第2303号 1998年8月31日


《看護版特別編集》

〔座談会〕開業ナース
-実践から探る1人開業権の可能性

中村 義美氏
(在宅看護研究センター
おおさか代表)
金森 律子氏
(あさお訪問看護
ステーション所長)
(司会)
村松 静子氏
(日本在宅看護
システム(株)代表)
三宅真理子氏
(総合看護
ヴィーヴル代表)


 2000年から実施される介護保険制度に伴い,厚生省は居宅サービス事業者の指定基準について,訪問看護ステーションの場合,看護職員(保健婦,看護婦,准看護婦)常勤換算で2.5人の配置案を出している。しかしながら諸外国の例を見ると,訪問看護は事実上1人事業主(有資格者)によって開業されている。本号では,「開業ナース」として訪問看護事業を実践されている村松静子氏を中心に,開業で実践をされている方々にお集まりいただき,看護職の1人開業の可能性などについて語っていただいた。


病床から開業へ

8か月で消えた資本金

村松 少子高齢化が言われ,医療は現在大きな改革が迫られています。その一端としまして,介護保険の導入が決まり,ケアマネジャーが新設されるという動きが出てきましたが,医療界の変革は,規制緩和という社会の大きな流れの中で,看護職がその専門性を発揮し,自立性と責任を追求しながら開業権を得るための大きなチャンスとなるのではないかと考えられます。
 今日は,もう何年も前から「開業」にこだわり,チャレンジしてこられた方々にお集まりいただきました。そこで,皆さんと看護職の開業権についてどう考えているのかなどを,忌憚なく話し合っていきたいと思います。まず最初に,ナースの開業という,まだまだ世の中には定着しないイメージを,最初に描かれたきっかけと実践されている内容をご紹介いただけますか。
金森 私は,以前は聖マリアンナ医科大学病院に務めており,そこで癌の末期の患者さんや難病の患者さんをみてきました。癌末期の痛みに苦しむ患者さんを,ベッドに抑制していた時代でしたので,その抑制を外してあげたいという思いが,私の中に辛さとなってたまっていきました。しかし,当時の夜勤は50床を2, 3人でみるという体制ですから,抑制をはずすどころか,人工呼吸器を着けている患者さんの体位交換もままならないのが実情でした。患者さんの「家に帰りたい」という叫び声が廊下中に響きますし,ご家族も「1度でいいから……」と帰宅を希望されます。どうにかして重症の方の在宅看護はできないだろうかと思っていた頃に村松さんと出会いました。村松さんが在宅看護を始められて1年目の頃で,私の思い描いたことが可能になるんだ,と思わせてくださったわけです。
 「私も開業できるんだ」という思いから,1987年に聖マリアンナ医大病院を辞めて,全財産の500万円を持って村松さんを訪ねました。「よきアドバイスを」,と思ってのことだったのですが,「あなた,何を考えてるの?」と一喝されてしまいました(笑)。それでも同僚だったナースたち3人で1回2,000円でサービスを始めたんですね。それが有限会社のメディケア・ジャパンです。当初は15名くらいの患者さんをお受けしたのですが,職員の給料や事務所の家賃などの経費で,8か月で資金が底をついてしまいました(笑)。
 1994年10月の診療報酬の改定で,訪問看護料金が年齢に関係なく出るようになりましたので,それをきっかけに準備をはじめまして,翌年の8月10日に「訪問看護ステーション」として再出発しました。ただ,その時には残念ながら診療報酬を受けながら看護婦が完全に独立するということはありえなかったわけです。そこで,私は医療法人内田医院という軒先を借り,開業しました。
 開業資金としての1,000万円を5年ローンで借りての開始でしたが,今でも借金は400万円ほど残っています。この8月で3年が経ちますが,患者さんが230名,60数名の末期の方たちを看取ってきました。でも,経営的にはまだまだ苦しいところです。ですが,私は村松さんの「看護法人を取ろう」とおっしゃった言葉を胸に,看護法人を取れるまでは何がなんでも頑張りたいという気持ちでやっています。

