医学界新聞

【鼎談】

ブレインアタックと「脳卒中学」

その現状と展望

松本昌泰氏
(大阪大学医学部・
第1内科)
山口武典氏
(司会/
国立循環器病センター
病院長)
岡田 靖氏
(国立病院
九州医療センター・
脳血管内科)


日本における脳卒中の現状

新しい治療学問としての脳卒中

山口 脳卒中は昔から日本では非常に多い病気で,以前は「国民病」とまで言われていましたが,最近では関心はそれほど高くなくなっているように思います。それではいけないと,最近また脳卒中対策がクローズアップされ,研究費を増やす,あるいは脳卒中の専門家を養成するようなシステムを作らなければいけないとの声があがりつつあります。
 今日は,最近“ブレインアタック”という言葉で話題になっております脳卒中の現状と問題点をお話しいただき,今後のあり方などを考えていきたいと思っています。まず最初に,日本の脳卒中が現在どのような状態にあるかにつきまして,松本先生からお話しいただけますか。
松本 最近は死亡に至らない脳卒中が増えてきたというのが実感です。特に脳出血では,大出血は減少しましたが,軽症脳卒中の多い現在でも,脳卒中はわが国の死因の第2位で,諸外国,欧米諸国を見ましても3位以内には入っているという重大な疾病であることに変わりはありません。しかも,単一臓器の疾病と考えた場合には第1位となります。
 加えまして,脳は人間の人間たるところを決めるところですが,それを冒すもので単一臓器の疾病による死因の第1位というのは,きわめてインパクトのあることだと思います。事実,死亡総数の2割弱を占めていますし,入院原因の第2位でもあります。それのみならず,寝たきり老人の約4割を脳卒中が占めると言われています。
 さらに,脳卒中発作後も障害を持ちながら生きるという,きわめてつらい状態が長期にわたって持続し,また医療費もかさみます。事実,現状でも医療費の1割弱を占めています。キュアとケアの問題が,慢性疾患が増える中で特に言われていますが,脳卒中というのは訪問看護利用者の4割を占めるといった,社会的な問題も含んでいます。21世紀に向けて,日本は世界にも稀にみる速さで超高齢社会となり,2020年には4人に1人が高齢者という時代を迎えます。すなわち,高齢者に多発する脳卒中は21世紀の日本の健康問題を考える上でもますます重要度を増す疾病であろうと思っています。
山口 今,高齢者の話が出ましたが,逆に若年者に脳卒中が起こった場合,これもまた非常に大変なことになるのではないでしょうか。若い人で起こった場合には,一家の大黒柱が完全障害者になってしまうという恐ろしい病気です。しかしながら,それほどまでに国民の関心がないように思います。岡田先生は,このような脳卒中の現状をどうお考えですか。
岡田 死亡率が下がってきた最大の原因は,1950年代以降にすぐれた循環器病薬が次々と開発され普及してきたことにあると思います。また,同時に日本人のライフスタイルも変化して塩分摂取が下がり,ヘルスケアも充実して高血圧を放置する人が減少しました。これらの要因により重症脳出血が激減し,脳卒中の死亡率の減少に直接反映されたのだと思います。
 しかし,脳卒中も脳梗塞と脳出血とでは,今や3対1ぐらいの比率で脳梗塞の割合が高くなっています。脳卒中の予防に関しては,死亡率が下がったことから,一般の方には何か問題が解決したようなイメージを与えているのではないでしょうか。実際には,脳梗塞の発症は必ずしも減少していませんし,将来的には増加するという予測もあります。また,脳梗塞の発症年齢が以前の脳卒中に比べて高いものですから,高齢者の最後の病気と言いますか,何かそういうあきらめの雰囲気を漂わせる疾患としてとらえられているような気がします。
 しかし今,脳梗塞に対して新しい治療の糸口がみつかった,そういう時代ですので,そこにもう1度フォーカスを当てて,その疾病の分布の変わった脳卒中を改めて皆に問うて,新しい医療体制と言いますか,治療学問として確立する時代なのではないかと思っています。

