医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


消化器科臨床医に癌診療の方向性を考える名著

消化器癌の診断と内科治療 1.食道・胃・大腸 岡部治彌 監修

《書 評》多田正大(京都がん協会)

一流の輝きを持つ画像写真

 消化器癌の診断と治療は臨床医に課せられた重要な命題である。そのためには病変を忠実に表現する明快な画像を得る技術を修得すること,それを適正に読影する洞察力と経験がなければならない。
 本書が企画された経緯については,編者の1人である西元寺克禮教授の長い序文に述べられているが,最近軽視される傾向にある消化器癌の画像診断の基礎を再び世に広める目的で,北里大学内科グループの総力を傾注して完成したものである。研究を重要視する大学病院では,「消化器の画像を読影する基礎を伝授してもらえない……」という若い臨床医の嘆きの声を耳にすることが多いが,北里大学グループは伝統的に画像診断を重要視する,今どきめずらしい教室である。
 あえて紹介するまでもなかろうが,北里大学内科は27年前に岡部治彌教授によって興され,消化器内科として常に学会を活性化させてきた功績の大きいグループである。現在は2代目の西元寺教授に受け継がれているが,画像診断における真摯さは他に類をみない教室である。X線,内視鏡,病理所見を詳細に対比することからはじまり,典型的な癌の画像所見のポイントを窮めた後,非典型的な病変の診断へ応用する手順が頑ななまでに一貫しており,その独特の診断学は国内外から注目されている。
 本書はこのような気風の教室から生まれた書籍であるから,呈示されている画像の質は一級品である。執筆者たちはいずれも画像診断のプロであり,随所に配されたX線,内視鏡,病理写真などは一流の輝きを持つ優れ物ばかりである。圧倒的な迫力で読者に迫り来る。膨大な臨床症例を集大成したものであり,豊富な経験に裏づけされた診断手順と画像は読者に訴える説得力が大きい。

診断学の基礎から最近の話題まで

 本書の構成として,各臓器ごとに癌の疫学,症候,頻度などを記述した後,画像診断から治療,予後へと記述するスタイルが踏襲されている。われわれはとかく患者背景を忘れて,画像1本で読影するきらいがあるが,消化器科診療の基本的な事項の重要性について,さりげなく読者の注意を喚起している。随所にトピックスとして最新の消化器癌の知見を挿入しており,診断学の基礎から最近の話題まで,非常に読みやすい書籍に仕上がっている。さすがに書籍造りに手慣れた医学書院の本である。
 本書では悪性リンパ腫についても多くの紙面を割いている点が特筆される。癌と悪性リンパ腫の鑑別,生検すればそれまでであるが,X線や内視鏡診断のうえからは常に鑑別が問題になる。北里グループは多くの悪性リンパ腫症例を集積していることで有名であるが,さすがに掲げられたデータと画像には重みがあり注目される。
 「食道,胃,大腸癌の形態診断はかくあるべき」と,われわれ消化器科臨床医にその方向性を教えてくれる名著である。それだけに続編として企画されている肝胆膵癌の発刊が期待される。2部作が完成した暁には,まさに今日の消化器癌診療の最高の指導書として,多くの臨床医にインパクトを与えてくれるであろう。今から次の書籍が楽しみである。
B5・頁292 定価(本体23,000円+税) 医学書院


初心者から指導者にまで役立つ外科手術書

イラストレイテッド外科手術 膜の解剖からみた術式のポイント 第2版
牧野尚彦,篠原尚 著

《書 評》秋山 洋(虎の門病院長)

 本書が誕生したユニークないきさつは,共著者である牧野尚彦氏が,初版の序に述べられている。本書初版には大きな反響があり,刊行から4年足らずで,改訂版が出される運びになった。

