医学界新聞

癌の遺伝子診断と治療の現況と方向性

「第36回日本癌治療学会」より


 わが国初の癌の遺伝子治療として,先ごろ東大医科研のチームが腎臓癌患者に対して行なった手術が注目され,また10月23日に,岡山大学が申請していた肺癌患者に対する遺伝子治療(総括責任者=田中紀章第1外科学教授)が厚生科学審議会先端医療技術評価部会(部会長=高久史麿自治医大学長)で承認されたことが話題になった。ちなみに,遺伝子治療臨床研究として岡山大学の例は,北大(ADA欠損症:1995年開始,現在経過観察中),熊本大(HIV感染症:実施されず),東大医科研に続いて4件目で,他の施設においても癌の遺伝子治療の計画を準備中である(表参照)。
 折りしも,薬師寺道明会長(久留米大教授)のもとで,さる10月7-9日,福岡市の福岡サンパレス他で開催された第36回日本癌治療学会において,シンポジウム「癌の遺伝子診断と治療の現況と方向性」(司会=高久史麿氏,田中紀章氏)が開かれ,癌治療における遺伝子診断から遺伝子治療への架橋をめぐる諸問題が討議された。


肝細胞癌に対する遺伝子治療

 島田光生氏(九大)は,肝細胞癌に対する遺伝子診断とHVJ-リポソーム法による遺伝子治療の可能性を検討。前者については,アルブミンmRNAを用いた定量的RT-PCR法により血中肝癌細胞の検出系を確立し,肝細胞癌症例の周術期変化を分析した島田氏は次のように報告した。
 (1)肝細胞癌患者では,術前より末梢血中にアルブミンmRNAが検出され,特に高度進行例で高いレベルにある。(2)肝細胞癌患者では,腫瘍側静脈血中のアルブミンmRNAが高値であり,HCCの肝静脈血中への逸脱が示唆される。(3)肝細胞癌患者の末梢血中では,アルブミンmRNAの発現は術前に比べて肝切除後に上昇しており,手術操作によるHCCの散布が示唆される。(4)非肝癌症例においても,アルブミンmRNAの血中レベルが上昇する症例を認め,肝癌診断の特異性には限界がある。
 以上のことから,島田氏は「本法は肝細胞癌の血中癌細胞散布のモニターとして有用であるものの,肝癌診断における特異性確立が課題である」とまとめた。
 次いで,HVJ-リポソーム法を用いた肝細胞癌のHSV-tK遺伝子治療を検討した島田氏は,その結果を以下のように指摘。 (1)in vitroin vivoにおけるHSV-tK遺伝子導入を確認。(2)in vivoにおいて,HSV-tKを用いた遺伝子治療の効果を確認。(3)HVJ-リポソーム法の繰り返し投与の安全性と,腫瘍抑制効果延長が明らかになった。
 これらのことから,「HSV-tK遺伝子を用いたHVJ-リポソーム法による肝細胞癌の臨床応用は可能である」と報告した。

大腸癌,膵癌,胃癌に対して

 中森正二氏(阪大)は,消化器癌(大腸癌,膵癌,胃癌)に対して(1)リンパ節中遺伝子変異検出,(2)非癌部肝組織中遺伝子変異検出,(3)血液中サイトケラチン(CK)19遺伝子発現検出,(4)血清DNA中遺伝子変異検出を検討。その結果,「消化器癌の治療方針決定における遺伝子診断の有用性が示唆されたが,遺伝子特異性や技術的制約が認められるため,今後の臨床利用のためには,従来の診断法との相補的利用を行ないつつ,その適応を決定していく必要がある」と報告した。

肺小細胞癌のアンチセンスDNA治療戦略

 肺小細胞癌(以下SCLC)においては,しばしば遺伝子増幅や過剰発現を示し,またmyc族遺伝子の遺伝子増幅はSCLC患者の予後不良因子であることが報告されている。この問題を検討した秋田弘俊氏(北大)は,「myc族遺伝子を標的とするアンチセンスDNA治療戦略は,myc族遺伝子の過剰発現を示す再発SCLEに対して単独あるいは他の方法との併用で,将来有望な治療方法であることが示唆される」と報告。また アンチセンスDNA治療戦略の実用化(今後の課題と方向性)として,(1)次世代アンチセンスDNAの開発,(2)アンチセンスDNA分子設計原理の確立,(3)効率のよいDNAデリバリー法の開発,(4)myc遺伝子制御:新規合成レチノイン酸との併用,(5)性格の異なる複数遺伝子群(経路)の同時制御,などを指摘した。

びまん性肺癌に対する遺伝子治療

 片岡雅文氏(岡山大)はヒト肺癌細胞とヌードマウスを用いたびまん性肺癌モデルにおいて,エストロゲン誘導体2-Me(2-methoxyestradiol)の経口投与と,Ad-53(p53遺伝子発現アデノウイルスベクター)の経静脈投与を併用することによる相乗的抗腫瘍効果を認め,次のように報告。
 (1)2-Meは,野生型p53遺伝子を持つ非小細胞肺癌の治療に有用であることが示唆された。(2)2-Meは,内因性のp53のみならず,アデノウイルスによって導入された外因性のp53蛋白も安定化し操業的な殺細胞効果を示した。(3)Ad-p53の前進投与と,2-Meの経口投与の併用は,局所投与が不可能なびまん性肺病変に対して,有効な治療法となる可能性が示唆された。
 また,今後の課題として(1)2-Meの作用機序の解明,(2)ベクターの改良および投与方法の検討((1)臓器特異的―投与経路の検討,(2)腫瘍特異的―レセプター,プロモーター,(3)免疫原性,毒性の軽減―投与量,投与回数の増加,(4)他の治療,他の薬剤との併用)をあげた。