診断法と治療法

山口 最近日本でもそのあたりのことが話題になりつつあるのですけれども,アメリカも同じような事情があるようですね。新しい治療法の開発によって,「治るんだ」という考えで研究しているにもかかわらず,アメリカでも研究費はきわめて少ないというのが現状のようです。「Stroke」の3月号の表紙に出ていた言葉が非常におもしろいと思うのですが,“First in disability,third in death,last in funding”というんです。ですから,同じようなことが世界中で言われているんだな,と思いました。いろいろなテクノロジーの発達によって診断技術は進歩し,新しい治療法もできつつあると思いますが,松本先生,特に目新しい診断法としては,まず何をあげたらいいとお考えですか。
松本 私は昭和51年の卒業ですが,医師になって以来最もインパクトがあったのはまず何と言ってもCTスキャンの登場であり,その後の画像技術の進歩です。と申しますのは,それまでは脳出血と脳梗塞を区別することさえ残念ながら十分にはできていなかったわけですが,CTスキャンの登場で,少なくとも出血に関しては非常に感度よく鑑別できるようになり,両者を区別した治療的対応が進むことになりました。
 しかし脳梗塞に関しては,もちろん臨床的に診断していくことは可能ですが,通常不可逆的な病変ができてからでないと診断できませんでした。それが,PET(ポジトロン放出断層撮影)やSPECT(単一光子放出CT)などが相次いで登場し,梗塞巣形成に至る前の脳循環代謝の変化が計測可能となりました。さらに最近のMRI(磁気共鳴画像)の進歩は著しく,中でも最も大きなインパクトを与えつつあるのがMRI拡散強調画像法です。この方法の登場により,まだ可逆性を残す非常に早期の段階でも,虚血病巣の診断を可能としました。これが特に「Science」で取り上げられ,いわゆる“ブレインアタック”という言葉の出現をみる1つのきっかけとなりました。超早期の治療可能な段階ではっきりとそのターゲットをみることができるというのは,きわめて大きなことであろうと思っています。昨年の「Ann. Neurol.」誌上では,「MRI拡散強調画像は,心筋梗塞における心電図の登場に似た役割を果たすのでは?」と題した論評も見られます。
山口 拡散強調画像が現れて,以前はどの程度の広がりの病巣があるかがわからなかったものが,きわめて早期からわかるようになった。ある意味では,心筋梗塞における心電図のように利用できる検査法であるということです。
 時を同じくして,あるいはそれより少し前でしたか,脳梗塞ではごく早い時期に閉塞した血管を開通させればよいのではという考え方が,リバイバルのような形で出てきました。その基となったのは診断技術の進歩だろうと思います。
岡田 今,日本の保険適用で認められている血栓溶解薬は,ウロキナーゼ6万単位の点滴静注法です。発症5日以内に約1週間使用可能ですが,実際そのように使用しましても治療効果がみられる例は多くありません。薬理学的にも静注で血栓を溶解するにはまったく不十分な量です。
 日本では非常に早い時期に,山口先生がこの血栓溶解薬を,梗塞が完成する前に大量に使ってみてはと,当時の治験薬の組織プラスミノゲンアクチベータ(以下t-PA)を使って血栓溶解を試みたところ,それほど出血性梗塞の頻度をあげずに有効な成績が得られました。その後,同じようなトライアルがアメリカでも行なわれましたが,臨床病型や閉塞血管を最初に確認した日本の治験のほうが上だったと思います。それは超早期脳梗塞に対する治療として,新時代の扉を開くことになりました。
 ちょうど虚血性ペナンブラ(半陰影)という言葉も登場して,治療は梗塞が完成する前に行なうという新しい発想につながったと思います。でも,患者さんの中には“ブレインアタック”という言葉を聞くと,まずクモ膜下出血のことを思い浮かべるようです。「頭が痛い」というのがブレインアタックだというわけです。そうではないということの啓蒙も必要だと思います。
 また,医療側も狭心症らしき訴えがあれば必ず心電図を取りますが,一過性の脳虚血発作で来た人が「今は症状がない」と言えば,後日の検査予約になることが多いようです。やはり,緊急を要する対処が重要なのだと,医師や一般の人たちにも知っていただく必要があると思います。

