医学界新聞

第4回家族性腫瘍研究会学術集会開催


 家族性腫瘍研究会(会長=津名病院長 宇都宮譲二氏)の第4回学術集会が,霞富士雄氏(癌研附属病院乳腺外科部長),樋野興夫氏(癌研実験病理部長)の両当番世話人のもとで,さる6月27日,東京の東京大学山上会館において開催された。
 同会の第3回学術集会は昨年5月にUICC(国際対癌連盟)シンポジウム「家族性腫瘍とがん予防-分子疫学」を間に挟んで,「第4回日本がん予防研究会」とともに「家族性腫瘍とがん予防会議週間」として併催されたが,とりわけUICCシンポジウムには日本(255名),アメリカ(34名),イギリス(10名),スイス,オーストラリア,フランス,インド,イタリア,オーストリア,ドイツ,韓国,カナダ,マレーシアなど,全19か国から総計343名に上る参加者を得て盛会裡に行なわれた(本紙第2252号参照)。
 また,で昨年9月25日に同研究会の主催で開かれた「第56回日本癌学会総会公開サテライトシンポジウム:がん素因の遺伝子診断の倫理的・法的・社会的問題をめぐって-“家族性腫瘍における遺伝子診断とこれを応用した研究と診療に関するガイドライン(案)”について」は,開催時間が夜間であったにもかかわらず,一般市民の参加数は予想をはるかに超え,またマスコミを通して活発な討議内容が報道され,大きな反響を呼んだことは記憶に新しいところである。
 本号では,家族性腫瘍と家族性腫瘍研究会の概要,および今回の学術集会の内容を報告する。


「家族性腫瘍」とは何か?

 「家族性腫瘍(癌):familial tumor(cancer)」とは,家族集積性を示す腫瘍性疾患およびそれ以外でも臨床的・病理学的特徴からその可能性が高いと判断される状態で,遺伝要因による場合と非遺伝要因による場合の両者が含まれる。これらは,高頻度に見られるものではないが,ほとんどすべての臓器癌の一部に見られ,若年性腫瘍の大半を占めている(表1)。
 最近,これらの研究が発癌の分子生物学的プロセスの解明と癌対策の両面において有効なアプローチとみなされ,新しい癌戦略として注目を集めている。
 つまり,これらの腫瘍の分子生物学的研究の結果,癌抑制遺伝子などの存在が証明され,多段階遺伝子変異による発癌機構が解明されつつある(表2)。そしてその結果,癌体質の遺伝子診断とそれに基づく癌予防対策の計画立案が可能になってきているわけである。

「家族性腫瘍研究会」とは?

 一方,増加し続ける癌対策医療費の大部分が65歳以上の年齢層に費やされている現在,活動年齢を侵す家族性腫瘍患者の救済は有意義であり,UICCはこの方面の研究を推進するために,1990年に「Familial Cancer and Prevention Project」を発足させ,臨床医学,病理学,分子生物学,さらにはカウンセリング,倫理・心理的側面の研究に密接な協力の必要性を強調し,わが国でも1994年度に発足した「がん克服新10か年計画」の柱の1つとしてこの問題が取り上げられた。
 家族性腫瘍研究会は,上述のような状況を背景に,1990年に大腸癌研究会の中の研究プロジェクトとして設置された遺伝性大腸癌研究計画を前身として1995年に発足。その規約に,「家族性および遺伝性腫瘍の研究のために臨床的研究者と基礎的研究者が情報の交換を行ない,協力して研究を推進することによって,発癌機構の解明と,癌予防の確立に貢献することを目的とする」と唱っている。
 また同規約では,研究会の事業の構想として,以下の点をあげている。
(1)(1)家族性腫瘍の臨床報告と登録報告,(2)疫学,遺伝学,遺伝疫学的研究,(3)分子生物学的研究,(4)遺伝子診断法の研究,(5)予防と治療に関する研究,などについての学術集会の開催
(2)ガイドラインの作成
(3)登録,共同研究の推進
(4)国際協力
(5)情報・教育メディア構築
 今回の学術集会では,特別講演(1)「家族性大腸癌」(浜松医大 馬塲正三氏),同(2)「家族性からみた日本人女性乳癌の現状」(霞富士雄氏),同(3)「DNA試料入手とその利用の倫理的問題」(近畿大原子力研 武部啓氏),ランチョンセミナー「家族性腫瘍の遺伝子診断法」(東北大加齢研 石岡千加史氏),シンポジウム「家族性腫瘍研究の最前線」の他,「家族性腫瘍研究会ガイドライン(案)説明検討会」が企画された。