質にこだわって

三宅 私が村松さんと出会ったのは,日本看護協会の訪問看護推進委員だった時のことです。私も,呼吸器病棟で年間100名以上の方が病棟で亡くなっていかれるのをみていて,いつも「これでいいのかな」という思いがありました。それと,私自身が母を一晩で亡くして,人との別れというのはいつくるかわからない,そうであればナースとして最高のものを職業的に提供していきたいという思いもありました。
 私が勤めていた総合病院は,各科が独立採算で,常に収入と経営のことに厳しくて,不本意に患者さんを早く帰したりすることもありました。「外でもっと手助けができたら……」という思いが強くなり,20年勤めた病院を辞めました。そして,1992年9月24日に資本金300万円で有限会社「ヴィーヴル」を開設しました。有限会社にしたのは,看護のプロとして公的に責任を持ちたいというこだわりからです。「ヴィーヴル」というのは,フランス語で「生きる」という意味です。母への思いと,私自身がよく生きたいという思い,そして多くの患者さんと一緒に生きていけたら……という思いでこの名前をつけました。
 途中,経営を考えてどこかの病院と手を組んでステーションの名称をもらったほうがいいかな,と思った時期もあったのですが,私が最もこだわっているのは,その質(クオリティ)の部分です。在宅にいる患者さんだけではなくて,病院から外泊の形でお家に戻られた方のクオリティにもかかわりたいので,このままの形で行けるところまで行こうと思っています。ですから,旅行の付添いやターミナルの方のところに朝昼晩と通ったりもしています。4年目くらいから,ヘルパーさんとの連携が取れていないという問題があることを考えはじめまして,現在では事務所の中に看護と介護の両方を並列に置いています。今は年間売上が2,400-500万になってきて,「なんとかやっていけるかな」というところです。

地域の中で看護を,との思いから

中村 私は,大阪府立の病院と学校に通算して20年勤務しまして,6年前に退職したのですが,開業しようと思うまでに3つの出来事がありました。
 勤務中は,癌や白血病で亡くなる方の多い病棟にいました。私の祖父もその病院で亡くなったのですが,亡くなる数時間前に「家に帰りたい」と言ったんですね。孫の勤務する病院ですから,模範患者のようにして我慢していたんですが,最後の最後にそう言いました。私は愚かで,それが実現できるとは,その時にはあまり思わなかったんです。ただ漠然と,「人間は昔は家で死んでいたのだから今もできるんじゃないか」と思っていただけでした。
 学校に勤務するようになってから,ある実習病院で1人の保健婦さんと出会ったのですが,彼女とはいつも,「看護は売る価値があると思う。2人で開業しない?」と,半分冗談に話していました。
 20年勤めて自分に何もなくなってしまったような感じになったことと,少し違う仕事もしてみようという思いから看護婦を辞めました。それでも,「またいつか看護をしたい。地域で看護をしたい」という思いがあって,ちょうどその年に開催された村松さんの「開業ナース育成研修」と出会いました。「よし,行ける時に行こう!」と,具体的なヴィジョンもないままに東京の研修に参加したのですが,そこでは正直いってショックを受けました。
 自分が漠然と描いていただけのことを,こんなに早くからやっている人がいるんだということに驚きましたし,研修期間を通して自分には責任を取るだけの能力があるのだろうかという疑問が,私の胸の中で葛藤しました。でも終わった時に,「やっぱりやりたい」と思ったんです。村松さんからは,「やりたいだけではできないよ」と言われましたけれども,研修を受けてから2年後に開業しました。
 当初は2人で始めて,まる3年間,主にターミナルの患者さんをお受けしたのですが,4年目に入って,一緒にやってきたスタッフが一身上の都合で辞めることになりました。その時は,ちょうど経営も行き詰まっていて,これ以上やっていても傷が深くなるだろうということで,一度頭を冷やすことにしたのです。
 その時期に,村松さんから教育事業部を強化するというお話がありましたので,今はその仕事を中心にしています。研修をするにあたっても,自分の実践してきたものをベースに研修生とかかわっていますし,またいつか訪問看護をしたいという思いは常に持っています。ですから,今はふりだしに戻ったところです。

