医学界新聞

国際薬理学連合(IUPHAR)主催

第13回国際薬理学会見聞記

古川賢一 (弘前大学医学部薬理学)


From Molecular to Integrative Pharmacology:
The IUPHAR Gateway to the 21st Century

 第12回金原一郎記念医学医療振興財団研究交流助成金により,1998年7月26日から31日まで,ドイツのミュンヘンで開催された国際薬理学連合(IUPHAR)主催の第13回国際薬理学会に参加することができたので,そこで得られた知見,印象などを紹介したい。20世紀最後の会議ということで,タイトルも“From Molecular to Integrative Pharmacology: The IUPHAR Gateway to the 21st Century"と銘打って,分子薬理学と従来の薬理学の橋渡しを命題の1つにした講演,シンポジウムが組まれていた。
 会場のメッセミュンヘンはミュンヘン中央駅から地下鉄(U-Bahn)で2駅のところにある見本市会場で,隣接して有名なミュンヘンのお祭りOctober Festの会場がある。広大な見本市会場の敷地に点在する建物が各種発表の会場となった。
 27日からの本会開催に先立って,26日午後にOpen Ceremonyが行なわれた。歓迎のファンファーレに引き続き,今回の会長であるH. Greim氏が歓迎の挨拶を述べた後,ドイツ薬理学会長のM. Goethert氏,国際薬理学連合会長であるT.Godfraind氏(ベルギー)が挨拶し,最後にU.Trendelenburg氏が「薬理学:過去と未来」と題して,スライドを使いながらドイツ薬理学の歴史(ドイツ実験薬理学の始祖R.Boehm氏とその弟子の系譜といった内容)と今後の展望について講演した。
 その後,参加者は会場外のビヤガーデンに出てドイツの民族音楽と踊りを楽しみながらのおいしいビールと食事に,和やかなひとときを過ごした。この時期のドイツは最高気温が27度程度で湿度も低く,日本より過ごしやすかったとはいえ,1年でもっとも暑い時期であり,冷たいビールに参加者の顔が和んだ。

2400題におよぶポスター発表

 学会のスケジュールとしては,朝9時から12時30分までと午後2時30分から6時までの2回に分けてレクチャー,シンポジウム,ワークショップが開かれ,その間の昼休み(12時30分-2時30分)にはポスタープレゼンテーションが当てられた。ポスター発表者はその2時間の間,質疑応答のため自分のポスターの前に立つように指示される。おかげでポスター発表当日は午前と午後の両方に聞きたい発表が続いたため,結局昼食抜きとなってしまった。そして大きな学会の常ではあるが,いくつもの会場で演題が同時進行するために,涙を飲んで聞くことをあきらめたものが結構あった。また27-30日の4日間でポスター演題が約2400題あり,1日平均にすると約600題あったことになる。これを2時間のうちにざっとだけでもすべて見て回ることは大変であった。
 以下,サイトシグナルの主要テーマで,私自身の研究に関係の深いイオンチャンネルと受容体関連に絞っていくつか紹介することにする。

イオンチャンネルに関して

L型カルシウムチャンネル阻害剤(CCBs)

 T.Godfraind氏は,L型カルシウムチャンネル阻害剤(CCBs)の結合部位がα-1サブユニットであるが,同じα-1遺伝子でありながら組織や種によってCCBsの結合親和性が違うのは,このサブユニットのalternative splicingによることを紹介した。さらに,CCBsの高血圧症の治療効果がその血圧降下の力価と必ずしも相関しないことが知られるが,それはlacidipineの例に見られるように,急性の血圧降下以外にendotherin-1遺伝子発現を阻害し,血管のリモデリングや内皮機能低下を防止する効果が大きいためである。したがって,カルシウム情報伝達の変化を伴う疾患の治療にとって,このような新しい観点からのCCBsの薬理学的解析が重要になってきていると指摘した。

内向き整流性カリウムチャンネル(Kir)

