医学界新聞

コールドスプリングハーバー・ラボラトリー主催

レトロウイルス学会に参加して

俣野哲朗(国立感染症研究所・エイズ研究センター)


 金原一郎記念医学医療振興財団の第12回研究交流助成金により,1998年5月26日から5月31日までのコールドスプリングハーバー・ラボラトリー(CSHL)主催レトロウイルス学会に参加する機会を得ることができた。以下は,私なりの印象を含めたこの学会の紹介である。

CSHL研究所

 CSHLは米国ニューヨーク州ロングアイランドに位置し,その前身は1890年にまでさかのぼる伝統ある研究所である。1960年代からは,「DNA二重らせん」を報告した,あのJames WatsonがDirector(現President)となっている。
 コールドスプリングハーバーに面する閑静な雰囲気は,ゆったりと物ごとに思いをめぐらし,考えにふけるのに最高の環境であり,この研究所がこれまでMolecular Biologyを中心に,特に腫瘍・ウイルス等の分野で先駆的な業績をあげていることも納得できる。
 CSHLでは,例年春と秋に1週間単位でいくつかのミーティングが催される(表1参照)。その中でも私が参加したレトロウイルス学会は,1960年代から続いている,最も伝統のある学会で,ノーベル賞受賞者であるTemin, Baltimore, Varmus等の世界のトップレベルの研究者たちが,新しい発見を報告し,議論してきたミーティングである。現在も,HIV-1を含むレトロウイルス関連の基礎研究では最も重要な学会であり,この学会に参加することによって,この分野の貴重な情報の大半が入手できると言っても過言ではない。

レトロウイルス学会

 今年の参加者総数は約400名,演題数は口演111,ポスター254の計365題であった。期間中は,表2のようなスケジュールで,朝のセッションは9時から13時近くまで,昼は14時から17時近くまで,さらに夜は19時30分から23時30分近くまで,という具合に1日中発表・討論が続く。基本的にはCSHL内の宿泊施設(2人部屋)に宿泊し,CSHL内のレストランで食事をとることになり,また土曜日の夕食は一同が集まって恒例のBanquet,という具合に参加者同士のコミュニケーションをとるのにこと欠かない。CSHL周辺には出かけるところもないので,火曜日から日曜日まで,たっぷりとレトロウイルスの世界を堪能できるわけである。
 口演会場は1か所で,参加者全員で集まって議論することになる。会場の最前列にはCoffin,Hughes等のラボ・ヘッド連中が並び,真剣に口演に耳を傾け議論に参加する。ポスター発表では,時間をかけて議論し,細かいデータまで検討することができる利点がある。さらに,セッション以外の時間も含め,ほぼ1日中数多くの研究者と話ができるところがこのミーティングの特徴であり,この活発な議論から得られるものは測り知れない。
 私は今回,Utah大のSundquistという電顕の専門家と同室であった。時差ボケのため早起きの私と時間を合わせるのが大変そうであったが,なかなか人当たりよい人間で,私が彼の地元のUtah JazzというNBA(米プロバスケットボール)のチームが大好きであったこともあって,意気投合することができた。彼の専門とするGag蛋白Assemblyの解析の仕事には,私ももともと興味を持っていたので,ここ1―2年格段に進歩した電顕によるウイルス構造解析の,特に技術的な面について詳しく話を聞くことができたことは非常に幸運であった。

