医学界新聞

【対談】

「看護教育とコンピュータ」

中木高夫氏
(名古屋大学教授)
木村 義氏
(NEC文教システム事業部)


―――厚生省で電子カルテの検討が行なわれるなど,医療の現場ではこれまでのハード面からソフト面でのコンピュータ化が急速に進められています。看護の領域もまた同じことが言えるかと思います。そうしますと,看護基礎教育の現場はコンピュータ化が急がれる筆頭となるやもしれません。
 その一役を担うべく,医学書院ではCD-ROM『シム・ナーシング 看護診断シミュレータ』を近日発売する予定です。今日は,中木先生と,このCD-ROMを開発されました木村さんに,看護教育とコンピュータのかかわりやこれからの可能性などについて対談いただきたいと思います。

看護におけるコンピュータの普及

基礎教育とコンピュータ

中木 今日は,特に基礎教育に焦点を当てて,コンピュータと看護の関係につきまして木村さんとお話したいと思います。現在入学してくる学生を見ていると,入学時点ではキーボードを触るのも生まれて初めて,ワープロもコンピュータもあまり使ったことがない,という学生が多いようです。そのために,とりあえずはコンピュータ・リテラシーを教育することが,1つの大きい目標になってくると思います。「リテラシー」とは,「読み書き算盤」にたとえられるように,コンピュータを使うのに必要とされる最低限の知識,技術をさします。こういったコンピュータ基礎技術は,現在では中学,高校,あるいは小学校教育の中で行なわれるようになっていますし,これからはより拡大されるだろうと思います。
木村 リテラシーというのは,電源のオンオフからキーボードやマウスの使い方,フロッピーの取扱い方法などの基礎操作に加えて,サラリーマンなどの一般的な社会ではワープロ,表計算,データベース,プレゼンテーション,インターネットのソフトが使える技能とお考えいただければ,わかりやすいと思います。
中木 木村さんは職業柄いろいろな学校へ行ったりするのでしょうけれど,コンピュータ環境というのはどうなのでしょうか。
木村 大分変わってきました。厚生省が各看護学校に1教室ぐらいは予算をつけているようで,徐々にでしょうけれども整備されてきましたので,2000年までにはかなりの施設が充実するだろうと思います。ちなみに文部省の調査結果(1997年3月末現在)によりますと,小学校のほぼ9割に,中学校がほぼ全部もう何らかの形でコンピュータが入っています。そういう意味では,義務教育期間の中でコンピュータ体験が済んでいるという状態になってきていますね。
中木 そうしますと,いま説明いただいたようなリテラシーは看護学校へ入る以前に身についているわけで,もしかしたら高度な情報収集だけでなく情報発信の能力も身についているかもしれませんね。
 リテラシーを超えて次に何を教えるかということになると,コンピュータを使って自分の看護の能力を高めていく,自分の能力の基盤を作るための道具としてコンピュータを使うことだろうと思います。これには知識そのものをコンピュータを使って入手することと,その知識の使い方の技能を高める道具としてコンピュータを使うこととがあると思います。
木村 そうですね。コンピュータはあくまで道具であるべきだと思います。知的技能を高めるためにコンピュータを使うのであり,コンピュータに教えられるのではいけません。私もコンピュータを扱う者として一番考えている点です。

