態と病因の追求に関わろうとする時,細胞生物学と分子生物学なしには前に進むことはできない。

ラボから臨床現場へ

 初期の分子生物学は解析手法を中心としたラボの中の学問として出発した。しかし,近年では臨床に関わる診断・治療あるいは疫学研究など,分子生物学は医学の幅広い分野にわたって着実にその根をおろしはじめている。呼吸器病学の分野でも確実にその進行がみられる。このような展開は心電図の発展の歴史にも似ている。心電図が日本に導入された頃,われわれの学生時代もまだそうであったが,必ず最初にアイントーベンの三角形の論議があった。これが理解できなければ疾患状態での理解には到らないと考えられた時代である。しかし近年では,難しい理論は抜きにして自動診断装置までついた心電計が診療現場で使われている。今まさに心電図の臨床応用の歴史と同じように,分子生物学はラボの中から疾患の本質へ,さらに臨床の現場へと橋渡しが試みられようとしている。その過程では,真に臨床に有用な情報だけがふるいにかけられる作業が進むだろう。
 移行期には基礎的問題とその応用についての両方を知ることが求められる。私を含めて臨床医にとっては,取っつきにくい新しい分野の出現に戸惑うこともあろう。本書,『呼吸器疾患の分子生物学』は,まさしくこのような移行期を意識して編集されている。第1章では臨床からの導入に相応しく,呼吸器の各疾患ごとに分子生物学との接点がレビューされ,第2章でより基礎的な細胞分子病態の各テーマについて最新の知見がまとめられている。各総説の結びには今後の研究の展開に関する問題点が論じられており,発展途上にある研究の位置づけが理解しやすい。第4章では,分子生物学に必要な基本手技がかなり詳細に記載されている。この点では,本書はラボで使われるいわゆるクッキング・ブックを兼ね備えている。最後の章では,分子生物学に関わる最新の情報をどのように入手するかについて,インターネットの活用を含め具体的な方法が書かれている。

幅広い層の呼吸器医に

 以上が本書の構成の特徴というべきものであるがこれは,第一線の臨床医,臨床の立場から実験研究の指導に当たる研究者,基礎の研究者,の3者のねらいが本書の編集にそれぞれの立場で見事に表現されていると言うべきであろう。呼吸器の分子生物学を本格的に取り扱った類書は必ずしも多くない。これを欧米に求めるならば,「Molecular Biology of Lung Disease」(P.J. Barnes, R.A. Stockley, Blackwell, 1994年),「The Lung Molecular Basis of Disease」(J.S. Brody W.B. Saunders, 1998年)がある。本書は,これらのいずれよりも本格的に分子生物学を解説しているという点で,初学者から研究者まで幅広い層の呼吸器医にぜひお奨めしたい。
B5・頁468 定価(本体16,000円+税) 医学書院