医学界新聞

災害看護学の構築をめざして

日本災害看護学会が設立される


 1995年の阪神・淡路大震災,地下鉄サリン事件をきっかけに,大規模災害に対する危機管理意識が社会的問題として捉えられはじめ,医療の分野でも施設単位で,また地域単位での災害時における対応策が講じられるようになった。昨年発生した和歌山市の「毒物カレー事件」では,改めて医療側のすばやい対応と危機管理が話題となったが,看護職にもこれら災害時における対応が求められるようになってきている。
 日本看護科学学会では,阪神・淡路大震災での経験を基に,1996年から災害看護研究特別委員会(委員長=兵庫県立看護大 片田範子氏)を設置し,災害看護のあり方などをめぐって議論を重ねてきたが,学会組織としての活動が不可欠とのことから,日本災害看護学会設立をめざし,同委員会のメンバーを中心に設立準備委員会(代表=兵庫県立看護大学長 南裕子氏)を設立。83名の看護職,各県看護協会や病院など29組織の同意を得て,同学会の発会式が,昨年12月13日に,神戸市の国際健康開発センタービルで開催された。なお,当日は全国から看護職を中心に約200名が参集。また,ベス・マゼラ氏(米・公衆衛生局長官補佐看護部門責任者)による「世界の災害看護の動向-災害のもたらす健康への影響」と題する記念講演も行なわれた。

 


災害医療におけるリーダーの役割を

 同学会は,「看護界全体として災害看護の活動を体系化し,共有できる知識体を確立する必要がある」とし,「災害看護に関する活動体制および方法の開発,国際的な研究ネットワークの開発」などを目的(設立趣意書参照)に設立されたが,理事長に就任した南裕子氏は,発会式の挨拶の中で世界中で相次ぐ大規模災害,犯罪事件などを例にあげ,「災害は人ごとではなく,日常のこととなりつつある」と指摘。また,「災害看護の確立には看護職だけでなく,地域,研究者,臨床家など,学問を超えた学際的なネットワークが必要」と強調した。さらに災害看護には国際的な視野も必要とし,「アカデミックなものはもちろん,実際の活動を通して看護を見直す」ことも学会の目的と訴えた。
 また,昨年12月に日本看護科学学会理事長に就任した中西睦子氏(神戸市看護大学長)が来賓として挨拶。「災害看護は,日常の生活が突如くずれたところの心のケアを含め,看護の中でも社会性の濃厚な分野」と位置づけるとともに,「どのようにネットワークを組んで発展していくかが今後の課題。知識の積み重ねでの成果を期待したい」と述べた。
 一方,もう1人の来賓である太田宗夫氏(日本集団災害医療研究会代表,大阪府立千里救命救急センター所長)は,「救急医が災害医学を認識していなかったわけではないが,『災害医療は平穏な社会には不要』と言われる中ではなかなか認められない存在だった」として,1996年には「日本集団災害医療研究会」を結成(本年2月に開催される第4回研究会で学会に昇格)したことなどを述べた。また,「災害医療は,広く社会に認められなくてはならない分野」として,本学会の設立にあたり(1)災害医療の学際的な土台を論議する,(2)集団災害に関連する医学会と協調し歩む,(3)国際的な視点を持つ,(4)医学では到達できない看護の視点を持つ,の4点を今後の課題にあげた。その上で太田氏は,「学会としての成果を災害医学・医療に還元するリーダーとなってほしい」と今後の発展を望むエールを送った。

災害発生後の精神的サポートを重要視

 「災害が健康や環境に及ぼす影響」に関する記念講演を行なったベス・マゼラ氏は,まず最初にアメリカにおける自然災害の被害と対応などを概説。また,ヘルスケアの実践者としては,不測の事態に対応できるよう,高齢者やハイリスク者を含めた地域における人口の把握が,災害が発生するまでの予防計画として必要になることを述べるとともに,病院自体が被害を受けた場合の対応を考慮しておくことを強調した。また,そのための施設間のネットワーク作りと,サービスを提供できるまでのバックアップ体制の構築の必要性を論じた。
 さらに,「精神衛生の問題は過小評価されやすい」として,心的障害などについて触れ,特にハイリスク者,低所得者にはストレスが強く,サポートの少ない高齢者,子ども,精神障害者へは危機介入が必要と指摘。また,女性には急性ストレス障害や現実感の喪失が多く見られ,男性はアルコール逃避,敵意が目立つにようになることも指摘し,「サポートネットワークを持っているかが重要になる」とを述べた。
 一方で,医療者やボランティアなどの救援隊は「スーパーマン」ではないことを強調。精神的問題は,その責務感から救援隊にも起こりえるとして,「セルフケア思考」が重要であることを指摘し,その実例として消防隊や軍隊などが応用している,経験の共有と追体験を基とした「ピュアカウンセリング」を紹介した。その上で,看護の役割としては,(1)看護計画,(2)ケア提供,(3)近辺対応,(4)健康教育者などをあげた。
 なお,第1回日本災害看護学会(南裕子会長)は,きたる7月20日に,兵庫県立看護大学で開催されるが,同学会では一般演題なども募集している。募集要項,会員登録,参加などに関する問合せは下記まで。
・事務局:〒673-8588 兵庫県明石市北王子町13-71 兵庫県立看護大学内
 TEL(078)925-9427/FAX(078)925-9424

《日本災害看護学会設立趣意書(抜粋)》

 1995年は阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件など,未曾有の災害が発生した年でありました。これらの体験を通して,災害看護に対する系統的な知識が不足していることを実感いたしました。また,研究の分野では研究報告,特に被災した人々の長期的な看護上の問題に関係する研究は少なく,災害時の長期的看護に関する研究の必要性を痛感いたしております。
 看護界全体としての災害看護の活動方法を体系化し,共有できる知識体系を確立する必要があると考えます。国内外ならびに学際的なネットワークを発展させ,研究・情報の蓄積を通して災害看護学の構築を目指すことが今後の社会的な使命でもあるといえます。
 私たちは災害看護とは,「災害に関する看護独自の知識や技術を体系的にかつ柔軟に用いるとともに,他の専門分野と協力して,災害の及ぼす生命や健康生活への被害を極力少なくするための活動を展開すること」と定義しました。
 21世紀日本の災害看護に関連して,これから検討しなければならない課題は (1)災害看護に関する知識体系を確立する,(2)災害看護に関する活動体制および方法を開発する,(3)災害看護学としての教育プログラム体系を確立する,(4)災害看護に関する国際的研究ネットワークを開発する,(5)その他災害看護に関わる諸処の課題に取り組むことと考えます。
 こうした諸課題に体系的に取り組むために英知を集め,それを共有し,真摯に批判しあう学会組織の活動が不可欠だろうと思います。そこで「日本災害看護学会」を発足させたいと考えます。