医学界新聞

ストロークユニット(Stroke Unit)のあり方

欧州に学ぶ日本における脳卒中医療体制の展望

中山博文 (国立大阪病院・総合内科)


はじめに

 脳卒中の急性期治療に関して,近年ヨーロッパを中心にその有効性が確立されたStroke Unit(SU)が,わが国においても注目され始めている。その背景には,新たに登場した血栓溶解療法や低体温療法などの超急性期治療法を行なう集中治療室としてのSUへの期待があると思われる。しかしながら,今日までヨーロッパにおいては,その有効性が示されたSUでは上記のような集中治療を行なっておらず,誤解が懸念される。
 前提として,脳卒中についての専門的知識を持ち,脳卒中患者のケアを行なう専門家の学際的チームがSUであり,そのSUでは多職種からなるスタッフが,チームの脳卒中管理指針に従って患者の包括的評価を行ない,協調的に治療を実施している1)
 筆者は1991-93年にかけて,デンマークのコペンハーゲン市にあるビスパビア病院のSUにおいて,Copenhagen Stroke Study(コペンハーゲン脳卒中研究)2)に加わった。この機会に,その経験に基づいてSUの効果をレビューし,今日までの知見を整理しつつ,今後のわが国における展望について触れてみたい。

コペンハーゲン脳卒中研究

すべての脳卒中患者を対象に

 コペンハーゲン脳卒中研究は,コペンハーゲン市のプロジェクトに基づくものであり,コペンハーゲン市北東部地域(人口24万人)において,1991年9月から開始された。地域担当病院であるビスパビア病院は,神経内科が患者の年齢,重症度,合併症に関わらずすべての脳卒中患者の入院治療をSUにおいて行なうこととし,神経内科の病床は74床に増床,その内の61床がSUに割り当てられた。これに伴い,それまで一部の脳卒中患者を扱っていた老年科,内科から病床やスタッフの配置替えが行なわれた。
 SU病棟内には専用の理学療法室,作業療法室も併設されており,専属の理学療法士(PT),作業療法士(OT),神経心理士(Neuropsychologist)が配置され,言語療法士(ST),メディカルソーシャルワーカー(MSW)については,病棟専属ではないが病院全体として配属されていた。そこでは神経内科医,看護婦,PT,OT,ST,MSWによるチームカンファレンスが毎週開かれ,患者の評価および退院計画の立案が行なわれた。退院時計画の立案には家族も加わる場合もあり,必要に応じてPTとOTの付き添いで患者の退院前自宅訪問も行なわれた。その主な目的は,在宅生活での問題点を検討し,自宅の改造や介護機器を手配するなど,退院後のケアプランを作成することであった。
 SUにおける治療期間は,発症から機能回復がプラトーに達するまでであり,患者が回復途上で別のリハビリテーション病院に転院することはなかった。
 研究的部分については,Olsen 主任の指導の下に,主としてJoergensen 研究員と厚生省海外留学生であった筆者が担当し,脳卒中重症度,死亡,自宅退院率,入院期間,回復の速さを評価・分析した。脳卒中重症度は,世界的に用いられているBarthel Indexによる日常生活動作(ADL)評価(入院中毎週,発症6か月後)や,スカンジナビアで開発されたScandinavian Stroke Scaleによる神経学的評価(入院時,入院翌日,入院中毎週,発症6か月後)を用い,CT上の病変の大きさによって評価した。またこの他に,上下肢の徒手筋力テスト,痴呆のスクリーニングスケールであるMini-Mental State Examination,失行や失認(空間,病態,身体)評価,手段的ADLスケールであるFrenchay Activities IndexによるQOL評価(入院時,発症6か月後)を行なった。最終的に,2年1か月の登録期間の間に合計1197名の脳卒中患者が登録された。

Stroke Unitの効果

 SUの効果については,ほとんどの個別のランダマイズ化コントロール試験では対象数が少ないために有意な効果が示されていなかったが,1993年,Langhornらのメタアナリシスによって発症1年後の死亡率の低下および施設退院患者の減少効果が示された3,4)。さらに1995年には,筆者らによるコペンハーゲン脳卒中研究によってその効果が確認され,加えて入院期間の短縮効果が示された5)
 コペンハーゲン脳卒中研究では,地理的ランダマイズ化(隣接する2地域の一方ではすべての急性脳卒中患者をSUで治療し,もう一方の地域では一般病棟で治療)によってSUの効果を検証している。1997年にはStroke Unit Trialist' Collaborationが,メタアナリシスによって生命予後の改善および自宅退院患者の増加効果を報告6)し,同年ノルウェーのIndredavikらが,ランダマイズ化コントロール試験によってSUの生命予後改善効果が発症5年後まで続くことを示した7)。さらに1998年にはIndredavikらが,急性期のSU治療が発症5年後のQOLまでも改善することを明らかにした8)。以下上記各効果について簡単に述べる。

死亡率の低下
 発症後1年間の短期死亡については,約2-3割の死亡率の低下が4-6),発症5年間の長期予後については,約3割の死亡の危険率減少7)が報告されている。この効果は発症6週間以内に現れており6,7),その機序として合併症の減少が推測される。

