医学界新聞

短期集中連載 DRG導入が米国医療に与えたインパクト(3)

「非医療地帯」の出現

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


 メディケアにDRG(診断群別定額支払い制)・PRO(専門家による医療査察機関)が導入された後,入院患者の在院日数が著しく短縮したことはこれまで述べた通りである。入院期間を短縮させるために検査・処置を素早く済ませ,できるだけ速やかに患者を退院させようという病院側の努力は「垂直医療」という新語を生み出した。患者をゆっくりベッドに寝かせる「水平医療」をしていては病院の持ち出しになるというわけである。待機手術のために入院した患者に何日もかけて術前検査を行なうなどは無駄の最たるもので,術前検査を外来で済ませ,患者は術当日に入院,術後は早期離床を促し,抜糸前に退院するということが当たり前となった。

Sicker and quicker

 外来手術の増加など,外来でのケアの比重が高まる一方,入院が必要となる患者はケアの必要度が高い重症患者に偏るようになり,「病院全体がICU化」するという状況が現出した。「病院よりも自宅で過ごすほうが心理的ストレスが少なく回復が早い」,「院内感染などのリスクを考えれば病院という危険な場所に長居する必要などない」と,早期退院の傾向が肯定的に評価される一方で,「患者がよくならないうちに退院させられている」という批判も強まった(「Sicker and quicker(まだ重いのにもう退院)」という批判である)。定額支払い制のもとでは病院側に入院患者の在院日数を短縮させたいという経済的動機づけが生じることはこれまで述べた通りであるが,「これ以上の入院はメディケアが払ってくれないから退院してもらわないと困る」と,患者に誤った情報を告げる悪質な病院が続出したからである。
 1988年の保健省総査察局の調査によれば,メディケア患者の1%が「早すぎる退院(premature discharge)」を強いられたという。早すぎる退院を防止するため,米保健省は退院に同意できない時には患者がPROに不服申請する権利を認めた。PROは3日以内に退院の是非を決め,審査の間は患者が入院を続けられることにしたのである。また,マサチューセッツ州では,州公衆衛生局に患者支援課を設置し,早すぎる退院について直接患者からの苦情を受け付けた。

ディスチャージ・プランナー

 患者の早期退院を円滑なものとするために,回復期ケアの引受先を探すことに専念する「退院計画立案者(ディスチャージ・プランナー:ケース・マネージャーと呼ばれることが多い)」という新しい職種が病院に生まれることとなった。ディスチャージ・プランナーは通常ソーシャルワーカーであるが,リハビリ病院・在宅医療・介護付き老人ホームなどと連絡を取り,患者が退院した後にも必要なケアが継続されるよう手配するのである。
 ディスチャージ・プランナーの仕事は患者が入院すると同時に(待機入院なら入院する前から)始まるといっても過言ではなく,患者・家族に入院中の治療目標をはっきりさせるだけでなく,退院後のケアについて早くから説明を行ない,患者を速やかに退院させるために腕を振るうのである。DRG導入当初には,回復期の在宅ケア需要の激増に供給が追いつかず,ディスチャージ・プランナーにとって退院後のケアを手配することは容易ではなかった。87年1月の連邦会計局の調査に対して86%のケース・マネージャーが在宅ケアの手配に困難を感じていると回答している。
 在宅ケアの供給不足は,マサチューセッツ州でとりわけ深刻であった。マサチューセッツ州ではDRG・PRO施行前の平均入院日数が全米平均(7.4日)と比べ11.4日と長かった分,DRG導入時の回復期ケアの受け皿が小さかったからである。同州では独自の医療費削減策を実施していたため,DRGが導入されたのは85年と全米での導入から2年遅れたが,この時期は,米政府が急増する在宅医療費支出に対する締め付けを強めた時期と重なったからたまらない。米政府は在宅医療の支払い審査を強化し,全米でメディケア在宅医療の支払い拒否が1.6%(84年)から7.5%(86年)と急増したのだが,マサチューセッツ州では支払い拒否率が20%を越えたのである(支払い拒否の理由は「医学的必要性が認められない」というものがほとんどであった)。
 在宅医療を受けられると信じて退院したものの家に帰ってみたら誰にも看てもらえないという患者が続出し,DRGの影響で病院を早くに出された患者が「非医療地帯(no-care zone)」(上院議員ジョン・ハインツの造語)に置き去りにされることとなったのである。同州では,早すぎる退院を防止するために病院側が「退院プラン」を書面で患者に渡し患者の署名を得ることを州法で義務づけることになるが,マサチューセッツ病院協会は「病院は入院中のケアには責任は持つが,退院後の在宅ケアの責任まで病院に押しつけられてはたまらない」と同法の制定に強く反対した。

