医学界新聞

日本におけるDRG/PPSの展望

第24回日本診療録管理学会「特別報告」より


 きたる21世紀に向け,医療保険・医療提供体制のあり方に関する審議が進められている。本年9月からは「介護保険」に向けたケアマネジャー試験が全国で実施され,全国で22-23万人(9月末,厚生省見込数)が受験した。また,11月には入院日数短縮,医療費削減を主眼とした日本版DRG/PPSのモデル施行が国立病院で実施される。
 そのような背景の中,さる9月3-4日に東京で開催された第24回日本診療録管理学会(会長=慶大 浅井昌弘氏,2306号および2307号に既報)では,田原孝氏(国立肥前療養所医療情報室長・精神科医長)が「日本の医療の基本的な構造とその意味-日本版DRGの調査,研究のデータ解析から」と題する特別報告を行ない注目された。
 本号では,この新たな視点からの特別報告の概略を紹介する。


科学性と実態構造を基本的な視点に

 「診療情報の開示と急性期疾患の包括定額制度,いわゆる日本版DRG導入が日本の医療改革の2大要素。今回の発表は,公的団体の正式見解ではなく個人の立場からの発表」と前置きした田原氏は,1997年から取り組みを開始し,データ解析は現在もなお進められているとしながら,調査・研究の結果を報告した。

データ総数1400万からの検証

 田原氏は,「現在日本に広がっているDRGの概念には誤解がある」として,「DRGとPPSは一体化されたものではなく別々の概念。DRGはICD(国際疾病分類)コードをもとにした疾病診断別グループであり,病名ごとの“くくり”を行ない,効率性と生産性を向上させようとするマネージメント方法の1つ」と紹介。なお,アメリカでは医療費高騰抑制を目的にDRG/PPS(疾病群別定額支払い方式)を利用しているが,DRG/PPSはすべての患者を対象にしているわけではなく,全退院患者の約30%に適用されているにすぎないことや,マネージドケアと結びつけて効果を発揮するものの,医療費抑制効果や評価が必ずしも得られていないことを報告した。
 また田原氏は本調査・研究について,「実態の分析や科学的根拠をなくしては医療評価,裏づけある診療報酬の改定が,国際的にも認知されることも不可能であり,本質や基本的な医療行動が見えずに,将来にわたり大きな誤りを生む」と述べ,科学性と実態構造を基本的な視点に置いたと解説。
 さらに,調査・研究の方法に関しては,診療情報管理士が,主として診療録から収集するデータとレセプトの診療明細データの両方を利用。データ収集用フォーマット,またそれを解析するためのフォーマットやデータベースを独自に開発,作成した解析ツールを用いて分析を行なった。この調査・研究に用いたデータは5万7359症例,総数はおよそこの250倍の1400万程度に達したことも明らかにした。
 田原氏は,これらのデータ分析結果を「ジップ(Zipf)の法則」を用い,ICD病名の出現頻度,順位の病体数をグラフ化して解説。また,入院日数の変化をレセプト点数でみると,「急性期の場合(1)5-7日,(2)14-16日,(3)25-27日の3つのピークがある。(1)では,急性心筋梗塞の疑いや狭心症などの虚血性疾患と白内障,(2)は,白内障,虚血性疾患,鼠径ヘルニア,尿管結石,正常分娩など,(3)では鼠径ヘルニア,胃および尿管結石などがみられる」ことを報告した。

日本版DRGへの提言

 「医療の基盤をなす科学性は,フラクタル性に象徴される複雑系であり,調査結果からはいずれも従来の常識を否定し,新しいものの見方と対応が迫られる,重大な内容がみられた」と述べた田原氏は,「フラクタル分布は,平均値や分散が存在しない分布であり,このため“頻度”という概念は成立せず,従来,ガウス分布の世界に慣れてきた人たちには,平均や分散がない分布,頻度がない分布が存在するということは,考えにくいこと」と指摘した。
 これらを踏まえた上で田原氏は,個人の立場から米国版DRG/PPSへの本質的な疑問を述べるとともに,DRGに関する調査・研究への一般的な提言,中期医療計画策定への提言をも行なった。
 提言の基本的な考えは,米国版DRGにはなかった複雑系ビジョンによる新しい理論枠組み,新しい解析方法が必要であり,「本質や基本的な構造に立脚しなくては実態を反映する答えは導けない」と指摘。その上で,米国版DRG/PPSがうまく機能していないのは,政策面の問題よりも,「医療がフラクタルであり,複雑系であるという本質的な実態構造に立脚して立案していないことに原因がある」との考えを示した。

これからの診療録情報管理士

 まとめとして田原氏は,「これからの診療録情報管理士は,自分の気持ちや予想に基づいたデータ集積を行ない,決められた方法にしたがってデータベースやフォーマットへの入力を行ない,不明な点は自らの力で調べる努力が必要」「診療情報管理士は,医師の診断は参考にするものの,診療録の情報やデータに基づいて第三者として診断をする能力も要求される」と指摘した。
 また,「日本版DRGは,高次機能病院の生産性や効率性を図る医療評価として活用すること。医療費の現状維持や微増に対して,たとえPPSを導入するにしても全疾患を対象にするのではなく,まず定型的で限定した疾患で試みることが望ましい」,「日本版DRGの支払い方式としては,急性疾患の一部については出来高払い,慢性疾患には定額払い,入院早期には出来高払いとし,ある一定の入院日数が増すと定額払いにする。また,技術料は出来高払い,ものや施設に対しては定額払いというように出来高制と定額制の混合が現実的で望ましい」との考えを示した。
 フロアからは,「DRG/PPSが取り入れられた場合,どのように対処すべきなのか」や「診療情報管理士が診断することの意味」などについて質疑応答があった。
 田原氏はこれらについて,「DRGとPPSの違い等を明らかにする研究会を持ち,討論してほしい。また医師の診断は病理診断,看護職による診断は看護診断だが,これらは当事者が自分の医療や看護を展開するために必要な診断。診療情報管理士が行なう診断とは,診療録のデータや情報に基づいて第三者として診断するコーディングである。地域での勉強会の開催などが,将来の医療に対して大きな貢献をすることになろうし,診療情報管理士が長い目でみて生き残る道につながる」との見解を示した。