医学界新聞

 ミシガン発最新看護便「いまアメリカで」

 外国でお産をするということ[第3回]

 余 善愛 (Associate Professor, Univ. of Michigan School of Nursing)


 今回は,直接看護教育や看護研究には関係しませんが,看護の役割を考えるのに役立つかもしれないと思い,外国でお産をするということ,について話をしてみたいと思います。

増えている海外での出産

 交通機関と経済の発達にともない,海外でお産をされる日本の方々が随分と増えています。若い日本の方々が,海外でお産をすることに対してさほど不安を抱かず,むしろ積極的に海外でのお産を望まれるご夫婦もいると聞きます。しかしながら海外でお産をするということは,よきにつけ悪しきにつけ,時にその後の夫婦の関係に一生影響を与えることがあります。
 私が住んでいるアンアーバーという,人口11万人の米国中西部の大学都市とその近郊には,常時6000人以上の日本人家族が,比較的短期間ながらいろいろな形で住んでおられます。したがって,ここで産まれる日本人の赤ちゃんの数も少なくありません。管轄のデトロイト総領事館の資料によりますと,ミシガン州とその隣のオハイオ州を併せると毎年200名近くの赤ちゃんが,日本国籍の日本人夫婦のもとに産まれているそうです。余談ながら,アンアーバーで生まれた女の赤ちゃんに,アンというミドルネームを記念につけられるご両親が多いと聞きました。
 しかしながらこのような状況にもかかわらず,これらの日本からの短期派遣員とその家族を受け入れる医療体制はまだまだできていません。数年前にデトロイトの近郊で,日本人の女性が産後のうつ病から新生児を殺してしまうという,大変悲しい事件が起きたことは,皆さんの記憶にもまだ新しいかと思います。

日本人夫婦向け両親学級の開設

 このような種々の状況から,私は数年前より大学病院の施設を借り,日本人のご夫婦向けの両親学級を始めました。このクラスの目的は,単に妊娠中の栄養,運動,または分娩について学ぶだけではなく,ご夫婦に海外でお産をするということの意味を知ってもらうものです。
 私事をつけ加えさせていただけるなら,私自身十数年前にイリノイ州で次男を出産したのですが,その時の不安や祝ってくれる家族や友だちが誰もいない寂しさというものを,未だに忘れることができません。日本でなら,たとえ親元から離れたところでお産をする時でも,気心の知れた友人や近所の人たちが誰かしら手伝ってくれたり,お祝いをしてくれたりするものですし,身の回りの必需品も,つっかけをはいて表に出れば,角を曲がったところにコンビニエンスストアが24時間開いているという便利さ。
 それに較べると,私の住んでいた街は,とうもろこし畑のど真ん中にあるシャレた大学街ですし,住宅はきれいに刈り込まれた芝生で囲まれているものの,粉ミルクを買うにしても車を運転していかなければならない所でした。また,近所の人たちは親切でも言葉もわからないし風習も違います。そんな状況の中でただただ,ダダッ広いだけの,家具もまばらなアパートに1人たたずみながら寂しい思いをしたことを,今でもはっきり覚えています。
 そうした自分自身の経験と助産婦としての知識を生かして,アンアーバー近郊でお産をされる日本の方々に少しでも役に立てばと思い,大学での仕事の片手間に奉仕のつもりで月に1度,両親学級を開くことにしました。そのようなキッカケで始めましたので,ご夫婦で来ていただくというのが,第1前提となります。

新米パパの心の変化

 このクラスを始めてすぐに気がついたことは,かなりの数のご主人が奥さんの妊娠がわかった時に,1度はいったん妻を日本に送り帰して,お産は妻の実家でさせようと真剣に考えるということでした。
 これに対して奥さんも,「子どもの安全を期するなら,そのほうがいいのかもしれない」と同意されることがよくあります。その言い方が気になって,「奥さま自身はどのように希望されているのですか?」と尋ねますと,ある方は「私は主人と一緒にいたい」とはっきり言われます。またある方は途方にくれたような,もしくはやや投げやりな感じで「どちらでもいい」と言われます。私はどちらを勧める立場でもないので,たいていここで,出産が夫婦の関係に与える役割というものから話をしていきます。
 子どもを産むということは,生理学的には妻の役割であっても,社会学的には2人の共同事業です。共同事業を成し遂げるためには,2人がお互いに自分自身を相手に説明し,相手を理解し,そして共同戦略を立てなければいけません。これらのことは決して簡単なことではないけれども,異国にいるという孤独感からかえってうまくいく場合もあります。2人で協力し,かつ成功した時はお互いの間に同士意識のようなものが生まれることもある,というような話をします。そうすると,ほとんどのご主人が結果的には妻と2人でお産に取り組む決心をされ,分娩にも立ち合います。
 このようにして,お産を夫婦で経験された方々が,産後に赤ちゃんを連れて教室を訪れる時には,ほとんどといってよいほどお父さんが上手にオシメを替え,赤ちゃんの声にもお母さんと同時に反応されます。新米お父さんたちに,お産に立ち合われた感想をうかがいますと,日本男児らしく口数少なく「感動しました」と言われる方や,陣痛の経過から臍帯にハサミを入れた経緯まで明確に話してくださる方などさまざまです。また,一様に生の神秘に触れた感動と妻の女性としての強さに対する尊敬を言葉のはしばしに表されます。
 日本の社会のしきたりや束縛から比較的離れ,親になるという経験をされた若い男性たちは,「男である」ということにあまり縛られずに,自由に人間としての愛情を他の2人の人間(妻と子)に示す術を学ばれたなと,私は新米お父さんたちを見て感じます。そして,その結果に少々満足している次第です。

※著者の連絡先:
 SeonAe Yeo, RN. Ph. D.
 Univ. of Michigan School of Nursing
 400 N. Ingalls Ann Arbor Michigan 48109-0482 U.S.A.
 TEL&FAX(313)763-5697
 E-mail:seonaeyo@umich.edu