自立した看護を求めて

医師との信頼関係を基に

村松 これからは,民間企業が訪問看護ステーションに乗り出してきますが,私が設立した在宅看護研究センターが,13年を遡ってモデルになったともいえます。つまり,やっと認められる時期がきたわけです。私はこれまで,医療と福祉の狭間で苦しんでいる人たちのために買っていただけるだけの看護を提供したい,看護の原点を模索したいなどとカッコいいことを言ってきましたが,こだわっていたのは看護は自立すべきだということでした。自立がなければ本物の看護は提供できないし,社会からも認められない。私自身がそのこだわりに気づいたのはつい最近のことです。
 たぶん3人とも同じように,「看護の自立」について感じられていることがあると思うのですが,いかがですか? 三宅さんは,本当に1人で頑張ってこられました?
三宅 私は,6年前に始めたからこそ,現在医師たちとある程度対等に話ができ,認めてもらえているのだと思います。難しい症例や家族関係が複雑だったりするような患者さんについて,「三宅さんのところなら」といって信頼していただけるわけです。ですから,継続することも社会に認められる要素の1つなのだと実感しています。大変でしたが,途中でやめようと思ったことはありません。現在はナースが4名,ヘルパーが6名おりまして,それぞれの技術も確かですが,ソフトの部分で求められるものに応えうる人たちです。
 ステーションとの大きな違いをいえば,どこかでお金のやりとりがされているというのではなく,自分の提供したサービスに対する対価を直接いただいて,それをありがたく感じることですべてのことを大事にするということがあるように思います。
村松 今までは,民法・特別法による公益目的の法人でなければ訪問看護ステーションとして認められませんでした。そこで金森さんは,その名義を借りてステーションを始められた第一人者です。自分で出資して自分の手で始めたという意味では,やはり金森さんも1人開業ですね。金森さんがこだわったものは何ですか?
金森 村松さんの「看護法人を実現しよう」という夢そのものです(笑)。
 看護の独立というのは,経営からすべてをやらないと独立になりません。事業主である医療法人内田医院のご厚意で,人事,経営などすべての管理を金森個人に委託されているわけです。診療報酬も直接私の名儀に入金されます。そこからスタッフの給料を現金手渡しするわけです。看護婦仲間からは,「内田医院からお給料をもらったほうが楽じゃないんですか」と言われたくらい苦しかったですが,これが本当の独立だと感じました。
 地域医療に貢献されている内田先生ご夫婦の暖かい支援があったからこそ,独立独歩の訪問看護ステーションを開設でき,今年3年目を迎えることができたのです。また,私の管轄である川崎市は訪問看護ステーションの出発が遅かったので,私が地域の医師の方々に挨拶に行った3年前,「看護婦が開業して何がやれるんですか」と,冷たい目で見られていた思いがします。その頃,地域の80名の開業医のうち往診をされる医師は20名だけ。私は癌の末期を引き受けますから,指示書をもらうためには,先生方に在宅医療をする気持ちになっていただかなければなりませんでした。
 また,ヘルパーと看護婦の役割ですが,「同じようなもの」という認識でした。今では,地域の医師の方々も「看護がここまでやってくれるのだったら安心して任せられる」と言ってくださるようになりました。指示書も,それまでは1件ごとにお願いに行かなくてはなりませんでしたが,電話連絡だけで出していただけるようになりました。ですから,それだけ地域の中で看護が認められるようになったのだと思います。
 個人病院の経営者が集まっている団体が医師会です。私たちも同じように訪問看護ステーションを看護法人にして,集合して村松さんが4年前に提唱されたJANP(日本開業専門看護協会,「訪問看護と介護」3巻8号参照)のようなものを作って,その地域の医師会と合同の学習会,研究会,医療カンファレンスを定期的に開催する。私は,その希望を5年後の目標にしています。
村松 訪問看護ステーションは,全国で2469か所(98年2月現在)ありますが,そのうち7割から8割が,内容的には介護をやっていると言われています。実態はどうなのでしょうか。
金森 初期の段階では,ほとんどのステーションはそうであったと思います。

