医学界新聞

緑茶成分theanineの制癌剤効果増強
第89回アメリカ癌学会印象記

佐塚泰之 (静岡県立大学薬学部)


癌研究の最先端の国際会議

 (財)金原一郎記念医学医療振興財団の第12回研究交流助成金を得て,本年3月28日から4月1日まで,アメリカ合衆国ニューオリンズで開催された「第89回アメリカ癌学会」に出席し,発表を行なった。この学会はその名称からもわかるようにアメリカ国内の学会であるが,アメリカ以外からも約45か国の出席者があり,また発表者の国籍も多岐にわたり,まさに癌研究の最先端の国際会議といった様相を呈している。今回も一般演題約4500題,招待講演,シンポジウムは約200題を数え,非常に多種多様なテーマが報告された。この会議には数年来参加し,発表もしているが,いずれの都市もこの巨大会議を単一の会場で開催できるだけのコンベンションセンターを有しており,宿泊や会場へのアクセスを含めた受け入れ体制は日本の比ではない。
 一般演題の多くはポスター発表となるが,この会場がまた広く,1度に約400もの演題が発表されるにもかかわらず,日本で行なわれる学会のように人ごみをかき分けて,といったこともなく,いたるところで活発な討論がなされている。また,今回の学会では,ポスター会場の一部にコンピュータが20台設置され,参加者は自由にE-mailを送ったり受けたりできるようになっていた点にはアメリカの先進性を見る思いがした(写真下)。
 この学会に出席していつも感心することの1つに,その会議時間の長さがある。1日の会議は朝7時の教育セッションより始まる。150-400人収容の10会場以上でさまざまな分野の総説講演が行なわれるが,開始時間には座れない会場も出るほど参加者は熱心である。そして,午前8時から各シンポジウムとポスター発表となり,終了は連日午後9時前後,日によっては午後11時になることもある(懇親会の終了時間ではない。講演の終了時間である)。
 本学会は癌に関連した多岐にわたる分野の最先端の研究が発表されており,とてもすべてをカバーし,かつ理解するのは不可能である。したがって,以下に筆者らが今回発表してきた研究成果を記述させていただくとともに,筆者の専門分野であるdrug delivery systemとbiochemical modulationに関連したいくつかの興味深い報告に関して述べさせていただきたい。

緑茶が制癌剤の効果を増強

 筆者は数年来緑茶に含まれるアミノ酸であるtheanineに制癌剤Adriamycin(ADR)の抗腫瘍効果を増強する作用がある一方,ADRの副作用を軽減することを明らかにしてきている。近年,種々の薬理作用が報告されているカテキン類が緑茶だけでなく紅茶などにも含まれるのとは対照的に,緑茶のうまみ成分であるtheanineは,紅茶やウーロン茶等には含まれない。
 このtheanineは腫瘍細胞からのADRの流出を阻害することにより腫瘍中のADR濃度を維持し,ADRの抗腫瘍効果を増強する一方,正常組織ではむしろADR濃度を低下させ,副作用を軽減する。これまでの研究では以上の現象はADR感受性腫瘍において確認されているが,今回の発表では,これを耐性腫瘍にも適用し,その有用性を明らかにした。
 P388白血病細胞に対しADRは抗腫瘍効果を示し,theanine併用はこの効果を増強した。一方,P-glycoproteinの過剰発現が認められるADR耐性P388白血病細胞に対しては,ADRはまったく抗腫瘍効果を示さない。これにtheanineを併用すると感受性腫瘍に対する効果に匹敵するほどADRの抗腫瘍効果は増強される。これは,腫瘍中のADR濃度から裏づけられており,in vitro実験から,いずれの細胞においてもADRの流出を阻害していることが明らかとなった。今回使用したP388白血病細胞にはP-glycoproteinの過剰発現は認められておらず,theanineの作用は耐性腫瘍起因の部分によるものでなく,感受性腫瘍と共通の制癌剤輸送系にアタックしている可能性が示唆された。これまでの腫瘍細胞からの制癌剤流出阻害の研究は耐性細胞においてのみ行なわれていると言っても過言ではなく,したがって,阻害剤は耐性腫瘍ゆえのポンプ系に作用するものに限られていた。筆者らの研究概念はその点からも新しいものであり,このポスター発表に対し,4時間の質疑応答時間に数多くの質問を頂戴した。
 欧米人にとって緑茶は東洋的で不思議なものに映るらしく,「Food(食品)であるのにMedicine(医薬品)のようで……非常にミステリアスである」といった質問もあった。食品中に制癌剤効果増強作用を見い出したことにより,患者の負担軽減を評価して下さった方もあった。