情報の収集と発信

木村 私からの質問ですが,看護婦さんがコンピュータを使うことでプラスになるということにはどのようなことが考えられますでしょうか。
中木 情報をうまく収集する能力を養うことかと思います。例えば,図書館での文献検索です。また,最近ではインターネットの環境が充実しつつありますから,インターネットを使い自分のほしい情報を引き出すことができます。
 もう1つは,CD-ROMという媒体を利用することです。CD-ROMというのは,何十巻にもなる百科事典が1枚のディスクに収められるくらいですから,それをうまく使って,手軽に自分のほしい情報を手に入れることができます。おそらく図書館などではこれからこうしたものがきちんと配備されるようになると思います。
 看護の基礎教育の中では,情報収集するだけではなく,自分の情報を発信するところまで教育をしていかなければいけないだろうと思います。学生時代には自分の情報というのはあまりないかもしれませんが,卒業研究もありますから,自分の作成した情報を世間に発信する技術も必要でしょう。例えば自分のホームページを作るという能力ですね。
 もっと手軽に考えるならば,電子メールでの相互通信があります。私のところにも時々質問メールが飛び込んでくるのですが,生の情報を引き出せる,聞ける,本などではなかなか手に入れられない情報も直接得ることができるという魅力があります。ですから,そういう技能を身につけるというところまでは,看護の基礎教育のなかでちゃんと習得していってほしいなと思うわけです。
木村 見ていて思いますのは,看護系以外の大学でもコンピュータを使う科目は人気があるようですね。あまり人気があるために,1つの講座の枠ではできなくて,いくつも枠を分散するなど,いろいろと工夫をされているようですね。
中木 文房具のようにコンピュータを使うことは,別に勉強しなくても機械だけ買ってきてもできますよね,最近は。
木村 操作しやすいソフトが安価に手に入るようになりましたから。
中木 この間,あるところに講演に行った時に,終わった後で「質問がありますか」と尋ねますと,「Eメールのアドレスを教えてください」と言うナースがいました。だから,普通の,一般の病院で働いている看護婦さんたちも自分のコンピュータを持っている時代になっているようです。それから,こんなことも言われました。ナースのような環境にいる人は結構時間が不規則なので,気軽に電話がかけられない。Eメールだと安心して人に手紙を出せるのだと。

コンピュータなら失敗も可

中木 それでは,情報の収集・発信の次のステップとしまして,コンピュータを使って問題解決のための技能を高めるというあたりの話をしたいと思います。その点では,例えばCAI(computer-assisted instruction)ですとか,これまでにもコンピュータは大きな貢献をしてきたのではないでしょうか。木村さんの専門分野なので紹介いただけますか。
木村 簡単に説明しますと,コンピュータが学習をお手伝いするということを目的として作られたのがCAIソフトと言われているものです。イリノイ大学で作られたシステムが原点と言われていますが,これは学習者がコンピュータの画面に向かってある種の問題を解いていくと,そのスピードが記録され自動車が動いていって,前の自分のスピードと競争することで計算の能力アップを図るというものだったようです。そこから情報を提供するというものに一時変わります。コンピュータは単に情報提示だけの道具に変化していきます。
中木 今の電子辞書みたいなものですね。
木村 その次に,今度は音が出る,映像も,テキスト文字,活字も入っているという機能を取り入れたマルチメディアが台頭してきます。でも,それですら百科事典の域をあまり超えてはいませんでした。
 次の段階で出てきたのが,コンピュータならではの仮想の状態を作り出すという領域です。これは,飛行機のパイロット養成に使われるフライト・シミュレータなどが典型的な例で,実際には決して体験できない墜落するというようなことも疑似体験できるわけです。ただ,商業ベースに乗りにくいということから一般的なものにはなりませんでした。それに似たようなものが看護の世界でも作ることができればいいなとは思っておりますけれども,なかなか難しい問題ですね。
中木 いまのシミューレータの発想というのは,看護には非常にありがたいものだと思います。生身の患者さんですと失敗は許されないわけです。だけど機械の上では失敗しても構わないわけです。機械の上でいっぱい失敗しながら,最後に患者さんに接するというようにつながっていけばよいと思いますね。突然生身の患者さんのところへ行くということに,学生はとてもストレスを感じているようですので,その前にコンピュータを使って疑似体験できるとすごくいいだろうと思います。患者さんに直接触れる技術そのもの,バーチャル・リアリティを作るのはまだ無理かもしれませんが,少なくともナースの頭の中で仮想の世界を作ることは可能だと思います。
 以前,コンピュータ雑誌で読んだのですが,教育学者のブルームが唱えたマスタリー・ラーニング(完全到達主義教育)というのは,段階的に目標を作っておいて,その目標を1段ずつ上がっていって最終的な成果に到達できるようにしていこうというものです。この考え方では,できる生徒はその段階を早く進めた者で,できない生徒は時間がかかる者ということになります。しかしながら,全員が設定した目標に必ず到達できるわけです。全員が到達できないような目標を立てること自体が無意味だという発想が,ブルームの教育理論にはあるように思えますね。
 できない生徒に関するこの考え方は,コンピュータにぴったりです。人間の教師だと,なかなかできないと嫌になってしまって,頭にきて怒りだしたりしますが,コンピュータは絶対に怒りません。ですから,学生は時間の許す限り何回もトライでき,与えられたデータから正しい結論を導き出す筋道をきちっと追っていける技能を身につけられるので,とてもよい教育道具だと思いますね。
木村 いろいろな学校で先生方とお話しする機会も多く,このCAIやシミュレータについてもお話しします。その中に,シミュレータというのは確かによさそうだが「たまごっち」に代表されるように簡単に死んでしまう,という意見がありました。そういうことが仮想の中でごく自然に行なわれると,慣れてしまうという危険性があるという懸念です。人間というのは,慣れですとか刷り込みということで大きな問題を引き起こすことがありますので,それはあながち無視はできないと思いました。
中木 ということは,もっと最後に行き着くまでに,いろいろと警告を与えるような工夫が必要ということですよね。
 以前に医学教育のシミュレータで見たのですが,救急車が入ってきて,それに対して適切な処置をしていく。レーザーディスクとコンピュータ・プログラムがドッキングしてあって,まさに臨場感のあるものでしたが,あれはよく死にますね。でも,あれは医師のためのものですから死ぬという結果が出るわけで,ナースのためのものは死ぬという結果は出ないでしょう。
 ですから,実際の看護に適した患者さんを教材に選べばよいわけです。心理面や社会面,生活面を考慮に入れた看護を必要とする患者さんを想定して作っていけばよいのではないでしょうか。そして看護過程に即して,あらかじめ設定したアウトカム(目標・結果)が得られたかどうか,つまり目標に到達したかどうかまでをきちんとシミュレートできるようになればよいわけです。
木村 教育に限らず,実際の臨床の現場においても,そういう部分的なサポートは十分可能だと思います。しかし最大の問題は,シミュレータの根幹を成すモデルを作成するためのアウトカム評価のデータベースをどうやって作っていくかというところだと思います。現在は実際のデータを基に表現させていますが,仮想のデータで起こった現象が現実の患者にも起こることが確認されるようになれば,もっと実用的になると思います。現在その分野の研究もしておりますので,それほど遠くない将来に類似したものは出てくると思っています。