医療水準低下の危惧

 DRGの登場により,米国医療にさまざまな変化がもたらされたが,もっとも重要な問題はDRG導入により医療の水準が低下したか否かということである。入院期間の短縮により患者はよくならない間に退院させられているのではないか,定額支払い制による病院側のコスト削減努力は必要なケアまでも削ることになっているのではないか,ということが問題になったのである。
 DRG導入後に大腿骨骨折の患者に対するケアがどう変化したかという論文がニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン誌に発表されたのは1988年のことである(319巻1392頁)。中西部のある病院(1100床)でDRG導入前後計6年間の大腿骨骨折入院患者のケアについて調査したところ,入院日数が21.9日から12.6日と激減する一方,入院中の理学療法の回数は7.6回から6.3回と減少し,歩行可能距離で計測した機能回復度も27メートルから11メートルと6割も減ったのである。また,退院先が介護つき老人ホームとなる症例が38%から60%に増え,リハビリの場が病院から老人ホームへ移行したことが示唆された。DRG導入後,患者はよくならないうちに退院させられているという危惧(「sicker and quicker」という危惧)が裏づけられた形である。

調査結果をどう読むか

 DRGの導入で臨床ケアはどう変わったのかという疑問に答えるために,保健省医療財政管理局は民間シンクタンクRANDに大規模な調査を依頼した。
 この調査は1985年から4年間,カリフォルニア・フロリダ・インディアナ・ペンシルバニア・テキサスの5州から選ばれた30地域で行なわれ,これらの州のPROがデータ収集に協力した。調査対象疾患としてうっ血性心不全・急性心筋梗塞・大腿骨骨折・肺炎・脳血管発作・うつ病の6疾患が選ばれた。調査対象297病院の入院患者のカルテが基礎データとなったが,DRG施行前の81年(入院患者の20%),82年(同30%)の2年間のデータが,施行後の85年7月から86年6月の1年間(同50%)のデータと比較され,最終的に全調査対象症例は1万7千例近くに上った。うつ病以外の5疾患についてのRAND調査の結果を要約すると以下のようになる。
(1)患者の入院時の重症度が増大した
(2)入院日数は3.4日(24%)減少した
(3)入院中のケアの質は向上していた
(4)「不安定」な状態で退院する患者の比率が15%から18%に増えた
(5)退院後90日以内の死亡率は,「不安定」な状態で退院した患者で高かった
(6)患者の重症度で補正した後の比較では,入院中の死亡率は16.1%から12.8%に減少した
(7)5疾患全体の入院後180日間の死亡率は29.6%から29.2%とほぼ変わらなかった
(8)退院後の行き先が介護つき老人ホームとなる比率が増え,自宅に帰る患者は77%から73%(大腿骨骨折の患者で56%から48%)に減少した
(9)180日以内に患者が再入院する割合に変化はなかった
 「Sicker and quicker」という危惧が当たっていたわけであるが,それでも全体の死亡率は変わらず,患者に不利益な結果は生じていないと結論された。また,ケアの質は医療技術の進歩などで経時的には必ず向上するものであるが,DRGの導入でケアの向上が妨げられることはなかったとされた。しかし,ケアの質が向上しているのに退院後6か月の死亡率は変わらず,本当に患者に不利益は生じていないのかという皮肉な見方もできるのである。

クリティカル・パス普及の理由

 RAND調査の結果でも明らかなように,DRGの導入後,医師・看護婦にとって入院患者のケアは多忙化した。入院時の重症度が高くなりケアの必要度が増しているのにもかかわらず患者を早くに退院させなければならず,特に病棟実務の大部分を担うレジデントの負担感は強まったといわれる。
 入院ケアを疾患別にプロトコール化する「クリティカル・パスウェイ」を取り入れる病院が増えたのも,忙しさの中で見落とし・手違いがあってはならないという思いがその背景にあり,DRG導入後の厳しい医療環境の中で効率よい医療を提供しつつ医療の質も維持したいという医療現場の努力が現されている。ちなみに,クリティカル・パスウェイには,後で医療費のとりはぐれのないように医療記録を完備させる効用もあるといわれている。

つづく