 Y.Kurachi氏は内向き整流性のカリウムチャンネル(Kir)について最近の知見を紹介した。
 この2回膜貫通型のチャンネルはシンプルな構造にもかかわらず,実に多様な機能を持つ。その機能の発現にはチャンネル本体以外に調節系としてのG蛋白質,スルフォニル尿素受容体,そして局在を決めるPSDアンカー蛋白などが関わっている。Kir4.1はC末端にS-N-Vのアミノ酸配列を持ち,PSD-95ファミリーとの結合性を持っている。グリア細胞にKir4.1を単独で発現させた場合は細胞表面に均一に分布したが,Kir4.1とPSD-95を共発現させるとクラスタリングが起こり,かつチャンネル活性も増大した。その効果はS-N-V配列を除いたミュータントKir4.1では見られなくなった。したがって,PSD-95がKirの分布ならびに活性の調節因子として機能していると考えられる。
 一方,心筋と血管平滑筋の両方に同じ遺伝子のATP感受性カリウムチャンネル(Kir6.2)が発現しているが,薬物に対する感受性が異なる。
 Kurachi氏は,その原因がフォニル尿素受容体のアイソフォームの違い(SUR2Aが心筋,SUR2Bが血管平滑筋に発現している)によることをSUR2A,SUR2BとKir6.2の共発現系で示した。SUR2B/Kir6.2の場合は,SUR2A/Kir6.2の場合と比較するとnicorandilの反応性が著しく高く,血管平滑筋に対するnicorandilの反応性が心筋に対するそれと比較して高いことをうまく説明できる。

電位依存性カルシウムチャンネル

 R.W.Tsien氏は電位依存性のカルシウムチャンネルが強力な情報伝達機構であるとともに薬物の標的として重要であるとの講演を行なった。  神経伝達物質の遊離の際に起こるシナプス小胞と前シナプスの膜の融合にはSNARE蛋白と呼ばれる一連の蛋白(syntaxin, synaptotagmin,SNAP-25など)とN型あるいはP/Q型カルシウムチャンネルの蛋白―蛋白相互作用が必須であり,カルシウムチャンネル側の結合部位(synprint)のCキナーゼやCaMキナーゼIIによるリン酸化がその相互作用のスイッチの役を果たしていると考えられる。また,pore directed channel blockerの結合部位(作用点)がドメインIIIとドメインIVの各膜貫通セグメントS6にあることをアミノ酸置換でW.A.Catterall氏が証明したことを紹介した。

細胞内カルシウムイオンとカルシウムイオンチャンネル

 細胞内カルシウムイオンによって調節を受けるタイプのカルシウムチャンネルに関するシンポジウムでは,まずL.Birnbaumer氏が容量性カルシウム流入(CCE)のチャンネル蛋白質をコードしていると推定されている6つのTrpファミリーについて紹介した。TrpはN末にアンキリンリピートを持ち,6回膜貫通型で,恐らくマルチマーとして機能しているらしい。
 CCEの提唱者であるJ.W. Putney氏は,Trpファミリーの中の2つはカルシウム選択的であるが,残りは非選択的であること,CCEの活性調節にはCa,IP4,adenophostin,低分子量G蛋白,cGMP,CIFなど実に様々な因子が関与していることに言及した。
 一方,O.H. Petersen氏は,細胞内カルシウムストア内と細胞質の両方のカルシウムイオン濃度を測定することで,アゴニスト刺激によって引き起こされたカルシウム動員が終了するメカニズムの解析を行なった。アゴニスト刺激でストア内のカルシウムイオン濃度は急速に減少し,アゴニストが存在する間は低いままであった。アゴニストを除去すると元のレベルまで回復するが,細胞質の濃度の刺激前の状態(静止レベル)へのすばやい回復に比べてはるかに遅い。さらに細胞質のカルシウムイオン濃度を静止状態のレベルにクランプしてもその速度に影響しなかった。
 したがって,貯蔵部位へのカルシウムの再取り込みは細胞質を経ず,直接細胞外のカルシウムをストア内に取り込む機構によること,そしてその速度はストア内のカルシウムイオン濃度によって調節されるため,カルシウムシグナリングとは独立して調節されることが示された。