多数のイラストと簡潔な文章

 本書が大きな反響を得るに至った要因は多々あるが,その1つが,まず,篠原尚君という,天賦の才は備えてはいるが,何といっても若い外科医が研修中に手術の要点をメモ,それも文字でなく,スケッチしておいたものに基づいて書かれたという点である。こういった手術書はふつう働きざかりの中堅どころか,功成り名遂げた大家が書くものと相場が決まっている。ところが共著者の牧野氏のすぐれた指導のもととはいえ,若い著者が自らつき当たった疑問点について解決していった過程が,おびただしい数のイラストと簡明でわかりやすい文章に凝集されており,読者はそれを追体験できるのである。さらに驚くことは,すべてのイラストが,彼の直筆になることである。しかも,そのイラストは素人ばなれしているというより,何人も真似できない天性のすばらしさを備えている。しかもそのポイントを提起し,そしてそれが何であるかを最もよく知っている外科医によって描かれているので,どんなイラストレーターもかなわない。筆者自身の経験でも,論文や著書のイラストで自分の本当に気にいったものは,結局自分で描いたものである。
 手術技術の修行中または修行の結果として完成した本書が,初心者の心をつかみ,かつ中・上級者の大いなる参考になったのは,画期的であり,まさに異色である。これは,篠原君の熱心な向上心と洞察力がなくてはできることではない。手術の上達を望む読者にとって,また手術教育者にとって本書が初版以来,好評を博してきたのは,このような背景があってのことと思われる。
 今1つの大きな特色は,副題の「膜の解剖からみた術式のポイント」が書かれていることである。筆者も手術基本手技について述べる際,出血の少ない手術を行なうにあたって,臓器周囲に存在する無血管の「層」を把握して手術操作を進めるよう提案してきた。この層の概念は裏を返せば膜の概念と一致する。著者はこの膜の解剖に着目した。まさに卓見といえよう。筆者が「生きた解剖学」と表現しているものの1つで,基礎としての解剖学が臨床に生かされたよい例といえる。

術式をさらに整備

 第2版は初版発行後,著者が,雑誌「臨床外科」に連載された〈イラストレイテッド・セミナー〉から転用し,図版を描き変え追加して,より精緻なものとしている。術式も初版にS状直腸切除術と痔核切除術の2章が加えられ,初級者にとってもますます整備されたことになる。
 本書をさらに価値あるものとしているのは,著者の外科手術,さらに医学に対する姿勢である。著者は本書第2版を上梓するにあたって,従来の外科手術の価値を認めるとともに,限界をも述べている。しかも,限界を知るには外科手術の奥義もきわめていなくてはならないと言っているところがよい。筆者もまったく同感である。例えば悪性腫瘍に対する郭清の限界とともに,他の方法論によるその限界の打破を考える必要がある。篠原君は大学院を経てさらに分子腫瘍学の分野をも究めるべく米国留学中である。このような著者のあり方が,本書の価値をますます高めていることになる。初心者も,後進の教育を行なう中・上級者にもぜひ一読をおすすめしたい。
A4・頁388 定価(本体8,000円+税) 医学書院


初めて心臓の生理と薬理を学ぶ人のために

心臓の生理と薬理 H. Brown,R. Kozlowski 著/加藤貴雄 監訳

《書 評》杉本恒明(公立学校共済組合関東中央病院長)

簡潔で無駄がない記述

 本書の著者Hilary Brown氏とRoland Kozlowski氏とはそれぞれ,オックスフォード大学の生理学と薬理学の講師ということである。一読して,おそらく,本書はこの方々の学生講義のメモが基本となったものではないだろうかと思った。簡潔で無駄がなく,初めて心臓の生理と薬理を学ぶ学生がいきなりこれにひきつけられ興味を持っていく様子が彷彿とするような書なのである。
 A4判とはいえ,本文130頁の小冊子である。本来は膨大となるはずの内容を盛り込むにはそれなりの工夫が必要である。目につくのはイオンチャネル関係や不整脈治療を含めた電気生理学の記述に約半分の頁が割かれていることである。これに続いて心臓の収縮とその調節,冠循環,心不全という形の章の構成となっている。多分,執筆者は電気生理学の専門家なのであり,この領域で活躍中の加藤貴雄氏の今回の翻訳もその関係で行なわれることになったものであろう。
 無駄がない書と述べたが,骨組みだけの書という意味ではない。面白い本なのである。冒頭の「はじめに」は日本のKameyama博士の好意によるとするポスターの紹介とその説明である。コンパクトな文章の間に,挿話的な話も多い。例えば,洞房結節機能の項においては,Keith教授が夫人を伴ってサイクリングに出かけたある晩,その別荘に遊びに来ていた医学生Flackが標本を見ていて洞房結節を発見したというような話がある。まずは読者に関心を持たせようとする本書の姿勢が窺われるのである。図が豊富であり,本文は図の解説となっているので,大変わかりやすい。ところどころの欄外に置かれている訳注は著者の表現の不足を補い,日本における現状を述べるなど,なかなか適切である。ハクスリーの小説の邦訳名が紹介されており,その博識に感心した。
 最終章は「心臓研究の展望」である。分子生物学と遺伝子治療,コンピュータ,異種移植が心臓病治療の将来を約束するという。

