医学界新聞

神戸大学医学部大倉山祭医療シンポジウム

「終末期医療を考える-模擬陪審裁判-安楽死の是非を問う」

'97神戸大学医学部大倉山祭実行委員会
(村井かおり,山本真由美,福田 享)


 昨(1997)年10月26日,神戸大学医学部第5講堂において大倉山祭医療シンポジウム「終末期医療を考える-模擬陪審裁判」を開催した。これは積極的安楽死事件を起こした医師を被告とする陪審裁判を劇として行ない,陪審員の評議により有罪・無罪を決定する,という新しい試みだ。事件の概要や原告・被告双方の意見を検察・弁護側の尋問という形で戦わせる中で,癌告知の是非や終末期医療のための人的・物的資源の不足など,日本の医療が現在抱えている問題が浮かび上がるものをめざした。
 登場人物は学生が演じ,陪審員は新聞紙上で一般公募した6名を含む計8名をお願いした。裁判長には大阪弁護士会所属で多くの医療裁判を手がけている弁護士の石川寛俊先生に特別出演していただいた。また陪審員の評議の時間を利用して,日本医大助教授,高柳和江氏に「よりよい死に方」と題して講演いただいた。
 当日の傍聴者は約330人。大盛況の内にその幕を閉じたが,参加者からの反応も概ね好評で,1人ひとりがそれぞれの立場でさまざまなことを考えてくださったことがアンケートから見て取れた。


事件のあらすじ

 患者である吉村久信さん(当時51歳)は肺癌と診断,そして余命半年と推定され,神戸山手総合病院に入院。最初の主治医となった佐藤医師の方針で,癌告知を行なわず治療する。が,副作用に苦しみ,病名に対し疑心暗鬼になった吉村さんは佐藤医師との関係が悪化。主治医が福田医師に交代。福田医師は吉村さんに告知を行なった。吉村さんは,一時落ち込むが徐々に立ち直り,余命を有意義に過ごす努力をし,それに対し,福田医師はできる限りの暖かい手を差し伸べる。
 入院して5か月を過ぎる頃から症状が悪化。吉村さんはチューブやカテーテルをつけられ「下の世話」を受けるようになり,精神的に追いつめられる。さらに症状が悪化し,看護婦や家族に「死にたい」と洩らす。それから1か月後,福田医師は吉村さんから1か月前に書かれた安楽死を希望する手紙を受け取る。吉村さんへの説得の試みも徒労に終わり,悩んだ末,福田医師は吉村さんの意思を受け入れようとする。
 1997年4月15日午後8時48分,福田医師は吉村さんに対し積極的安楽死を行なう。

判決

判決結果
 陪審員8名中 有罪 6名
 無罪 2名

 上記のように全員一致とはならず,判決には至らなかった(本来ならばこのような場合,裁判のやり直しとなる)。

アンケート結果
 傍聴人183名中 有罪 98名
 無罪 78名
 無効 7名

(ご来場の皆さんにアンケートを取らせていただいた)

 無罪側の意見は,「(安楽死容認の)要件が満たされている」「吉村さん(被害者)が1か月前から安楽死の決意を固めていた」,有罪側の意見は,「安楽死のような大事なことを誰にも相談せず独断で行なった」「死をもたらす以外にもまだできることがあった」「余命1か月の状態で書いた安楽死の嘆願書はリビングウィルとして認められない(真摯な意思とは限らない)」「何が何でも安楽死という方法を取ることは許されない」に集約される。
 また,無罪側の意見の中にも「独断で安楽死を行なうべきではなく,他の医療スタッフと相談すべき。また,それを要件に加えるべき」という主張は多く,逆に有罪側の意見の中にも「現行の医療体制にもっと整えるべき点があり,被告はこの現行のシステムの中ではできる限りのことを行なっていた」と考えるものも多い。また,どちらにも「ある種の倫理委員会を設置すべき」という意見があった。
 いずれにせよ医療とは患者が受けるサービスなのであり,終末期医療における患者のQOLの向上を求める声,ターミナルケアの充実を求める声,というのはアンケートの中にもひしひしと感じられた。

私たちが学んだこと

 この結果を通して一番感じたのは,医師の独断による決断,すなわち「密室医療」への人々の不信感と非難である。また被告医師に同情的な意見の背景には,「患者中心の医療」を心がけた被告医師は,実は人々の理想の医師像に近い,換言すれば患者の意思を尊重する医師の少ないことに対する人々の不満があるのではないかと思われる。
 このように考えると医師はいわゆる最先端の医療技術だけでなく,人間また医師としての倫理観といったものの追求をも求められていることを痛感する。が,現在の医学教育ではそのようなことを考える場は用意されていない。だからこそ私たちは本企画を立ち上げたのだが,すぐに答の出るものではもちろんなく,今回わかったこと,考えたことをどのように深めていくかがこれからの課題であろう。

・'97神戸大学医学部大倉山祭実行委員会
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