医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


がん転移の多因子ネットワーク制御への有力な指針

がんの浸潤・転移
基礎研究の臨床応用
 北島政樹 編集

《書 評》谷内 昭(札幌医大名誉教授)

基礎研究を臨床に生かす意欲をかきたてる

 敬愛する北島政樹教授(慶大外科学)の編集になる『がんの浸潤・転移-基礎研究の臨床応用』(医学書院)が刊行され,好評を博していることは誠に喜ばしい。北島先生はがん転移研究会のactive memberであり,文部省特定領域研究,厚生省新対がん10か年戦略のがん転移・浸潤に関係する分野の研究班において活躍してこられた。また先生は常に基礎研究を臨床に還元・応用しようとする強い意欲を持って臨床的研究を進めて来られたことから,本書の編集にあたってその意図が十分に配慮されていることが首肯される。すなわち,この分野の基礎研究の成果がいかに臨床応用されているか,また将来応用される可能性を秘めているかなど,臨床医にも基礎研究への関心を喚起するとともに,これを臨床に生かす意欲をかきたてずにはおかない。
 近年のがん転移の基礎研究の進展は誠にめざましい。Fidlerの転移モデル以来,臨床がん転移に類似したモデルについて複雑な過程が解析,議論されてきたが,近年はそこに分子生物学的手法が導入され,がんの浸潤,転移の複雑な過程に関与する機能分子やその遺伝子が明らかになってきたからである。これにより分子を標的とする転移制御の新しい方策が生み出される期待が高まった。

がん転移の実態から治療の現況まで

 本書の第1部においては食道,胃,大腸,膵,乳,肺の各臓器がんの転移の実態や特徴が解説され,診断・治療上の指針が与えられ,転移実験モデルの特性と臨床病態の矛盾点が示され,実験上の注意点が指摘されている。
 第2部は,転移に関連する機能分子の最新の研究成果と,その臨床病態への反映と臨床応用が可能か,という現在の基礎的研究のホットな情報であり,各執筆者の熱意が伝わってくる。遺伝子異常,糖鎖抗原,増殖因子,間質とその分解酵素,接着分子,細胞運動とそれに関与する分子等が詳述されており,現今のがん研究のトピックスの大半を占める広いレパートリーに及んでいるので,この部を理解すれば日本癌学会のどのセッションに出席しても理解が可能となろう。
 第3部はがん転移に対する治療の現況である。切除不能肝転移に対する肝動注化学療法の現状,理論的根拠,今後の展開,モノクローナル抗体によるターゲット療法等であるが,現在ではどれ1つとして完全に転移を制御し得る方策はない。最近注目されるのは血管新生の制御,マトリックスメタロプロテアーゼであるが,欧米の抗転移薬の開発の現況をも知ることができる。転移には多くの因子が複雑に関与し,がんによって様相も異なるであろうから,その制御も一筋縄ではいくまい。しかし,多くの因子のネットワークを制御する有効な方策はないものであろうか,その方法の確立を期待したい。本書はそれへのアプローチに有力な指針を与えるもので,基礎,臨床を問わず広くがん研究者,研修医,学生諸君に必読の書として推奨したい。
B5・頁352 定価(本体10,000円+税) 医学書院


臨床医の目線で書かれたうつ病診療のノウハウ

内科医のためのうつ病診療 野村総一郎 著

《書 評》樋口輝彦(昭和大藤が丘病院教授・精神神経科学)

 タイトルにある通り,本書は内科医のために書かれたうつ病診療の書である。著者である野村総一郎氏はわが国を代表するうつ病の権威である。その著者がこれまでの経験を踏まえて一般医にわかりやすいうつ病診療のノウハウを著したのが本書である。