制約との狭間で

村松 民間企業の参入を間近にして,現在の訪問看護ステーションが,それにどう対抗しながら,あるいは受け入れながらやっていくのか。そういう意味では,ナースにとって今が最も重要な時期なのだと思います。厚生省の居宅介護サービス事業者としての訪問看護ステーションの指定基準には,「管理者を含めて常勤換算2.5名以上の看護職員」とされていて,この部分が現在検討されているようです。人数配置は質の低下やバックアップ体制を心配してのことだと聞いておりますが,人数と質の問題についてどう考えますか。
三宅 常勤換算で2.5人というのは,実際に申請時に採用する人数であって,後の審査はまったくありません。ですから実働しているのは2.5人以下で,「何かあったら入院してください」というのが現状だと思います。私のように施設を持たない場合は,1人でもできることはできますが,24時間の生活をきちんとみながら支えていくには,やはり人数がいないと,利用する側に安心して選んでいただけないということはありますね。
村松 私の本音を言いますと,訪問看護ステーションでなく看護ステーションにしたいんですね。例えば,今は法律によって認められていないことですが,経管栄養や酸素などのチューブをつけた子どものいる養護学校へ行く,ケアハウスへ行く,デイサービスの場へ行くというようにして,そこでは1人のナースが専門的に10人,15人の人をみることがあってもいいんじゃないかと思うんです。つまり看護も変わっていくということです。
中村 私は今,ある高校で授業を行なっています。養護教員の先生方は教育現場で抱える問題の対処に時間を取られています。そのため,医療依存度の高い子どものケアを担うには困難があるでしょう。ですから,学校保健の場には,これから看護職が入っていく可能性は大きいと思います。
三宅 規制緩和といいながら,実際の看護ステーションは在宅だけになっていきますよね。私のところも,本当は指定を受けたほうが経営的には安定すると思いますが,現在のように本当に必要な時に必要なことをとなりますと,自由にできなくなる懸念があります。今は本当に患者さんとともに生きていることを実感できていますので。
中村 望まれることが提供できる,その態勢を作れるかどうかですね。
三宅 そうなんです。先日は,筋ジストロフィで26年間入院し続けている人の外出,外泊についていきました。今ならそれもできますが,ステーションの指定を受けて,いわゆる「上乗せ」の部分になった時に,果してどうなるのかが心配です。

訪問看護における看護の価値

買いたい「看護」とは

村松 私のところでは,スタッフ各人の名刺の表に必ず「開業ナース」,裏には国家資格のナンバーを入れるようにしています。1人ひとりのレベルアップへの期待を込めているのと,「私に責任があります」ということを表明する意味でのことです。
 例えばステーションに5人のナースがいたとしまして,人工呼吸器がついて,吸引が必要で,他のチューブもついている患者さんに全員が対処できるかどうか。正直なところ私は疑問を持っています。人数がいれば解決できる問題とも思えません。ただ,そこをクリアするためには,それなりの研修システムが必要でしょう。
 企業なら予算次第で5人でも10人でも学歴の立派なナースを雇えますし,広告や宣伝も可能です。そうなった時に,看護協会立のステーションや他の医療法人立のステーションは太刀打ちできるでしょうか。
中村 いままでの訪問看護ステーションは公費が使える。つまり患者さんの自己負担が少ないことで救われている面があったと思います。そのことから,私たちが訪問していた患者さんのほとんどは,ステーションからの訪問看護と緊急時対応などに私どもが入るというように,両方を利用しています。つまり,私たちはステーションの対象外の部分を担っていたわけです。最近では,ステーションも以前のように「うちではやりません」と言い切ることに抵抗を感じているようですので,夜間にはポケベルや電話で緊急対応をしたりと,他のステーションにはない付加価値をつけたりしています。これは歓迎すべき点だと思います。
三宅 私のところは小さいですが1つの企業です。私がよくスタッフに言うことですが,私たちのしていることはデパートと一緒だと思うんですね。お客さまは嫌だと思うところからは買いたくもないわけですから,スタッフと患者さんの相性がよくなければ変えていかなければならないわけです。お金をいただいている以上,我慢をしてもらうということは絶対にできません。ですから,私はむしろ,民間企業との競争で厳しくなって洗練されていったほうが,看護のためにはいいと思っています。
村松 民間企業が参入することには,いいところも悪いところもあるでしょうね。少し先をいっているアメリカやドイツ,スウェーデンをみても,民間企業はフランチャイズ化したり大きくなっています。同時に,小さな組織だけれども看護にこだわり自立している組織が残り,企業が取り残していったところの質を確保しています。私たちにできることはそこかなと思うのですが。

