医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


浮かび上がった保健医療システムの問題点

在日外国人の母子保健 日本に生きる世界の母と子
李 節子 編集

《書 評》中村安秀(東大大学院助教授・国際地域保健学)

 少子化社会と言われてから久しい。確かに,日本人同士の親から生まれる子どもの数は年々減少しているが,実は外国人から出生する子どもは増加の一途をたどっている。本書によれば,父母ともに外国人あるいは父母のどちらかが外国人の出生児は年々増加しており,1996年には3万人を越し,日本全国で出生する児の2.7%を占め,東京都23区に限れば6.8%(出生児15人に1人),新宿区では何と出生児8人に1人は父母ともに外国人あるいは父母どちらかが外国人であるという。バブル経済崩壊後の外国人の定住化に伴い,在日外国人の保健医療ケアはわが国の国際化に限定した課題ではなく,すでに国内問題と化していたのである。
 わが国の母子保健システムは,世界で最も低い乳児死亡率など世界的にも高水準を誇っているが,基本的には日本に住む日本人を対象に発展してきた経緯がある。本書は,従来からなおざりにされてきた「日本に生きる世界の母と子」に徹底的に焦点を当て,人口動態,基本ポリシー,法と人権,母子保健の実践,医療行政,栄養,出産現場の実際,多文化理解,国際化教育,ボランティア活動,文化人類学など非常に多岐にわたって詳述された実践の書である。どの章を開いてみても,いままで知らなかったさまざまな事実や理論を見出すことができる。例えば,東南アジアや,中南米出身の母を持つ子どもの乳児死亡率や死産率は日本人の2倍も高い,親から子どもに語られるmother tongueという意味での「母語」が大切であり,国の共通語としての母国語と区別されている,保育所や幼稚園では言語や食習慣の違いだけでなくピアスなどの装飾品の扱いなどの問題も生じている,といった明快な記述は新鮮であった。

光る学際的アプローチ

 全体の構成は政策,実践,理論,統計がほどよく調和しており,編集にあたった李節子氏の目配りが隅々まで行き届いている。種々の分野から在日外国人の保健医療に携わってきた専門家による分担執筆の形をとっているが,全体を通読するとどの章にも根底を流れる一貫性を強く感じる。「在日外国人の母子保健・医療・看護活動指針」を掲げ,その基調報告に基づき各論が展開されているからに他ならない。このような構成はWHOやUNICEFなど国際機関ではよく見られる手法であるが,なぜか日本の公衆衛生や母子保健関係の書物では専門家による執筆原稿の単なる寄せ木細工にすぎないことが多い。しかし,「学際的」研究システムとは,異なる分野の専門家の縦割り研究を集積したものではない。公衆衛生における新たな課題に学際的な立場から挑戦している研究者にとっては,本書の「学際的」アプローチは大いに参考になるであろう。
 在日外国人の保健医療という一点を深く追求した時に,日本の保健医療システムそのものの問題点が如実に浮かび上がってくる。助産婦,保健婦,産科医,小児科医,母子保健行政官など母子保健に従事する関係者だけでなく,現在日本の保健医療改革に関係しているすべての保健医療関係者必読の書といっても過言ではない。
B5・頁216 定価(本体3,400円+税) 医学書院


ケアマネジャー必読の実践的ケアレポート

〈生きいきケア選書〉もっとアドリブケア
中田光彦 著

《書 評》白井孝子(東京福祉専門学校講師/訪問看護婦)

 今,老人介護分野では,介護保険制度の発足を目前にして,「ケアマネ特需」と呼ばれるほどにケアマネジャー(介護支援専門員)の資格試験関連書籍が売れ,講習会に多くの人が集まっている。本書はそうした試験勉強の合間に,または合格してからでも,是非一度読んでほしい1冊である。というのも,本書は遊び心とアドリブで老人介護を楽しもうというコンセプトで書かれたケアレポートであるが,ケアマネジメントの現場で役立つ介護のノウハウがいっぱい詰まっているからである。
 自由で柔軟な発想と軽快なフットワークを駆使して,居酒屋・パチンコ・カラオケ・墓参り・海水浴・スキーなどユニークな活動に挑戦し,老人介護の発想転換を迫るエピソード47話で構成されている。ここには,在宅で生活する利用者の本音があり,それを支える家族が見え,援助するヘルパーとしての現場の姿が生きいきと描き出されている。また,これから介護の現場に出ていく学生たちへの真の教育法と,画一的介護方法に悩んでいる方々への問題解決方法が,実践的に報告されている。

