医学界新聞

短期集中連載 DRG導入が米国医療に与えたインパクト(2)

医療警察PRO

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


PRO設立の成果

 DRGの悪用を防止するために,専門家による医療査察機構(PRO)が設立された背景は前回述べた。
 PROの設立目的はコスト削減よりもメディケア(公的老人医療保険制度)の医療の質を改善することにあるということを強調するために,連邦政府は各州に設立されたPROと契約を結ぶ際に,医療の質の改善について具体的な努力目標を設定させた。以下はその例である。
◆心臓発作死を1年間で20%減らす(ケンタッキー州)
◆細菌性肺炎の死亡を1年間で514例減らす(ニューヨーク州)
◆術後尿路感染症の頻度を30%減らす(コネティカット州)
◆うっ血性心不全患者の再入院を90%減らす(ニュージャージー州)
 特定疾患についての入院事前審査・退院後のカルテのチェック・支払い拒否という手段でこれらの目標を達成できると考えていたのだから驚きであるが,コスト削減ということに関してはPROは着実な成果を上げた。例えば,入院の事前審査制となった代表的疾患が白内障であるが,PROは白内障の入院手術は原則として許可しないという方針を貫いた。眼科手術はメディケア全体の手術コストの20%を占めていたが,DRG施行前の1980年に眼科手術の87%が入院手術であったのに対し,施行後の85年には眼科入院手術の割合は20%にまで激減した。白内障だけでなく,メディケアがPROの事前審査制を通じて外来手術を奨励した結果,全米で外来手術センターの設立ラッシュが起こることとなり,外来手術増はメディケア以外の患者にも波及した。外来手術施設に投じた設備投資を有効利用しようとすれば患者をメディケアに限る理由はないことに加えて,民間の保険会社も入院手術から外来手術への移行を歓迎したからである。

2か月で入院日数が3割減

 PROによる医療査察がもっとも劇的な効果を上げたのはニューヨーク州である。ニューヨーク州は独自の医療費抑制策を取っていたため,DRGは86年まで導入されなかったのであるが,PROによるメディケア医療査察はDRGに先駆け84年11月から施行された。当時,ニューヨーク州が独自に施行していた医療費抑制策は入院1日定額制を取り,メディケア患者の平均在院日数は13日と全米平均の7.4日と比べ著しく長かった。メディケア患者の入院を短縮させるためにニューヨーク州の病院がねらい打ちされ,PROによる大鉈が振るわれた。
 ニューヨーク州のPROは,84年11月に審査を開始するや,「入院が不必要に長すぎる」という理由での支払い拒否を重ね,ニューヨーク市ではメディケア入院の14%が支払いを拒否される事態となった(ニューヨーク市以外でも支払い拒否は10%に達した)。PROの査察開始前,84年9月のニューヨーク市でのメディケア患者平均在院日数は13日であったが,85年1月には8.7日と,査察開始後わずか2か月で3割以上短縮したのである。前回,DRGの定額支払い制のもとでは病院側に入院日数を短縮させる動機づけが生じると述べたが,ニューヨーク市の例は,定額支払い制を導入しなくとも長すぎる入院には支払いを拒否するという処置を講じるだけで入院日数を減らすことができることを示している。その後,DRG導入のせいで患者はよくならないうちに退院させられているという批判が沸き起こるのであるが,85年8月に保健省が各州のPROに対して「早すぎる退院にも支払い拒否を徹底せよ」という通達を出した時には,「早く退院させろと圧力をかけてきたのは誰だ!」と全米病院の猛反発を買うことになる。

査察と情報公開

 医療内容を査察するために退院後の患者のカルテを抜き取り調査したと述べたが,PROが「不適切な」医療をスクリーニングする際の審査基準は当初,各州によってまちまちであった。しかし,やがて統一され,(1)不適切な退院プラン,(2)退院時に体温・血圧・脈拍などバイタル・サインが不安定であること,(3)予期せぬ死亡,(4)院内感染,(5)予定されていなかった手術,(6)院内での外傷の6項目となった。PRO専属の看護婦がこれらの基準を機械的にあてはめて1次審査を行ない,疑義が生じた症例について医師が2次審査を行なった。保健省によれば,1次審査で疑義があるとされた症例の8%で「不適切な」医療が確認されたと報告されている。
 PROは消費者への情報公開をも促進した。86年3月に保健省がメディケア患者の病院別死亡率データを公表したのである。「本来PROの査察用資料として作成したデータであるが,データを公文書として作成した以上,情報公開法の規定により公表せざるを得ない」と保健省は説明したが,突然の死亡率公表は「患者を混乱させるだけ」と病院側の怒りを買った。死亡率が高いと公表された病院の関係者は,「ベーブルースの三振数だけ見て大したバッターではなかったとするようなもの」と反発した。また,死亡率が著しく低い病院も,重症患者を忌避して他の病院に回している可能性があるとして病院名が公表された。

