医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(29)

管理医療に対する反攻(3)
-HMOの医療責任-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


 前回に続き,アブメッド社副社長デモントモリンの大統領諮問委員会での証言と,アブメッド社の患者デイビッド・ビソネット(21歳,脳性麻痺および慢性呼吸器感染)の症例とを並行して紹介する。

治療プランを作成した者

アブメッド社副社長デモントモリンの大統領諮問委員会での証言
「個々の医療サービスの必要性・適切性を判定する利用度審査は,保険会社の医療部長の責任でなされるべきである。保険会社の医療部長こそ,保険契約の内容・カバーされるべきサービスの種類に熟知し,なおかつ科学的根拠に従って個々の医療行為の必要性を判断することができるからである」

症例,デイビッド

 1994年9月,デイビッドの両親はアブメッド・マイアミ支社医療部長ロジャー・ストゥルーブ医師から手紙を受け取った。デイビッドの主治医が新しい治療プランを作成したので,今後はこのプランに基づく治療の費用しかカバーしないという内容であった。
 この手紙をめぐって両親とアブメッド社との新たな交渉が始まったが,その過程で次のことが明らかとなった。新しい治療プランを作成したのは,実はアブメッド社医療部長のストゥルーブ医師その人であり,「主治医」のガストマンはストゥルーブが作成したプランに署名しただけなのであった(「主治医」とはいってもガストマンは8か月前にデイビッドの担当をはずれていた)。
 その上,アブメッド社医療部長のストゥルーブ医師は,ウィスコンシン州で覚醒剤を違法に処方した前歴があり,フロリダ州の医師免許を保持していないことが判明した。医師免許を有しない者が患者の治療プランを作成するなど明白な違法行為であると,両親は憤った。
 両親はストゥルーブ医師が無免許でデイビッドの治療プランを作成したことについて抗議したが,ストゥルーブ医師の答えは「あなた方が騒ぎたてても私の地位に関して起こりうる可能性は2つしかない。1つは私の地位がそのまま安定であること,もう1つは,止めることになったとしても,その時は退職金をたっぷりもらえることになる」というものだった。
 アブメッド社副社長のスティーブ・デモントモリンからは「ストゥルーブ医師に対する誹謗中傷を止めない場合は法的処置に訴える」という手紙が届いた。「無免許の医師が医療行為を行なっていることをフロリダ州民に知らしめるのはわれわれの義務だ」と両親は答えたが,その後ストゥルーブ医師の適性問題に関してアブメッド社から恫喝が加えられることはなくなった。

新たな州法の制定

 1995年2月,フロリダ州医療管理局は,アブメッド社医療部長ストゥルーブ医師はフロリダ州の医師免許を有しないのに医療行為を行なったと考えられる十分な理由があるとして,デイビッドを含め訴えのあった3例の症例に関し,ストゥルーブ医師に対し医療行為差し止めを命令した(同時期,ストゥルーブ医師はアブメッド社を退社しているが,辞任か解雇かは明らかにされていない)。
 デイビッドの両親は,ストゥルーブ医師が無免許で医療行為を行なったと州検事局に告発した。しかし,州検事局は,ストゥルーブ医師が保険会社のコンサルタントとして医学的判断を下したことが医療行為に当たることを法的に証明することは困難であるとの理由から,立件を断念した。
 96年,フロリダ州議会は,患者は医療過誤訴訟の対象にHMOを含めることができるという法案を可決した。HMOが個々の医療行為についてその費用をカバーするか否かの判断を下すことは立派な医療行為であり,HMOが患者の医療について法的責任を免れている現状は改められねばならないというのである。
 HMOの医療責任を問う法案が州議会で可決されたのはフロリダ州が初めてであったが,知事の拒否権行使により,この法案はあえなく葬り去られた(HMOに医療責任を負わせる法律は,97年9月,テキサス州で発効した)。

不服審査委員会

アブメッド社副社長デモントモリンの大統領諮問委員会での証言
「保険会社の判断に対する消費者の苦情・不服は保険会社内部の審査委員会で処理可能であり,第三者による審査は必ずしも万能の特効薬とはなりえない上,HMOにとっては過重な財政的・事務的負担を強いるものである。これまでフロリダ州で州の不服審査委員会に持ち込まれたケースは165例あるが,委員が消費者寄りのメンバーに偏っているにもかかわらず,保険会社の判断が不適切であったとされたケースは40%に過ぎない」

 アブメッド社がデイビッドの医療サービスの質・量を一方的に低下させようと繰り返すことについて,デイビッドの両親は,これまで3回,同社に対して不服審査委員会の開催を要求している。初めの2回(93年1月,94年3月)では両親の言い分が認められ,アブメッド社は「事前の同意なしにサービス内容を変更しない」と約束した。しかし,94年11月の3回目の不服審査委員会の結論は「アブメッド社は新たな治療プランに基づくサービスの費用しかカバーしない」という強硬なものであった。同時に,デイビッドの主治医ジャレット医師が,デイビッドの担当からはずれることとなった。アブメッド社から毎日10回以上デイビッドのことで電話があり,他の患者の診療に差し支えるというのであった。
 12月半ば,アブメッド社から,デイビッドの主治医を12月末日までに決めなければ95年以降の保険加入を取り消すという手紙が届いた。主治医選任にわずかの時間しか与えないことによって,アブメッド社が作成した治療プランを無理矢理押しつけようとしているのだった。12月30日,両親はようやくデイビッドの主治医になる医師を探し出すことができた。
 95年春,フロリダ州による不服審査委員会が開かれ,デイビッドの症例に関するアブメッド社のそれまでの対応が強く非難された。

HMOの信念

 読者は,アブメッド社が悪辣な営利追求HMOであるとの印象を持たれたかもしれないが,実は同社は非営利企業であり,フロリダ州では良心的HMOとの定評を得ている。「HMOの存在理由は医療コスト削減にあり,そのためには利用度審査を徹底し不必要な医療行為が行なわれることを防がなければならない」という,「良心的」HMOの「確信犯的信念」が,デイビッドと家族とに多大の苦難をもたらすことになったのである。

この項つづく