脳卒中は救急医療の対象に

脳卒中患者への対応は

山口 新しい診断技術が発展して,非常に早い時期に病巣がとらえられるようになり,それと時期を同じくして新しい血栓溶解薬であるt-PAが出現して,いくつかの治験の結果,よい成績が得られたというお話しでした。ということは,今までは「脳梗塞は起こったらしかたがない」という考え方が強かったということに対して,ものすごいインパクトを与えたのではないでしょうか。それがきっかけとなって,外国では脳卒中をブレインアタック,メディカル・エマージェンシーとして取り扱おうという気運が出てきています。
 ところで,脳卒中をみるにあたって最も必要なテリトリーというのはどこと考えればよろしいでしょう?
松本 脳卒中はもちろん脳血管障害で,その原因は血管系が詰まるか破けるかです。その意味では,血液の流れ,血管壁,そして血液そのものの性状といったことについて,当然ながら常に思いを馳せる必要があるわけです。
 先ほどのCT,あるいはMRI等でみるのは病巣です。病巣からもある程度原因を推定することはできますが,メカニズムとして血栓性か,塞栓性か,あるいは血行力学的なものかといったことを考えながら治療をしていくことが必要かと思います。特に血液では,血栓と止血にかかわるような分子マーカーがわかってきていますので,それらも当然ながら計測し,治療指針に役立てていくことになろうかと思います。
山口 今のお話では,ある意味での血液学的な知識と,循環器学と言いますか,心血管の状態についての配慮が必要だということですが,もし脳卒中の患者が来た時には,具体的にはどのような検査をすればよろしいのでしょう。
岡田 私は,山口先生の下で脳卒中に関する知識を諸々と学んだ後に,福岡県で最初に「脳血管内科」というのを1989年に作りました。そこではどのような検査をするのかをパンフレットにして配ったのですが,その中に明記した脳に関する検査は,CT,MRI,脳血流シンチグラフィ,脳波,高次脳検査(神経心理検査)といったもので,ルーチンに行なっています。
 また,心房細動から起こってくる脳卒中の約4分の1は発作性心房細動ですので,たとえ心房細動のない人でも必ずホルター心電図を取っておりますし,心エコーで弁あるいは心臓の動きを診ています。あとは頚動脈のエコーも必要だと思います。もちろん血液では危険因子の診断のための血糖,コレストロールの他,ヘモグロビンA1C,止血血栓,特に凝固系を一般の検査に含めて行なっています。
山口 今の岡田先生のお話では,とにかくその原因になる臓器や病態をいろいろ調べなければいけないということです。それにはまず血管の状態をみることが大切ですね。以前は,血管撮影しかなかったけれども,最近,非侵襲的あるいは低侵襲的な検査ができるようになりましたので,まず第1次選択としては超音波ドプラ法で頚動脈をみる,あるいはTCD(経頭蓋ドプラ法)で頭蓋内の脳動脈の血流状態をみるということになるのでしょうか。

脳梗塞とt-PA

山口 先ほどのt-PAですが,発症後3時間以内の脳梗塞であれば経静脈的にt-PAを使ってよいという,アメリカのFDA(食品・医薬安全局)の認可が下り,それと並行して,特に日本では経動脈性の選択的t-PA療法も行なわれています。しかし,これは今のところコントロールドスタディがないので,本当にいいのかどうかということは明らかではありません。
松本 脳梗塞をみる時には,どのようなメカニズムで起こってきているかを見きわめるためにも各種の検査が必要であると岡田先生が述べられましたが,その通りですね。一方で時間の制約という問題があります。虚血性脳神経障害を最も大きく規定する要因は,虚血の深度とその持続時間です。この持続時間をどう短くするかということがきわめて大きな課題としてのしかかってきます。したがって,患者さんがどれぐらい早く来院しているか,またどの時点で治療を開始するかでずいぶん違ってくると思います。非常に早い段階で脳塞栓症等が疑われた場合は,当然ながら血管撮影も早期にされるでしょうし,そうした時にはやはりインターベンショナルな治療ということを当然視野に入れるべきです。
 脳卒中の場合の一番の問題は,臨床病型それぞれに応じて治療が異なることですが,その鑑別に時間を浪費しすぎることは避けなければならないことです。そういう意味では,経静脈的なt-PA投与がスタンダードになるでしょうし,症例を選んで経動脈的に投与するのも,適応を誤らなければ非常によい治療法になると思いますが,適応基準をきちんと決める必要があると考えています。
山口 今後特に経動脈性の血栓溶解療法というのは,やはりコントロールドスタディをやっておかないことには万人を納得させるものにはなりません。ぜひ血管内外科をされておられる方にはそれをやっていただきたいと思っています。
岡田 私たちのところでは,現在NIH stroke scoreを使って重症度を判定し,中等度の神経障害のものを選んで実施しています。さらにCTでは,画像に早期の虚血所見がはっきりしないような症例を対象にしています。今は頚部のドプラが血管撮影をしなくてもベッドサイドでリアルタイムに取れるものですから,「これは内頚動脈系の塞栓症だ」とわかるものもあります。頚部ドプラで拡張期のフローがまったくなくて,CTをみると血栓と思われるhigh densityが血管構築に一致して,内頚動脈の先端から中大脳動脈水平部までべったりとみられる。こういう症例は,たとえ血管撮影をしても内頚動脈起始部のところでゆらゆらと造影剤が揺れているだけで非常にボリュームのある栓子がその先端に詰まっている確率が高い。これはむりやりに血管内外科手術で再開通させても予後が改善しませんし,かえって脳浮腫や出血性梗塞で致命率を高める危険性も指摘されています。ですから今は,そのような症例については血管撮影をせずに,従来の抗脳浮腫療法で様子をみています。
山口 「t-PAがいい」ということがアメリカで証明された,あるいはヨーロッパでもある程度の結果が出た。しかしながら,ただ何でもかんでも発症3時間以内であればいい,6時間以内であればいい,というものではないということを,やはり一般の方々には知っておいてほしいですね。
 急性期脳卒中の治療で,偽薬(プラセボ)に比べて明らかに効くという結果が出たのはt-PAが初めてだと思います。しかしながら現状ではやはり,時間だけでいうなら3-4時間というのがぎりぎりの線だろうと,私は思っています。私が以前実施したトライアルの時も4時間以内と,4時間以降で分けてみたのですが,4時間以降に使った分はまったく偽薬と差がなかったけれども,4時間以内では明らかに偽薬群との間に差が出ました。
 しかし,いくらそのような治療法が出てきても,患者さんが早く来ないことにはどうしようもないですね。今後,「脳卒中は治ります」というキャンペーンをしていかなければいけないと思います。現在のところ,脳卒中の患者さんは救急病院にしても,それほど早い時期に搬送されていません。

