医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


心不全の病態と治療をQ&A方式で解説

心不全 病態生理からマネジメントまで 700のQ&A
H. J. Adrogue,D. E. Wesson 著/後藤葉一 監訳

《書 評》齊藤宗靖(自治医大教授・心臓血管科学)

 近年,心不全学の進歩は著しい。心不全の病態に関する分子生物学レベルの機序の解明に加えて,数多くのメガトライアルが行なわれ,科学的な証拠に基づく治療の選択が可能となっている。一方,虚血性心疾患の増加,人口の高齢化に伴ってわが国においても心不全患者が増加しつつあり,実地診療の場で心不全への対処を迫られることも少なくない。その意味で,心不全は循環器専門医の病気から実地医家の病気になりつつある。すなわち心不全診療のキーワードは,「evidence based medicine」とそれに基づくshared care(病診連携)の2つにあるといえそうである。

心不全に関する700の質問と答え

 今回書評を依頼された『心不全-病態生理からマネジメントまで 700のQ&A』は,まさにこれを現実のものとするユニークな著作である。すなわち,実地医家が心不全の診療を行なう上で知っていなければならない病態生理の基本と,心不全診断・治療に関する最新の情報を簡潔にまとめた本である。と書くと,そのような本は既に数多く刊行されていて今さらという感じであるが,本書は今までのものとはまったく違うのである。すなわち,本書は心不全に関する700の質問に答えを述べる形で展開しているのである。質問の内訳は心血行動態に関する66問,心機能の制御と題して80問,心不全の病態が143問,心不全の臨床像129問,心不全のマネジメント282問である。実地医家が心不全の基礎を知り,正しく病態を把握し,治療管理していくために必須な事項を,きわめてバランスよくまとめている。特に病態生理に関しては,約半分の紙面を割いて詳しく書かれており,血行動態・体液バランス・心不全における腎臓の役割など,直接診療に必要な基礎知識の整理に役立つ。
 それにしても700という質問数は膨大である。これでもか,これでもかといった感じで設問がなされており,それに対して簡潔に答えがまとめられている。しかも監訳者の目が行き届いていて,日本語の文章に違和感がなく,スラスラと読めるところが大変うれしい。

キーワードから質問を検索

 さて本書には目次がない。すべて質問の羅列である。いったいどんな状況で利用したらよいのであろうか。通読するにはやや細切れな感じであるし,知りたい時にその質問にうまく行き当たらない可能性があると思いながら索引をみると,何と37頁にわたる詳細なものであった。2段,3段にわたって検索が可能なように作られており,主たるキーワードからその質問に行き着けるように配慮されている。原著者もその点について述べているが,翻訳にあたってもその点に最大の配慮が払われ,本書を使いやすくしている。もう1つ,本書の特徴は図表が1枚も使われていないことである。原著者の意図がどこにあるかは察しかねるが,少なくとも心血行動態や心機能の制御に関しては,図があったほうが理解しやすいと思われる項目がかなりみられたのは事実である。
 一通り目を通し終わって,大変さわやかな印象が残ったが,それは質問に対する回答が簡潔明瞭であり,かつ質問ごとに答えが完結していく歯切れのよさのようなものによると思われた。
A5・頁380 定価(本体4,500円+税) 医学書院


乳癌手術の必須テキスト

乳癌手術アトラス 霞富士雄 著

《書 評》泉雄 勝(群大名誉教授)

 このたび,癌研乳腺外科部長の霞富士雄博士による『乳癌手術アトラス』が上梓された。序文によると,7年の歳月をかけてまとめられたとの由であるが,今回の完成・発刊は博士の癌研外科在職30年,乳腺外科独立10年,本年の日本乳癌学会会長としての総会主催と,三重の記念出版ということで,筆者も心からこれを慶賀する次第である。日本の戦後の癌外科の第一人者の道を歩んでこられた梶谷鐶先生を始祖とする癌研乳腺外科一門の伝統に支えられ,そこで蓄積された手術手技の粋や秘伝の数々が集められ,著者のこの作品の上に大輪の花として開き,公開されたものということができよう。筆者もその昔癌研で短期間であったが,梶谷,久野両名手の手術を見学したことがあるが,本書を手にとってその当時を思い出した次第である。

個性豊かな内容のアトラス

 本書は一般的な教科書的アトラスというよりも,「癌研の手術」の供覧という,いわば個性豊かな内容のアトラスである。そのことは本書の力点が乳癌外科のうちで,より多くの精細な手技を必要とし,またそれを発揮する場の多い,乳房切除手術におかれていることからも察しられよう。乳房切除は,現行の乳房温存手術流行の時代感覚から,過去のでき上がった手術として考えられがちであるが,ここではその各ステップの中に,癌研の手技,秘伝という“Art”や“Policy”が随所にもり込まれて具体的に記述,図示されており,筆者も共感する部分が多い。読者はここに示されたものを学び,示唆された要点を明日からの自身の手術に取り込んで,よりよい方式を完成させるのに役立つアトラスということができよう。

