医学界新聞

【対談】 

家族性パーキンソン病
原因遺伝子発見

 Part 1

水野美邦氏
(順天堂大教授・神経学)
清水信義氏
(慶應義塾大教授・分子生物学)


 今春,慶應義塾大学分子生物学教室と順天堂大学神経学教室の共同研究において,遺伝性の若年性パーキンソン症候群の1つである,常染色体性劣性若年性パーキンソニズム(Autosomal Recessive Juvenile Parkinsonism : AR-JP)の原因遺伝子「パーキン」が突き止められ,注目を集めたのは記憶に新しい。
 そこで本紙では,清水信義氏(慶大)と水野美邦氏(順大)に,パーキンソン病研究の概要から,パーキン発見のプロセスやその特徴,今後のパーキンソン病の臨床や研究への展望など,大いに語っていただいた内容を2週にわたり報告する。
 本号(第1回)では,パーキンソン病研究の概要やパーキンの病理学的特徴などを,次週(2298号;7月20日)では,パーキン遺伝子発見の立役者となった「慶応BACライブラリー」や孤発性パーキンソン病との関連,さらに今後の臨床・研究の方向性などを中心に展開したい。

どのような疾患か

――まず初めに,AR-JPがどのような疾患かを教えてください。
水野 本症は比較的若年で発症するパーキンソニズムを主とする変性疾患の一部です。最も多いのは晩年発症のパーキンソン病ですが,それと違う点が2つあり,1つは,発症年齢が40歳以前を若年性と総称しますが,本症はその中でも特に発症年齢が早いグループで,20代で発症する方が多い。もう1つは,遺伝性に発症し,その遺伝形式が常染色体性劣性である点です。
 臨床症候は,晩年発症のパーキンソン病と本質的には同じであると思いますが,専門家が詳しくみると多少ニュアンスの違いがあります。例えば,高齢発症のパーキンソン病では振戦で始まる人が多いのに比べて,若年性は歩行障害で始まる人が多い,ジストニアといわれる姿勢異常が足にみられることが多いとか,睡眠や昼寝をすると自然に症状がしばらくの間よくなるなど症状の日内変動が目立ちます。それからL-DOPAを使い始めると,比較的よく効きます。そのかわりに不随意運動を起こしやすいとか,ニュアンスの違いがありますが,本質的には同じと考えていいと思います。

パーキンとは

ユビキチンと転写因子の融合

――AR-JPの原因遺伝子の特徴はどのようなものですか。
清水 今回突き止めた遺伝子と,そこから作られる蛋白質に「パーキン」という名前をつけました。遺伝子の塩基配列から考えられる蛋白質の構造を推定すると,分子量が5万1000ぐらいで,465個のアミノ酸からできています。普通の大きさの蛋白質ですが,その構造を見ると,パーキンにはN末端側に「ユビキチン」といわれる蛋白によく似た配列があります。また反対側のC末端側には,比較的新しく発見された転写因子に特徴的なドメイン「RINGフィンガードメイン」があり,RINGフィンガープロテインといわれるファミリーの1つです。つまり,パーキンは,ユビキチンと転写因子の融合蛋白という,新しいタイプの蛋白であろうと推測されるわけです。
 またパーキン遺伝子の発現そのものが,中脳の黒質で観察されます。まさにそこは,異常が最も発現している場所でもあります。それから,エキソン,イントロンという遺伝子のゲノム構造を考えたときに,この遺伝子は12個のエキソンからできていて,全体のサイズが500キロベース(kb),いわゆる塩基の文字数でいえば50万文字を超える,巨大な遺伝子であることも特徴の1つです。

