医学界新聞

慢性疲労症候群(CFS)の特異抗核抗体について

西海正彦(国立病院東京医療センター内科・医長)


慢性疲労症候群とは?

 慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome,CFS)は,1988年に米国のthe Centers for Disease Control and Prevension (CDC)により提唱された疾患である。1980年代の初めに,米国で疲労感,微熱,リンパ節腫大などの伝染性単核球症様の症状が遷延化する症例群が数施設から報告されたのが始まりであり,また“集団発生”も見られたことから,一時は「第2のエイズか?」などとマスメディアに騒がれたこともあったが,その病因はいまだに不明である。
 CDCの改訂基準(1994年)によれば,CFSの診断は通常の診察や検査では明らかな原因の見出せない著しい疲労感(ちなみに本邦厚生省CFS研究班による基準では,「少なくとも月に数日は疲労のため仕事を休まざるを得ない程度以上の疲労感」とされる)が6か月以上持続し,(1)記憶または集中力の障害,(2)咽頭痛,(3)頸部または腋窩リンパ節の有痛性腫大,(4)筋痛,(5)多関節痛,(6)新たに出現した頭痛,(7)睡眠障害,(8)体動後の回復しにくい疲労感,の8項目中4項目以上が6か月以上存在した場合に成立するとされる。
 しかしここでわかるように,CFSの診断基準項目には,何ら疾患特異的な臨床所見や検査所見が含まれているわけではないため,CFSという疾患概念の独立性について疑いを持つ医師が現在でも存在するようである。
 CFSをうつ病の一型と捉えたり,リウマチ学の分野で以前から記載されている結合織炎症候群(fibrositis syndromeまたはfibromyalgia syndrome)と同じものと考える人もいる。また特に本邦では以前から「自律神経失調症」と呼ばれる疾患概念が提唱されていて,この診断名が下されている患者群の一部はCFSである可能性が高い。米国では日本と異なり,多数の研究者,強大な患者組織,多額の研究予算などに支えられ,盛んなCFS研究が行なわれている。

CFSの抗核抗体研究の経過

 CFSでは特異的な検査成績がないと述べたが,25%の患者で間接蛍光抗体法(核材はHEp-2細胞核)による抗核抗体が陽性になることが報告されてきた1)~3)。その後Konstantinovら(1996)4)は,同様の方法でCFS患者の抗核抗体を検索し,その52%(対照では3%以下)に核膜(nuclear envelope)に対する抗体の存在を報告し,さらにMOLT-4の細胞抽出液を用いた免疫ブロット法により,その対応抗原を検討し,それが主として分子量68kDの核膜蛋白lamin B1であろうとした。この成績は従来CFSには特異的診断法がないとされていたため,CFS研究上画期的な発見として注目された。

私たちの成績について

 CFSの抗核抗体について報告してきた私たちも,前記の抗68kD抗体につき追試したので以下に述べたい。これらの成績は当病院(筆者,小坂諭,秋谷久美子,橋本尚明,東篠毅),慶宮医院(宮地清光)および(株)保健科学研究所(上野龍治,松島広,沢口七朗,RW Hankins)の共同研究によるものであり,本年6月26-27日に東京で開催された第3回慢性疲労症候群(CFS)研究会(会長:慈恵医大第3内科教授 橋本信也氏)において発表したものである。
 対象としたCFS患者は,過去に国立病院東京医療センター(旧国立東京第二病院)内科を受診し,厚生省CFS研究班の診断基準で確診例とされた70例[年齢は17歳から78歳(平均43歳),男女比1:4]とした。対照群として,それらの性と年齢をマッチさせた健常人20例についても検討した。自己抗体の検索は,抗原として増殖期HeLa細胞をTris塩酸等張緩衝液中で超音波処理し抽出したものを用い,SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法および免疫ブロット法に拠った。その結果CFS70例中11例(16%)で68kD抗原(および48kDと45kD抗原)に対する抗体が証明され,対照群では1例も証明されなかった()。なおこれら11例の抗体陽性患者と陰性患者の間の臨床所見および検査所見の差違を検討したが,明らかな差は認められなかった。

(図)免疫ブロット法(ウエスタンブロット法)によるCFS患者血清中の特異自己抗体の検討
レーン0:分子量マーカー蛋白,レーン1:健常人血清,レーン2:(原発性胆汁性肝硬変症で認める抗核膜抗体の一種である)抗gp210蛋白抗体陽性血清,レーン3:(他の抗核膜構成蛋白抗体である)抗LAP2(lamina-associated polypeptide 2)抗体陽性血清,レーン4―14:抗68kD抗体陽性CFS患者血清

まとめ

 私たちの報告はまだ予備的ではあるが,この抗68kD抗体はKonstantinovら4)が報告したものとおそらく同一のものであろう。間接蛍光抗体法での抗体価が低く,非沈降性抗体である点も共通している。ただし,彼らの報告では出現頻度が52%と高いこと,またHEp-2細胞を用いた間接蛍光抗体法における蛍光染色型が「核膜型」であるのに対し,私たちのは「び慢型+斑紋型」であって核膜型は認めない3),などの相違点もあり,今後の検討が待たれる。
 なおItohら(1997)5)は本邦小児で疲労感,微熱,頭痛,腹痛などの不定症状を持つ140症例で抗核抗体陽性を約半数に認め,その陽性例の41%に62kD蛋白に対する抗体(抗Sa抗体)が存在するとした。今後はこの抗体との異同も検討する必要があろう。
 いずれにしても,CFS患者の一部に疾患特異的自己抗体が存在することが明らかになってきたことから,従来一部の医師から疑いの目で見られてきた本疾患の独立性がより確かなものとなったと考えられる。これらの報告を踏まえ,今後はCFSの病因の追求,診断法の確立,病型分類などの面で新たな展開が見られるであろう。

文献
(1)西海正彦:慢性疲労症候群.国立東京第二病院の51症例の解析.日本臨床50:2641, 1992
(2)Bates DW, et al: Clinical laboratory test findings in patients with chronic fatigue syndrome. Arch Intern Med 155: 97, 1995
(3)Nishikai M, Kosaka S: Incidence of antinuclear antibodies in Japanese patients with chronic fatigue syndrome. Arthritis Rheum 40: 2095, 1997
(4)Konstantinov K, et al: Autoantibodies to nuclear envelope antigens in chronic fatigue syndrome. J Clin Ivnest 98: 1888, 1996
(5)Itoh Y, et al: Antinuclear antibodies in children with chronic nonspecific complaints. Autoimmunity 25: 243, 1997