実際の術野に立つような臨場感

 ここでその内容を通覧すると,総頁数238頁のうちほぼ半分の100頁にカラー図版約200枚が組み込まれている。まず最初の50頁は総論として,一般の乳癌手術の歴史と,それに対応する癌研外科での推移が対比され,これまでのいろいろな術式の要点とその根拠が簡潔に述べられている。次の100頁は各論として,各術式の実際の手技や手順が,それぞれのステップごとに鮮明なカラー写真とともに解説され,できのよいカラー画像は実際の術野に立ち合っているような臨場感をもたらし,また各所に挿入された「one point advice」はいずれも味のある示唆を教示している。最近の乳房温存手術についても,その考え方や術式の選択については客観的に意見の分かれるところであろうが,著者は「放射線の援用に依存するような安易な切除に反対し,病理検査の保証に裏づけられた手術を中心とする温存」のpolicyをその基盤として述べている。
 本書は,乳癌の手術と日夜取り組んでいる乳腺外科専門医に最も活用されることはもちろんであるが,これから乳癌手術を学ぼうとする若手一般外科医にとっても,実際の手術見学とほぼ同様の効果が期待できよう。日本乳癌学会の専門医制(認定医,指導医)の実働開始の時期にあたって,「乳癌手術学」の必須のテキストとして是非広く愛読されることを期待するものである。
A4・頁238 定価(本体23,000円+税) 医学書院


見開き2頁で臨床生化学をビジュアルに理解

カラー図解 臨床生化学 アラン ゴー,他 著/太田英彦,島幸夫 訳

《書 評》渡辺清明(慶大・中央臨床検査部長)

病態や疾患から見た生化学検査の意義を明確に

 医療の現場では,多くの生化学的検査が応用され,疾患および病態の把握に非常に貢献している。したがって,病態と生化学検査の関係を十分に理解することは医学生,臨床医,臨床検査技師にとってきわめて重要である。通常,生化学検査(例えばGOT,GPTなど)はその検査項目ごとに,測定原理,方法,臨床意義などが記載されていることが多い。しかし,各種の病態を中心に,患者の体の中でどのように生化学的変化が起こり,それがどのような診断意義を持つかについて,わかりやすく書かれている本は非常に少ない。
 ここに紹介する『カラー図解 臨床生化学』はまさに,疾患・病態からみた生化学検査の意義を明確に記載した稀にみる良書である。本書は英国グラスゴー大学の病態生化学(pathological biochemistry)のアラン ゴーらにより書かれたものを,わが国の生化学の権威である太田英彦氏と島幸夫氏により翻訳されたものである。太田先生は現在杏林大学の保健学部の教授であり,日頃から学生に「生化学から何がわかり,いかに臨床応用するか,事例を示して教えるべきである」と力説されている方である。本書はすべて見開き2頁内に1つの疾患や病態が収まっており,大変見やすい。また,カラー図表が非常にきれいで,わかりやすいのも特徴である。
 往々にして,図表はきれいだが文章がわかり難い本はあるが,本書は文章も大変平易でポイントの箇所は箇条書きで記載されており,初めての読者にも理解しやすい。この点,著者と訳者の情熱が直接伝わってくる感じである。本書は全般的に各種病態の生化学異常についてカバーしているが,2,3の特色がある。はじめに,検査部の利用法,精度管理,基準範囲などの入門的な事柄が簡単に書かれている。この総論が短いのがすばらしい。
 次に,各論であるが以下の3部からなる。
1)主な生化学検査:ここでは電解質異常,腎障害,代謝異常,蛋白酵素異常,心筋梗塞,肝障害,糖尿病,骨疾患などについての病態が記載され,同時にその時に生化学検査がどのように異常となるか,いかに検査値から診断するかなどが述べられている。
2)内分泌学:甲状腺疾患,副腎疾患などのホルモン異常の原因,病態,診断,治療とそれらの検査異常について記載されている。
3)特殊検査:栄養障害,金属中毒,アルコール障害,脂質異常,高血圧,腫瘍,妊娠,遺伝性疾患,高齢者の疾患などにおける生化学異常が大変わかりやすく書かれている。

疾患や病態を理解した上で生化学を理解する

 最後に,個人的印象であるが,本書は総じて医学生,研修医,臨床検査技師などある程度疾患や病態を理解している方々が生化学検査を理解するのに非常に読みやすくできている。この種の本の中ではこの点がもっともユニークな点であるので,今まで生化学が取っつき難いとお考えの諸氏にぜひお薦めの臨床生化学入門書である。
A4・頁176 定価(本体5,000円+税) 医学書院MYW


