医学界新聞

【インタビュー】

言語聴覚障害者の医療・福祉
-言語聴覚士法施行を前に-

立石恒雄氏
国立身体障害者リハビリテーションセンター
日本言語療法士協会副会長
柏木敏宏氏
協和会病院
日本言語療法士協会会長


 昨年12月,「言語聴覚士法」が成立した。同法は本年7月より施行の上,来年3月には第1回国家試験が実施され,「言語聴覚士」が誕生する見通しである。
 言語聴覚士とはその名称を用い,音声機能や言語機能または聴覚に障害のある方を対象に機能の維持向上を図るために,訓練や検査および助言,指導などの援助を行なう専門職である。リハビリテーションの分野では1965年に理学療法士(PT),作業療法士(OT)が法制化されているが,「言語療法士」,「聴能言語士」などと呼ばれてきたスピーチセラピスト(ST)だけは,資格の必要性は指摘されていたものの,業務内容や受験資格などをめぐって関係者の意見がまとまらず,法制化が遅れていた。
 現在,わが国には言葉になんらかの障害を持っている人が600万人いるとされ,その内の200万人には専門家による積極的な援助が必要と言われている。現在でも病院などで言語や聴覚の専門家が働いているが,大きく人数が不足しているのが現状である。今回の国家資格化により,人材の「質」と「量」が確保され,患者に対して十分な検査,訓練を提供できる施設が増えることが期待されている。
 本紙では,日本言語療法士協会の柏木敏宏会長および立石恒雄副会長にインタビューを行ない,言語聴覚障害をめぐる医療・福祉の現状,言語聴覚士法制定の意義,今後の展望などについて話をうかがった。


言語聴覚士とは

1万2000人以上のSTが必要

――PT,OTに遅れること32年目の国家資格化ですね。
柏木 ようやくPT,OT,STが揃ってわが国の社会保障制度に組み込まれることとなりました。STは教育機関で働いている教員を別にすれば,医療,福祉の分野に3000人程度いると言われています。
 ところが,わが国にはSTによる言語聴覚療法を必要とする障害者は200万人に上り,これらの方々のニーズを満たすには1万2000人以上のSTが必要と考えられます。現任者の数は必要数の約25パーセントときわめて少なく,単位人口あたりの数は米国の7分の1です(参照)。多くの言語聴覚障害者がコミュニケーション障害を抱えたまま困難な状況にあると推定されています。
 言語聴覚療法を十分に受けられない言語聴覚障害者とその家族の方々は,仕事が続けられなくなったり,日常生活が困難となったり,言葉の発達が促せないなどという社会的不利に日々悩み苦しんでいます。そのような不利や不安を軽減するためのシステムの柱として,今回言語聴覚士が国家資格化されました。
――言語聴覚士はどのような方たちに対して援助を行なうのですか。
柏木 まず,対象とする障害は,言語障害,それから聴覚障害です。何らかの疾患に起因する場合がほとんどで,特に初期の段階では医療と切り放して考えることはできません。
 言葉というものは,耳で聞いた言語音が脳にいって処理され,理解されて,どういうふうに話すかというのを頭の中で組み立てながら発声発音器官を動かし,それが空気の振動となって相手の耳に伝わっていくわけです。その過程の中で,どこに問題が起こっても障害が出てきます。
立石 大きく分けて言いますと,言葉を入力する聴覚に問題がある場合と,出力のほうの声や発音に問題がある場合,そして中枢の脳に問題がある場合に分かれます。
 脳は,脳血管障害や外傷により障害が起きます。先天的な知的障害を持つ方も言語の獲得に問題がありますから私たちの援助の対象になります。耳に関しては聴覚障害。話すほうに関しては音声の問題と発音の問題があります。また,発音の問題は,脳血管障害で中枢がやられて,器官は正常でも指令がうまく出ないから話せない場合と,口蓋裂や舌の腫瘍などの発音器官そのものに問題があったりとさまざまです。
柏木 そのような言語聴覚の障害を持たれている方に対し,言語聴覚機能の獲得または回復を図り,コミュニケーション能力や生活の質を高める業務(言語聴覚療法)を行なうのがわれわれSTです。

検査と訓練

――具体的な業務の内容とはどのようなものですか。
立石 まず,言語聴覚障害者の音声,構音,言語,聴覚が現在どのような状態かを検査し,明らかにすることから始まります。この検査結果は,医師や歯科医師が診断を下したり,医学的な治療・手術の方針を立てる上で重要な情報となります。
 医学的な治療・手術などによって機能が完全に回復した患者さんは,定期的な検査の継続や経過観察が必要となる場合を除き,訓練の対象とはなりません。医学的処置を行なっても機能の全面回復には至らない場合や,機能回復のための医学的処置が困難な疾患の場合にはSTが訓練を開始します。

