医学界新聞

【座談会】

治験コーディネーター

新GCPにおける役割と今後の展開

五味田裕氏
岡山大学教授
医学部附属病院薬剤部長
中野重行氏
大分医科大学
臨床薬理学教授
大泉京子氏
聖マリアンナ医科大学病院
看護部


中野(司会) 1990年代に入り,医薬品の臨床試験の国際化が進展しております。日本・米国・欧州の三極間のハーモナイゼーションにより,「ICH―GCP」という形で合意されました。それに基づき,今年の4月1日から新GCPが完全実施になりました。大きく変わった点は,日本の治験のあり方を国際化するということで,その中身は,「倫理性」,「科学性」,「信頼性」の3つに集約されると思います。また新GCPでは(1)治験総統括医師の廃止,(2)文書によるインフォームド・コンセントの義務化,(3)治験依頼者の責任の明確化,(4)治験責任医師の業務の明確化が盛り込まれました。
 治験における治験責任医師の役割は大きく,これを支援するスタッフが必要となります。「治験分担医師」と「治験協力者」という名称が新たに作られました。この「治験協力者」,つまり治験を支援するスタッフの中心となるのが,今日お話いただく「治験コーディネーター」(CRC:Clinical Research Coordinator/SC:study coordinator;以下,CRC)です。欧米では彼らなしでは治験ができないぐらい活躍しています。日本でも,これからの治験の実施に際して必須の存在になっていくでしょう。そのCRCとしてこれから活躍をしていただきたい職種の代表として,看護職の立場から大泉京子さんに,薬剤師の立場から五味田裕先生にご参加いただきました。

動きはじめた治験コーディネーター

看護職によるCRC

中野 最初に,聖マリアンナ医大でCRCとして活躍されている大泉さんに,病院でなさっているお仕事やその役割をお話しいただきたいと思います。
大泉 私自身は,当院が厚生省の「GCP適正運用推進モデル事業」のモデル施設であったことから,その一環として昨年の7月から任命を受けて,CRCとして業務するようになりました。
 当初一番とまどったことは,CRCとしての業務が何もなく,どうしてよいかわからなかったことと,私自身に治験に関する準備教育がなかったことでした。薬学の基礎的な知識や新GCPについては自己学習と,当院の治験管理室長である小林眞一先生(薬理学教授)にご指導いただきました。業務については,米国等のCRCの関係資料を参考にしながら,数回に渡りシミュレーションを実際に行なって確立していった経緯があります。
 実質的には治験の準備から終了まで,治験の流れに沿ってCRCの業務が構築してあります。研究会の段階から,また治験依頼者とのヒアリングの時点から参加し,IRB(治験審査委員会)関連,治験の実施からモニタリング,オーディティング(監査)に至るまですべての過程,治験の全プロセスに関わっているというのが実際の業務です。
中野 治験をスムーズに行なうために,さらには治験の倫理性,科学性,信頼性を確保するために,治験責任医師をさまざまな形で支援しているのですね。被験者になる患者さんや治験依頼者との接触に加えて,他の看護職や治験事務局,IRB事務局など,本当に役割が広いですね。

