医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


痴呆ケアのもつれた糸をほどく視点

痴呆性老人の看護 五島シズ,水野陽子 著

《書 評》鎌田ケイ子(都老人研)

 痴呆老人の看護には,もつれた糸をほどく糸口をみつけるようなところがある。うまく糸口がみつからないと,ますます糸は絡み合ってしまう。
 たとえば,いわゆる問題行動の1つとしてとりあげられる弄便についてみても,周りの人は異常で,汚いことをしていると思ってしまう。そして,つなぎ服を着せて弄便行為をしないようにしていくことが一般的である。しかし,現象面からみれば確かにそのように見えるが,本人は身体的不快感から汚れたおむつを外そうとしているだけなのである。おむつを外そうとして手の動きが不器用であったり,便を適切に処置する方法がわからないので,周りからは便をこねているように見えるだけである。つまり,心は健康であるが,状況に適応して生活ができない状態にあるのだという視点に立てば,1つの糸口がみえてくる。痴呆老人は感情や情緒は健常者と何ら変わらない。ただ行動様式や行動の表現が健常者と異なる生活障害をかかえているという認識を持つことで,痴呆ケアの視点は大きく開けてくる。

痴呆と決めつけてはならない

 本書は長年の痴呆看護の経験をもとに多くの現場のスタッフが信頼を寄せている著者らが,前述した痴呆ケアの視点に立ってまとめられたものである。著者らは本書で,まず患者を「痴呆」と決めつけるのでなく痴呆かどうか見分けることの重要性を説き,3か月ごとに評価してケアに活かしていくようにする道しるべを示している。痴呆は単なる一時的な環境不適応から,難聴,失語,失認,失行,せん妄など多くの痴呆と誤認しやすい状況がある。そのため看護の立場から正しく「痴呆のアセスメント」をしていくことが大切である。このアセスメントが正しくなされないで,一度,痴呆の烙印を押されるとそれが一人歩きし,痴呆ではないのに痴呆患者として応対されてしまう。そして患者は本格的な痴呆化の過程をたどってしまう。このことはひろく高齢者看護にかかわるスタッフが陥りやすい落とし穴で,結果として高齢者の尊厳を損うことに手を貸してしまう誤りを犯したことになる。
 さらに痴呆ケアの実際について,本書は1つひとつの痴呆症状や問題行動に対する援助を具体的に述べてある。そればかりでなく,著者らが現場で長年試みている「回想法」についても丁寧に書かれているのが特徴である。痴呆については根治療法もなく病状が進行していくため,痴呆患者にかかわるスタッフは諦念に支配されやすい。何をしても変わらない,何をしても同じという思いはスタッフにやる気を失わせ,現場は最低限の対応に追われてすさんでいく。しかも現象面として現れる問題行動の対応に終始するのが現状であろう。しかし,周りの人が想像する以上に痴呆患者には残存能力や可能性が残されており,それらを上手に引き出してケアに生かしていけば,痴呆患者は生き生きとした生活を送ることができる。
 著者らは,米国で始まった高齢者が過去の出来事,昔の状況を思い出すことで,尊厳や心の安定を取り戻すことができる「回想法」を,看護の立場から現場で活用している。その経験を看護婦などが回想法を行なう手順の工夫として整理されている。

痴呆の正しい理解と適切なケア

 痴呆ケアは単なる問題行動などに対する援助のみでなく,家族が痴呆を正しく理解し,受容,援助するための支援が重要であり,そのこととともにターミナルケアについても言及されており特筆に値する。
 痴呆患者は老人病棟などの特別なところだけではなく,一般病院でも看護する機会が増えると思われる。多くの看護婦が痴呆ケアについての正しい知識を持って適切な対応ができるようにしていくために,本書は有用であると思う。
A5・頁192 定価(本体2,200円+税) 医学書院


看護・助産技術の有効性を分析

妊娠・出産ケアガイド 安全で有効な産科管理
マレー エンキン,他 著/北井啓勝 監訳

《書 評》小松美穂子(茨城県立医療大教授・看護学)

 本書は1500頁に及ぶ“Effective Care in Pregnancy and Childbirth”の要約(“A Guide to Effective Care in Pregnancy and Childbirth”)の日本語版である。本書の第1版は1989年に発行され,周産期の保健医療にたずさわる人たちや妊産婦に高い評価を得,広く利用された。第2版はその後の新しいデータを組込み書きかえられたものである。

看護・助産技術を証拠に基づく方法で分析

 実は筆者は勤務する大学の助産学の指定図書として,昨夏よりこの原本を学生に持たせている。この原本を指定図書に選んだ理由は,本書が助産婦の行なう看護技術,助産技術について証拠に基づく方法(evidence based medicine)で分析されているからである。
 このような分析はこれまでの教科書,または助産学に関する書物には見られないことであり,看護技術,助産技術をあらためて見直すことの必要性を学生に教えてくれるのではという期待からであった。そしてまた,看護・助産に関する技術はその有効性について確信を持った上で,提供することが望ましいということを知ってほしいと考えたからである。その意味で本書は大変重要な内容と今後の方向性を提示しているといえる。しかし難解な英語に筆者自身が苦慮していただけに,適切でわかりやすい翻訳に感謝するとともに,訳者の皆様のご苦労に敬意を表したいと思う。
 本書は妊娠,出産に関する臨床項目49について,MEDLINEや60種の重要な雑誌,未公表の研究などから得たデータにより分析されており,領域は周産期の治療,処置,看護・助産技術,健康教育,心理・社会的サポートなど幅広くとり上げられている。なかでも看護,助産にたずさわる者にとって興味深かったのは,妊娠中の指導の有効性への疑問,分娩時におけるサポートの重要性,ルーチン化された入院時浣腸や会陰部剃毛の非効果,分娩時第2期の有効な体位,会陰切開への疑問等々あげれば限りない。日頃から疑問に思っていたことで,やはりと思ったこともあれば,疑問も持たずに行なってきたことが今さらながら恥ずかしいと思ったケアもある。また,確信が持てずにいたケアが有益であるとわかり励まされもした。これらのことから,1つひとつのケアを見直し,または開発する研究の必要性を改めて教えられた。

周産期医療の主体は妊産婦

 さらに,本書で見落としてはならないことは,安全で有効なケアの基本に妊産婦の希望やニーズの重要性を置いていることである。最近は「産ませてもらうお産」から「産むお産」へと妊産婦の意識は確実に変化してきている。本書では医療者は常に,周産期医療の主体は妊産婦であることを忘れてはならないと,各所で示唆しているのである。
 最後に,妊産婦が安全で苦痛が少なく,心豊かな状態で出産するために今求めているものは,ケアを選択できるということではなかろうか。そのためには,ケアの選択基準が明示されなければならない。まさに本書の50節の要約はそれにあたり,有益なケアから無効または有害である可能性の高いケアまで6段階に分類されている。内容的には議論の余地が残される部分がないとはいえないが,このような基準が明らかにされていくことは,今後のケアの質の向上と妊産婦の健康に関する自己管理能力の発展につながるであろう。
A5変・頁460 定価(本体3,900円+税) 医学書院MYW