医学界新聞

“介護保険制度の運用に向けた課題”

「第36回日本病院管理学会」特別講演・シンポジウムより


 日本病院管理学会(参照)2日目午後には樋口恵子氏(東京家政大教授)による特別講演「介護保険で安心できる老後を送るために」,シンポジウム「介護保険制度の運用に向けた課題」が企画され,多くの聴衆を集めた。なお,これらの催しは板橋区民へ公開され,好評を得た。
 特別講演を行なった樋口氏は,「誰でも老いはやってくる。衣食住の生活全体を支える『介護』が必要になるのは高齢化の必然」との見地から,2000年の施行へ向けて急ピッチに準備が進む介護保険制度を概説。「日本の介護保険においては予防的な援助として,家事援助もその対象になっている」ことを強調した。
 また,「要介護度認定などによる給付抑制」については,「医療はある意味で苦痛を強いるものであるが,介護,特に予防的援助は快楽をもたらすものであり,一定の抑制のための仕組みが必要なのはやむを得ない」との見解を示した。さらに,日本の介護保険の要介護度は「要介護者自身の状態で決める」のであり,「社会的要因を捨象」したところにあると述べ,これは,「嫁に介護を『やりなさい』と言わせないことの第一歩だ」とその意義を指摘した。

現金給付案を牽制

 しかしその一方,本年10月の医療保険福祉審議会で「市町村が公社を作り,そこで一定の知識・技術を持つ家族をヘルパーとして認定する」という「形を変えた現金給付」案が浮上していることに触れ,「一種の(男性中心主義的)イデオロギーが再び勢いづいている。現金給付は,女性の無念の声を救うためにも,また,市町村に現物サービスをさぼらせないためにも認めるべきではない。出発しようとしている“介護保険丸”の精神は(形を変えた現金給付により)死のうとしている」と強く牽制した。
 樋口氏は,最後に「CURE,CARE,SHARE」と3つの言葉を掲げ,介護の問題が「新たな社会連帯のきっかけとなること」への期待を示し,講演を終えた。

浮き上がった問題点

 シンポジウム「介護保険制度の運用に向けた課題」(司会=国際医療福祉大教授 紀伊國献三氏)では,制度を運用する立場,サービスを提供する立場,利用者の立場からそれぞれの現状と問題点が報告された。
 保険者となる行政の立場から発言した田草川政豊氏(板橋区介護保険制度準備対策課長)は,市民が口にする介護保険制度に関する不安点として,(1)保険料がいくらになるのか,(2)サービスは十分に受けられるのか,(3)介護認定は正確かつ公平か,の3点を指摘。
 (1)については,「保険料はひと月2500円程度と言われているが,板橋区もその程度を見込んでいる。しかし,これまでの福祉のように予算があってその範囲内でサービスの量が決まるのではなく,あくまでも必要なサービス量・種類等があって,それに基づき保険料が決まる」と強調。(2)については,介護保険には,「クライアントに一番ふさわしいケアプランを作る仕組みがあり,既存のお仕着せの福祉とは一線を画する。また,介護保険の導入により,既存のサービスがなくなるわけではない」との展望を示した。(3)については現在,全区市町村でモデル事業を実施しており,それを通して「正確さを追求していきたい」と述べるとともに,「6か月ごとに認定作業を繰り返す仕組みであるが,申請があれば6か月経たなくとも変更できる仕組みを検討したい。また,利用者からの苦情への対応を通して改善していきたい」と意欲を見せた。
 次いで,医師の立場から「介護保険におけるかかりつけ医の役割」を口演した林滋氏(板橋区医師会副会長)は,介護保険制度におけるかかりつけ医の役割として,(1)認定審査,(2)意見書,(3)訪問診療,(4)医療・福祉の連携の4点を示し,その内容を概略。林氏は介護保険制度では,「各職種と対等の立場で協力していくことが求められる。互いに顔見知りになることの大切さ」を強調した。
 福祉サービスを提供する立場にある社会福祉協議会(以下,社協)を代表して口演した松戸哲朗氏(板橋区社協在宅福祉サービス事業部長)は,板橋区での会員制在宅福祉サービス(ぬくもりサービス)について紹介。「18歳以上の協力会員を募り,協力できる時間に限り,有償で日常生活に不便を感じている方のお手伝いをする」という活動内容を報告した,「高齢化が進み,家族の負担は深刻だ。一部の人のためにある福祉ではなく,すべての人のための福祉にならなくてはならない」と今後の福祉のあり方を示した。

利用者本位のあり方模索

 一方,横山れい子氏(たすけあいワーカーズ・コレクティブ「あやとり」)はワーカーズ・コレクティブの意義,その活動内容を報告した。横山氏によれば,ワーカーズ・コレクティブという働き方は「地域の人が自分たちの暮らしの場である地域に働く場を創り出し,地域を豊かにして地域に必要なシステムを創り出していく,資本と労働の協同組合という働き方」であり,東京に78団体,全国で約300の団体が活動しているという。横山氏は「住民参加型の福祉は,利用する人や地域のニーズに合った介護サービスの供給を可能にする」と述べ,今後の活動の広がりに意欲を見せた。
 また,介護サービスを受ける一市民の立場から発言した安藤一恵氏(板橋区民・主婦)は(1)要介護認定の公平さ,(2)事務手続きによるサービス提供の遅延,(3)利用者の負担増,などへの不安を表明し,「情報の不足」を指摘。「自治体がいかに介護保険制度への対応を進めているか,積極的に広報し,市民を安心させてほしい」と訴えた。
 最後に登壇した小林良二氏(都立大教授)は,特に「介護サービスへの苦情」に着目し,「苦情と無理な要求の区別」の困難さなどを具体的に指摘した。そのうえで,苦情への対応のあり方を検討。オンブズマン制度などの果たす役割を指摘した。
 フロアも交えた総合討論では,参加した板橋区民も積極的に発言し,行政への要望,介護保険サービスへの不安などの声があがった。司会の紀伊國氏は「絶えざる情報公開と住民監視」の重要性を指摘し,シンポジウムの幕を閉じた。