医学界新聞

「第40回日本消化器病学会大会」の話題から


「消化器癌に対する遺伝子治療の展望」

遺伝子治療の現在

 わが国における初の癌の遺伝子治療は,今秋,東大医科研のチームによって腎臓癌患者に対して行なわれ,注目を集めたが,消化器分野においても現在,千葉大と東大のチームがそれぞれ食道癌,肝臓癌の患者を対象とした遺伝子治療を国に申請中である。
 日本消化器病学会第3日目には,シンポジウム3「消化器癌に対する遺伝子治療の展望」(司会=山口大教授 沖田極氏,東大教授 小俣政男氏)が行なわれ,近い将来に臨床応用が期待される内容のものを含め,遺伝子治療の最前線が報告された。
 遺伝子治療における最大の問題点は,生体への遺伝子導入法が確立していないことにあると言われている。現状では,(1)目的とする組織のみへの遺伝子の導入,(2)高い効率での遺伝子の導入,および遺伝子発現の長期の持続,(3)導入した遺伝子発現のコントロールなどが十分にできていないため,遺伝子導入ベクターの開発・改良への取り組みが続けられている。

HVJ-リポソーム法を用いた遺伝子治療

 現在,遺伝子治療で用いられる代表的なものはレトロウイルスベクター,アデノウイルスベクターであるが,本シンポジウムでは,まず,金田安史氏(阪大細胞生体工学センター)らの開発したHVJ(hemagglutinating virus of Japan:センダイウイルス)-リポソーム法を用いた遺伝子治療の研究成果が報告された。HVJ-リポソームは,細胞融合を起こすウイルス,HVJの融合蛋白の活性とDNA結合蛋白質HMG-1を利用してリポソームに封印した遺伝子やオリゴヌクレオチドを効率よく生体の各臓器へ導入できるベクターとして注目されている。
 「転移性肝癌に対する遺伝子治療の開発」を口演した田村信司氏(阪大)は,「消化器癌では高率に肝転移が認められ,予後を規定する因子となっている」ことから,転移性肝癌の治療法を確立する必要性を強調。アンチセンスオリゴヌクレオチド投与療法を,ヒト大腸癌細胞LoVoによる肝転移モデルを用い検討した。
 氏は,「HVJ-リポソームに封印したサイクリンD1アンチセンスオリゴヌクレオチドの経動脈的投与により,腫瘍の増大を抑制する傾向を認めた」と転移性肝癌に対する治療法としての可能性を示唆した。

腫瘍血管新生を標的に

 続いて,「腫瘍血管新生を標的とする遺伝子治療の展望」を口演した森章氏(京大)は,まず,ほとんどの癌が産生するVEGFの「腫瘍の血管新生・増殖・転移における意義」について発言。「ヒト線維肉腫細胞HT1080にVEGF遺伝子を導入して樹立したVEGF高産生株を用いた実験結果を示し,(1)腫瘍が産生するVEGFは腫瘍内だけでなく,周囲組織にも血管新生を誘導し,腫瘍増殖を促進する,(2)VEGFは転移過程の最終段階である標的臓器における腫瘍増殖過程に関与している」との見解を示した。同時に,大腸癌細胞株を用いた実験結果も紹介し,同様に「VEGF遺伝子導入株は著しく腫瘍増殖が亢進し,HT1080とは異なり肝転移を認めた」と報告した。
 さらに,VEGFの受容体であるFlt1に着目。「腹膜播種モデルに対し,HVJ-カチオニックリポソーム(HVJ-リポソームの改良型として正電荷脂質を加えたもの)を用いて分泌型Flt1を腹腔内に反復投与することにより発現させると,腹膜播種が抑制された」との結果を示し,「腫瘍が産生するVEGFが分泌型Flt1と結合し得ず,血管新生が抑制されたためである」との考えを述べた。
 森氏は,「(1)血管新生を標的とした遺伝子治療は,必ずしも癌細胞特異的な遺伝子導入,発現を必要とせず,かつ適応範囲も広いと思われる。(2)血管新生を標的とした癌治療は,長期にわたり血管新生を抑制する必要があり,その点,反復投与が可能なHVJ-リポソームを用いた遺伝子導入法は有用である」とまとめた。
 また,大津留晶氏(長崎大)は「遺伝子治療自体も単一の方法論ではなく,集学的でQOLを高める治療法をめざすべき」との考えから,放射線療法および血管新生抑制を狙ったアンチセンス療法の併用による遺伝子治療の補助強化療法の意義を検討した。

アデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療

 シンポジウム後半では,主にアデノウイルスベクターを用いた遺伝子治療への取り組みが報告された。アデノウイルスベクターの特徴は,広範囲の多様な細胞に効率よく遺伝子導入を行なうことができること,レトロウイルスとは異なり,非分裂細胞にも遺伝子導入が可能であることとされる。
 小財健一郎氏(久留米大)は「自殺遺伝子(HSV-TK;herpes simplex virus thymidine kinase),サイトカイン遺伝子(IL-2,GM-CSF,IL-12)をアデノウイルスにより併用でin vivo遺伝子導入し,癌を治療するコンビネーション遺伝子治療法」を,大腸癌,肝癌,膵癌の動物実験モデルで検討。その有効な結果を示すとともに,「本治療法は多くの消化器癌に一般化でき,有効な治療法になる」と臨床応用への見通しを語った。

p53遺伝子の機能が話題に

 次いで,大橋誠氏(東大)は肝癌細胞への遺伝子治療を念頭に,「AFP産生性でかつp53変異型の細胞でのみ増殖可能な組換えアデノウイルス(AdAFP-E1AdB;E1B遺伝子が欠落し,E1A遺伝子のプロモーターにAFPの転写調節領域が挿入されたもの)」を作成。各種細胞株でのウイルス増殖を検討したところ,「ヒト正常肝細胞やAFP非産生細胞株では殺細胞効果は認められなかったのに対し,AFP産生性かつp53変異系肝癌細胞株では,いずれも殺細胞効果が示され,かつ培養上清中では最大1万倍ものウイルス増殖が認められた」と報告した。
 大橋氏は,「AdAFP-E1AdBはAFP産生かつp53異常細胞において選択に増殖可能であり,肝癌細胞への選択的遺伝子治療に有用である可能性が示された」と今後の展望を述べた。
 松原久裕氏(千葉大)は,実際のヒトへの臨床応用として「アデノウイルスベクターを用いた野生型p53遺伝子導入による進行性食道癌への遺伝子治療(国へ申請中)」への取り組みを紹介。同ベクターを用いた食道癌培養細胞による前臨床試験で認められた有効性を示すとともに,進行性食道癌への遺伝子治療のプロトコールを報告した。
 さらに,松原氏は癌化学療法の分子標的としてのp53の機能を考慮し,「遺伝子導入と同時に抗癌剤の感受性を高める電気穿孔による,プラスミドを用いたp53遺伝子導入」をヌードマウスを用いた背部皮下腫瘍のモデルで検討。「単独では抗腫瘍効果を認めない量の投与により,電気穿孔群は有意に腫瘍の増殖が抑制された」との成果を述べた。
 その他,本シンポジウムでは,松倉則夫氏(日医大)が「自殺遺伝子による胃癌の遺伝子治療の問題点と対策」を口演し,アデノウイルスで自殺遺伝子HSV-TK遺伝子をin situ導入し,GCV(ganciclovir)で治療した際の問題点から,新しいベクターを検討。
 また,白石慶氏(山口大)は,染色体・遺伝子異常のスクリーニング法として注目されているComparative Genomic Hybridaization(CGH)法を用いて,「肝胆膵領域悪性腫瘍の発生・進展に関する遺伝子・染色体異常のスクリーニング」を試みているが,今回はその成果を発表した。


医学研究における統計技法のセンスとは
-医学統計フォーラムより

 3日目に行なわれた,医学統計フォーラム「これからの医学研究に必須な統計技法-科学研究者に必要なデータを見る目,解析するセンス」では,丹後俊郎氏(国立公衆衛生院)の基調講演と,丹後氏,今井浩三氏(札幌医大),井廻道夫氏(自治医大)による討論会(司会=愛知医大 各務伸一氏)が行なわれ,医学研究において適切に統計学を活用するためのノウハウや問題点が議論された。

有意な分析をするセンス

 丹後氏の基調講演では,まず信頼区間や検定,中央値などの正確な意味が定義され,統計学の基本的な概念を押さえた上で医学研究における統計技法の説明がなされた。そこで丹後氏は,“比較対象の環境の統一”と,“経過観察の研究デザイン”の2点に焦点を当て,前者に関しては,「(1)同じ例数による比較,(2)無作為抽出,(3)交絡因子の調整,(4)ベースラインの調節など,分析したい特性以外の特性に気を配ることが必要」と解説。「比較の際には対象群全体での変化をみてからそれぞれの分析を行なう」ことや,「用量反応関係では傾向性検定やオッズ比が重要である」ことなどをつけ加えた。また,後者に関しては,(1)対象群の平均値を並べてみても有意なモデル化は困難,(2)地点ごと,時点ごとの検定は不要,(3)各個人ごとの検定は有意,(4)変化が発生するまでの時間が重要であることなどを説明した。
 また,得られた結果を評価するために行なうデータの要約にも触れ,その的確な記述方法などを語り,医学研究における統計学の洗練されたセンスを総合的に示唆した。

問題点,注意点

 続く討論会では,フロアを交えた活発な議論が交わされ,(1)医学研究で使用する統計パッケージは,日本のものより海外のもののほうがよい,(2)レトロスペクティブスタディで交絡因子を上手に調節するのは困難である,(3)メタ・アナリシス(多地点での調査)を行なう際は,サイズを統一し,層別でも同様の分析結果が出るかを確かめてから行なうと,結果に一貫性が出ることなどが話し合われた。