パーキンの働き・機能

――この遺伝子自体はどのような働きを持つのですか。
清水 この遺伝子がつくるパーキン蛋白の機能に関しては推測の域を出ません。1つはユビキチンの作用と比べて推定しますと,ユビキチン自体はさまざまな蛋白質の除去に関係している蛋白であり,ある蛋白にユビキチンがたくさん結合していくと分解系に運ばれていくと考えられます。分解系すなわちプロテアソームの関与する経路がありますが,パーキンソン病一般や類似のアルツハイマー病でも,脳で活躍する神経の蛋白が沈着する問題があり,そのあたりとの関係が興味深いですね。
 それから,ユビキチン自身のもう1つの作用として,シャペロンといわれる分子のように蛋白分子の形を変えて活性を制御することも推測されます。もし転写因子だとすれば,転写因子としての蛋白の活性がユビキチンの部分で制御されている可能性が考えられます。
 一方,転写因子として神経細胞の中で,このパーキン自身が下流にある遺伝子,あるいは一群の遺伝子のスイッチオン・オフの制御をしている可能性も十分あります。
水野 この病型には,レビィ小体という細胞内封入体が出てこない特徴があり,専門家によってはそういうものをパーキンソン病と呼ぶことに異論もあります。それで,パーキンソニズムと呼んでいますが,黒質と青斑核が選択的に障害されることは紛れもない事実で,選択的な変性という点からみれば,成人発症のパーキンソン病と本質的には同じだと思います。レビィ小体が出てこない秘密が何かあると思うのです。
清水 このパーキンがレビィ小体の成分かどうか,いますぐにでも調べないといけないことだと思います。

パーキンソン病研究の経緯

研究の背景

――これまでのパーキンソン病研究の流れを教えてください。
水野 「MPTP」という黒質の選択的な変性を起こす物質が発見されたのをきっかけに,パーキンソン病は遺伝的な素因と,環境因子の相互作用で起きるのではないかと考えられるようになりました。それで遺伝的な素因を解析するために,多くの人が毒性物質を代謝する酵素や,活性酸素の代謝に関連した酵素の遺伝子多型をパーキンソン病について調べ始めました。そのとき,マンガンSODという酵素の遺伝子多型を調べていて,その変異型のホモ接合体と発症が完全に一致するAR-JPの1家系を教室の松峯宏人と松村晃絵がみつけたんですね。
 マンガンSODの遺伝子は,染色体6番の長腕にあることが以前から報告されており,その近くにこの疾患(AR-JP)の遺伝子があるのではないかと考えました。新潟大学の辻省次先生のグループでAR-JPの症例をかなり持っていらしたので,共同研究を行ない,連鎖解析でマンガンSODの遺伝子の近くにあることがわかりました。しかし,そこから遺伝子を取るというのは大きな作業で,われわれ臨床の教室だけではとてもできるような仕事じゃない。それで,清水先生の教室は非常にいい遺伝子DNAライブラリーを持っていらしたのでお願いしました。実際の橋渡しは,うちの教室の服部信孝君と清水先生のところの蓑島伸生先生で,2人は以前から別の遺伝子で共同研究をしていた関係で話しが進み,正式に私から清水先生にお願いして,うちの大学院生の北田徹君を清水先生の教室に留学させていただき,浅川修一先生,箕島先生,清水先生に,本当に手取り足取りのご指導いただいた研究です。
清水 先生がおっしゃったように,染色体の6番にありそうだという点は非常に重要なきっかけでした。さらに重要なことに,水野先生のところの松峯先生や服部先生が6番でもある場所に絞る研究をやっておられたことです。
 実際に遺伝子を取るためには,ポジショナル・クローニングをいかに素早く,要領よく行なうかということでした。最初のきっかけになったのは,マーカーDNAを探索していったときに,ある患者さんに1つのマーカーがみつからなかった,いわゆるデリーション(欠損)が示唆された点が決定的だったのです。それから2年間,北田君,浅川君,蓑島君らの夜を徹したジーンハンティングの努力が続けられ,欠損部位に相当する遺伝子をついに同定・単離したのです。その経過は後ほど紹介します。これは広島大の山村安弘教授が長期観察していた患者さんのサンプルで,大変貴重な貢献でした。