脳卒中は治る?

松本 なぜ早い段階で搬送されないのか。それに関しては,いくつもの要因があると思いますが,心臓と対比するとわかりやすいかもしれません。ハートアタックは,共通してかなりはっきりとした,しかもシンプルな症状が現れます。同時に,本人自身が「これはいけない」と感じるものですし,しかもその治療法に関しても世間に認知されています
 一方,脳卒中に関してはどういう症状の頻度が多く,またどういう症状があって病院に来るかを調べたデータが「Stroke」に発表されました。それによりますと,やはり意識障害が起こってしまうと,「これはだめだ」というので搬送されるのですが,その時期にはすでに浮腫とかいろいろなことが起こってきています。また,脳卒中を専門としていない先生ですと,脳卒中の初期の徴候を見逃す場合も多いようです。したがいまして,医師はむろんなのでしょうが,例えば糖尿病,心臓の病気,高血圧などを持ったリスクの高い患者さんに,普段から「こういうことが起こったら脳卒中のおそれがありますよ」ということを言っておかなければいけないのかもしれません。一過性の虚血発作の場合でも,本人も気づいていないし,まわりも気づいていない,また普段かかっている先生も気づいていないというようなことがよくみられます。
 心臓の場合,CCUでの治療は以前は常識ではなかったわけですけれども,心電図などにより診断確定が早くでき,それに対して抗不整脈薬や各種の治療法も進歩することにより,CCUでの治療がすでに常識となっています。また心筋梗塞では,心筋壊死による梗塞巣が形成されないように血流再開の治療を実施します。そういう方向に脳卒中もやっと進んできた段階だろうと思っています。
岡田 それにつけ加えますと,例えばかなり多忙な方が軽症の脳卒中で入院してきまして,「もう症状はほとんど取れてるから,今日帰らせてください」と言ったとします。その時に,「あなたの頭の中の,この脳梗塞の周りに今死ぬか生きるかという脳細胞があります。そのためには安静にして,この薬を使えば助かります」ともう少しわかりやすく説明してあげるといいと思いますね。そうすれば,「ああそうですか」と納得をするかもしれません。要するに,自分にとって最も大事な臓器の一部に生きるか死ぬかの場所があるということで,急に怖じ気づいて安静を保つというようなことがあります(笑)。
松本 もう1つ,脳卒中というのは脳を冒す疾病であるだけに,社会活動をする上で診断名をつけられたくない,と恐れられてもいます。脳以外のところですと,自分の部品のように「そこがやられるといけない」と,実際的にはその人自身の脳がまず考えます。ところが,その考えるべき脳がやられるわけです。脳卒中の症状としては,無症候から非常に重いものまでかなり大きな差がありますし,初期の段階で治療をすれば何ら社会的支障がないという疾病にすでになっているのですが,脳卒中という病名,これは過去からそうだろうと思いますが,「治療法があまりない大変な疾病」との認識が強い。したがいまして,社会的差別の対象になる可能性があり,「自分はそういう対象になりたくない」という意識があるように思えます。
山口 昨年の脳卒中協会のシンポジウムで,イギリスの方だったと思いますが,イギリスでも脳卒中というのは非常にレベルの低い人の病気,心臓病はレベルの高い人の病気という認識があって,「脳卒中が起こったら馬小屋に寝せておけ」というぐらい軽くと言いますか,下にみられる,というようなことを言っておられましたね。