被験者のリクルート

大泉 治験に協力するCRCの業務を確立する上で,医師が治験をどのように行なっているのかを拝見いたしました。現場の先生方がお困りになるのは,治験に参加していただく患者さんのリクルートやスクリーニングでした。多忙な日常診療の中では,治験参加への適確性をクリアしている患者さんがいても,目の前を通り過ぎてしまう場合が多いからです。
中野 前もって治験の対象となる患者さんをリストアップしているのですか。また医師より先に直接患者さんにアプローチされるのですか。
大泉 そうです。具体的には主治医から「この治験にどうかな」という患者さんの紹介を受けます。その際,主治医は治験依頼書を発行します。それがCRCに届きますので,治験担当医師よりも前にCRCがその患者さんと数回面接を繰り返します。そこでさらにスクリーニングがかけられます。
五味田 患者さんのリクルートの場合,治験の啓蒙から始まると思いますが,外来と入院ではやり方が違うのですか。またその状況や病態を見て,プロトコルなど治験が何を目的としているかを先生方と打ち合わせをして臨んでおられるのですか。
大泉 CRCはヒアリングの段階から参加しますので,プロトコルの把握はできています。IRBで審議され,条件がついた場合は治験依頼者がその条件をクリアし,病院長の決済が下りた時点で初めて,治験に関係する先生方と細かな打ち合わせをします。外来も入院も同じリクルートのシステムを実施しています。ただし,入院の患者さんの場合は状況が異なるので,責任医師や分担医師の先生方と一緒に行動することがありますが,独立した動きということでは,皆さん認めてくださっています。
五味田 現場におけるCRC以外の看護婦さんとのミーティングも,かなり重要なファクターになりますね。
大泉 そうです。他の方々への啓蒙と治験に関しての教育も,CRCの仕事の1つと理解しています。
中野 大泉さんのお仕事は精神科が中心ですか,それともいくつかの科に関係されているのですか。
大泉 今は神経精神科領域以外に,腎・高血圧領域の治験を担当しています。当院では私の他に3人のCRCが業務していますが,私がスーパーバイズしながらOJT(on the job training)で教育しています。リウマチ膠原病領域と内科循環器領域を担当するCRCと常に一緒に動いていますので,現在はその領域の治験にも関わっています。
中野 基本的にはCRCも専門分野を作らないと難しいですか。
大泉 そうですね。看護婦をCRCという形で配置していますので,当該治験の領域の臨床経験をある程度積んでいることも条件の1つではあります。必ずしもそうはいかないこともありますが‥‥。
中野 ある程度,専門分野の臨床経験を積んだ上で,CRCの研修を受けるのがよいということですね。

薬剤師によるCRC

中野 五味田先生,薬剤師の取り組みについてお話しいただけますか。
五味田 薬剤師が病棟に行って何ができるかというと,例えばその患者さんがどのような薬歴であるかの確認などが考えられます。そのあたりから,患者さんのリクルートの時に何かできることがあるのではと思っています。
 聖マリアンナ医大では,薬剤師は病棟で服薬指導などを行なっているのですか。
大泉 病棟へ出向している臨床薬剤師はたくさんいます。しかし服薬指導などの業務に関しては,相談窓口設置が検討段階にあります。CRCが関わっている治験では,CRC自身が相談窓口になっています。今は服薬指導等に薬剤師が出ていくだけの余力がありません。管理室に2名の薬剤師が配置されていますが,治験の依頼件数も多いことからIRB関連を中心とした業務および治験薬管理の業務で手一杯,というのが現実ですね。
五味田 岡山大の場合,薬剤部が全体的な治験管理の中心になっています。実際には,新GCPでは「薬は薬剤部で一元管理」とされていますので薬剤管理を薬剤部が,IRBの受付を管理課が行なっており,事務とタイアップしながら,その中で治験が始まれば,診療科の先生方と相談しながら支援を行なっています。
 最近は,特に現場における支援体制,つまり医師,看護職への支援を考えています。病棟で服薬指導の経験のある臨床薬剤師を治験薬管理室へ配属し,治験薬管理を調剤,交付,相互作用のチェック,いろいろな手続きやデータ収集などを行なっています。まだ試行中ですが,治験薬についての看護婦さんの不安をできるだけなくす意味で,始めたばかりです。
大泉 被験者の立場からみた時,薬の専門家がいるのは看護婦とは違った意味での信頼感,安心感があると思います。
五味田 もう1つは,患者さんの側に立った支援を行なっていきたいと思います。患者さんは治験をすること自体にも不安を持っています。副作用に起因する,「やっぱり治験に参加してこうなったのか」という不安などにも,薬学的な立場から対処できればと考えています。
中野 治験責任医師を支援する形で働くのがCRCだとすると,今のところは看護職の得意な領域と,薬剤師の得意な領域がありますが,協力して治験が円滑に進むように支援していけばいいと思います。
大泉 当院の現状では,薬剤師にCRCという名称を使っていないだけで,実質的には重要な役割を担ってる協力者です。薬剤師・看護婦がそれぞれ得意とするところで業務分担しています。

