医学界新聞

高齢者の脳血管障害に焦点をあてて

第40回日本老年医学会が開催される


 第40回日本老年医学会が,さる6月17-19日の3日間,藤島正敏会長(九大教授)のもと,福岡市のアクロス福岡で開催された。
 本学会では,会長講演「高齢者の心血管病-久山町研究から」をはじめ,特別講演が「日本人の動脈硬化-加齢と新しい危険因子」(九大名誉教授 田中健蔵氏),「生体防御を基盤とする成熟社会をめざして」(九大教授 野本亀久雄氏)の2題や,シンポジウムが(1)高齢者の脳血管障害,(2)高齢者の薬物治療法,(3)遺伝子多型と老年病の3題,および12題のレクチャー講演の他,(1)痴呆・精神,(2)動脈硬化,(3)脳血管障害,(4)糖尿病,(5)循環器,(6)高血圧,(7)看護・介護などに分かれた一般演題376題の発表が行なわれた。


高齢者における心血管病の危険因子

食生活の変化がもたらしたもの

 藤島会長は,九大第2内科が福岡県久山町で1961年より継続して行なっている疫学調査(久山町研究)を基に,高齢者における心血管病の時代的変遷とその要因についてを会長講演とした。久山町研究は,40歳以上の全住民を対象に行なっている前向きコホート研究であり,大学,住民,行政(役場),開業医がそれぞれに連携を保ち,参加率80%以上,追跡調査率99%以上,剖検率80%を誇っているもの。
 藤島氏は,「悪性腫瘍,心疾患,脳卒中が先進諸国の3大死因を占める中,日本人は脳卒中の頻度が高かった。しかし,医学・医療技術の進歩や生活レベルの向上からの食生活の変化に伴い,圧倒的に多かった脳出血は年々大幅に下降し死亡率は著減したが,脳梗塞は逆に増加傾向にある」と概説。また,「近未来における超高齢社会では,高齢者の活力を維持し,健全な国民生活を送るための疾病対策が必要不可欠であり,特に動脈硬化性疾患の予防手段の確立が課題である」と,久山町研究から学ぶ高齢者における心血管病の危険因子とその予防対策を論じた。

久山町研究から

 藤島氏は,研究対象を1961-69年を第1集団(人口6500人,40歳以上の対象者1618人),1974-82年を第2集団(同7700人,同2038人),1988-96年を第3集団(同7600人,同2637人)として調査結果を発表。脳卒中発症例の病型別内訳の時代的推移については,40-64歳の第1集団で脳梗塞が50%,脳出血43%,クモ膜下出血7%,第2集団では脳梗塞79%,脳出血21%に,第3集団ではそれぞれ66%,27%,7%。65歳以上では,第1集団の脳梗塞が72%,脳出血24%,クモ膜下出血4%,第2集団で脳梗塞77%,脳出血23%,第3集団ではそれぞれ71%,16%,13%(いずれの男性)だったこと。また,脳梗塞の発症例(65歳以上)については,ラクナ梗塞が第1集団で79%,第2集団で43%,第3集団では41%で,アテローム血栓性梗塞は15%,22%,33%,脳塞栓が6%,35%,26%(いずれも男性)と報告。さらに死亡率の時代的変化について,脳卒中が4.8%から1.1%(脳出血は2.0%から0.2%),心疾患が2.7%から1.4%へ,悪性腫瘍が4.1%から3.6%とそれぞれ減少。高血圧治療における降圧剤利用は1961年の10%に比し,1988年では70%であることを報告するとともに,食生活習慣の変化から肥満は3倍,高脂血症は7倍に増加したことを憂慮する解説を行なった。
 藤島氏はこれらのことから,(1)脳卒中の発症率は1970年代に低下したものの,その低下率は近年鈍化し,横ばい状態にある。病型別では,脳出血は著減,ラクナ梗塞も減少しているが,アテローム血栓性梗塞,脳塞栓は相対的に増加している,(2)冠動脈疾患の発症率はこの30年間ほとんど変化なく,いまなお脳卒中の発症率より低い,(3)危険因子としての高血圧は治療により頻度,重症度は低下したが,生活習慣の欧米化により代謝異常(糖尿病,高脂血症,肥満)が著しく増えているとまとめた。また,「心血管病のリスクは時代とともに変化しているが,年齢の因子は一層重要で,今後さらに高齢化するであろう。糖尿病による脳梗塞,虚血性心臓病が増加傾向にあることから,今後は高血圧に変わって糖尿病が心血管病の大きな発症要因になることが予測される」と述べた。