シンポジウム
家族性腫瘍研究の最前線

 シンポジウム「家族性腫瘍研究の最前線」 (司会=東医歯大 湯浅保仁氏,樋野興夫氏)では,(1)Werner症候群,(2)家族性大腸腺腫症,(3)遺伝性非腺腫症性大腸癌,(4)PTEN 1遺伝子,(5)Wilms腫瘍,(6)多発性内分泌腫瘍症,(7)ヒト結節性硬化症が取り上げられた。

Werner症候群と発癌

 Werner症候群は,常染色体劣性の遺伝形式をとるまれな遺伝病(世界で1150例,日本ではその70%に当たる850例が確認されている)で,思春期以降に多くの老化徴候が出現する早老症の1つとして知られ,一般人の約2倍の速さで老化が進行し,癌が多発する。1996年にこの原因遺伝子WRNがクローニングされ,RecQ型DNAヘリカーゼであることが判明したが,古市泰宏氏(エイジーン研究所)は,Werner症候群と発癌との関連で特徴的な点として以下の3点を指摘した。
(1)一般的に悪性腫瘍は,上皮性の癌腫と非上皮性の肉腫の比率が10:1であるのに対して,Werner症候群では逆に非上皮性の肉腫が多い。特に日本では甲状腺癌(組織型が一般と異なり,嚢胞性が乳頭状より多い)と悪性黒色腫である。
(2)多重癌であり,甲状腺癌と各種の肉腫という組合せが多い。
(3)同一家系内の患者で同じような悪性腫瘍がほぼ同一の部位に,同年齢で発生する例があり,発癌に及ぼす遺伝子の役割を検討する上で示唆に富む。
 ヘリカーゼ遺伝子が癌多発症候群の原因遺伝子として同定されたものにBloom症候群があり,同様にRecQファミリーに属しているが,古市氏は,「特定ヘリカーゼの欠損に起因する悪性腫瘍の研究はまだ緒についたばかりであり,DNAヘリカーゼと発癌の関係が遺伝子レベルで解明されるよう一層の研究が望まれる」と結んだ。

FAPの原因遺伝子APCの機能

 FAP(familial adenomatous polyposis:家族性大腸腺腫症)の原因遺伝子APCは,1991年に中村祐輔,VogelsteinのグループおよびWhiteのグループによって単離された。そして,その後の解析によって,APC遺伝子の変異はFAPのみにとどまらず,非遺伝性の大腸腺腫や腺癌においても観察され,一般の大腸癌の発生にも関与していることが示されているが,秋山徹氏(東大)はその研究の最先端を解説した。
 APC蛋白質は細胞質および核に局在する約300kDaの巨大な蛋白質で,β-カテニン,微小管,EB1,hDLG(Drosophilia discs large)がAPC蛋白質と結合する分子として同定され,このうちβ-カテニンとの複合体形成と,その意義の研究が進んでおり,かつ注目されている。β-カテニンは,細胞接着因子であるE-カドヘリンと結合して細胞接着に関与するだけでなく,転写因子であるTCF/Lefファミリーと結合して核に移行し,特定遺伝子の転写を活性化することが示唆されている。秋山氏は,β-カテニンおよびhDLGを介したシグナル伝達経路の解析を進めて,新規のβ-カテニン結合蛋白質やhDLG結合蛋白質を同定したことを紹介して,APC遺伝子の機能を検討した。

TGF-βⅡ型レセプター遺伝子の異常とHNPCC

 MMR(DNAミスマッチ修復)遺伝子に異常が生じると,特にマイクロサテライトの欠損または挿入が頻繁に起こり,MSI(マイクロサテライト不安定性)もしくはRER(修復エラー)と呼ばれる。
 また,TGF-βは大腸上皮細胞を含む多くの細胞に対して増殖抑制作用を示し,TGF-βⅡはTGF-βのレセプターであり,異常が起こるとシグナルが伝わらなくなって増殖抑制が効かなくなり,細胞の異常増殖,ひいては腺腫形成が起こると考えられる。
 多くのHNPCC(遺伝性非腺腫症性大腸癌)の腫瘍はMSI陽性であるが,一部では陰性であり,MMR遺伝子以外の原因遺伝子の存在が示唆されていたが,司会の湯浅保仁氏は,「MSI陰性のHNPCC症例について,TGF-βⅡ遺伝子の全コード領域をPCR-SSCP(single strand conformation polymorphism)法で解析し,1例でコドン315にCからTへの生殖細胞突然変異を検出した」と報告した。

PTEN 1,Wilms腫瘍,MEN1・2,TSCについて

 続いて「各種癌におけるPTEN 1遺伝子の異常」(東北大・堀井明氏),「Wilms腫瘍の遺伝子異常」(慶大・秦順一氏),「MEN(多内分泌腺腫瘍症)1型および2型の遺伝子診断」(国立がんセンター・塚田俊彦氏),「TSC(ヒト結節性硬化症)患者における原因遺伝子TSC 1およびTSC 2の解析」(癌研・山下与企彦氏)からの発表があった。