治験コーディネーターの果たす役割

治験コーディネーターの位置

中野 この「治験コーディネーター」の名称ですが,ナースとかファーマシストという名称を使わずにコーディネーターと呼んでいるのは,このいずれでもよいし,また,この2つの資格を持っていない検査技師,栄養士,臨床心理士,その他どのような方でも入ってよいということからこのような名称にしています。治験が円滑に進むようにコーディネートするのがその役割で,聖マリアンナ医大では看護職が中心になっており,岡山大のように薬剤師の方が中心になっているところもあります。
五味田 岡山大の場合,治験薬の管理室という新GCPの側面から始まりましたが,それを拡大解釈しながら,実際にIRBの事務も行なっています。それを総括して治験事務局と呼んでいます。例えば,IRBに看護職にも参画してもらい,現場との関わり方を明確にし,治験管理センターを作ろうと計画しています。実際に治験は始動していますので,この形で認めてもらい,人員や予算などを考えるところにまできています。
中野 日本の場合,治験管理室は薬剤部の1分室のような形で派生した施設が多いと思います。聖マリアンナ医大は,それとは別のスタイルで治験管理室を作られたのですが,このような施設もいくつかあります。
 私は最終的には,スタート地点はどこでも,現在聖マリアンナ医大で動いているような治験管理室を,医師,薬剤師や看護婦のCRCたちが参加して,医療機関での治験をスムーズに行なうためのセンターとして運営することが必要だと思います。そのためには中心となる人物が必要でしょう。
大泉 治験をそういった一元的に管理するコントロールセンターのようなところで行なうのが理想的だと思います。CRCが多職種と関わりながら治験責任医師を支援して,被験者のケアにあたるという多岐にわたる業務活動ができる基盤は,組織的に保障されて,しかも専任であり,どこで誰がどのようにCRCを管理するかをはっきりさせることであり,CRCの活動を支えるものだと思います。
中野 その通りだと思います。CRCが組織のどこに所属するかが,その活動性を規定するでしょう。これがとても重要だと思います。
 日本における治験を考えた際に,それぞれの医療機関で治験や市販薬の臨床試験を行なう際に,質の高いものにするためにはどうしたらいいかを考えて,多様なスタイルが生まれてきていいと思います。臨床試験の倫理性,科学性,信頼性に関して,国際的に認められるレベルに維持し,さらによいものにしていく役割が果たせることが重要だと思います。CRCは,治験が円滑に進むように責任を持って治験責任医師をサポートするという役割に集約される気がします。
 厚生省も今年のはじめに,「治験を円滑に推進するための検討会」を作りました。そこで,今年度中に,第1回目の治験コーディネーターを養成する「治験コーディネーター(CRC/SC)養成モデル研修」を行なうことになりました。看護職と薬剤師を約10名ずつ,計20名の方が研修を受けることになります。将来,日本の治験コーディネーターを育てる人の養成を目的として,チーフ格になる人材をバランスよく全国に配置し,そこを中心に次の研修を広げていこうと考えています。

患者さんのメリット

中野 CRCの存在によって,治験に参加する患者さんのメリットが大きくなると思います。まず患者さんへのケアが充実してくるでしょうし,副作用も早めに発見できるという,きめ細かいヘルスケアができるからです。
大泉 その通りだと思います。患者さんにうかがいますと,「医師とのコミュニケーションが非常に高められた」という回答が多く聞かれます。その点では,CRCの働きは大きいと思います。また,副作用や有害事象などがあったときにも早く発見ができ,適切に対処できます。医師は忙しすぎて,十分に時間をとってわかりやすく患者さんに説明して,質問や不安に対応するには,時間的に無理があるので,その点でもメリットは大きいと思います。
中野 治験では煩わしい手続きが多いから,その部分をわかりやすく説明するのは,CRCの重要な役割になるでしょう。
五味田 その時に薬剤師は,例えばインフォームド・コンセントを文面で患者さんに説明する際,薬歴を聞いたり,治験薬の特徴をお話しします。聖マリアンナ医大ではいかがですか。
大泉 説明文書の作成は原則的には治験責任医師の責務ですが,協力ということでは,ヒアリングの段階から薬剤師も積極的に関わっています。例えば,患者さんへの情報提供として前臨床試験データが副作用情報として同意説明文書の中から抜けていることがあるんですね。そこを指摘したり,薬剤師の役割は重要です。
中野 CRCとして薬剤師の活躍する領域は相当あると思います。治験薬の説明,服薬コンプライアンスのチェックなどは薬剤師が向いていると思います。使用している薬剤の把握,データをCRF(ケースレコードフォーム)に書き込むのも,最終的には治験責任医師がチェックしますが,CRCが行なってもよいでしょう。
大泉 食事の影響を受けやすい治験薬もありますので,薬剤師が専門的立場から服薬指導をすることも必要だと思います。