学生の興味を引き,覚えこませる

 挿話を加えて面白く,学生の興味を引きながら,図を中心として解説し,簡潔に要点だけを覚えこませていくという方法は手慣れた教育者が好む講義のありようであろう。多様な解釈がある現象を大胆に整理して提示することも,初学者の理解に混乱を避ける上で大事なことであり,しかも,これは優れた研究者にあって初めて可能なことなのである。
 優秀な若手講師の魅力的な講義を聞く思いがあった。きわめて読みやすい書である。初学者はもちろん,教える立場にある方々にもご覧いただくことをお薦めする。
A4変・頁136 定価(本体4,000円+税) MEDSi


神経心理学の実地臨床に役立つ1冊

神経心理学 臨床的アプローチ 第2版
Kevin Walsh 著/河内十郎,相馬芳明 監訳

《書 評》山鳥 重(東北大教授・高次機能障害学)

 神経心理学のスタンダードな教科書の1つとして広く読まれてきたWalshの「神経心理学」第3版(原著の出版は1994年)の邦訳が完成し,このほど出版された(邦訳では第2版)。第1版が日本で出版されたのは1983年(原著は1978年)だから,14年振りである。
 この間の神経心理学の進展を反映して,本書も大きく内容が書き改められ,さらに新しい章が2つ付け加えられている。
 著者は心理学出身だが,神経解剖学や臨床神経学など医学的側面の重要性に配慮し,大脳解剖学を座標軸に据えて,神経心理症状の記述を進めているのが本書の大きな特徴である。この基本的立場にたって,本書の中核部は前頭葉,側頭葉,頭頂葉,後頭葉,大脳半球機能の非対称性,間脳(本書ではインターブレイン)の順に症状がまとめられ,その後で神経心理学的評価にかかわる具体的な問題が取り扱われている。臨床家にはたいへんなじみやすい構成である。
 大脳病巣と認知症状をお互いに相関させつつ,一方で一般的な問題として心理過程の神経基盤を解明し,他方で目の前に立っている1人の患者の認知障害を立体的に理解して,治療(あるいはリハビリ)の方略を模索する,というのが臨床神経心理学の責任である。ところが,この2つはなかなか1つに収歛しない。なんとなくどちらか一方へ傾いていくきらいがある。しかし,前者に集中すると,認知心理学になってしまい,患者は蒸発する。後者に集中すると,手探りの臨床実践家になってしまい,体系化への道筋は失われる。視野を広くして,視線も複合的なものにしないと,この2つの目的をバランスよく追及するのは難しい。
 評者の理解では,本書はこの2つの方向がある程度うまく混ざりあっているように思われる。

症状をある機能系の中でとらえる

 本書の基本はLuriaが強力に提唱したシステム的アプローチである。随所に症状をある機能系の中でとらえることの重要性が強調されている。が,決して1つの立場を押しつけることはせず,神経心理学が有しているさまざまな考え方にも目配りがきいている。例えば臨床神経学が育ててきた症候群的な捉え方も,きちんと紹介されている。