うつ病患者を最前線で診療する臨床医のために

 「本書のねらい」のところで著者は,この本の目的を2つあげている。その1つはうつ病患者を最前線で診療する内科医(プライマリケア医)に「うつ病診断の技術」を提供することであり,他の1つは「初期治療技術」を提供することである。
 本書は140頁程度のボリュームで,大変読みやすく書かれている。8章から構成されているが,各章は3-6項に分かれており,さらに各項が5-6の目に分けられている。1つひとつの項目が短いので読みやすさを実感するのだが,その項目のサブタイトルが内容を一言で表しているので,それを読むだけでもおおよその内容を把握できるところに著者の工夫の跡が見られる。例えば,「第 I 章 うつ病とは」の項目を見てみると,1)それは,ゆううつがひどくなった病気である,2)それはストレス反応性に関わる病気である,3)それは考え方が極度に硬直化する病気である,4)それは本来,自然に治る病気である等々。
 このように,大変読みやすく,またわかりやすく書かれているが,実は内容はかなり高度なものを含んでいる。症状論と診断のところでは,うつ病の診断の簡易フローチャートといった内科医向けのチャートが示されている一方で,DSM-IVの大うつ病や気分変調性障害の診断基準も掲載されている。抗うつ薬による治療の章においても,抗うつ薬のアウトラインがわかりやすく整理されている一方で,抗うつ薬の神経化学的作用や各抗うつ薬の特徴,効果,副作用についても詳しく解説されているなどがその例である。
 著者の得意とする認知療法が第 IV 章で取り上げられている。「うつ病にかからないためのアドバイス」である。うつ病は再発しやすい病気であり,再発が社会生活のハンディにつながる。従来,うつ病は治りやすい病気とされ,予防にはさほど大きな関心が持たれてこなかった。しかし,最近では再発の防止は大きな課題であるという認識が強まりつつある。その意味でも予防に関して著者が1章をあてている点に拍手を送りたい。

平易な日常用語に置き換えて表現

 他科の先生方が精神科の専門書や教科書を読まれてウンザリするのが用語である。「思考抑制」「意欲減退」など四文字熟語的用語がやたらと並んでいて読む気がそがれるとよく言われる。確かに精神医学の専門用語は難しく,専門にしている者は当たり前に思って使っている用語でも専門外の人にとっては理解の範囲を越えるものであろう。著者は,この点をよく心得てできる限り平易な日常用語に置き換えて表現している。
 内科医,プライマリケア医を対象に書かれたものはさほど多くはない。しかも,その多くが確かに平易には書かれているが,目線の高さは精神科医の高さのものが多い。それは読む側にとっては自分のものにするのに努力を必要とするであろう。しかし,本書に内科医の目線で書かれており,読者にとっては容易に吸収することができる良書である。
A5・頁140 定価(本体2,500円+税) 医学書院


アメリカ医療の現状を現場から紹介

市場原理に揺れるアメリカの医療 李 啓充 著

《書 評》小泉俊三(佐賀医大附属病院教授・総合診療部)

経済危機と市場原理

 医療とは一見関係ない話題であるが,昨今の日本の金融危機と消費の落ち込みは深刻な様相を呈していて,日本人全体が自信を失いつつあるようにさえ見える。日本の外に目を向けても,一昨年来,タイ,マレーシアにはじまるアジア経済の失速からインドネシアの経済危機とそれに引き続く社会不安があっという間に拡がり,お隣りの韓国でも企業の倒産,失業,労働争議と大変な状態に陥っている。ところでこのような一国の国民全体を巻き込む大きな出来事が,IMFの金融政策指導が厳しすぎたからだとか,さらにはヘッジファンドとかの一握りの国際投機家のマネーゲームによって引き起こされたとか,金融市場では実体経済の何十倍の規模の巨額の取引が「利潤」を唯一の原理として行なわれていると聞かされると,何ともやり切れない思いになる。
 ベルリンの壁の崩壊以来,利潤を求める市場の原理が,人類がこれまでに到達した最も健全な社会の仕組みであるとの資本主義諸国の自信に裏づけられて,国家間の関税障壁をなくして貿易を盛んにすることが世界全体の繁栄に貢献するとの考えが広く流布するに至っている。いわゆるグローバルスタンダードという考え方である。ここでは各国政府の役割は小さければ小さいほどよいと,公共的な事業も民営化して競争原理に曝すことで活性化する,いわゆる「民活」の考えがもてはやされ,一部には,国民国家(ネーション・ステート)はその役割を終えつつあるかのような議論まで展開されるに至った。
 ところで医療の領域は「市場原理」とは無関係,すなわち専門家としての医師は自らの知識・経験・良心に基づいて患者のために全力を尽くすことがヒポクラテス以来の職業倫理とされてきた。しかし,日本では,保険点数というかたちで示される行政当局の誘導に医療関係者が右往左往させられ,専門家集団としての衿持のなさをさらけだしている。「入院診療計画加算」によってインフォームドコンセントの推進が図られたり,多剤併用を戒めるために8種類以上の内服薬の処方料を37点から26点に下げる等の規定はその典型例と言える。日本では医療保険が公的に運営されているので行政当局は高騰する医療費や悪化する医療保険財政をまのあたりにして,病床規制,レセプトの査定,保険点数の改訂,薬価の見直し,「まるめ」等の支払方式の導入,一般病床,療養型病床群の区別,在院日数別の入院料体系の設定,などの対策で積極的に介入している。その一方で,公的病院の独立採算制などにより病院間の競争を促すなど,部分的な市場原理の導入も考慮している。

