医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


今日の精神医学を見事に凝縮したテキスト

専門医のための精神医学 西園昌久,他 編集

《書 評》下坂幸三(下坂クリニック)

アカデミズム興隆のための一里塚

 本書は,精神科医のための精神医学書である。執筆者は,教授もしくは名誉教授に限られている。それは責任編集者の代表である西園の言によれば,「卒後精神医学教育について教授の責任感と意気込みとを結集した本にしようと思ったため」である。評者は,この試みを,よい意味でのアカデミズムの興隆のための一里塚とみる。医学部に限らず,大学の教室の浮沈は,教授の器量に大きく左右される。このような自覚をもった方々が本書を執筆されたのだと推量する。
 本書の体載は,小活字を用い,2段組み558頁の大冊となっている。総論は242頁,各論は279頁とほぼ均等に配合されている。
 総論は,精神医学の思想,特徴そしてその拡がりについて省察を迫る部分であるから,専門医にはこのくらいの分量は必要であろう。瞥見して今日の精神医学の拡がりが改めて身にしみたことを告白せねばならない。治療論がくわしいのも有難い。欲をいえば,「脳と行動」「精神科疾患の症状」あたりはもう少し枚数がほしい気がした。もっともこういう部分は,精密を期したらきりがなくなるところではある。
 各論は,(成人の)精神障害,児童・思春期・青年期の精神障害,老年の精神障害といった穏当な三本立てとなっている。
 ところで西園のいう「責任ある教授としての意気込み」だが,一読してその意気込みが伝わる部分が多いけれども,枯れた書き方をされている方もあり,これも老練の手になるものとして尊重すべきであろう。
 専門家向けであるから,文献がついているのは当然のこととはいえ有難い。文献は手に入りやすいものがあげられているようだ。これは読者に優しいともいえるし,いささか甘いともいえる。本文には独仏の学者の名が散見されるのに,文献には載せられていないことのほうが多い。これは賛成できない。読み手は専門家である。日本語の勉強は当然として,英語のほかにもう1つくらい外国語が読めたほうがよい。ご承知のように戦前の日本の精神医学は,ドイツ精神医学一辺倒で,いささか視野狭窄を起こしていた。これからの精神科医には同じ轍を踏んでもらいたくない。すなわちアメリカ精神医学一辺倒では困る。

新進の精神科医の座右に

 日本は,開発国でありながら,精神医学界においては,いまだに多教授制度は採用されておらず,1人の教授が雑事に追われている姿は,傍目にも気の毒である。そういう悪条件のさなかから本書が誕生した。これから版を重ね,さらに充実したものとなることを祈りたい。しつこくなるが,西園のいう責任性と意気込みとは,教授の専売ではない。一線にいる精神科医がみな具えるべきものである。本書を座右におかれる新進の精神科医は,それぞれの方が実践を通してこの本を増補,改訂するくらいの気組みを持つべきだ。そういった積極的な姿勢を俟って,本書の価値は一層高められることと思う。
B5・頁558 定価(本体18,000円+税) 医学書院


日常臨床の場で遭遇する重要な疾患を網羅

症例から学ぶ呼吸器感染症 田口善夫 編集

《書 評》成田亘啓(奈良医大教授・内科学)

 優れた呼吸器内科の臨床医,畏友故岩田猛邦学兄が逝かれてからもう4年が経つ。御令息も大学医学部を卒業され,虎の門病院でレジデントを始められたという令夫人のお手紙を拝読したばかりである。時の経つのは早いものである。早く逝き過ぎる人は多いが故岩田学兄もその1人で,惜しい人ほど早く逝くというがその通りである。
 今回,故岩田学兄が育て上げた憩いの家,天理よろづ相談所病院呼吸器内科で学兄の衣鉢を最も継いでいる田口善夫君が天理よろづ相談所病院呼吸器内科の力を結集して,『症例から学ぶ呼吸器感染症』なる書物を出版したので書評を書くようにとの依頼が医学書院からあった。書評を書くなどは小生には馴染まないが,田口君も旧知の間柄だし,何せ故岩田学兄の愛弟子である。当然二つ返事で引き受けたが,送られてきた本の序文にはやはり故岩田学兄への感謝とこの本を学兄の御霊前に捧げると記されている。改めて学兄の表情を思い浮べる。小生の思い入れはこのくらいにして,やはり柄にもないが書評に移る。

