医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


「脳波を読む」ということを教えてくれる1冊

誤りやすい異常脳波 第2版 市川忠彦 著

《書 評》細川 清(香川医大名誉教授)

 記録用紙に現れる脳波表現は,言ってみれば上がり下がりのきわめて簡単な曲線に過ぎない。しかし,ここに多くの問題と奥の深さがあることは,脳波判読の実際に携わった者なら誰でもよく承知していることである。

脳波判読に「視察」が必須

 市川忠彦氏の『誤りやすい異常脳波』を,初版として手にとった当時,ある感慨を強く抱いたことを思い起こす。脳波判読は成書に記載されていない,いろいろな紛らわしい,かつ解釈の難しい,そして人為的な,いわゆるアーチファクトの混入など,単なる波形の連なりと言うわけにはいかない人の目,つまり「視察」が必須だから,この書にいち早く拍手を送った次第であった。今,この第2版を目の前にして改めて氏の思いの深さに感動を覚える。
 誤りやすいということは,似て非なることを見抜くというだけではなく,同じものでも時に解釈が異なることがあるということも含まれてくる。脳波にはそういうところが多い。意外に複雑な所以であり,氏の指導的念慮が強く伝わってくる。

経験的に体得する視察力の重要性

 これがスパイクだと言う時,どうしてこちらのほうはスパイクでないのかと言うようなところがあるのが脳波表現の特徴である。これはスパイクですと言える視察力が体得できれば,ほとんどその人は「脳波」を卒業していると言ってもよい。くしくも著者は,コンピュータによる解析の定着を懸念し,経験的に体得する視察力の重要性を強調している。文字通り,脳波を読むということである。
 今回の第2版には,老年者の徐波異常脳波をはじめ,6項目が追加された。時代に適ったことでもあり,さらに充実したものになっている。
 この書の背景には著者の精神医学者としての深い洞察力が根強く息づいている。鋭い観察が患者の状態を見抜こうとしており,氏が学んだフランス,氏が師事した,かのアンリー・ガストー教授のエスプリが伝わってくる。ガストー教授の本書に寄せられたメッセージには,脳波学を学ぶ上で重要なことは,患者と2人で,一種のシンポジウムを行なう気持ちをいつも持つことであり,それが常に,臨床研究に携わる者にとって,実りの源となると書かれている。脳波判読を誤るということは,かかる精神の欠如によってもたらされるものということもできよう。ぜひとも座右に置き,その多様性と臨床背景を学んでほしい。
B5・頁248 定価(本体4,700円+税) 医学書院


初心者からベテランまでレベルに応じてわかりやすく解説

大腸内視鏡挿入法 ビギナーからベテランまで 工藤進英 著

《書 評》酒井義浩(東邦大教授・内科学)

 昭和44年に大腸スコープが初めて市場に登場した時には,視野角60°前方斜視10°,先端屈曲能up110°,down90°の2方向であり,続いて登場した4方向屈曲のスコープでさえ,左右に90°が可能になっただけの仕様であった。今から思えば天地の差というべきであり,これを使用して深部大腸に導くには,できるだけ送気して管腔を拡げて,管腔の中心を確認しながら,大きなループを形成して挿入する必要があり,さらにはこれを補助するためのX線透視台や介助者を必要とした。田島の逆「の」字型挿入法も,こうした歴史的背景の中では必然であった。しかし今やスコープをはじめ周辺機器は進化し,技術のみが問われる時代になった。大腸癌に対する啓蒙と老人保健法による大腸癌検診の一時的助成とが受診人口を増やし続けている現在,「盲腸まで5分」は当然であり,そのためにはもたつきは罪悪でさえある。