臨床精神薬理の格好の手引き書

向精神薬マニュアル 融道男 著

《書 評》大月三郎(慈圭会精神医学研究所)

 本書は,向精神薬のうち主要なものである抗精神病薬,抗うつ薬・抗躁薬,抗不安薬,睡眠薬について,その開発史,薬理学,薬物の種類と特徴,使い方,副作用などの各項を,それぞれの薬物グループ別に解説した書物である。著者は周知のように精神薬理,神経化学の領域で国際的にもわが国を代表する精神医学者であり,また教育者であるので,その記載はきわめて要領を得てわかりやすい。それに加えて巻末に付録として,向精神薬過量服用とその処置,向精神薬識別コード表,向精神薬DI集(薬物添付文書の要約)も載せてあり,全体としてマニュアルの名にふさわしい便利な実用書となっている。
 開発史の項では,それぞれのグループの薬物開発の経緯とともに,開発の主役となった学者の写真が載せてあり,興味深く啓発的である。
 薬理の項では,抗精神病薬,抗うつ薬,抗不安薬の作用機序とそれぞれの対象となる障害,すなわち,精神分裂病,感情障害,不安との関連を,主として神経伝達物質の面からわかりやすく解説してある。著者の特に専門とする領域であるので,該博な知識に基づくとともに,現段階で不明な点や今後の研究の課題などについての著者の見解も述べられている。各薬物の神経伝達物質受容体に対する遮断作用が一覧として表示されているので,参照に大変便利である。

各薬物の副作用を詳述

 向精神薬の選択は,薬効もさることながら,薬物の副作用の強弱によるところが大きいものである。副作用には服用初期から生じるもの,悪性症候群のように生命的にも重大なもの,また,長期服用して生じる難治性のものもあり,いずれにしても服用者の生活の質に密接に関係している。本書では,著者が緒言で述べているように,副作用については特に力を入れて記載してある。各薬物の副作用が一覧表として表示されていて便利である。また,一般的には副作用の少ないベンゾジアゼピン系睡眠薬でも,これによる健忘が問題とされ,特に飲酒との併用が注目されているが,飲酒例と非飲酒例に分けて症例の提示とともに詳しく述べてある。
 巻末の向精神薬過量服用とその処置は一覧表となっていて,緊急の際に役立つものであり,薬物の識別コード表,DI集も日常の参照に便利である。
 以上,本書は著者の深い知識に裏打ちされた臨床精神薬理の格好の手引書であり,参照に便利な図と表も整い,引用文献も大いに参考になる。また,主要な精神障害の生化学的基盤についての理解も得られるようになっている。
 精神医学の初心者にも,また,経験豊かな臨床医にも手元に置いて活用をお薦めしたい好書である。
A5・頁360 定価(本体4,700円+税) 医学書院


難解な和漢診療学をわかりやすく解説

症例から学ぶ和漢診療学 第2版 寺澤捷年 著

《書 評》代田文彦(東女医大教授・東洋医学研究所)

大きく変わりつつある医療の潮流

 21世紀を迎えるにあたり,世の中,かなり変わりそうである。社会経済をはじめ,あらゆる分野にわたる。医療の潮流も大きく変わりそうである。西ドイツの一般大衆のアンケートによると,身体の具合が悪くなった時,およそ90%の人々は西洋医学の治療を受けないで,自然療法としての植物療法(薬草を煎じて服用)を受けるか,鍼治療を選択するという。その訳は,西洋医学は危ない,危険だ,オルタナティブメディスン(代替医療)のほうが体に優しいからだという。西ドイツでは「自然療法」が医学教育の正規なカリキュラムにすでに組込まれていて,医師国家試験の試験科目になっていて出題される。おまけに,卒業後研鑽を積んで資格試験に合格し,自然療法医として活躍している医師は1万5000人,鍼を実際に使っている医師は6000人から8000人だという。ちなみに日本の医師で実際に鍼を使っている人は多く見積もっても100人を超えないだろう。
 アメリカをはじめ諸外国でも同じような傾向が出てきている。アメリカは昨年11月,NIH(国立衛生研究所)の専門委員会が,鍼治療は術後の痛みや抗癌剤の投与に伴う嘔気の抑制に有効だから医療保険でカバーすべきだとの報告書を提出した。代替医療はまさに花盛りである。個人的にはこの代替医療という言葉は嫌だ。使いたくない。近代西洋医学がまっとうで,劣るがそれに代わるものというニュアンスがあるからである。漢方も鍼灸も適応の領域によっては,近代西洋医学よりもはるかに優れているからだ。
 東洋医学は難しい。どんな学問だってそうなのだろうが,西洋文明を理解するには,下地としてバイブルをマスターするのが常識のように,いろいろな基礎的概念を理解した後に本格的な専門の勉強がスタートする。ご他聞にもれず東洋医学は,かつては四書五経を教養としてマスターしてから専門の勉強が始まる。ちなみに四書五経といわれても何のことかわからない人たちのために,蛇足ではあるが申し添えると,四書は「大学」「中庸」「論語」「孟子」,五経は「易経」「詩経」「書経」「春秋」「礼記」である。これらをマスターしてその後に傷寒論,金匱要略と読み砕いていくというのが,この世界の常識だったのが,明治以降,四書五経を省略して,いきなり「黄帝内経素問霊枢」とか「金匱要略」にむしゃぶりついていくのだから,字面は追っているが,中身の理解がままならない。とてもではないが,今の時代,小学校から大学まで西洋自然科学の軌道の中で洗脳され教育されてきた日本の医師で,この膨大なジャンルについて勉強ができている人は,まずおりますまい(さすがに中国には10名くらい平然といそうである。おまけにほとんどを暗記していて口をついて条文がさらさらと流れ出てくる人が1人や2人いそうな気配がする)。