症例を通して疾患を理解する

 この本を開いてまず目次をみて気が付いたことは,日常臨床の場で遭遇する重要な呼吸器感染症は洩れることなく網羅されている点が第1に挙げられる。いささか失礼な言い方かも知れないが,田口君くらいの年齢の方がこのような本を編集すると,衒学的になってあまりお目にかからないようなめずらしい症例を出すものだし,田口君はそのような症例を持っておられるはずだが,この本の症例はそのようなものではなく,誰もがどこでも日常臨床で遭遇する重要な症例を挙げている。これがこの本の特徴の1つでもあり,臨床医に一読を勧める理由の1つでもある。適当な症例が呈示されているので,具体的に疾患を理解しやすくなっている。さらに呈示された各症例ごとに豊富な画像が添えられ,簡潔に要点を押さえた解説が付されており,疾患の把握,理解がより容易となっている。この辺は編者である田口君自身の資質でもあるだろうが,症例をとても大切にした故岩田学兄の教育の成果が現れている。

便利な抗生物質一覧

 巻末に添えられた「抗生物質便利な一覧」と題された抗生物質の一覧はまことに題名そのままに便利なものであって,的確にまとめられており,腎・肝障害時の投与方法が記載されている点が特に役に立つ。 あえて苦言を呈するならば,慢性下気道感染症の項では,慢性下気道感染症を感染症の視点からとらえて解説をして,持続感染と急性増悪との病態を明確にした上で治療方法に言及していただければもっと理解しやすいと考える。また,文献の一部には偏りがみられ,厚生省班会議報告書は実地医学には入手し難い文献である。この辺も考慮してもらえればよかったと考える。
 苦言も呈したが,臨床例を大切にした故岩田学兄の思想が十分に折り込まれたこの本は,臨床医のみならず研修医,医学部学生が一読すべき本である。書評を書くのはどうも小生には馴染まない。故岩田猛邦学兄の思い出話に終始した気もするが,このような愛弟子を育てた学兄のご冥福を改めて祈らずにはおれない。合掌。妄言多謝。
B5・頁204 定価(本体4,200円+税) 医学書院


臨床脳波の基本を理解するための実践書

脳波プラクティス J.R. Hughes 著/越野好文 訳

《書 評》松浦雅人(日大助教授・精神神経科学)

 脳波判読は難しいといわれる。心電図波形が規則的で数量化しやすいのに対して,脳波波形は不規則で,数量化しにくく,あいまいであるという。臨床脳波判読の指導をしていて感じることは,重要な所見を見逃すことによって生じる問題も少なくないが,誤って異常脳波と判定することによって生じる混乱のほうが圧倒的に多いことである。どんな検査法も長所とともに,限界があるものである。本書は脳波の記録と判読の要点を簡潔に解説しており,臨床脳波の基本を理解することによって,その長所と限界を教えてくれる。

臨床脳波の記録と判読に必要な原則

 著者のHughesは,米国の臨床脳波学の大御所である。臨床脳波に関する多くの論文を発表しているが,そのすべてが大多数例の臨床データに基づいているため,きわめて説得力があり,そのまま一般化できる結論となっている。評者もこれらの論文には多くを教えられてきた。本書はそのHughesが著した臨床脳波の実際的な教科書の第2版の邦訳である。膨大な基礎データは割愛し,臨床脳波の記録と判読に必要な一般原則を的確に記載している。とくに,電極配置法,脳波導出法,局在決定法については丁寧に解説している。臨床脳波を理解するための基本として,著者が重要視していることがわかる。

日常臨床に必要な分野を重視

 全体の構成の中では,脳波発達に関する記載,とくに未熟児,新生児,乳児の脳波に多くの頁をさいている。この時期に特有の多くの正常パターンが,誤って異常所見とみなされやすいことに危惧を抱いていることがうかがわれる。また,ICUでの脳波記録や脳死判定の際の脳波記録について,きめ細かく解説している。実際の臨床で重要な分野であるとの著者の考えを反映しているものと思われる。法医学脳波については,わが国の脳波の教科書には記載されることの少ない重要な分野である。脳波について総花的に記載した教科書ではなく,日常臨床の脳波の記録と判読にとって重要な分野について,とりわけ力を入れて解説している点が特徴であり,「脳波プラクティス」のタイトルにふさわしい実践書である。
 訳者の越野好文教授は,精神医学一般に広く造詣の深い臨床家であるとともに,金沢大学神経精神医学教室を主宰されておられる教育者でもある。臨床神経生理学と臨床脳波学の分野ではわが国を代表する教室で,越野教授はその第一人者である。脳波の教科書やアトラスが多く出版されている中で,本書に注目されてその訳出を意図されたのは,臨床脳波の判読を行なおうとする若手の医師に対する教育的配慮からではないかと推察される。わが国の脳波教科書にはない多くの実際的な知識が記載されていることは,上に述べたとおりである。文章は訳文とは思われないほどこなれていて読みやすい。脳波技師と脳波判読医との間で討論する必要のある問題の項や,脳波依頼医と脳波室の間で確認しておくべき問題の項などは,脳波専門医だけでなくすべての医師や検査技師に知っておいてもらいたいものである。本書を訳出していただいた越野教授に敬意を表するとともに,本書が多くの臨床医に読まれることを願うものである。
B5・頁224 定価(本体5,900円+税) MEDSi


