医学界新聞

日本版DRGに基本的な視点を

田原 孝(国立肥前療養所・精神科医長・医療情報室長/日本診療録管理学会理事)


 「21世紀の新しい社会に向けて,医療保険制度の抜本的見直しが必要」との視点から,厚生省では諮問機関である医療保険福祉審議会で,医療費のむだの排除や医療費の適正化・効率化をめざした「医療保険制度の抜本的改革」の検討が行なわれている。審議会では,「出来高払い・定額払い」「薬価基準」をめぐる論議や,2000年度実施に向けた「診療報酬体系の見直し」の議論も活発である。
 本紙では,その一環として導入されるであろう「日本版DRG」について,ユニークな視点からの検討を続けている田原孝氏に,その考え方などを著していただいた。


科学的根拠に基づく標準的な医療のために

 今後の日本の医療,福祉の方向を決定づける大きな要因は「診療情報の開示」と「急性期定額制(いわゆる日本版DRG)の導入」の2つの動向である。
 前者は昨年6月,「カルテ等の診療情報の活用に関する検討会」が患者の開示請求権を認め,医療法改正を含む法制化の作業に入った。後者は,昨年11月から国立病院などの10施設で試行が始まったが,多くの問題を抱え先行不透明である。

DRGと支払い方式は別のもの

 現在,日本に拡がっているDRGの概念には誤解があり,議論が混乱することが多い。そもそもDRGとPPSなどの支払い方式は別々の概念なのである。日本で「DRG」という場合,(1)本来のDRG(Diagnosis Related Groups),(2)DRG/PPSの略,の両方の意味に使われているが,話題にする時にはどちらの意味なのかを注意する必要がある。
 本来の「DRG」は,ICD(国際疾病分類)の病名を「くくり」として重症度や合併症などの臨床症状を考慮し,同じ程度のコストや医療資源を同一グループに分類する方法である。これにより医療費が,何に,どう使われ,どのような結果や効果をあげたか,を測ることができる。これに定額支払い方式PPS(Prospective Payment System)が結合してDRG/PPS(疾病群別定額支払い方式)となる。つまり,DRGとPPSはもともとは無関係であり,それらを結びつけるのは政策の問題なのである。
 なお,米国では医療費高騰の抑制を目的として,15年前からDRG/PPSを導入しているが,約30%の退院患者にしか適用されておらず,また,医療費増加を抑える効果にしても評価をされているわけではない。むしろ最近では,導入による医療の質の低下や早期退院患者の問題が浮上し,DRGの役割は終了したと考えられ,人頭払いが主流になっていることは留意に値する。
 ところで「日本版DRG」という言葉も,(1)PPSの導入を前提として米国版DRG/PPSやそれを改訂したものを導入する,(2)病名による「くくり」はくくりの1つと考え,日本のデータを基に複数のくくりを統計的に抽出し,その内容とくくり間の関係を明らかにする。さらに,この過程で得られた知識と技術を基に医療の実体を解析する方法を開発する。この場合,支払い方法は必要に応じて上記の結果を基に検討する,という2つの立場で用いられている。ちなみに厚生省の試行は上記の(1)である。

DRGは標準的な医療を確立するツール

 私は(2)の立場から,「日本版DRG」の調査,研究に携わっているが,DRG→PPSという先入観を捨てて,DRGを医療の実体構造を解明し,標準的な医療を確立するための研究や質評価・管理ツールと位置づけるべきであると考えている。
 支払い制度が成立するためには,疾病に対して標準的な医療という考えが確立していることが前提である。標準的な医療が確立してはじめて標準的なコストが算出できるのであり,これによって支払い方式が正当化されるのである。
 現在の日本の医療では,ほとんどの疾患について標準的な医療という考えが成立していない。「裁量の範囲」といった言葉で我流の診断や治療が行なわれているのが現状であり,医療過誤や不信の温床となっていると同時に,コスト面ではレセプト審査の際に,支払い側の恣意的とも思われる減点や支払い拒絶に時折り遭遇する。
 しかし,きちんとした科学的根拠に基づいて標準的な医療が確立すれば標準コストが計算でき,さらに質管理にも活用できるのである。

複雑系-カオス理論による「日本版DRG」

医療の基本的構造はカオス-複雑系

 私たちのDRGの調査,研究から,医療の基本的な構造はフラクタルや決定論的なカオスが内在する複雑系であることがわかってきた。調査結果は,いずれも従来の常識が否定され,新しいものの見方と対応が迫られる重大な内容である。
 例えば,病名は複数のくくりの1つでしかないことや,病名をはじめとする多くの医療指標が平均や分散を持たない分布(フラクタル分布)であり,このため頻度という概念が成立しなくなることがわかってきた。したがって,日本版DRGには米国版DRGにはなかった複雑系やカオス理論による新しいビジョンや理論枠組み,新しい解析方法が必要となる。 米国版DRGがうまく機能しなかった原因としては,政策面の問題よりも医療がフラクタルであり,複雑系であるという本質的な構造に立脚して立案されていないことにあったと考えられる。

科学性と医療の実体構造を基本的な視点に

 日本の医療の実体分析や科学的根拠を抜きにしては,医療評価も,支払い制度の策定も,裏づけある診療報酬の改定も,医療提供側と支払い側との合理的な合意も,さらには国際的な認知も不可能であり,その要は「DRG」である。
 本質や基本的な構造に立脚することなしには実体を反映した答えは導けないし,基本的な視点を欠くと,将来にわたり大きな誤りを生じる。その基本的な視点は「科学性」と「実体構造」であるといえる。
 現在,複雑系-カオス理論による「日本版DRG」に1つの形を与えたいと考え,研究を進めているところである。