神経心理学における評価の問題についての示唆も

 神経心理学では評価が重要で,多様な機能を見るためにさまざまなテストが考案され,考案され続けている。しかしテストのプロフィールというのは,ある種の抽象概念であって,そこから患者を彷彿させることはできない。しかも,テストは狙った機能を検出するだけで,それ以外のことにはまったく無関心である。この分野の臨床経験のある人なら誰でも納得することだが,復唱機能を調べなければ伝導失語は決してみつからないし,左手でのゼスチュア能力を調べなければ,脳梁離断症状は決してみつからない。その辺の事情をWalshは,「純粋に量的な神経心理学的評価へのアプローチにはほぼ共通してみられる重大な欠点の1つは,情報が失われてしまうことである」と述べている。あるいは「脳のある機能に障害があるかどうかは,その機能を検査してみなければわからない」と警告している。
 また,最近の神経心理学では患者群をまとめて扱う量的なデータと,その統計処理による解釈が重視される傾向があり,1例研究だと「あ,症例報告か」と軽視される傾向がある。しかし,他の領域はいざ知らず,神経心理学においては単一症例はきわめて重要である。50人の失読患者の中に1人の純粋失読患者がいたとして,この統計処理からは1人の純粋失読患者の重要性は消滅するであろう。しかし,10年に1人の少数であっても,純粋失読の1例が正しく記載され,その意味が正確に解釈されるなら,そのほうが神経心理学には貢献するところが大きいのである。
 この辺の事情にも,Walshはしっかりと目を配っている。単一症例研究法という項目が設けられ,Shalliceの考えを引用している。
 「単一症例研究の結果が,グループ研究の結果のように,それによって1つの理論を支持したり批判したりするための証拠の1つのタイプとして広く認められるようになったのは重要である。認知神経心理学においては,個別症例研究は健常な機能に関するさまざまな理論を区別するための強力な証拠を提供してくれる可能性が高い」
 本書はエジプトのパピルスに記述された脳損傷の紹介から始まるが,Baddeleyのdysexecutive syndrome(遂行障害症候群)や,NearyらのDementia of the Frontal Lobe Type(前頭葉型痴呆),Fusterの前頭葉理論など,最近の新しい問題も取り上げられており,この点でも目配りが効いている。
 引用は広範で,複雑な事実が要領よく要約されている。実地の臨床家にとっては非常に有難い教科書である。
B5・頁440 定価(本体10,000円+税) 医学書院


漢方医学のスタンダードな教科書

症例から学ぶ和漢診療学 第2版 寺澤捷年 著

《書 評》花輪壽彦(北里研究所東洋医学総合研所長)

 真新しい本を手にする時,いつもわくわくした気持ちになる。
 この度,尊敬する富山医科薬科大学和漢診療学講座・寺澤捷年教授の名著『症例から学ぶ和漢診療学』の第2版(改訂版)が上祥された。本書の初版・第1刷は1990年で寺澤先生が和漢診療部の教授に就任された年であり,それまでの先生の学問的業績の集約を世に問う形で出版された。果たして,その斬新な切り口と優れて学際的な記述によって,またたくまに日本中の漢方医学研究者から絶賛された。年ごとに版を重ね1997年には第9刷が刊行されたが,簡潔・明晰な内容をみれば当然のことであった。
 本書があまねく読まれた理由の1つに,先生が漢方界から一目置かれた存在であったこともあげられる。「一目」置かれている理由とは,先生の学問的業績が抜きんでていることによるが,それだけでなく先生独特のユーモアのセンスであり,いわゆる有言実行型の人柄によるところ大である。あるいは「囲碁」に長けているためでもあろうか。
 先生は漢方医学の国際化にも尽力された。その学問的交流から本書は既に英語,ドイツ語,中国語,韓国語に翻訳されている。漢方医学書にとって初めての快挙であり,漢方医学を客観的な「学問」にするという先生の永年の労苦が報われた形となった。
 1993年には寺澤教授は和漢診療学講座を開設し,国際舞台でも華やかな業績と評価を得て今日に至っている。そこで先生はこの間の成果を踏まえ,初版本の全面改訂もお考えのようであったと聞く。しかし上述のように各国に翻訳されてしまったために,かえって全面改訂することに不都合が生じてしまったという。しかし私は本書はこのスタイルをぜひ堅持していただきたいと念願している。
 ともあれ今,初版と改訂版を改めて比較してみると,改訂版には工夫のあとが随所にみられる。まず2色刷にしたために大変読みやすくなっている。「臨床の目」に引用された文献が入れ替えられ,最新の論文成果を知ることができる。保険薬価収載の漢方製剤についての補足がなされ,診療の便宜が計られている。漢方製剤の適正使用について簡潔に整理されている。新たに第8章「証」決定演習が追加され,実際本書の内容が理解されたかどうかの確認ができるように工夫が凝らされている,などである。

漢方医学の正しい認識のために

 著者は改訂にあたって「本書が漢方医学の正しい認識のための1つの教材となることを期待している」と結んでいるが,まさに漢方薬の副作用や誤用が問われる昨今,漢方医学のスタンダードな「教科書」が求められている。本書が漢方医学を真摯に学ぼうとする医学生,薬学生,医師,薬剤師の必携の書となるに違いない。
A5・頁364 定価(本体4,600円+税) 医学書院