評価の高い仏の「自由看護婦制度」

村松 フランスには自由開業看護婦制度(直訳は自由看護婦制度)というのがあります。国家資格があれば1人で開業できる,しかしナースを雇うことはできないという制約はありますが,すべてのナースが対等です。そしてこの制度に対する国民の評価は高い。その彼女たちの競争相手は何かというと,医師の過剰だと言っています。医療行為を専有する一般医が増えてきているとのことですが,日本でもその傾向が十分あります。そこで問題になってくるのは,看護の専門性ということです。そこで看護にしかできないところってどこだと思われますか。
三宅 何をするにしても,ナイチンゲールのいう「生命力の消耗を最小にする」という基本的なことだと思います。例えば,現在介護での入浴は,ヘルパーさんなら3回でも5,000円ですが,看護婦だと10倍の値段になるわけです。そこで何が違うのかといえば,看護婦は生命の危機に関する管理,総合的な判断をしながら介助をしているところだと思うんです。そこに価値を見出す,つまり意義があるわけですよね。
村松 その判断は,医療的な知識と生活的な知識とを合わせ持ったところからくるのでしょう。しかし,すべてのナースにその判断ができているかとなると疑問です。
中村 チューブや器械の管理のできる人も,医師に限らずまだまだ増えてくると思います。だけど,そういう状況にある人にどうかかわっていくか,そこに看護が入ることで,その方にどんな安堵感が生まれるか。そのあたりが違うところだと思います。
村松 ヘルパー中心のほうが,より生活を拡大できることもあります。医師とヘルパーの場合もあるし,家族が看護をやっているケースもあるわけです。その中で看護職は,統合された知識を打ち出すことができなければいけない。この規制緩和の波に乗って「開業権を云々」「1人で開業を」といった時に,足並みを揃えられない自分たちを思うと,とても寂しさを感じます。
 ステーションでは,どうしても「雇われる」感覚になりがちですから,スタッフの選択が非常に難しいことだと思います。1人ひとりが自立したナースであって,その上でグループ開業する形,フランスもそこに目をつけているようです。私は前から目をつけていたんだけれどもね(笑)。
金森 私もそれが理想です。統計からみても看取りはほとんど夜中の1時から朝7時です。医師は,昼間フルに働いておられますから,ご自分の命が縮まるとおっしゃって,あまり夜中には出たがりません。本当にその通りですし,そこを私どもで対処して,先生方には朝の8時に来ていただく方法を取っています。そこで私は先生方に5人ぐらいでグループを作られることをお勧めしています。これは少しずつ成り立ってきました。私たちも医師も,同じように1人で開業し,チームを組んでいければと思っています。

1人開業に向けて

夢の託せる訪問看護

村松 看護協会の調査でも,将来は訪問看護をやりたいと望んでいるナースは圧倒的に多いそうです。それには,それなりの責任が問われますし,訪問看護ステーションにいる人たちにそういう意識がなければ,逆に成り立ちません。
三宅 うちにも「開業したいから教えてくれ」と言って来られる方がいます。でも,話を聞いてみると,「訪問看護って,入浴介助と食事介助が主ですよね」って言われるんですね(笑)。特に,病棟にいるナースは,こういうことには気づいていないのではないかと思いますね。
村松 本来ナースは,1人ひとりで開業ができるくらいに自立していなければならないんです。13年前に私が開業で始めた時には,私が代表者でしたがそれは便宜上のことでした。つまり,2.5人とか3人,4人という数を先に決めるのではなくて,自立したナースがいるということが先決です。また,現状からいっても「国家資格で誰でもすぐに1人開業を」ということには反対です。看護に独りよがりは許されませんから,ある種の査定委員会と研修システムが必要でしょう。同時進行で検討しなければならないことがたくさんあります。
 私が,なぜこんなに開業ナースにこだわるかというと,看護系の大学が増えて,若い人がこれから伸びようとする時に,看護に何の夢があるのか。看護職の世界だけで認定看護師を作ったところで,周囲が認めなければ何になるのかという思いがあるからです。もちろん,それを否定するわけではありません。若い人たちが責任を持ってやれるもの,やりがいのあることが出てくれば,もっと必死になって取り組んでいけるのではないかと思うのです。まず,1人開業を看護職能として確保して,そこから自分たちがどうあるべきかを考えていかなければ,時間がありません。
中村 在宅看護研究センターに研修を受けに来ている方は,現状に満足しない方たちですから,当然のことながら問題意識が高いですね。今の介護職の台頭に関しても,ステーションのあり方についても,具体的な事例で危機感を持って来ている人たちが多いですし,どの方も,何か勉強したいと思ってもそういう場所がなかったとおっしゃっています。

