医学界新聞

1・9・9・9
新春随想

がん検診の有効性をめぐって

富永祐民(愛知県がんセンター研究所長)


がん検診有害無益論を受けて

 昨年はがん検診の有効性が話題になり,厚生省ががん検診に対する補助を止めて,地方交付税に組み入れたことと併せて市町村などのがん検診の現場で混乱が生じた。
 そもそもがん検診の有効性が問題にされたのは,一部の学者ががん検診有害無益論を唱えたことが発端となり,がん検診に補助金を出す大蔵省サイドでもがん検診の有効性に疑問を抱いたからではないかと推測される。がん検診有害無益論を受けて立つ厚生省の老人保健課でも,がん検診の有効性と安全性についての資料をまとめておく必要があった。そこで,老人保健課では東北大学医学部長の久道茂教授を班長とし,32名の班員からなる大型の研究班を組織して,1年半をかけて日本を含めて全世界のがん検診の有効性に関する論文を精査し,その結果を303頁からなる膨大な報告書にまとめた。この報告書の一部(特に,がん検診の有効性は認めるものの,その効果は十分でないとされた肺がん検診と乳がん検診)にスポットライトがあてられ,「肺がん検診と乳がん検診の有効性は疑問」などの見出しで新聞で大きく報道された。タイミングが悪いことに,別の理由で厚生省はがん検診に対する補助金を地方交付税に組み入れて一般財源化したが,これも「がん検診に対する補助金カット」のみが強調されてしまった。

マスコミのゆがんだ報道を是正して

 一般に,「犬が人を噛む」(がん検診は有効である)ような当たり前のことはニュースバリューがなく,「人が犬を噛む」(がん検診は有効でない)ような内容しか記事になりにくい。この研究報告にしても,全部読めばきわめて妥当な結果といえようが,問題部分にのみスポットライトがあてられるので,受け取った側の印象はまるで違ってしまう。厚生省の研究班報告が発表されて以来,末端の市町村では混乱しているし,下手をするとがん検診の受診者が減ってしまう恐れもあった。
 そこで,愛知県の場合は臨時に成人病検診精度管理協議会を開催して,この報告を詳しく検討した上で,やはりがん検診は継続,推進するべきである,しかし有効性や安全性は正確に伝える必要があるという結論に達し,県民にがん検診を呼びかけることになった。これに関して県庁の記者クラブでがん検診の有効性について詳しく説明したところ,記者から「そんな当たり前のことは記事にならない」とのコメントがあった。しかし,マスコミでゆがんだ報道をしたから県民や市町村が混乱しているので,これを是正する必要があると訴えて,やっと小さな記事になった。
 筆者も厚生省のがん検診の有効性の評価に関する研究班に総括委員として参加し,がん検診のあり方,厚生省のがん対策のあり方についていろいろ考え直した。がん検診については,従来「がん検診を受ければ,がんは早期がんの段階で発見され,大部分は助かる」と,がん検診の受診者を増やすために,がん検診はいずれもきわめて有効であるかのように説得してきたが,今後は抗がん剤の有効性と安全性の表示,患者への説明と同じように,それぞれのがん検診の精度(見逃し率,偽陽性率など),有効性(がん検診を受けなかった場合に比べた死亡リスク低度),安全性(検査に伴うリスク,苦痛など),精密検査の費用などを詳しく,正確に説明しておく必要があると思った。これはいわゆるがん検診におけるインフォームド・コンセントである。

がん予防のための健康教育を

 もう1つ考えるべきことは1次予防と2次予防の関係である。結論的に言うと,両者は二者択一でなく,それぞれに長所と短所があるので,上手に組み合わせて効果的にがん予防対策を進める必要がある。
 随分昔のことであるが,職場の医師でない同僚の喫煙者に喫煙の害を説いて禁煙を勧めていた。ある日,その同僚は「富永先生,これから安心してたばこが吸えます」とにこにこして話しかけてきた。筆者はどうしたのですかとたずねると,「数万円の年会費を払って某肺がんを無くす会の会員になったが,その先生によると,年2回肺がん検診を受けると,肺がんは早期がんで発見され,手術により助かると言われた」とのことであった。
 この話を聞いてから,やはり肺がん検診の有効性や限界を正確に受診者に伝えないと,肺がん検診の有効性を過信するあまり,禁煙の動機が失われる恐れもあると危惧した。また,肺がん検診を毎年受けているのに,進行がんで見つかり,死亡してしまったような場合は下手をすると裁判で告訴される可能性もあると思った。
 今後のがん検診ではがん検診の精度,有効性,安全性などを正確に説明するとともに,がん検診の場を利用して,禁煙の呼びかけ,ひいては生活習慣全体についてのがん予防のための健康教育も行なう必要があると思う。