必須手技を技能別に助言

 本書はこのような状況で効率のよい,負担の少ない内視鏡のために,必須手技を技能別という新しい提案の下に助言する試みを展開している。冒頭で技量をレベル1から4まで分類し,その上にレベル5を設けて,レベル1・2を初心者,3・4を中級者,5を上級者とし,軸の軟らかいスコープを嫌って硬いスコープでの挿入を推奨している。
 腸管を短縮して挿入する限り,被検者の苦痛も軽微であり,早く盲腸へ到達でき,偶発症もないことをさまざまに検証しながら,基本手技としての「軸保持短縮法」が解説されている。ことにS状結腸から下行結腸に至る過程に力点が置かれている。基本姿勢,フリー感,ねじれについての説明がなされた後に,「挿入の実際」が述べられている。ただここでは基本的事項(送気,吸引,先端の屈曲と回転,用手圧迫,体位変換など)について書かれているだけであり,実技としての記述は後半の「挿入技術の応用」に譲られている。
 しかしながらその項では,S状結腸の通過に関して3パターンに分けて1頁ずつ解説されている。大腸内視鏡の挿入上の要点はここであり,本書の核心とも言える部分であるが,それまでの基本的事項との重複を避けるためか,意外にさらっと書かれている。内視鏡を握る大半が遭遇する困難はこの部であるだけに,事例などを織り交ぜながら,通過法が解説されてもよかったのではないだろうかと惜しまれる。
 サブタイトルは「ビギナーからベテランまで」であるが,初心者はS状結腸で終わるべきと2頁目には書かれている。初心者に奮起を促そうとした著者らしい配慮と思われるが,書かれている内容は初心者に照準が合わされているというよりも,中級者が技術の修正のために読まれると示唆に富むと思われる。技術は言語,時には映像でさえも表しえないことがあり,著者の願いと読者の思いとを合衝させえないことはしばしば経験される。これまで類似の成書が存在したが,いずれも定番となり得ていないことからも,技術伝達の難しさを物語っているのであろう。
 文中には「適切な処理の方法」「光と影の微妙な変化」など経験者でなければ理解できない章句が少ない点で好感が持てる。時折コラムを設けて息抜きが試みられているが,読者によって好みが分かれることになろう。また用語も少し不用意であるのが気になる。本書が与える影響力は大きいはずであり,学会が定めている用語集が参照され対比されるべきであったと思われる。

軸保持短縮法の必要性を伝える

 ともあれ,著者の熱意は大腸癌を駆逐するためには多数例の内視鏡経験の必要性を訴え,そのためには「軸保持短縮法」が必要であることが脈々として伝えられており,さらに上達をめざす術者には励ましの書として意義が高いものと思われる。
B5・頁134 定価(本体12,000円+税) 医学書院


医療スタッフ必携のうつ病テキスト

内科医のためのうつ病診療 野村総一郎 著

《書 評》吉岡成人(市立札幌病院・内分泌代謝内科)

 内科における診療,特に外来診療では慢性疾患が中心となっており,たくさんの患者さんを長期間にわたってフォローすることが内科医の仕事の主体となってきている。患者さんは「身体の問題」を主訴として通院するが,内科疾患の治療の経過中に「精神のトラブル」を抱えることは決してまれではない。
 私は一般総合病院の内科医として,専門の内分泌代謝疾患を中心に日常診療にあたっている。私の外来でも,家族やペットの死をきっかけに抑うつ状態に陥った方や,転職,職場の些細なトラブルからうつ病となり精神科医の治療のもとで,安定した精神状態に戻った方が少なからずいらっしゃる。
 この度,野村総一郎先生の『内科医のためのうつ病診療』を拝読し,一般内科医もうつ病を正しく理解し,適切に対応することの重要性を再認識した。

「うつ病」の概念と診療の実際を真摯に解説

 本書は「うつ病」の概念と診療の実際について真摯にきめ細やかに解説されたもので,コンパクトではあるが深い内容を持った良書である。構成は,うつ病の概念に始まり,症候論と診断,うつ病者との接し方(「うつ病患者」ではなく「うつ病者」と先生は書いておられる),抗うつ剤の使用法,症例の紹介,うつ病にならないためのアドバイス,精神科医との連携,うつ病の病因論と筆が進められている。
 うつ病は一般的な病気で,生涯に1度以上うつ病になる人は人口の15%にも及ぶという。うつ病はストレスによって引き起こされる,「ゆううつで,気力が全くなく,悲観的な考え方に陥り,追いつめられた感じになり,さまざまな身体症状を引き起こす」病気であり,患者を理解した上での適切な治療が不可欠であると記載されている。

治療の場における「Do」と「Don't」

 うつ病者との接し方の章では,うつ病をどのように説明し,どのように治療するかを細かに説明しており,明日からの日常の診療にすぐに役立つ。初期治療で叱咤激励をすることは,「やってはいけないこと」として,1つの項目に取り上げられている。治療の場における「Do」と「Don't」が,一般内科医にもよくわかるように配慮されている。
 薬剤の使用法を解説した章でも,抗うつ剤のプロフィールを野村先生の豊富な経験でまとめあげ,類書にはみられない明快な説明をなさっている。クリアカットな薬剤の選択基準に加えて,いかに効果的に薬剤を使用するかということに心を砕いて解説してくださっている。
 うつ病を防ぐ日常の心構えについては,几帳面すぎることの危険性,柔軟な考えの重要性を説かれており,私自身や身の回りの人たちを見つめ直し,「なるほど」と頷かされることがちりばめられている。
 内科医を含む非専門家の医師が,うつ病を的確に診断し,適切にマネージメントすることのノウハウを記載した本書は,うつ病という1つの疾患にとどまらず精神神経科領域の疾患の興味深さ,おもしろさをも私たちに与えてくれる。
 一般病院に勤務する内科医のみならず,医療スタッフには必携の1冊といえる。
A5・頁140 定価(本体2,500円+税) 医学書院