モニタリングとオーディテイング

中野 治験終了後には,モニタリングとオーディティングがあります。大泉さん,聖マリアンナ医大病院でのご経験を話していただけますか。
大泉 新GCPの下,モニタリングとオーディティングに対応できるSOP(standard operating procedure:標準作業手順書)を,昨年の7月頃には整備をしました。しかし,依頼会社側のほうの対応が遅れていたのでしょうか,なかなか依頼がありませんでした。今年に入り少しずつ依頼が来るようになり,現在までに10件のモニタリングに対応しています。モニタリング,オーディティングに関しては,CRCの協力がいかに重要なのかを体験いたしました。
中野 CRCがいないとできないのではないですか。
大泉 私どもも初めての経験でしたので,最初は1症例に2時間半ぐらいかかりました。これらの反省を生かし,モニタリングの前に依頼会社側と数回にわたり打ち合わせを行なうようにしました。その結果,お互いの共通事項を確認することで時間が短縮され,1症例35分で終わるようになりました。
中野 モニタリングやオーディティングの際に治験責任医師や分担医師がずっとついていることは,現実問題として不可能でしょう。
大泉 そうですね。責任医師の先生方は,いわゆる適応基準を満たし除外基準を払拭しているか,エントリーの時点でどういう患者の病歴を見たかという点,いわゆる整合性があるかどうかをチェックをする場に立ち会うだけで,あとはCRCが全部協力できますね。
中野 そうでしょうね。日本の治験のレベルを高めるためには,CRCを養成してうまく動き始めることが最も近道だと思います。

アメリカのCRCの現状

中野 大泉さんはアメリカのCRCの現状を視察されたそうですね。その印象や,米国視察がどのように今の業務に影響を及ぼしているかをお話しいただけますか。
大泉 1997年の10月にアメリカを訪れました。いちばん驚いたのは「治験もビジネス」であるという姿勢で,治験の契約は責任医師とスポンサーとの自由契約であることでした。大規模なクリニカル・スタディになると,NIHなどが年間300万ドルほどの予算で,各クリニカル・リサーチセンターをバックアップしています。このようなセンターでは,1人の責任医師にCRCや各専門分野の人たちが10人前後でサポートしています。これには同行の医師もショックを受けたようで,日米の環境の違いを大いに感じました。
 CRCの必要性はアメリカでも新しく,必要性が論じられたのは20年ぐらい前からだそうです。また本格的にCRCの養成に力を注いだのは5年前ごろからということです。実際,まだ国家レベルでの認定には至っておらず,民間,あるいは各施設,病院で養成しています。CRC養成も完全にビジネスです。ワシントンDCでACRP(Association of Clinical Research Professionals)を見学しましたが,そこで全米にどのくらいCRCがいるかを聞いてみましたら,正確には掌握していないようでした。ここで養成された人たちは現在2200-2500人近くいるそうです。
 また,これはアメリカの1つの特徴のようですが,看護婦の離職率が高く,4-5年で転職してしまうそうです。しかし,看護職に魅力があり,次の就職先にCRCの職を探す人が比較的多いそうですね。
中野 それはどういうところが魅力になっているのですか。
大泉 人件費が経費の上できちんと保障されています。それから,治験に必要な教育がしっかりしていて,実際に業務に入った時,ジョブマニュアルがあって困らない点です。もう1つ印象的だったのは,医師がCRCを必要として,その教育には協力を惜しまない環境が整っていることです。
 治験の質のよし悪しは,CRCの存在,能力そのものの評価に値するといってもいいでしょう。いいCRCがいる病院は質の高い治験を行ない,治験の依頼も多く,責任医師との自由契約の中で,高額な治験研究費の算定ができるのです。
中野 アメリカのCRCは,自分がいい仕事をすればそれだけ評価される環境があるようですね。精神的なやりがいが大きいのでしょう。
五味田 その場合のCRCの業務は,例えばIRB申請の段階から,データ収集,同意取得など,治験すべてに関わっているのですか。
大泉 治験の流れに沿ってすべてに関わるジェネラルなCRCもいれば,本当にデータマネージメントだけを専門にしている場合などさまざまですね。施設ごと,また治験の規模によってその役割は異なります。
中野 アメリカで実際にCRCとして働いている人数は4万人や1-2万と,数え方によってデータがまちまちなんです。結局アメリカにおいても「ここまでがCRC」という境がはっきりしていないということなのでしょう。そういうことをわれわれも認識しておいたほうがよいでしょう。
五味田 各施設における治験に対する考え方が違うのですか。それとも,アメリカで全体的に統一された考え方が出てきているのですか。
大泉 基本はあくまでもICH―GCPの中での考え方だと思います。責任医師の業務に力強くバックアップできる能力を持ったCRCもいれば,治験の部分的なところを専門に請け負っているCRCもいるなど,アメリカでもそれが現実でした。
中野 資格として国が認定することではないから,そういう形にならざるを得ないのでしょう。民間でCRCを養成して認定するところができたそうで,そこが全部統括する方向に進めばもっとはっきりするでしょうが,必ずしも現実はそうではないようです。
大泉 そうですね。CRCの中には,スポンサーからの治験依頼をCRC自身が受けて責任医師を特定し,その治験にかかる経費から人件費,時間の割り振りまで,治験の全プロセスに関わる業務をなさる方もおられました。