機能予後(ADL,QOL)の改善
 SUの効果によって生き延びた脳卒中患者が寝たきり状態になったのでは,QOLの観点からは高く評価できない。ところが幸いなことに,SUは生存患者の機能予後まで改善することが示されている。おおまかな機能予後の指標として自宅退院を用いると,SUは発症1年後の自宅退院の可能性を1.4倍に増やし(自宅退院率:SU39%vsコントロール33%)6),5年後もその効果が認められる(自宅生活者の比率:35%vs18%)7)
 Indredavikらは,SUで急性期治療を受けた患者は,発症5年後のでADLレベルが高く(Barthel Indexによる評価),より社会性の高い生活(Frenchay Activities Indexによる評価)を営み,QOLが高いこと(多角的QOLスケールであるNotthingham Health Profileと主観的QOLスケールであるvisual analogue scaleで評価)を報告している8)

入院期間の短縮
 入院期間についてもSU治療による短縮効果が認められており,コペンハーゲン脳卒中研究では,SUにおける入院期間は一般病棟に比べて30%短かった5)

日本における展望

「ヘルシングボー宣言」における2005年までの到達目標

 1995年11月,WHOヨーロッパ地域事務局とEuropean Stroke Councilによってスウェーデンにおいて脳卒中マネージメントの改善を目的とした会議が開催され,ヘルシングボー宣言(Helsingborg Declaration)が発表された9,10)。その中では2005年までの到達目標の1つとして,「すべての急性脳卒中患者は,早期に脳卒中専門病棟(SU)の専門的評価と治療を可能な限り受け,患者や家族にとって得るところがある限りそれを継続できるようにすべきである」と明記されている。
 さらに,この流れはヨーロッパにとどまらずアジア太平洋地域まで波及し,1997年10月にオーストラリアにてWHOとオーストラリア脳卒中財団によって開催されたAsia Pacific Consensus Forum on Stroke Managementが発表したメルボルン宣言(Melbourne Declaration)においても同様の指摘がなされている。このようにSUの必要性についての認識が世界的に拡がりつつある。

望まれるSUの整備

 現在有効性が立証されている数少ない急性期脳卒中治療方法の1つであり,入院期間短縮と施設退院の減少による経済効果も期待され,今後わが国においてもその整備・普及が切望されている。血栓溶解療法や神経保護療法等の最近導入されつつある超急性期療法の実施の場としてSU導入の必要性を論じる前に,まずすでに,有効性が確立されたSUを整備することがevidence based medicineという観点からも重要であると思われる。
 また,現実問題として脳卒中専門の固定病棟を設置することが困難であれば,まず脳卒中についての専門的知識を持ったチームを作り,すべての脳卒中患者について,そのチームにコンサルトがなされるような院内システムを設立することを提唱したい。加えて,CT,MR,頸部エコー,経胸壁・経食道心エコー,SPECT(シングルフォトン断層法)等の診断器機の整備,リハビリテーションスタッフの充実が必要であることは言うまでもない。
 理想的脳卒中診療体制の整備には,病院内のシステムのみならず社会的なシステムの整備も必要であり,その実現には時間がかかると思われる。また,今日医療をとりまく経済的状況は厳しい。このような状況下でも,急性期脳卒中を扱う医療機関において,まずSUチームを作ることから始めることが,実現可能な対応策ではないだろうか。

〔文献〕
1) Bonner C.D. :Stroke units in community hospitals :a "how to" guide, Geriatrics, 28, 166-170, 1973
2) Joergensen H.S., Nakayama H., Raaschou H.O., et al : Outcome and time course of recovery in stroke. The Copenhagen Stroke Study , Arch Phys Med Rehabil, 76, 399-412, 1995
3) Langhorne P., Williams B.O., Gilchrist W., et al : Do Stroke Units save lives ?, Lancet, 342, 395-398, 1993
4) Langhorne P., Williams B.O., Gilchrist W., et al : A formal overview of stroke unit trials, Rev Neurol(Barc),23, 394-398, 1995
5) Joergensen H.S., Nakayama H., Raaschou H.O. et al :The effect of a stroke unit:reductions in mortality, discharge rate to nursing home, length of hospital stay, and cost. A community-based study, Stroke, 26, 1178-1182, 1995
6) Stroke Unit Trialist's Collaboration : How do stroke unit improve patient outcomes?, Stroke, 28, 2139-2144, 1997
7) Indredavik B., Sloerdahl S.A., Bakke F. et al : Stroke unit treatment :Long-term effects, Stroke, 28, 1861-1866, 1997
8) Indredavik B., Bakke F., Sloerdahl S.A. et al :Stroke unit treatment improves long-term quality of life, A randomized controlled trial, Stroke, 29, 895-899, 1998
9) Stroke management in Europe: Pan European Consensus Meeting on Stroke Management, J Internal Med., 240, 173-180, 1996
10) 中山博文:全欧統一脳卒中治療スキームと日本脳卒中協会,綜合臨牀,46, 1730-1731, 1997