各セッションの内容

 私の現在の研究テーマは,大きく分けるとレトロウイルスの細胞侵入機構についての研究,およびエイズ発症霊長類モデルを用いたワクチン開発研究の2つであり,今回は前者に関して発表した。今回の学会でこれらに関連したセッションは,火曜日のEarly Eventsと木曜日のPathogenesisであった。
 それ以外の分野も含めて,下記に目に付いた点を簡単に列挙させていただく。
(1)ウイルスの細胞侵入機構に関しては,最初のセッションであるだけでなく,自分の専門分野でもあり,気合い十分で臨んだが,ポスターも含めなかなか充実した内容であった。
 ウイルスEnv蛋白については,昨年報告されたMLV(マウス白血病ウイルス)Envのレセプター結合領域の3次元構造をもとに,レセプター結合後膜融合過程を引き起こすために必要な構造条件の決定を目的とした,変異体解析等の報告がCunninghamのグループ等からなされた。この研究は私の研究との関連が深く,彼らとのディスカッションも含めて非常に得るところが大きかった。
 レセプターに関しては,Amphotropic MLVの細胞侵入において,以前から考えられていたレセプターとcytoskeletonとの相互作用の必要性に言及した報告が特に注目された。また,技術的な面ではDNA shufflingを用いた報告があり興味が持たれた。
(2)MLVのintegrationまでの複製前期過程に重要であると考えられる宿主因子として,autointegrationを阻害する宿主因子(BAF)が報告された。
(3)転写関係では宿主因子との相互作用に関する発表が中心であった。特にHIV-1のTat蛋白は,ウイルスゲノムの転写にかかわる重要な調節蛋白であるが,近年報告されたTatと相互作用する宿主因子の機能についての解析が進展した。
 さらに,HIV-1のTat・VprやHTLV-1のTax等の発現が,細胞周期へ影響を及ぼすメカニズムについての報告がいくつかみられた。
(4)転写後のウイルスRNAの核外輸送,および翻訳後のウイルス蛋白のプロセッシング・細胞内輸送等については,例年より拡大されてTraffickingのセッションとして活発に議論された。HIV-1RNAの核外輸送にかかわる重要な調節蛋白であるRevについては,昨年報告された核外輸送にかかわる宿主因子との相互作用に関する報告が注目された。
 また,HIV-1のアクセサリー遺伝子産物の1つであるNefの機能として,MHC class IあるいはCD4のdownregulationが注目されているが,そのメカニズムとしてclathrin adaptor complexesが関与するinternalizationが示唆された。
(5)ウイルス蛋白のassemblyも今回面白い分野であった。特にレトロウイルスのコア(Gag)蛋白の機能が議論の中心であったが,Cryo-electron microscopy等を用いた画像解析の技術の進歩により,レトロウイルス粒子のGag蛋白の構造解析が進み,Gag蛋白のプロセッシングによる構造変化が議論された。
 さらに,Gag蛋白と細胞膜のaffinityをプロセッシングの前後で比較した報告は,ウイルス形成時と細胞侵入時のGag蛋白の役割の違いを考えるうえで興味が持たれた。
(6)Pathogenesisのセッションはあまり充実していなかったが,HIV-1感染トランスジェニックマウスモデル開発を目的とした報告には興味が惹かれた。マウスに対し,ヒトCD4とco-receptorの導入によりHIV-1感染前期過程はほぼクリアでき,さらに最近報告されたTatのco-factor導入により転写レベルまで複製がいくようになったが,ウイルス産生には至らなかったという内容であった。今後は,Revのco-factor導入実験等が必要となってくるであろう。
 霊長類モデルを用いた報告は少なかったが,SIV感染実験系で弱毒化ウイルス(生ワクチン)に関する研究を行なっているUberlaとゆっくりディスカッションする時間が持てたことは幸いであった。この弱毒化ウイルスによる感染防御機構についてはCTLの他に未知のメカニズムが示唆されているが,彼らは今回ケモカインによるco-receptorブロックは関与しないことを示していた。
(7)昨年同様,英国のStoyeのグループが豚の内在性レトロウイルスに関する報告を行ない,xeno-transplantationによるレトロウイルス感染の危険性を検討する必要性を強調していたことは注目された。

サイン会

 1970年代から1980年代にCSHLから出版された「RNA Tumor Viruses」は,レトロウイルスに関してまとめられた教科書的な本として代表的なものであるが,今回その新版「Retroviruses」が出版されたことを記念して,3人のEditorのうちCoffinおよびHughes(Varmusは残念ながら欠席)によるサイン会が5月29日の17時より催された。
 前頁に掲載した写真は,その際にCoffinとHughesの間に(Varmusの代わりに?)入り込んで撮ってもらったものである。基本的には購入した新版にサインしてもらうのであるが,私は渡米前にすでに購入済みであったので,同時に記念発売されたレトロウイルス粒子のデザイン入りTシャツ(写真で彼らが着ているもの)を購入してサインをもらった。
 レトロウイルスの分野を切り開いてきた連中の記念すべきサイン会であったが,サイン会という名目で参加者たちが集まる楽しい会でもあった。

おわりに

 この学会のひとつひとつの発表による小さな進歩と,議論の積み重ねによって得られる情報の豊富さ,また1週間レトロウイルスの世界に専念することによって,自分自身に湧き起こる新たな研究への活力は測り知れない。このような学会への参加に助成していただいた金原一郎記念医学医療振興財団に心から感謝する次第である。