ハンディキャップの軽減

立石 短期間の集中訓練で機能が回復し訓練が終了する場合もありますが,機能の維持や生活上のハンディキャップの改善を目的とする長期的な訓練・検査・指導を必要とする場合や,言語発達遅滞や聴覚障害などのように言語獲得のための長期訓練が必要となる場合もあります。
 機能回復が訓練の主目的ですが,必要に応じて,補助具(補聴器,人工内耳,人工喉頭,軟口蓋挙上装置など)や代用手段(コミュニケーション用の文字・絵カードやボード,ワードプロセッサーなど)を用いた能力代償の訓練を行なったり,家庭や学校・職場でのハンディキャップ軽減を図るために家族,教師,職場の上司や同僚などと面会し,環境調整のための指導などを行ないます。
――対象になられる患者さんたちの障害は,どのような疾患に起因する場合が多いのでしょうか。
柏木 それは多様です。脳に損傷を受けることによって生じる失語症という言語障害は,脳血管障害によって生じる場合が多いのですが,そのほかにも脳腫瘍や,交通事故などの外傷などにも起因します。
立石 脳卒中,脳腫瘍,頭部外傷などの脳疾患患者の出現率は年間55万人にも上り,そのおよそ10%が失語症を,また5%が構音障害(発音の異常)を生じます。
柏木 さらに,脳から発音器官に繋がる神経に何らかの問題が発生すると,例えば,脊髄小脳変性症であったり筋萎縮性側索硬化症,そのような神経の変性疾患でも起こります。また,発音器官の腫瘍を摘出しなくてはいけない場合もあります。舌癌などですと取ってしまうわけです。また,聴覚障害もさまざまな疾患に起因します。

国家資格化によって何が変わるのか

――言語聴覚士が国家資格化されたことにより言語聴覚障害への医療・福祉にどのような影響があるとお考えですか。
立石 言語聴覚障害者は,乳幼児から老人まで多岐にわたっています。ただ,私の理解するところでは,現在,病院で働いているSTの7割ぐらいの方は,高齢者や,脳卒中の後の失語症などの患者さんに対応しています。
 STに資格がなかったために,医療機関でSTを雇えばその部門は赤字になるのが実情です。しかし,脳卒中の後遺症の場合には,かなりの方に手足の麻痺の問題が起きますし,その何割かは言語障害を一緒に持っています。急性期を過ぎ,リハビリに集中しようと思うときに,言語障害を一緒に持っている方は,手足と言語のリハビリを一緒に受けたいというのが当然です。20年ぐらい前ですとSTはほとんど知られてなく,STのいない病院もたくさんあったのですが,徐々に知られてきました。「言語障害があったらSTのいる病院へ」と選択してもらえるようになりました。
 そこで,赤字部門であってもSTは有用であるということとなり,脳卒中後のリハビリ専門病院には比較的STが雇われやすいが,その他のところは,病院や医師側にかなりの理解がないと,雇われるのが困難いうのが現状なのです。
 この度の資格制度の成立で,STの業務や必要性についての理解も深まり,配置が促進されるのではないかと期待しております。

大きい地域間格差

柏木 また,現時点ではSTの配置に地域間格差が大きく,多くの地域で必要な言語聴覚療法を受けることができません(参照)。国家資格化によって地域間格差も徐々に解消されていくのではないかと思います。
立石 例えば,最近は眠らせた上で行なう脳波の聴力検査が全国的に普及し,重い難聴を持つ子どもの発見は容易になってきました。従来,耳の悪いお子さんは聾学校を頼りにしていました。しかし,1時間以内で通えるところに聾学校があるとはかぎりません。また,STもいない場合がほとんどです。そのために,引っ越さなければならないというようなことが,今でも起きているわけです。
 私どもは,人口が6万ぐらいの市には必ず1人か2人はSTがいて,老人もみて,子どももみることができるというふうになっていれば,障害を持つ方がかなり助かるだろうと考えています。
 また,STは医療だけでなく福祉のほうでも必要です。ところが,福祉の関係に「ぜひ置いてくれ」とお願いに行ったとしても,STというのは資格がなかったものですから,制度上の名称がありませんし,全然ないとは言いませんが,非常に理解が少ない。PT,OTには国が認める名称がありますから,何か施設をつくったときに「こういったところには理学療法を担当する人を置きなさい」といったことがすぐに理解される。どこかの施設を開設するときに,PTを2人雇う,OTを1人雇う,STも1人雇うということが当初計画されていても,実行段階になってちょっと削減しようというと,必ずSTを非常勤にしてしまうとか,削減してしまうことになっていました。
 要は,ST不足のほとんどすべてが国家資格をつくっていないことに起因していて,それを解決しないかぎり,当事者団体が独自に頑張っても,養成校を増やすことだって難しいし,職域を広げることも難しいというのが私たちの実感でした。