受容体に関して

β2-受容体の受容体リン酸化酵素を中心とした活性制御の機構

 R.J. Lefkowitz氏はβ2-受容体の受容体リン酸化酵素を中心とした活性制御の機構について講演した。その内容をまとめると,
(1)β2-受容体のAキナーゼによるリン酸化は受容体の共役をGsからGiに切り替えるスイッチとして働く。
(2)一方,β2-受容体刺激によって起こるNa+/H+交換機構の活性化は,G蛋白質を介した機構ではなく,この機構に阻害的に結合しているNa+/H+交換機構調節因子(NHERF)が,刺激されたβ2-受容体に移行(受容体C末端のAA配列とprimary decidual zones(PDZ)ドメインを介して結合)して阻害が外れることによる。これによってcAMP濃度上昇で抑制を受けるはずのNa+/H+交換機構がβ2-受容体刺激でむしろ活性化を受けるという矛盾が説明できる(余談であるがNHERFを結合する蛋白質にはβ2-受容体以外にもプリン受容体P2Y1,PDGF受容体などが知られており,さらに嚢胞性繊維症やメンケス症のそれぞれの原因遺伝子であるCFTRや銅輸送ATPaseなどのいわゆるABC蛋白質もあって今後の展開が注目される)。
(3)β2-受容体刺激によるRas依存性MAPキナーゼの活性化にはG蛋白質共役受容体キナーゼ(GRK)によるリン酸化とβ-arrestinとの結合が介在した受容体の細胞内移行が必要である。したがって,GRKはこれまでに考えられていた受容体の脱感作のみならず,情報伝達そのものにも積極的に関与しているようである。

細胞外ヌクレオチドの受容体

 情報伝達物質として作用する細胞外ヌクレオチドの受容体のシンポジウムにおいては,P2受容体に関する報告がなされた。R.A.North氏はP2X受容体の細胞膜上での構造に関して現在までの知見をまとめて解説した。
 A.Surprenant氏はトリニトロフェニル化した核酸がP2X受容体の強力なアンタゴニストになることを示し,それを使った結果から,感覚神経細胞ではP2X2サブタイプがホモマルチマーとして,そしてP2X2/3がヘテロマルチマーとして発現していると述べた。
 K.Nakazawa氏はP2X受容体の活性化は遊離型ATPが少なくとも2分子必要で,さらに膜電位によっても調節を受けることを指摘した。また,T.K.Harden氏はG蛋白質共役型であるP2Y受容体の5つのアイソフォームをクローニングし,その性質を調べた。この2つはいずれもPTX非感受性のGqと共役しており,PLCを活性化する。
 F. Di Virgilio氏は,P2X7受容体がモノサイトの段階では発現していないが,マクロファージに分化すると発現し,インターフェロンγやバクテリアのエンドトキシンによって活性化を受けること,P2X7の活性化によりNFκBやICEが活性化され,またIL-1βの遊離が起こるとしている。これらの事実を考え合わせると,この受容体の活性化は免疫ならびに炎症反応における主要経路の1つになっているようである。

おわりに

 最終日の31日のClosing ceremonyでは,次回の開催地がサンフランシスコということで,米国薬理学会長の挨拶があり,続いて会期中の会議でさらに4年後の開催地が北京に決まった旨が報告された。最後に参加者が4年後に開かれる21世紀最初の会議(第14回サンフランシスコ)での再会を約して会議は終了した。
 今回この会議に参加して,薬理学も確実に変わりつつあると実感した。積極的に新しい手法を取り入れ,薬理学の垣根を取り払った学際的な研究が主流となりつつある。得られた知見を生かすため,さらに細胞情報伝達の研究を進めていきたいと考えている。
 最後に学会参加の援助を与えていただいた金原一郎記念医学医療振興財団に心より感謝をいたします。