医学界新聞

 Nurse's Essay

 患者さんの名前

 宮子あずさ


 病院で働く時には「宮子あずさ」と呼ばれる私は,患者になると「藤江あずさ」。職場の理解を得て,結婚後も旧姓を使って働いているのですが,保険など公的なものがからむと,旧姓使用にも限界が出てくるということです。
 私に限らず,通称使用をしている人にとって戸籍名というのは,保険証・免許証の名前であり,税金を納める時の名前。言ってしまえば,ありがたくない場での使用を強要されることが多い名前なのではないでしょうか。
 やはり旧姓使用をしている母は,「入院して一番嫌なのは,慣れない名前で呼ばれること。ただでさえ仕事に戻れるか不安なのに,外では絶対に呼ばれない名前で呼ばれていると,ますます落ち込んでしまう」と言います。
 また,旧姓を使用している友人が入院した時は,彼女の病室まで行き着くのが大変でした。旧姓しか知らないので,受付で聞いても「そんな人はいない」とのこと。機転を利かせて,「そうだダンナの姓だ!」とその姓で言っても,やっぱりいない。いちかばちかで,前のダンナの姓を言ったら大当たり。彼女は2度結婚しているのですが,最初の結婚では姓を変えていて,私たちが知っている旧姓は,その最初の男性の姓だった,というわけです。
 2つの名前をめぐっては,患者さんの間でもしばしば問題が起こります。例えば,周囲に隠していた離婚が入院でばれてしまった例。これは,旧姓を戸籍名に戻しても,ほとぼりが冷めるまでは元の夫の姓を通称で使っていた若い女性の方でした。その他,夫への恨みが大きい女性の患者さんが,ぼけがひどくなって以降,旧姓で呼ばないと返事をしなくなったなどということも……。名前は,その人の婚姻歴・家族歴はもちろん,時に配偶者への思いまでもを明らかにしてしまうのです。
 別姓がいいか,同姓がいいかと言うことについては,さまざまな意見があると思います。個人として,「たかだか名前」と考えて,好きな人の名前に変えていくのは自由でしょう。ましてや今は,法的には,女性の改姓が強要されているわけではありません。しかし,そうだった時代があったこと,そして今もその伝統が払拭されてはいない現実も,私たちは理解していたほうがいいと思います。
 最終的には,夫婦別姓が法的に認められることが一番だとは思いますが,こちらもなかなか困難な道行き。それまでは個々の現場で,患者さんが望む名前で呼ぶ工夫が望まれるのではないでしょうか。