ストローク・ケア・ユニット

早期来院をめざすには

山口 確かに脳卒中の後遺症をみると,メンタリティの落ちてくる人もいるし,動きも悪くなります。例外もありますが,心筋梗塞は回復したらスッと元に戻れるわけですから,そういう見た目からも,先生が言われるように脳卒中はどうも人に言いたくないというようなところがあったのかもしれませんね。
 では,これが治療できる時代になったわけですが,少しでも早く治療するためにはどうすれば最も効果があると思われますか。それには,まず患者さんが早い時期に来院する必要があるのでしょうが。
岡田 “ブレインアタックのキャンペーン”が必要だと思います。そしてそれを受け入れる受け皿が必要です。心臓のCCUに対応するストローク・ケア・ユニット(stroke care unit SCU)といった,きっちりしたものがないといけないですね。日本で初めてSCUという名称のユニットを作ったのは,国立循環器病センターだったと思いますが,そのSCUは,いろいろな画像機器を備えていることはもちろん,脳血管内科医と脳血管外科医がチーム医療をする。そういった施設の充実が今後望まれます。また,患者さんの早期来院に必要なこと,大事なことと思えますのは病診連携です。
 私は,福岡市で脳卒中を専門としていない実地医家の先生方と「福岡CVDカンファレンス」という脳卒中の勉強会を開いています。その会報を地元の医師会報にも載せているのですが,そこにはいつもちょっと目につく副題をつけています。例えば,眼科の先生方に向けては「目からウロコの脳卒中」としたり,耳鼻科には「めまいで始まる脳卒中」ですとか,「めまい・ふらふらの,これが脳卒中だ」と,目を引くようにして呼びかけています。そういった啓蒙というのも,一般の市民の方に加えて必要だと思います。
 また,病診連携ですから急性期治療や精密検査は専門病院で行ないますが,1次,2次予防は投薬も含めて,必ずかかりつけ医の先生に紹介しますし,慢性期のケアはリハビリテーション病院,在宅ケアは福祉,保健婦というように,地域との連携を重視しています。これからの脳卒中の医療は,1つの病院で完結することは無理だと思いますので,病診連携を軸としたつぎめなきケア(シームレスケア)が重要ですね。
松本 同感です。心臓病を専門にしている先生方はよく,「現役の社会人がかかる病気が心筋梗塞,つまり心臓の病気だ」とおっしゃいます。ところが,脳卒中はリタイアされた方がなることが多い。しかしながら,特に日本のように比較的親子のつながりが残っている国では,親族に脳卒中が発症すると本人の苦痛のみならず,家族全員がそのケアに疲れてしまうことが考えられます。そういう意味では,勤務している社会人にとってもインパクトのある病気でもありますし,今後はケアシステムですとか救急搬送システムの重要性を認識していただいて,システムを作っていきたいですね。
 それから欧米では特に,神経内科や心臓内科の先生方が一緒になって,ブレイン&ハート・カンファレンスを開いていますが,日本でもそのようなクロストークが必要と考えています。
 脳卒中は,神経疾患と循環器疾患の間に位置する病態であるのみならず,多くの科にまたがる疾病でもあるのですが,その重要性にもかかわらずこれらの関連する科の間に埋没する危険もはらんでいます。そのため,最近では欧米でも,疾病を対象とした糖尿病学などと同様に脳卒中という本体を扱うべき学問として「脳卒中学(strokology)」が提唱されており,その定義は「脳卒中を扱う臨床医学であり,神経学の知識を持ち,かつ循環器病学に精通して成り立つ(脳卒中,19:421,1998)」としています。今や日本においても,脳卒中の本体を直視して,どのように対処するかを,関連する各科の皆で考えていくべき時代だろうと思います。