超高齢社会に向けた実態と将来像を論議

高齢者の脳卒中,無症候性脳血管障害

 山口武典氏(国立循環器病センター病院長)と山之内博氏(都老人医療センター部長)が司会を務めたシンポジウム(1)「高齢者の脳血管障害」では,老年者を老年前期(65-74歳),老年後期(75-84歳),超高齢(85歳以上)と定義づけ,疫学,病態と治療など,さまざまな方向から5名が登壇し意見を述べた。
 中島健二氏(京府医大)は,秋田県下における初回脳卒中発症1万9954例(1984-93年)を非老年群(65歳未満,8443例),老年前期群(65-74歳,6512例),老年後期群(75歳以上)に分類し,性,病型,急性期および慢性期の生命予後を比較検討した結果を発表した。中島氏は,脳卒中の77%が65歳以上での発症であり,脳卒中での生存率は75歳以上で急低下することなどを指摘。「(1)男女ともに高齢になるほどクモ膜下出血は減少し,脳梗塞が増加,(2)発症5年目の生命予後は各病型,各年齢層群ともに男性より女性のほうがよく,(3)男女とも慢性期での老年後期群の生存率は,他の年齢群に比し格段に低下するが,日本での平均寿命は男性77歳,女性83歳であることから,老年後期群への医療介入の限界を示している」と報告した。
 小林祥泰氏(島根医大)は,脳ドック受診健常者1627名,地域脳検診対象者242名を対象に,老年前期,老年後期,超高齢に分け,各年代別に危険因子を検討する「脳検診における無症候性脳血管障害」を発表。脳ドックでの無症候性脳梗塞の頻度は,若年群での13%に比し,高齢前期で34%,後期30%と高齢群で高率であること。一方,脳検診での無症候性脳梗塞は前期で27%,後期49%,超高齢では33%であったことを報告し,「無症候性脳梗塞は加齢とともに増加し,65歳以上で急増するが,超高齢ではむしろ減少する。ピークは高齢後期までである」と予測した。

脳血管障害の実態から治療まで

 名倉博史氏(都老人医療センター)は,脳血管障害の実態を65歳以上の剖検例4490例から,死亡時年齢で老年前期(1130例),老年後期(2053例),超高齢(1307例)の3群に分けて比較検討。(1)加齢とともに脳血管障害の頻度は増加する,(2)脳梗塞は加齢とともに増加するが,脳出血,クモ膜下出血は減少する,(3)加齢とともに危険因子の明らかではない脳梗塞が増加するとの仮定を主要血管の動脈硬化度により分類し検証した。その結果を名倉氏は,「(1)加齢に伴い初回発作に占める脳出血の頻度は増加する。ただし,特定の脳出血が増加するとは言えない,(2)加齢に伴い初回脳梗塞発作に占める皮質梗塞の頻度は増加する,(3)加齢に伴い皮質梗塞に占める塞栓性梗塞の頻度は増加する」とまとめた。
 井林雪郎氏(九大)は,「降圧治療の普及により脳梗塞の発症率は減少しつつあるが,高齢社会や代謝性疾患の増加とともに,その絶対数は必ずしも減少していない」として,久山町研究のデータを基に,非老年(65歳未満),老年前期(65-74歳),老年後期(75歳以上)に分け検討。「ラクナ梗塞は男女ともに加齢に伴い増加する。脳梗塞の一過性脳出血は年々増加傾向にあるがクモ膜下出血は下降」と報告するとともに,高齢脳梗塞患者の治療法において,老年後期では血栓溶解療法や抗凝固療法の選択頻度が低く,抗血栓療法として抗血小板療法が行なわれる頻度が高いことを指摘し,脳梗塞慢性期の再発に対する降圧治療法について,「高齢者では,カルシウム拮抗薬のマイルドな使用法が有用」との考えを示した。
 矢坂正弘氏(国立循環器病センター)は,「心原性脳塞栓症は,他の脳梗塞病型と比較して重篤で再発しやすく,再発予防には抗凝血薬療法が用いられるが,高齢者においては合併症を起こしやすいという問題点がある」として,老年期における心原性脳塞栓症の病態と治療法について言及。高齢者における心原性脳塞栓症の特徴として,(1)基礎心疾患としてNVAF(非弁膜性心房細動)が多い,(2)入院時症候は重く梗塞巣は大きい,(3)入院中の合併症が多い,(4)退院時ADLが不良例が多い,(5)抗凝血薬療法施行率は低い,(6)CVDの再発と死亡率が高いことをあげ,「入院中の合併症は,非老年期ではみられないが,高齢期群には肺塞栓症などがみられた」と報告した。
 総合討論の場では,医療費や寿命の問題が論議されるとともに,高齢者医療における内科医と外科医,およびコメディカルとの連携の重要性なども指摘された。