もう一度患者さんに立ち戻る

清水 実際にこれが原因遺伝子であることを証明するために,もう1回患者さんに戻って遺伝子変異があることと,どういうタイプの変異であるかをまず調べないといけません。
 それを行なうために,現在の常套手段として,エキソンをPCR法で増幅し,健常者と患者さんとの間の差異をみていくのです。そのためには,イントロンとエキソンの境界領域の塩基配列がわかっていないといけません。普通ですと,その塩基配列を決めるのに何か月もかかるんですが,BACクローンとcDNAの塩基配列をうまく組み合わせて,かなり迅速に境界領域の塩基配列を決めることができました。
 そして14種類のプライマーセットをデザインして,一挙に健常人と患者さんとを調べ,塩基配列が欠損している結果が出たのです。エキソンが5個欠損しているのが最初の患者さんで,あとの患者さん4名は,エキソン4だけが抜けているという,いずれもデリーションタイプの突然変異であることを証明できたのです。
水野 この遺伝子の変異があれば必ず発病します。ただ発病していても,まだこの遺伝子に異常がみつからない人もいるのですが,それはまた別の機序があるのではないかと考えていますが,別の遺伝子がみつかる可能性もあります。

臨床医の視点から見たパーキン

――AR-JP遺伝子発見のニュースを聞いて,水野先生はまずどのようなことを考えられましたか。
水野 ついにやってくださったという印象ですね。もちろん,いずれはできると信じてましたが。
 驚いたのは,この遺伝子は黒質だけではなく,一般臓器にも発現している点なのです。それなのに選択的な障害を受けるのは,ニューロメラニンを含む黒質と青斑核だけですので,黒質と青斑核の特異性がもともとあるのだなと感じました。
 それから,いままで遺伝子が解明された神経変性疾患はたくさんありますね。しかし,まだどれ1つとして神経細胞が死んでいく過程が克明に分子レベルで解明されている病気はないわけです。まだまだ道のりは長いと思いますが,この疾患で黒質の神経細胞が死にいく過程を,ワンステップずつ分子レベルで解明する研究をしなくてはいけない。それと並行して,われわれ臨床の教室として抱えている患者さんの多くは孤発性のパーキンソン病ですから,その解明にも役立てたいと考えています。
 また,この蛋白がなければ黒質が死ぬことは明らかですから,今度は通常のパーキンソン病の患者さんで,この蛋白はもともとはあるけれども,それがさまざまな異常で2次的に障害されていないかどうかを調べなくてはいけません。パーキンソン病でこれまでわかっていることは,細胞が死んでいく過程で,ミトコンドリアの呼吸障害や酸化的ストレスがあることです。そういうもので障害されやすくないかどうかという点から,パーキンソン病の研究にも役立てていきたいと考えています。それはα-synucleinについても,これは通常のパーキンソン病では正常ですが,2次的に変わっていないかどうか,何か他の蛋白と結合して細胞の機能障害を起こしてないかどうかなども検討がすでに始められているのですが,パーキンについてもそういう研究をしていく必要があります。そのあたりから分子レベルでパーキンソン病の研究が進めばいいと思っています。
 α-synucleinやパーキンに加え,第2染色体に連鎖した優性の家系が報告されているので,次の4―5年の間に7つか8つの遺伝子が加わってくるだろうと思いますね。そういうものがわかれば,相互作用もあるでしょうし,非常におもしろい展開になっていくと思います。

家族性と孤発性の関係

水野 アルツハイマー病やパーキンソン病,ALS(筋萎縮性側索硬化症)など「家族性」と「孤発性」と両方ある一群の病気では,家族性の背後に孤発性の大きなグループがあり,そちらへの発展が可能であるという,二重の意義やおもしろさがあると思います。ただ,そう道のりは簡単ではないと思うのは,このような一部家族性,大部分は孤発性という疾患の場合,家族性アルツハイマー病研究が最も先行していて,その次にALSのcu-znSOD遺伝子異常が発見されたのですが,そういう家族性で得られた情報がどのくらい孤発性の研究を推進したかというと,まだそれほどは大きくないのです。例えば,アルツハイマー病でプレセニリンの変異が起きると,培養細胞ではアポトーシスを誘導することから,孤発性でも細胞がアポトーシスで死ぬという研究に進展してはいますが,いまひとつ明確ではない点があるんです。
 それからALSも,cu-znSODの変異で前角の細胞に変性が起きることはわかっていますが,それはまだ孤発性ALSの発症機序に手掛かりを与えていません。ですから,パーキンでもむずかしいとは思いますが,もう少し先に進める気がします。黒質の細胞に特異性があり脆弱性があること,先行しているα-synucleinが,やはり孤発型のパーキンソン病の黒質でもアグリゲートを作って細胞質に沈着していることなどから,細胞内軸索輸送障害をうかがわせますし,レビィ小体に沈着しているし,そういう点ではもう少し早く孤発型の研究に何らかの成果が出てくるのではないかと思います。