一変したアメリカ医療

 これとは対照的に,これまで十分な公的医療保険のなかったアメリカでは,ヒラリー・クリントンのNational Health Planが挫折した結果,大手の保険会社が次々と健康維持機構(Health Maintenance Organization;HMO)に参入し,アメリカ医療の様相を一変させてしまった。HMOとは,一定の保険料を前以て納入すれば,医療費は保険から支払われるという仕組みであるが,極力無駄な医療を減らすように支払方式をはじめ,管理上のさまざまの工夫がなされている。そのため,往々にして,管理=締めつけが行き過ぎ,必要な治療も端折られる,という弊害が各方面から指摘されている。一方,アメリカの医師集団は自分の患者に提供する医療の質についての職業人としてのプライドが高い分,レベルの高い医療を提供しているのだから料金が高いのは当然,といった意識があったことも確かで,社会的弱者への視点が欠けるきらいがあった。この点からは確かに,医療に管理的発想を取り入れることは必要な動きであったとも言える。このように前払い医療保険機構によって「管理」される医療を総称して「マネージドケア(管理医療)」と呼ぶが,このビジネスは医療費の高騰に苦しむ一般国民のニーズに答えるとともに,市場原理によって「医療費」と「医療の質」の管理を同時に行なえるすばらしいシステムとして当初もてはやされた。

マネージドケアへの不満の高まり

 このようにして広まったマネージドケアが,出来高払いに慣れていた医師の間で評判が悪かったのは当然といえば当然であるが,ここ2-3年来,HMOにまつわるアメリカ一般国民の不満が急速に高まっている。管理的発想は,本来,質の高い医療を提供するための工夫であったはずなのに,現実にはコストの削減だけに終止し,あまつさえ医療そのものに対する民衆の信頼が失われる結果を招いてしまったのである。安い保険料につられてHMOに加入したのはいいが,いざ医療が必要となった時に不満足な医療しか受けられないと人々の苦情が殺到している,ところで当の保険会社の社長は何億ドルという年俸をとって豪勢な暮らしをしている,となると不満が高まるのも当然である。アメリカ社会全般に,1人ひとりが個人の欲望の追求に躍起となり,人々の間の信頼関係が壊れつつあるという社会病理が指摘されているが,保険・医療の領域にもこの病弊が及んできたといえよう。このため,クリントン政権はHMOから患者を守ることを目的とした「患者の権利擁護法案」を現在準備しているという。
 このようなことはこれまであまり日本に紹介されず,HMOはDRG(Diagnosis Relatd Group;診断名別定額支払方式)と並んで医療費抑制に効果のある支払方式らしいという程度の認識にとどまってきた。医学・医療の研修目的でアメリカへ留学する人は少なくないが,マサチューセッツ総合病院の李啓充氏ほどじっくりとアメリカ医療を熱くも鋭い目で見つめてきた臨床医は他にいない。本書は「週刊医学界新聞」に連載されていた同名のコラムの集大成であるが,アメリカ医療の現状を,その現場から紹介した,まさに「目からウロコ」のドキュメントである。ぜひ,本書の一読をお勧めする。