心臓突然死を防ぎQOL向上に役立つ1冊

植込み型除細動器の臨床
日本心臓ペーシング・電気生理学会/植込み型除細動器調査委員会 編集

《書 評》堀 原一(筑波大名誉教授)

不整脈の非薬物治療

 わが国では毎年5-7万人の心臓突然死が発生し,その80%前後が心室頻拍から心室細動に至ったものとされる。高齢化に伴い虚血性心疾患を基礎にする場合が多いが,遺伝性ないし心筋症等による若年者の場合は悲惨である。不整脈の予防と治療は抗不整脈薬によるのが主流であるが,房室ブロックや洞不全症候群を主とする徐脈性不整脈には,1960年代から人工ペースメーカー植込みによる電気的治療がとって代わった。
 各種の頻脈性不整脈に対しても薬物治療が進歩したが,近年抗頻拍ペースメーカー,刺激伝導系手術あるいはカテーテルアブレーションが行なわれるようになった。
 もともと致死的である心室細動が発生した場合には胸壁叩打や心臓マッサージによる機械的蘇生術のほか,経胸壁的あるいは開胸下に市中電源である交流を心臓に通電するACカウンターショックが1940年頃から行なわれていた。

直流除細動

 1960年代に入って,B. Lownが蓄電器で1000ボルト以上に高圧充電した直流を数ミリ秒,心房細動患者に経胸壁的に通電(DCカウンターショック)して除細動することに成功し,その装置をcardioverterと称した。またそれが心室細動に対しても有効なことがわかり,除細動装置(defibrillator)として開発が進められた。本書にはその歴史は省略されているが,編者の1人三井利夫が当時の東大木本外科でいち早く心室細動発生と直流除細動の電気生理学的研究に着手し,手製の臨床用装置を工学部の戸川達男らと開発したのが1964年である。同じ頃,当時札幌医大で岩喬が同様の研究を行なっていた。
 植込み型ペースメーカーに刺激されて,1960年代後半,この体外型除細動器を小型にし,しかも心室細動発生を自動的に感知してカウンターショックを細動心室に直接与える,今日いう植込み型除細動器(Implantable Cardioverter Defibrillator; ICD)のパイオニアとなったのがJohns Hopkins大学の故M. Mirowskiである。

心室細動治療の第1選択

 心室細動による突然死の危険を回避することによって患者の生命を保証しQOLを高める有効な手段として,amiodaroneを含む抗不整脈薬療法よりも優れた第1選択とまでされるようになったICDは,1980年の臨床応用以来その進歩・普及は著しく,わが国においても例外でなくなってきた。

ICDの臨床指針

 このような背景のもとに,日本心臓ペーシング・電気生理学会では1989年以来植込み型除細動器調査委員会が,適正な適応と適用によってこのインテリジェントで高価なデバイスを使用するための指針を作り,健康保険での使用が認められるに伴い必要条件としての医師等の研修活動を担当してきた。
 このたび世話人の田中茂夫,三井利夫,笠貫宏3教授編集になるup-dateの本書がいち早く刊行された。突然死の恐怖に悩む患者の福祉と不整脈学の発展に役立つことは疑いない。
B5・頁186 定価(本体4,000円+税) 医学書院


ARTの基本に重点を置いた実技書

ARTスタッフマニュアル 体外受精から顕微授精まで 青野敏博 編集

《書 評》星 和彦(山梨医大教授・産婦人科学)

最新の補助生殖医療網羅

 生殖医学の進歩発展はめざましく,体外受精・胚移植はもとより顕微授精さえも全国各地数多くの施設で行なわれ,不妊に悩むカップルに福音を与えている。技術の普及に伴い,診断機器,治療機器,器具,機材も改良・開発が進み,診療方法も当初に比べ随分簡略化され便利になってきた。しかし,生殖医学の根本原理,基本的な技術にはなんら変化はないはずである。このたび医学書院から出版された『ARTスタッフマニュアル』は,最新の補助生殖医療(assisted reproductive technology: ART)の理論や技術を余すことなく網羅しているのはもちろんであるが,このARTの基本に最重点を置いた実技書である。
 生殖医療は次世代に与える影響も大きく,社会的な関心も高いため,遵守しなければならない約束事が多いのは当然である。本書は実技面ばかりでなく,生殖医療に携わる際の心構えに関しても十分な配慮がなされている。初心者のみならず,現にARTの領域で活躍されているスタッフにもぜひ目を通していただきたい好著である。
B5・頁206 定価(本体7,200円+税) 医学書院