患者さんの反応

水野 このパーキンのニュースは,患者さんに与える臨床的なインパクトも大きなものがありました。診察室とか手紙で患者さん自身から反応があって,「おめでとうございます」という反応に加えて,「私たちの病気を研究してくださってありがとうございます」という感謝の反応が結構あったんです。われわれが研究を進めるときはサイエンティフィックな興味からの場合が多いのですが,一方,今回あらためて,患者さんがいかに病気の解決を願っているかを非常に強く感じました。
 臨床教室で研究する者の視点として,病気の解明と,それから病気の進行を予防する薬物の開発,そういう視点をいつも心のどこかに持っていなくてはいけないことを感じた次第です。
清水 私たちの基礎教室にもたくさんの問い合わせがありました。皆さん研究の成果が1日も早く治療に生かされることを望んでおられました。

nature誌のレビューから――
ユビキチンをめぐって

――本研究が掲載された『nature』誌(4月9日付)の中で,アメリカ国立ヒトゲノム研究センターのR.Lナスバーム氏が指摘されたのは,どういうことでしょうか。
清水 1つは,レビィ小体における蛋白の分解とユビキチネーションの関係をいっているのでしょう。
水野 そうですね。例えばレビィ小体にユビキチンが強く発現しているとすれば,この蛋白ができてもレビィ小体のほうにいってしまって,それでパーキンソン病でも相対的に,使い得るパーキン蛋白が減ってくるようなことが細胞質ではあるのではないかと書いてありますね。そういったことを今後調べる必要があるだろうと述べています。
清水 自己矛盾といいますか,AR-JPに限ればレビィ小体はいままでのところ観察できていません。しかし,ユビキチンで分解系に運ばれる可能性が十分にあるのです。
水野 おもしろいのは,レビィ小体を免疫染色すると,ユビキチンが発現しています。
清水 レビィ小体にユビキチンがたくさん存在するんですね。そこに「ユビキチンネーション」といって,ユビキチンがたくさん結合した形で運ばれてくるのではないかと考えられます。しかし今回のパーキンの頭にくっついているのは,いわゆる典型的なユビキチンとホモロジーが6割ぐらいですから,そのものずばりではありません。
 ただし本物の場合と同じように,リジン48というアミノ酸があって,そこにユビキチンの枝葉がついていく部分は持っています。パーキンにユビキチンがたくさん結合しているという証明はまだ行なっていませんので,そこはこれからの問題です。
水野 推測としては,この病型ではユビキチンドメインを持つ蛋白が欠失していますから,もしかしたら,それがレビィ小体ができない理由かもしれないかな,と想像していま。そう考えれば,「レビィ小体がないからパーキンソン病と言ってはおかしい」という理屈は成り立たなくなります。そのあたりも興味あるところです。
清水 レビィ小体は,実際には組織染色で染まるものをいっているだけですか。それとも,さきほどのユビキチンの抗体で染まるのは確認されていますか。
水野 ヘマトキシリンでエオシノフィリックに染まるのはわかっています。ユビキチンでやると,もう少し小さいといいますか,ヘマトキシリンではきれいには染まらないものまで染まってきます。それからα-synucleinで染めると,レビィ小体の前駆体のようなものまで染まってくるんです。いまのところはα-synucleinの抗体で染めるのがいちばん敏感のようです。
清水 そこにパーキンが同居しているかどうかですね。
水野 それはこれからすぐにでもやりたいところです。それにはいい抗体がなくてはいけなません。いま一生懸命作っています。もう少しで結果が出るだろうと思いますが,まだチェックができていません。

次週につづく