医療検察官

 PROが医療警察であるとすれば,医療検察官の役割を果たしたのが保健省総査察官である。総査察官制度は70年代にメディケイド(低所得者のための公的医療保険)を悪用した詐欺が横行した結果創設されたものであるが,FBIの組織犯罪捜査官のリチャード・クセローがレーガン大統領により保健省総査察官に任命されたのは,1981年である。1400人の専従スタッフと5千万ドルの予算を与えられ,クセローはメディケア・メディケイドの詐欺を取り締まるだけでなく,問題ある医療行為をした医師・病院を積極的に摘発した。また,医療警察PROの活動を監視する役割も与えられ,PROの査察は生ぬるすぎるし,PROへの支払いも寛大すぎると度々批判した。PROとは別に独自の調査結果を公表し,「メディケア入院の10%は不必要」など,医師・病院を批判し続けた。また,手術症例数が少ない病院ほど心バイパス手術後の予後が悪いというデータを公表した時も,「症例の少ない病院で心バイパス手術をさせるぐらいなら,患者・家族の旅費をメディケアで負担してでも患者を症例数の多い病院に送ったほうが安上がり」などと,歯に衣を着せぬ発言を繰り返した。
 1990年に,あるテレビ番組でクセローが失言したことを捉え,米国医師会(AMA)はブッシュ大統領にクセローの解任を要求したが,逆にクセローに対する国民の支持の強さを思い知らされる結果となった。ラルフ・ネーダーが指揮する消費者団体の医療部門責任者ウルフ医師は「医師たちはずっと自分たちの問題は自分たちで解決できる,政治の介入などいらないと信じてきたが,これは不幸にもまったくの勘違い」とAMAの解任要求を批判した。また民主党下院議員のスタークは「AMAからの解任要求はクセローの勇気を証明する勲章である。医師以外の人間に批判された時の常で,AMAはプライドを傷つけられて癇癪を起こしているだけ」とAMAを揶揄した。

支払い側の根強い疑念

 止めどない医療インフレは,医師・病院など医療サービス供給側が「不必要かつ無益,時には有害な」医療を行なっていることが原因になっているという支払い側の疑念は強い。80年代後半のPROによる医療査察も,90年代に入り隆盛を極めているマネージドケア*による利用度審査(医療行為の適切性を事前・事中・事後に保険会社が審査する制度)も,極言すれば「不必要な」医療が多すぎるという支払い側の疑念が具現化されたものといえる。
 80年代後半,PROによる査察活動がたけなわの頃,ハーバード大学医学部元部長ロバート・エバート(マサチューセッツ州最大のHMO*,ハーバード・ピルグリム社の創設者)は,「医師が医療のすべてを決めることができた時代は終わった。今後,どのような変化が医療に起ころうとも,医師が医療をコントロールする権限は縮小する一方である」と断言した。また,84年に「医師の裁量にまかせると不必要な医療行為が行なわれる危険がある」という論文(連載第1回参照)をニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン誌に発表したダートマス大学医学部のウェンバーグは,「医師たちが無駄な医療を繰り返し,最善の医療を行なうという責任を放棄し続ける限り,政府による医療介入はますます厳しくなるだろう。いずれ,医師の臨床的判断よりも,統計学的データや経済的配慮が優先する事態が到来する」と警告した。
 DRG導入の影響によるベッド稼働率の低下が病院過当競争時代を招来し,その結果,相対的に支払い側の発言力が強まったことが現在のマネージドケアの隆盛につながっているのだが,PROによる医療査察は,マネージドケアの生命線ともいえる「利用度審査」の原型となったのである。アメリカにおけるPRO,マネージドケアの歴史は,医師のオートノミー(裁量権)は決して絶対不可侵のものではなく,支払い側との力関係でいかようにも制限され得るものであることを証明している。

後戻りができない変化

 1990年になり,米科学アカデミー医学部会は,PROの活動が医療内容の質を改善することよりも,コストを減らすことに偏重していると批判した。PROが個々の症例について医療内容を取り締まる警察活動をしても医療全体の質を改善することにはつながらないとし,症例中心の審査よりもケアの「パターン」と患者のアウトカムの関連についてのデータ収集に励むべきだと提言した。この提言に沿う形で92年に法が改正され,PROによる支払い審査は現在行なわれていない。しかし,わずか数年の間のPROの査察活動が,入院日数の短縮・入院数の減少・外来手術の激増など,米国の医療現場に後戻りのできない変化を与えたのである。

つづく

マネージドケア:医療保険の一類型。医療コストを減らすために,医療へのアクセスおよび医療サービスの内容を制限する制度。(1)入院,専門医受診を制限する主治医制,(2)利用度審査,(3)症例管理,などの制限方法がとられる。保険料の安さゆえに米国医療保険の主流となっている。
HMO:Health Maintenance Organization(健康維持機構)の略で,マネージドケアの典型的保険プランの1種,あるいはそれを提供する保険会社のことを指す場合もある。一般的にHMOの保険料は安価であるが,保険会社が提供するネットワーク内での医療を原則とし,主治医をその中から選出し,専門医受診にはその許可が必要となるなど,医療サービスへのアクセスが制限される。