グローバル経済の中の保健・医療・福祉のあり方

 最近では国家の役割を新しく見直そうという議論が少しずつ高まりつつあるが,若者に,「君は国家のために死ねるか?」と迫る性急な国家論を玩ぶよりも,グローバル経済の中での国民国家,すなわち,各国政府の役割をじっくり考える時期に来ているように思われる。とりわけ,保健・医療・福祉の領域では,アメリカの管理医療の現状を教訓とし,住民参加の豊かなコミュニティをめざして,いかに医療とケアのシステムをバランスよく構築できるかが,医療政策担当者のみならず,すべての医療関係者に問われていると言えよう。
A5・頁200 定価(本体2,200円+税) 医学書院


臨床現場で「画像から診断する」重要性を凝縮

上部消化管X線診断ブレイクスルー 齋田幸久 著

《書 評》牛尾恭輔(国立病院九州がんセンター副院長)

実際の診療の道しるべ

 本書は疾患の典型例をただ並べた教科書ではない。実際の診療の場でどのように所見をとらえ,どのように解釈し,どのように具体的に診断していくかを示す,いわば道しるべであり,そこに他書と違った価値がある。すなわち,大学病院で実際に医学生や研修医に消化管のX線診断について,教育し指導してきた齋田幸久博士の経験が,必要にせまられてこの単行本にしたものである。その間の事情は著者の「序」の文章に満ち溢れている。「これは何?」→「胃癌ですか」→「じゃあ,なぜ癌なのか?」→「沈黙」。この繰り返しから,著者の齋田先生は次のように考える。「これはたとえ病名や所見の知識はあっても,実際の診断の場で形態学としての画像診断の基礎的なトレーニングが欠けているためである。画像から診断する術を知らず,疾患名が示されたあとで画像を見ることに慣れすぎているのである」と。さらに「実際の臨床の場で診断がすでに確定している場合には,画像は単なるお飾りにしか過ぎない。画像診断を独立して行ない,内視鏡所見や組織学的診断との厳密な比較検討によって最終診断を確定して,その後の治療方針を決定するのが本来あるべき姿である」と再確認する。この序の文章には,本書を書くことを思い立った動機と精神が凝縮されており,この精神で書かれたこの単行本の価値が表われている。

X線診断の基礎から実際の症例まで

 この本は実用書として書かれたものである。それは胃のX線診断の基礎である「胃の立位充盈像の診断」,「二重造影その他の造影像」,「癌の診断学」が中心の章となり,「立位充盈像の読影の実際」と「症例」の章で,胃癌,良性腫瘍,潰瘍性病変,悪性リンパ腫,ポリポーシス,カルチノイドなど20症例が,適時に順序よく配置されていることからわかる。それも各症例のX線写真で,「設問→所見→解説→診断→ポイント」の順でまとめられている。また必要な場合には,「NOTE」欄が設けられている。しかも原理を理論とわかりやすい“たとえ”の言葉とわかりやすいシェーマを使って説いているから理解しやすい。重要なところを蛍光ペンでぬっていたところ,いつの間にかこの本は色だらけになった。これはそれだけ価値があり,重要なことにあふれた本であることを示している。
 私と齋田博士は,国立がんセンター放射線診断部にて市川平三郎先生(国立がんセンター名誉病院長)をはじめとする諸先輩のもとで,消化管の検査とともに多くのカンファレンスに出席した。齋田先生は消化管癌の術前・術後検討会,切除標本の切り出し会,胃ミクロデモで,つねに平静で明晰な頭脳と理論にたった発言をされていた。それは長い間,消化管以外の多くの臓器で,画像診断と教育,指導に携わってこられたためであり,知識が豊富なことに感心したものであった。当時,九州からの研修医が多く,理論よりも感覚で,客観的よりも主観的になりがちなカンファレンスの中で,齋田博士は貴重な存在であった。また,癌中心になりがちな検討会で,癌と間違われやすい炎症性病変などのフィルムを持参し,放射線診断部グループのティーチングファイルとして重要な画像を提供してくれた。
 今回の本にはこのように,消化管の画像診断を愛着し続けた,また長い間教育者として後輩の指導に従事されてきた齋田幸久博士の思い入れが,随所ににじみ出ている。胃の画像診断に従事している,またこれから従事しようとしている研修医やレジデントの先生方には,必読の本である。
B5・頁120 定価(本体3,000円+税) 医学書院