看護の質と代償

村松 訪問看護の代価についてはいかが。
金森 質を維持しようとすれば,1日に1人でみるのは3名までが限度です。ところが,レセプト上は最低4名をこなさないと経営的に成り立ちません。大きな病院や医師会の抱えているところは別にして,現在あるステーションの半分が赤字だというデータもあります。
三宅 今のステーションでは,上乗せの部分を非常に安いコストでやっています。巡回も1回1,000円とかで,スタッフの給料も出せないと言います。値段の設定の仕方と責任の取り方とは深くかかわることだと思います。私のところでは,例えばレスピレータをつけて一晩外泊した場合には1泊2日で15万円いただきます。きちんとした安定を提供することにはそれだけの代価があっていいのだと思いますね。
村松 そこに保険が流れるとしたら,どういう可能性がありますか。
三宅 値段の設定が非常に難しくなるだろうと思います。診療報酬をどこで利用したら患者さんの負担が少なくて済むのか,というところまで考えてやらなければいけないようになるでしょう。
金森 介護保険下では,ご老人は1割の負担になりますが,それでも負担が困難な方が出てくることが予想されます。その場合,負担部分を現在のように診療報酬で受け取るという形はいい方法だとは思います。ただ,現状はいわゆる「マルメ」で,看護婦が1日に何回訪問しても約9,000円です。時間外にも一律の規定があります。やはり看護の診療報酬は見直されるべきだと思います。村松さんが昔おっしゃったように,「私たちの看護をお金で買ってください」ということが重要ですね。その面からも,診療報酬と自由診療の2本立てでやっていけるようになるといいと思っています。
村松 在宅で長時間看護を必要とする場合などの加算などが見直されてもよいのでしょうが,医療にも限界があります。私たちはそこもわかっていなければなりません。

介護保険との関連で

村松 最後に,2000年には公的介護保険が導入されますが,訪問看護ステーションは,今のままでも居宅サービス事業者として独立した活動ができます。しかし,市町村から「居宅介護支援事業者」としての指定を受けるためには,ケアマネジャー(介護支援専門員)を置くことが条件となります。ケアマネジャーが1人以上いることで指定要件を満たし,「居宅介護支援事業者」として,また「訪問看護ステーション」としての2枚看板を掲げることもできるようになります。しかし,医師をはじめ21職種がケアマネジャーになれるわけですが,このケアマネジャーの役割は,いままでも私たちがやってきていませんか?
三宅 濃厚にやっています。
村松 試験は受けますか。
金森 指定を受けようと思いますので,うちの看護婦たちは受けます。
村松 長い間看護婦不足や「3K職場」だと言われながらも,看護はなんとかやってきたわけです。しかし,次のビジョンがなかったんですね。「1人でもできる」ということを訴えることによって,医師の開業と同じように強くなれる,その可能性に賭けたいですね。このことに日本看護協会のほうでも気づきはじめたようですが厚生省でも指定要件等の検討が進む中,「1人開業」の意義に気づくこと,訴えることがちょっと遅かったかもしれません。しかし,ここでこのような話し合いがあったということに意義はあると思います。今日はどうもありがとうございました。