経済的評価と科学的根拠

山口 これまでのお話をまとめますと,脳卒中というのはマルチ・ファクトリアルである。したがって,脳あるいは神経をみる人だけがみるのではいけない。かといって,循環器の人の脳に関する知識はそれほど多くないだろう。同じように,血液学の人は原因には関係があるけれども起こったことにはあまり興味がない,そういう現状を踏まえた上で,脳卒中を初めからきっちりみるためには,少なくとも循環器学と血液学,必要があれば外科的なテクニックを学ぶ人もいなければいけない。また,ストロークチームをストロコロジストという形で常に配置しておけば,脳卒中の治療は非常にうまくいくということになるかと思います。
 このSCUについては,「日本脳卒中学会」(6月24-25日,札幌市で開催)のシンポジウムでも取り上げられ,議論が展開されると思います。ところで,日本ではあまりはっきりしたデータがありませんが,世界の現状はどうなのでしょうか。
松本 欧米では,今までの医療的対応もすべてそうですけれども,何かことを起こしたり,検査法をする際には,常にコストベネフィットですとか,それをすることがどれだけ役立つかというしっかりとしたエビデンスを持って示します。それで証明しないことには気のすまない民族ですから。SCUは,欧米でもそれほど早くからあったわけではないと思います。しかし,SCUができてからは,それが果して治療において役立つのかどうかということへのトライアルは,すでにいくつか報告されています。
 その中には,「3か月での早期死亡が28%低下する」ことや「最終追跡時の死亡も明らかに低下する」こと。あるいは「SCUで治療すると寝たきり等の転帰が34%よくなる」と,脳卒中の専門誌を含めた国際誌に発表されています。つまり,SCUは確実に役立つことが証明されています。これにより後々の障害度を軽減できますし,危機管理を考える上でもぜひとも必要なことだと思います。
山口 ヨーロッパのSCUは超急性期から亜急性期まで,あるいはその少し後ぐらいまではそこで面倒をみるというシステムのようですね。早い時期にリハビリテーションを始めて,ある程度回復したらリハビリ施設に行くという,ヨーロッパの人がいう「脳卒中のシームレスケア」というシステムが非常に発達している。そういう意味から,1年後の死亡率が減少し,家に帰る割合も増えているのだろうと思います。
 今の日本の現状では,SCUで超急性期の治療を一生懸命やっても,その後のケアは十分なのかということも,今後考えていく必要があると思います。

チームで取り組む「脳卒中」へ

山口 脳卒中というのは1つのファクターだけで解決できるものではありません。脳卒中そのものをいろいろな面から検討する「脳卒中学」が必要になりましょう。それには専門とする医師も必要でしょう。内科的な考えの人も必要ですし,外科的な人も必要です。日本では多くの脳神経外科医が脳卒中をみておられますので,脳卒中を一生懸命みている外科系の医師は多いと思いますが,内科に関しては,脳卒中学会の会員は多いにもかかわらず,本当に脳卒中をみている人は意外に少ないですね。
 「何万人に1人」という病気の研究に一生懸命になるよりも,10万人に120人近くが亡くなる病気にもう少し目を向けてほしいというのが,私の以前からの希望です。そういう意味でも,内科の脳卒中専門家をもう少し育てていくべきだと思います。
 それから,「脳卒中科の標榜」の問題もあると思いますが,標榜したほうがおそらく患者さんにはわかりやすいのではないでしょうか。今後に向けて,患者さんには「ここに行ったらいいんだ」ということがわかるようにすること,ただ,これには法律の問題が絡んできますので,一概にすぐというわけにはいかない難しさがあります。
 そういう標榜化を含め,内科の脳卒中医と外科の脳卒中医,そしてリハビリテーションスタッフ,看護婦が一緒になって脳卒中に早い時期から取り組むというシステムを,何とか作っていかなければいけないと思っています。それにつきましては,行政などに少しずつながら働きかけをしているわけですが,なかなか簡単にはシステム化しませんね。脳卒中のチーム作りをして,拠点をいろいろな場所に設けて治療をしていくということが実現しますと,例えば医療費の削減にもつながることにもなりますし,いろいろな面でメリットが出てくると考えています。
 今日は,「脳卒中学」の現状とこれからの展望を語る中から,「脳卒中は治る病気である」ことが示唆されたと思います。今後は,この「脳卒中学」をもう少しポピュラーにしていくという意味で,脳卒中学会や脳卒中協会などで幅広いキャンペーンを,医師を含めてしていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。