東洋医学のダイジェスト版

 そこで人情として東洋医学のダイジェスト版がほしいのである。漢方運用のためのマニュアルがほしい。そこに登場したのがこの本である。
 意欲満々,自信もりもり,西洋医学を専攻している面々に馬鹿にされてはたまらないと懸命に肩をいからせて張り切って書かれている。そのためか表現が硬く,一見難しいように受け取られなくもないが,切れ味はよく,わかりやすい。マッコウ臭い古めかしい漢方というイメージを払拭して,アカデミックなムードを醸し出すための工夫が随所になされている。「さすが寺澤!」と大向うから声がかかりそうである。なかなかわかりにくい漢方をこれだけわからせることができるのは,漢方が何であるかがよくわかっているからだろう。初心者はもとより,長い間漢方を勉強してきたという方々にも一読を勧めたい。混沌としている概念の整理がつくところが必ずあると思うからである。
A5・頁364 定価(本体4,600円+税) 医学書院


EBMに基づく不妊治療を学べる本

不妊治療ガイダンス 改訂第2版 荒木重雄 著

《書 評》佐藤孝道(虎の門病院・産婦人科)

新しい時代の不妊治療

 不妊治療は新しい時代に入った。その新時代の到来を告げ,方向を示す一条の光とも言える『不妊治療ガイダンス』が出版された。この本は改訂第2版ということになっているが,不妊治療の現場で好評を博し広く利用された初版本の全面的な書き換えである。
 1970年代から1995年頃の不妊治療は,体外受精・顕微受精が出現し,それを中心として幾多の「高度先進医療技術」が,まさに戦国時代のように群雄割拠した時代といえる。しかし,治療を受ける患者の側に立ってみれば,“子どもを作る”という目的のもとに,自分自身から切り離されて先進技術が存在するという印象を,払い切れなかったのではないだろうか。個々の治療法の“妊娠率”が,他の治療法から切り離されて論議された。また,どの治療法にも存在する“脱落者”について語られることは少なかった。
 今,個々の患者が,自分の考えやライフスタイルにあった治療法をどのように選択するかという時代に入ったと思う。不妊治療における本来の主人公が,主人公らしさを取り戻しつつあるとも言える。
 この新しい時代のキーワードは,Evidence based medicine(EBM)である。つまり,思いつきや基礎研究からの推論によらない医療=証拠に基づく医療が求められている。EBMはシステム化された科学的推論を,治療法選択の基礎にしようとしているとも言える。不妊治療は,いくつもの治療法の選択の過程でもある。EBMが真価を発揮できる分野である。EBMは欧米では当然のこととして広く取り入れられているが,わが国ではなお無視されることが多い。
 患者が主人公の医療において,インフォームド・コンセント(IC)が不可欠であることは言うまでもない。このことはどの医学書にも当然のこととして書かれている。しかし,ICの内容にまで踏み込んで書いた本も,それがEBMに基づくべきことを示した本もほとんどない。ましてや不妊治療に関して,ICとEBMの重要性を踏まえて具体的な指針を明解に示した本は,私の知る限り皆無である。
 本書はICがEBMに基づくべきであることを明確に示している点で,これからの時代の不妊治療の方向性を示すにとどまらず,医学全体の方向性を示しているとも言える。その意味で,ICの貴重な指針として不妊治療に関係するすべてのものが座右の書とすべきというにとどまらず,ICの本質的な意味,あるいはEBMに基づく不妊治療のこれからの流れを本書から学んでほしいと思う。
 最後に,本書が著者荒木重雄氏の人となり知ることができる,小説のような“新しさ”と“推理性”と“主張”を持った本であることを付記しておく。
B5・頁158 定価(本体5,600円+税) 医学書院