乳癌の遺伝子治療の臨床研究

 最後に相羽恵介氏(癌研)は,ヒト多剤耐性遺伝子MDR1導入による乳癌の遺伝子治療の臨床研究の結果を報告した。
 相羽氏の研究の目的は,(1)大量化学療法を受けた乳癌症例報告への自己造血幹細胞移植時に,CD34陽性造血幹細胞へ導入されたヒト多剤耐性遺伝子(MDR1)の,患者の骨髄細胞,末梢神経血細胞における発現の評価,(2)上記MDR1遺伝子導入に伴う安全性の評価,(3)自己造血幹細胞移植併用大量化学療法施行後の乳癌症例報告に対する化学療法の有効性と安全性の評価。
 相羽氏は「MDR1遺伝子治療により骨髄抑制に伴う感染症や出血によるQOLの低下を防止し,継続して強化・維持療法の施行が可能となることが期待される」と述べ,MRD1遺伝子治療は,(1)支持療法である(抗癌効果はない),(2)Phase I studyである(安全性),(3)Phase II study的要素も含んでいる(効果),とまとめた。

主な癌の遺伝子治療計画
施 設癌の種類導入遺伝子ペクター現 状
東大医科研
岡山大
千葉大
癌研究会
名古屋大
東大
腎臓癌
肺癌
食道癌
乳癌
悪性脳腫瘍
肝臓癌
GM-CFS
p53
p53
多剤耐性
インターフェロン
p53
レトロウイルス
アデノウイルス
アデノウイルス
レトロウイルス
人工膜リポソーム
アデノウイルス
国が承認,実施
国が承認
国に申請中
国に申請中
国に申請準備中
国に申請中


病院機能評価に望むもの
「第36回日本病院管理学会」より

 第36回日本病院管理学会が,さる10月22-23日の両日,大道久会長(日大教授)のもと,「地域ケア新時代―医療と介護の評価と実践」をメインテーマに,東京・板橋区の板橋区立文化会館で開催された(2315号で既報)。今学会では,テーマに沿ったシンポジウム「介護保険制度の運用に向けた課題」(司会=国際医療福祉大 紀伊國献三氏)や招待講演「福祉と経済」(英・ケント大 ブレディン・デービス氏),特別講演「介護保険で安心できる老後を送るために」(東京家政大 樋口恵子氏)などが企画。それらの中から本号では,パネルディスカッション「病院機能評価の可能性と限界」(司会=日医大 岩崎榮氏)での話題を紹介する。

病院機能評価をめぐって

 パネルディスカッション「病院機能評価の可能性と限界」は,1997年から稼動をはじめた(財)日本医療機能評価機構(常務理事=河北博文氏)の第三者による病院機能評価事業に関し,現状の問題点を明らかにするととも,今後のあるべき方向を討議することを目的に企画された。
 パネルの冒頭で,司会の岩崎氏は同評価機構が行なっている病院評価事業をビデオで紹介。その後,患者(市民)の立場から辻本好子氏(ささえあい医療人権センターCOML代表),医療提供者の立場からは亀田俊忠氏(亀田総合病院理事長),看護の観点から井部俊子氏(聖路加国際病院副院長),病院機能評価事業に直接かかわる研究者の立場からは梅里良正氏(日大助教授),行政の立場からは新村和哉氏(厚生省保険局)の5名が登壇し,「病院機能評価に望むもの」などが議論された。

市民が支持される評価機能を期待

 「患者と医療者が対等で水平な『協力関係』を築くため,『対話と交流』をしながら,互いに気づき合い,歩み寄る関係づくり」をめざすCOML(Consumer Organization for Medicine & Law)の辻本氏は,病院機能評価について,「通・入院をしている病院の機能評価の結果内容が一般の市民に公表されることがない。また,『病院評価のサーベイヤーに一般市民を入れるつもりはない』との財団の対応から独自の『病院探検隊』を組織した」と述べ,これまでに病院,特別養護老人ホームなど11施設を探検したことを報告。「単に見て回って帰るのではなく,現場のスタッフとのディスカッションを重視している。感じたことを率直に話し合うことで,患者としての責務や患者の選ぶ目を養うことができ,医療現場の改善にもつながる」とした上で,病院探検隊を「患者と医療者の交流と連携の架け橋」と位置づけた。さらに辻本氏は,今後の活動としてAIDS拠点病院の評価にサーベイヤーとして探検隊のメンバーが参加することを明らかにし,病院機能評価結果については「『安心と納得』のために市民が支持される評価機能として,地域住民に公開してほしい」と期待を述べた。

地域を重視した区民参加型の学会運営

 一方,梅里氏は病院機能評価事業について,「必要性は高い」としながら「評価がどの程度受け入れられるか」などの可能性や,「評価技術方法,財政的」な限界について解説。また,評価審査を受けた施設に対する「役に立つのか」などのアンケート調査の結果を報告した上で,アメリカのアプローチに習う「改善要望事項」を提示した。さらに新村氏は,診療報酬体系などの医療保険をめぐる厚生省の審議会での賛否両者の意見を紹介。11月1日から開始された国立系8病院,社会保険2病院での「日本版DRG/PPS方式」の試行についても解説を加えた。
 なお本パネルディスカッションが板橋区民に開放された企画であったため,総合討論の場では区民から,「患者の視点でサーベイをしてほしい」「予防施策の面も項目に入れてほしい」との要望も出された。