看護診断シミュレータとは

奥の深い看護の世界

中木 木村さんは,これまでに看護系大学などの教育システムの開発に携わってきていると思いますが,コンピュータで教育の道具が作れるんじゃないかと思ったきっかけというのを教えてください。
木村 それは,「看護診断」という言葉に出会った時からですね。ゴードンの看護診断のマニュアルを見て,「おっ,これが看護のすべてだ」と短絡的に思い込んでしまいました。それでこんなにきちんとまとまっているならばコンピュータ化は非常にしやすい,と思ったのが間違いのもとで……
中木 どこが間違いだったのですか。
木村 マニュアルを見て看護でいう論理性とはこういうことなんだと思い,これらを自動診断する人工知能のようなものを作れば済むのではないかと思ったことですね。勉強するうちに看護というのはそんな狭いものではないことが見えてきて,看護診断というのはその中でもごくごく一部であり,しかもその言語化されたものはさらに一部であって,それも要約としてマニュアルができ上がっているわけですからね。それで,看護大学の先生方にインタビューをしたり,現場を見学させていただくようになって,よくよく突き詰めていくと,看護にはそれなりの論理性が必要で,しかも多くの判断をしながら仕事をしているということがよくわかってきました。指示されたままに動いているのではないと。
 その中で,私たちがコンピュータ屋として何をお手伝いできるのかと考えたわけです。看護婦さんたちは,いっぱい勉強されているわけですから,すでにお持ちの情報がたくさんあるわけです。知識もたくさんある。でも,その1つひとつをどうやって組み立てて,目的のものにつなげるか,それが非常に難しいわけですよね。ですから,論理性を考える時に少しでもサポートできるようなことを提供できればいいのではないかという考え方になってきました。