リポソーム

 近年,欧米では相次いでリポソーム製剤が認可されており,そのほとんどは制癌剤を含有するものである。その関係でここ数年間,本会議でもリポソーム関係の発表が多かった。現在欧米で市販されているADR含有リポソームは,実際には制癌剤としてではなく,AIDS発症時のカポジ肉腫の治療を目的に認可されており,良好な成績をあげている。当然のごとく,この適応症を広げようとする試みがなされており,インターロイキン―2含有リポソームとの併用による耐性腫瘍に対する有効性や新規制癌剤PSC 833との併用による肺癌に対する抗腫瘍効果の増強,骨髄抑制をはじめとする副作用の軽減が報告された。
 リポソームは癌以外の分野では遺伝子治療の際,ウイルスを用いない安全なベクターとして近年さかんに研究され,その有用性が確認されつつある。基礎的な事項を含め,まだまだ検討しなければならないことも多く,本学会でも再びリポソーム関係の演題が増えることと思う。

リアルタイムでの制癌剤膜輸送の解析

 現有する制癌剤を有効に利用する手段として,前出のリポソームのような製剤学的方法の他に,筆者らが検討している制癌作用を有さない併用薬による方法がある。制癌剤耐性腫瘍の耐性解除に用いられるverapamilなどがその代表的なものであるが,その多くは耐性細胞のP-glycoproteinやmultidrug resistant associated proteinに作用することにより制癌剤の腫瘍細胞からの流出を阻害し効果を発揮する。
 このような薬物をスクリーニングしたり,種々の制癌剤誘導体の細胞膜透過性より有効な誘導体を検討したりする場合,腫瘍細胞からの薬物の流出を評価する必要がある。これをリアルタイムで解析するのはなかなか困難であったが,蛍光キュベット側面に制癌剤を取り込ませた腫瘍細胞を接着させ,ここに効果を見たい薬物を含む培地を入れ,スターラーで撹拌しながら,培地中の蛍光強度を経時的に記録することにより腫瘍細胞からの制癌剤流出をリアルタイムで測定・解析することを可能にした報告があった。このように腫瘍細胞における制癌剤の流入,流出に関する研究は耐性腫瘍以外ではまだ端についたところであり,今後の発展が期待される。
 この他にも興味ある発表が行なわれたが,紙面の都合で割愛させていただく。

ニュ-オリンズ

 学会が開催されたニューオリンズはアメリカ南部,ミシシッピー川河口に面し,ジャズ発祥の地として知られている。古きアメリカをいい意味でも悪い意味でも残しているように見受けられ,そこかしこでジャズの演奏が行なわれている。また,今回訪問した3月下旬という時期でもすでに25℃近くあり,夏の蒸し暑さはかなりのものだという。アメリカというと食べ物がおいしくない,とすぐに思ってしまうのであるが,ニューオリンズは牡蛎,クロウフィッシュに代表されるシーフードがたいへん美味であり,食べ物には困らなかった。
 今回,金原一郎記念医学医療振興財団研究交流助成金にて参加した表記学会はこれまでにもまして意義深いものであった。研究は現在も継続しており,ぜひ,次回の会議にも参加し,発表したいと考えている。