教育の問題と今後の展開

治験・臨床研究の教育の実状

中野 今度は,日本における治験や臨床試験の教育について考えてみましょう。
 残念なことに,医学部における臨床薬理学教育の時間は少なく,最近は何コマかは各大学が持つようになってきましたが,1992年に横浜で世界臨床薬理学会議を行なった時に調査した結果では,1コマでも臨床薬理学の講義をしてる大学は50%を少し超える程度でした。いまはもう少し増えていると思いますが,これが現実です。学生に治験や臨床試験のあり方などが正しく講義されてるかというと,まだまだ不足しています。例えば「ポリクリ」で,患者さんと接する機会はありますが,治験の現場を見る機会はまずありません。医学部においても今後の改善が要求されます。
 私ども大分医大には臨床薬理学講座があり5-6年時の学生が5-6人の小グループで2週間行ないますが,そこでは学生に治験のインフォームド・コンセントのロールプレイによる学習も取り入れております。

医療の中の薬学教育

中野 薬学部ではいかがですか。最近,国家試験のあり方が大きく変わったとうかがいましたが。
五味田 薬剤師の国家試験に「医療薬学」が入ってきました。いままでの薬学教育はあまり医療に向いてなかった面がありますが,だんだんと医療に向かうようになっています。
中野 これまでは医師サイドから見ても,医療の中の薬学という位置づけが乏しかったかなという感じがします。
五味田 さらに今度は医療薬学講座ができてました。その中で6年制にするとか,病院で勤務する人が薬学教育をするなど,医療薬学のほうへとに向いています。
 今まで,治験薬については基礎薬理の中でしか話されてこなかったことでした。しかし現場における状況は,薬学部生は4年時に特別実習しますが,国立大,私立大の半分くらいは病院での実習があります。私どもでは治験の取扱いについて,この病院では治験はどうなっているかを説明します。CRCの話もしています。このようなことを薬学の1つの項目としてあげていくと,薬剤師になった時の職能が伸びてくると思います。
 これからの治験への薬剤師の関わりかたについては,特に投与設計や医師への指示,プロトコルを遵守しながら看護婦と一緒に,医師に時間的なスケジュールや投与スケジュール,何か起こった場合の連絡体制やその対応などに関わっていかなくてはいけないだろうと,私どもの病院ではそう教えています。
 しかし,同意や本当の意味での倫理性などは,学生にはまだまだ十分な教育ができていないのが現実です。CRCの件についても同様です。しかし,薬剤師の治験への関わりかたとして投与設計や医師,看護職との協働作業,何か起こった時の連絡体制や対応など,すべてに関わっていく必要性があり,これらの教育も重要と考えます。
中野 薬学教育も今大きく変わろうとしていますね。医療の中で役立つ薬剤師を養成することが重要だと思います。
 大泉さん,看護学の教育では,臨床試験や治験,または薬のことについてはいかがですか。
大泉 そうですね。看護学そのものが体系化しているかという問いは,どの分野の先生方からも言われることです。「自然科学プラス広く人間科学を応用したもの」が看護学ですので,非常に難しいところではあります。ただ,治験や臨床試験というのは,現在の看護学の基礎教育の中には,まったくなかった分野です。患者を中心に考えた時に,看護の基礎を学ぶ過程において,看護本来の特性を活かした臨床試験に関する教育を,看護学の中に取り入れてほしいと思っています。
 5月の中頃に,日本看護協会で1週間,CRCの養成コースがありました。受講生を見ると大学卒のナースが多かったのです。看護学の基礎で臨床試験の教育を受け,ナースとしての臨床経験をバネにキャリアアップしていけば,広くスタディ・コーディネーターという形で臨床研究の場にも参画していけるようになるのではと思います。

