医学界新聞

 ミシガン発最新看護便「いまアメリカで」

 優しさの中にみる看護の原点(2)
 レッテルを貼るということ [第6回]

 余 善愛 (Associate Professor, Univ. of Michigan School of Nursing)


(前回2303号よりつづく)

 クラシック音楽とタバコと酒をこよなく愛し,著者と親交の深かった張知夫氏は,1997年5月に急逝。大阪府立看護短大学長の時代の1992年にミシガン大の客員教授として,著者の住むアンアーバーを訪れるが,大学や街で,その飄々とした存在感を示していた。

“Flame Bar”での晩餐

 アンアーバー滞在の最後を飾る日,先生が,「お世話になった方々を食事に招待したい」とおっしゃったので,私はすし屋に予約を入れました。そこならお酒もビールも存分にあるため,「一杯飲む」儀式はいらないだろうと,勝手に思ったのです。案の定,皆さんにお別れを告げ,私が車に走って行こうとすると,「あぁー,余さん」の一言が出たのです。慌てて周りを見回している私の目に入ったのは,懐かしいようなピンクのネオンサインで大きく書かれた“Flame Bar”という看板でした。
 あたかもずっと前から知っているようなふりをして,「先生,あそこに寄っていきましょう」と言い,先生をお連れしたのは,アメリカらしい天井が高く何の飾りもない広々とした,そして静かな薄暗いバーでした。客の数もまばらで,私はコーラを,先生は私には何だかさっぱりわからないアルコールを前にして,ようやく先生は落ち着いたようでした。何を話していたのかは,いまとなってはまったく覚えていませんが,何か看護研究について約1時間ほど2人で熱心に話し合っていたと思います。ふと気がつくと,私はこのバーには男の人しかいないことに気がつき,「張先生,このバーには女の人がいませんね」と言いますと,文化人であるはずの先生が,「余さん,こんな時間にバーに来る女の人はいませんよ」と女性である私を前にしておっしゃったのです。私は,アルコールとタバコは文化の象徴でもあるが,またそれを堕落させるものでもあるんだなということを学びつつ,また会話は看護の何かに,戻っていったような気がします。
 それから小1時間。さらに話し込み,すっかり薄暗闇に慣れた目で何気なく壁面を見た私は,そこにならぶ若い半裸の男性のポスターをみて,“Flame Bar”がどういうところなのかをようやく理解できたのです。先生にそのことを即座に伝えても,先生は,「そうですか」と言われるだけで,一向に動揺の気配はみられません。しかしながら,さすがにそれ以上は長居をしようとはおっしゃらず,私もそのバーを去ることができました。
 この,明らかにアジア人の,やや中年の女性とやや老年に入りかけていた男性が,約2時間あまりこのバーの本来の目的をまったく無視して話し込んでいる間,バーにいる人たちは,私たちを放っておいてくれたのです。またそれと気がついた時も,あわてふためいたのは私だけでした。張先生には,そんなことは何の意味もなかったのです。

レッテルを貼らない主義

 私が張先生を尊敬する一番の理由は,先生が人間の存在や行動,そして物の考え方に既成のレッテルを貼らないということを,1日24時間実行されていたところです。先生はもともと心理学を学ばれたと聞いていますので,それが理由なのか,また何か宗教的な背景が寄与しているのか,または先生自身が日本という母国で,外国人だったり日本人だったりというレッテルを経験されたことが関係しているのかは,私などには知る由もありません。私が冒頭で「飄々」と言う言葉で表わそうとした,深くて大きい先生の優しさは,先生が決してどの人にも既成の概念を当てはめようとはせず,その人をそのまま受け入れるというところから来ているからなのだろうと考えたりします。ですから,先生の優しさがどのような人間にも通じるということは,以前から感じてはいましたが,アンアーバーでの先生との2週間で,私は私の,この観察に確証を持ちました。私たちはよきにつけ悪しきにつけ人にレッテルを貼ります。いわく,「医者だから」「看護婦だから」「ゲイだから」「年寄りだから」「若いから」「日本人だから」「日本人じゃないから」「いい子だから」「不良だから」etc.……。それがよい時のレッテルであっても,レッテルはやはり時として私たちの心を深く傷つけるものです。私たちは,往々にして人に勝手にレッテルを貼り,そのレッテルと中身が違うとか,レッテルがこうだから気に入らないと理由づけ相手に文句をつけます。レッテルを貼るという行為がどんなに人を傷つけ,また時として葛藤や争いのもとになるかということを,先生はおそらく学問的に,経験的に,そして文化的に知っておられたのではないでしょうか(合掌)。

(この項おわり)