考える能力を養う状況を設定

中木 患者さんのデータから出発するナースの思考のプロセスを細かく見ていって,その節目節目を押さえながらコンピュータシステムを作っていくということになるわけですね。では今度開発されましたソフト『シムナーシング』に話題を移しましょう。
 患者さんの看護学的状態を診断していくためには,その背景になるいろいろな理論,学問,理屈を知っていなければいけないのですが,そういうものもこのソフトには組み込んであるわけですか。
木村 知識データベースはありません。
中木 診断がついたら,その次の段階としては患者目標を設定して,看護介入を選択してというようにできるのですか。
木村 ええ。それができないとシミュレータに適用できないので,学習者自らがインターベンションするということを目標にしました。しかし,介入の種類が多すぎてそれを画面上でボタンを選ぶようにはできないということがはっきりしてきまして,階層型のメニューにしてみるとか,いくつかトライしました。ところがメニューの構成という点に関して行き詰まり,結局ケアプランに従って,ほとんど半自動的に患者シミュレータに適用するという仕組みを考えました。ただ,途中で計画を修正したい場合には,患者シミュレータを一時止めて,それでもう1回アセスメントをし直して,プランニングし直すということを繰り返します。
中木 1日ずつ実施を確認していき,最終的にその目標に達したかどうかの評価をするわけですね。
 そうしますと,目標の達成度が悪かったら,もう1度やり直して,どこが間違っているのかという,その間違いの指摘も機械はしてくれるのですか。
木村 やりません。やるのはケアプランを作成したところまでです。アセスメント,患者目標,ケアプランという,その3つを別々に評価します。ただ,それは数としてのでき具合でしかないので,あとは患者シミュレータが出してくる状態を見ながら自分で判断しなければいけない。ものによっては患者さんが自主退院をしてしまう場合もありますし,怒りだす場合もあるでしょう。場合によっては主任さんとか婦長さんが文句を言ってくる場合もありえます。
中木 いまケアプランという言葉が出てきましたけれども,看護診断の運動から,症例に刺激を受けてと言ったらいいんでしょうけれども,最近,看護介入やアウトカムの分類が進んできて,その成果も着々と上がってきていますね。そういった内容もいずれはコンピュータに組み込まれていくのでしょうか。
木村 もちろんそういう方向にいくと思いますし,実際にもうやり始めている部分もあります。例えばアイオワ大学のNIC(看護介入分類)やNOC(看護成果分類)*)に関しては早くから情報収集して,この教育ソフトの中にも一部その考え方を取り入れています。
 私たちの開発したソフトは,基本的な状況を作り出すだけで,コンピュータ自身が何かの答えを出すというものではありません。その目的は,看護婦さんたちは自ら考えて判断していることが多いために,「考える」ということを助ける,もしくは「能力を養う」ために,その状況だけを提供することにあります。情報はたくさんあるけれども,そこから取捨選択し,そしてそのデータをどのように組み立てて論理につなげていくかという部分のお手伝いです。

自分の領域外の学習も可能

中木 講義をする時に,臨床の看護婦さんからよく受ける看護診断に関する質問とは,だいたい実例をあげて,どっちの看護診断が正しいですかとか,どれがこの患者さんに合っているんでしょうかということです。その際,一番欠けているのはデータです。「その看護診断のもとになったデータは何ですか」と尋ねても裏づけがない。つまり,データから出発して,それを解釈して所見を作り,いくつかの所見がクラスターとなって診断になっていくというプロセスがポンと飛んでしまっている。情報収集している中で気になったことが,定義のイメージと短絡的につながって診断としてしまっている。1個の診断指標ですらないようなものまで,診断につなげてしまうんですね。だから,その診断プロセスが全然クリアではないものですから,そこをコンピュータを使って練習してもらえばいいなと思いますね。
木村 宣伝になりますが,この看護診断のシミュレータの開発の意図というのは,多様な患者さんを経験していただくというところにあります。実習では重篤な患者さんを受け持つというのは不可能でしょうし,千差万別の患者さんの病態を知るためには,どこかでその穴埋めをしなきゃいけない。フレッシュマンは患者さんに育てていただいていると言っても過言ではないとすれば,実習期間だけではなく,実際の実務に就かれた後でも,自分の領域以外のもの,または領域内における他の症状の患者さんと接する機会を,コンピュータ上で仮想に経験していただくことも可能です。
中木 生身の患者さんで練習してもらうわけにいきませんし,そういう意味では,病院の看護婦さんのたまり場のようなところにパソコンを数台置くなり,あるいは自分の家にパソコンを備えることも必要になっていくかもしれませんね。そういう方向が一番望ましいのではないでしょうか。
―――どうもありがとうございました。

*)NIC,NOCについては,本紙3月30日付2283号4面を参照ください