患者さんの声に支えられた資格化

柏木 患者さんの団体からも国家資格化を望む声は大きく,一刻も早く資格化を進めなければなりませんでした。ここ5―6年では全国失語症友の会連合会が非常に熱心に動いてくださいました。国会議員や厚生省に陳情をされたり,毎年,総会の決議に「STの資格を早く」ということを掲げてくださいました。
 また,人工内耳友の会の方々も非常に強く働きかけてくださいました。人口内耳は比較的新しい技術です。全く耳の聞こえない方に人工的な内耳をつくるわけです。手術後,聞こえのトレーニングが必要となりますが,これはSTでないとできません。ですから,患者さんたちにとっては死活問題なのです。
立石 新ゴールドプラン,障害者プラン,それに介護保険と,日本の社会保障制度がだんだん充実してくる中で,何を見てもSTが抜けていました。それで言語障害だけが置き去りにされているという危機感を障害者団体の方々もひしひしと感じられていたのではないかと思います。
柏木 患者さんの声援に後押しされて資格化が成りました。今後はそれに十分に応えていけるように,われわれもより一層の努力をしていかねばなりません。
――資格の内容については,満足のいくものですか。
柏木 私どもはもともと理学療法士・作業療法士法とほぼ同等の法律を作ることが早期制定のための道だろうと考えていました。言語聴覚士法が,関係者の努力によって,今の時代を反映したものにまとまったことに満足しています。
――今回の言語聴覚士法では「医師の指示のもとに」ということがSTの定義に入っていませんが,このことが持つ意味をはどのようなことでしょう。
柏木 われわれの法律の場合,口蓋裂など歯科医師がやっておりますから,「医師・歯科医師の指示のもとに」となります。今回の法制化では,それが言語聴覚士の定義から抜けたのです。このことが意味することは,例えば現在,PTやOTは福祉の領域にどんどん入り,実際に福祉の仕事をしているにもかかわらず,法律上(理学療法士・作業療法士法)では医師がいなければ理学療法士,作業療法士としての仕事はできないという矛盾が出てきています。この矛盾を言語聴覚士については回避できるということです。
 ですから,言語聴覚士法によって今の医療,福祉の性格が大きく変わるものではありません。ただ,福祉の分野での言語聴覚士の活躍が,より期待されてのことではあるでしょう。また,理学療法士・作業療法士法とのもう1つ大きな違いは,養成の形態が多様化していることです。規制緩和の流れに沿ったもので,大学や医療技術者の養成所で取った単位を認めようという趣旨が盛り込まれています。

重要な退院後のケア

――高齢社会の到来に伴い,医療・福祉の場は施設から地域へと急速にシフトしています。このような動きの中でのSTの役割についてはどのような展望をお持ちでしょうか。
柏木 地域におけるSTのニーズはよく指摘されています。
立石 たとえば脳卒中の方が病院で訓練を受けて,半年か1年で退院する。しかし,その地域の福祉施設にSTはまずいません。現在,失語症友の会などが頑張って,地域,地域に会を作り,そういったところが会場を借りて,土・日にSTに来てもらって,指導を受けたり,情報交換をしたりしています。しかし,それすらできない地域が多く,「地域で誰もみてくれないからもう一遍頼むよ」と医療に戻ってくる方もいます。しかし,医療機関ではそれを受けきれません。結局,STの絶対数が足りないのです。
 これからは医療機関でもSTの配置は促進されるでしょうが,医療費の高騰が指摘される時代ですから,短い期間で退院させなければならない。その後をみてくれるSTが,福祉の中で位置づけられていくことが,患者さんにとっては非常に重要になってくると思っています。
柏木 多くのニーズはあるのですが,今までは十分にそれに応えていけるだけのSTがいなかった。医療や福祉の計画にもSTが位置づけられなかった。今ようやく私たちが本来の力を発揮すべき時がまいりました。必要数を満たすための養成には時間がかかる一方で,患者さんのニーズは日に日に増大していくことでしょう。国家資格化がなされたこれからが正念場です。
――本日はありがとうございました。

(了)