個別援助の草分け的存在

 著者の中田光彦氏は,施設における画一的介護からの発想転換を提唱し,かつ実践してきた人で,草分け的役割を果してきた。利用者の望むことは何なのかを知り,さまざまな個別援助のあり方を直感的ひらめきとアドリブで実践してきている。
 施設や病院に長く居ると,「これはこうなのよ」とか,「1人の人だけにそんなことはできない」という言葉に何の疑問も持たず,いや疑問を持った時期はあったとしても,忘れてしまった方々も多いのではないだろうか。学生時代は「患者のために」「診療の補助だけが看護ではない」と教えられてきたはずなのに……。今在宅の現場にいると,私たちに必要なのは,利用者を利用者の目線で知ることであり,利用者の生活を見る目を養うことである,と切々と感じる。
 中田氏はこの本の中に多くの利用者の写真を取り入れている。中田氏自身はしっかりカメラ目線なのに,利用者はカメラをとらえている目線ではないのだが,その表情は中田氏より生きいきとして見えるから面白い。こんな会話が聞こえてきそうである。
 「中田さん,何みてんの?早くあっちに行こうよ。車イス押して,しっかりね。若い子ばかり見てんじゃないよ」
 この利用者たちの表情こそ中田氏の実践への一番の評価である,と感じる。在宅の利用者たちの評価は厳しい。楽しくない介護,面白味のない介護者には決して真の笑顔は見せてくれない。
 『介護支援専門員標準テキスト』の中でも,「家族員の自己表現が図られるよう支援する視点を持つことが重要」と明記されている。その視点を持つための実用書としてこの1冊を活用してほしいものである。利用者の自己実現を援助するためには,その利用者の生活してきた過程をよく知ることが大切である。例えば,秋田県で中田氏は,施設の利用者の方々と箱ゾリでスキーを楽しんでいる。雪国の方々にとって雪はやっかいでもあるが,楽しい遊びの思い出もたくさんあるのであろう。パチンコ好きな人にとっては,あの軍艦マーチの音とチンジャラの音がいつまでもなつかしいのと同じように。
 また,実用書として役立つという意味では,例えば「うまくいかないことは多いけれど」(第5章)の第35話「自惚れ」がまた楽しい。中田氏がある利用者と出かけていく。楽しい1日が待っているはずだったのが,介助時の思わぬ腰痛,エンジントラブルなど間の悪いことが続く。それでも何とか目的の用をすまし,よかったと思って帰宅した途端,介護するお嫁さんの名を呼んだ利用者の声がすがるようだった。中田氏は自分が自惚れていたのだと気づいて,しばらくの間落ち込んだ日が続いたという。何年やったから,何人介護したからといって,1人ひとりの生活を知り,価値観を理解し,その利用者に合った介護することは難しい。だが,それを評価してくれる利用者との関わりは楽しくエキサイティングであるということをこの著書で再確認した。
B5変・頁136 定価(本体2,000円+税) 医学書院


初学者から経験を積んだ実践者まで

看護診断にもとづく精神看護ケアプラン
ジュディス・M・シュルツ,他 編著/田崎博一,阿保順子 監訳

《書 評》田中美恵子(東女医大教授・看護学)

 本書は,原題“Manual of Psychiatric Nursing Care Plans”第4版の翻訳である。『精神科看護ケアプラン』の邦題で出版された原書第2版を,教育また実践の手引きとしてすでに愛用されている方も多いことと思う。それほど本書は,それまでになく,精神的な問題を抱える患者の看護を系統的かつ詳細に著したものであり,その徹底的な実践志向は,当初より眼を見張るものがあった。
 今回版を重ね,その内容はさらに精錬され,実践的な厚みを持つものとなった。本書は,著者自らが序に唱うように,看護ケアプランの実践的ガイドであり,精神保健領域での看護過程の展開を助けるものとなっている。今回翻訳された第4版では,ケアプランの基礎に北米看護診断協会(NANDA)の看護診断が用いられ,全体が新たに書き直されている。
 しかし,従来からの本書の特色である患者の行動に焦点を当て看護ケアプランを立案するといった点には変わりがない。つまり,必ずしも医学的診断によらずとも,また患者が精神医学的な診断を(まだ)持たない場合でも,患者の行動に焦点を当てた看護独自のアセスメントによって,ケアプランの立案・実施ができるようになっている。

豊かな経験知が理論的背景に

 ケアプランは,看護診断,アセスメントデータ,期待される成果,治療目標,看護の実施から成り立っている。アセスメントデータでは,看護診断を導く指標となる患者の行動や置かれた状況がきわめて具体的に示されている。これらのほとんどが,日米の文化的な差異を越えている点は驚きに値する。次に看護の実施では,前版と同じく,看護ケアの実際がこれもまた具体的に示される。と同時に,それぞれの看護ケアに対して,1つひとつ理論的な根拠が示される。これがまた実践に応用する際にありがたい本書の強みである。なぜなら“どのようにするか”だけでなく,“なぜそのようにするか”を知ることで初めて,実践で出会う千差万別の患者のケアに本書を応用することが可能となるからである。この理論的根拠は読めば読むほど経験知の豊かな集積である。これほどの経験知を系統的に整理した著者らの力量と努力にひたすら感服するばかりである。
 しかし本書の魅力は,以上のようにきわめて実践的なガイドであるといった点ばかりにとどまらない。全体が看護者としての基本的な信念に貫かれているのも大きな特色である。精神看護の理念や精神科看護者の役割,その責任と機能などは第II部に基本概念としてまとめられているが,何度読んでも学ぶものがある。
 本書は,精神看護の初学者から豊かな経験を積んだ実践者まで,幅広い読者に役立つ良書である。最後に,これだけの大著を読みやすい日本語で訳された訳者の方々に敬意を表しつつ,ペンを置く。
B5・頁416 定価(本体4,500円+税) 医学書院