治験は国際貢献

中野 治験を考える時,ただ新薬を開発するという意味だけではなく,日本が国際的に今後どのように貢献していくかを考えた時,健康を守るよい医薬品を開発して世界に送り出すという貢献の仕方は日本のイメージに合うと思います。
 現在,「治験の空洞化」が言われていますが,もし治験もせずに海外で安全性と有効性が確認されたものだけを輸入して利用するようになれば,臓器移植と同じようなことになり,日本はインターナショナル・エゴイズムとして批判されます。それでは恥ずかしいと思います。
 将来的には治験だけでなく,市販された後の医薬品の本当の意味での評価が重要になってきます。例えば血圧を下げることで降圧薬は承認されますが,本当にそれで死亡率まで減っているのか,あるいは心血管系の合併症は減るのかという,より本質的なエンドポイントを使った臨床試験は,日本で非常に遅れています。市販後の薬を臨床試験で評価できるようにしないと,日本は本当の意味で医薬品の面で国際貢献ができないような気がします。
 最近は,「Evidence-based medicine(EBM)」という言葉がよく使われるようになりましたが,残念ながら日本ではエビデンスが作られなくて,ほとんどすべて欧米のものです。これは日本の治療医学の将来を考えると,何とかしなければならない点だと思います。
 同時に,CRCには,「治験コーディネーター」という「治験」だけでなく,スタディ・コーディネーター,クリニカル・スタディ・コーディネーターと,もっと広い視野で,臨床試験をサポートする人材に育ってほしいと思います。
大泉 先生のお考えに賛成です。

チーム医療の大きな可能性

中野 医療というものを考えると,医学,薬学,看護学と専門分野に分かれていますが,歴史をさかのぼると1つであった時代,分化していない時代があり,それは,病んでいる人を何とかしてあげたいという気持ちから医療が生まれてきたことと思います。つまり,オリジンは1つだということです。患者さんのために何をするか,何ができるか,その認識の上に立ったチーム医療を育てていくことが望まれます。
 今度の新GCPの基本的な考え方は,「プレイヤーベース」であることです。治験責任者や治験依頼者,治験医療機関の長は何をすべきか明らかにしています。その上で,臨床責任医師が分担医師を決め,治験協力者を決めると,それぞれの役割をはっきりさせ,指導・監督すると新GCPでは明記されています。
 今,「チーム医療」が叫ばれていますが,今まで本当に日本でチーム医療が育ってきたかというと,まだまだではないかという気がします。「治験」が国際化されたことで今注目されていますが,質の高い治験を実施するためには,実はチーム医療の確立が求められているのです。それぞれの職能の人が,自分の職能をはっきりと表に出して,そして別の専門の能力を持った人とチームを組み,全体の治験の質を高めようとしています。そういう意味では,医療改革と言ったら言い過ぎかもしれませんが,本当にそれに匹敵するようなことが起ころうとしているのだと思います。
 時間が参りましたので,このあたりで終わりにしたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

(終了)